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第一章 優秀な復讐者
普通-②
しおりを挟む「正直、ずっとこの働き方は無理かなって思ってるけど、いけるとこまでは稼ぎたいなぁ」
「なるほどー」
「わかるわー」
柚琉は料理に箸を伸ばした。枝豆に、つやつやと光っただし巻き、揚げたてでかりっとしている軟骨の唐揚げ。柚琉は自分が昼から何も食べていなかったことをやっと思い出した。
一人だとつい食事を疎かにしてしまう。こうやって同期といると、ずいぶん空腹だったことを思い出す。
満たされる感覚に小さな幸せを感じていると、悠生が言った。
「てか椎名さん、こないだも表彰されてなかった? ほんとすごい」
「やー、やっぱり運もあるよ。私みたいな女が行ったら、それだけで警戒緩むもん。あと資格あるのもおっきいし。薬剤部とか、資格持ってるって分かるとめっちゃ優しい」
薬剤師資格ぅ~と呻いて机に沈む聡を遥が慰めている。
「や、椎名さんがすごいのそれだけじゃないから。どの学会も、行けるとこは足運んで、それ以外もあとから発表内容めっちゃチェックしてるもん。そこまでやれねー」
「無理、やれねー。暇があったら飲むか寝たいわ」
「別に、MR辞めても仕事いっぱいあるじゃん。ほかの業界の営業もだし、CSOだってあるし」
「今辞めたら社歴短すぎとか言われるやつやんそれ……あー」
「聡、大丈夫だって」
柚琉は彼らのぼやきに微笑んで、また空になりそうなグラスにビールを注いでやった。
彼らは、とても甘い。
漠然と理想的な夢を抱いて、上手い言葉に乗せられてMRになった者もいるだろう。
でも、柚琉は彼らにこのままでいて欲しかった。自分がそのうちの一人であると、救われたような気持ちになるからだ。
終電が近づき、カラオケ行く? という声も上がったが、柚琉はそれを断り帰路についた。
行けば楽しいと分かっているが、でも、その時間があればやりたいことが沢山ある。
都心から五駅ほど。駅近で築浅、家賃手当てがなければ、母子家庭育ちの柚琉には借りられなかったマンションだ。
エレベーターで四階に上がると、柚琉は鍵を開けて中に入った。
「ただいま」
「おかえり、ゆず~」
一人暮らしの女の部屋の真ん中に、男がいた。
パーマをかけたブラウンの髪にピアス。子犬を思わせるような笑顔で手を振る男。
それに驚くこともなく、柚琉はテーブルの上にコンビニの袋を置いた。
そばに置かれた帽子に目をやった。目立たないようにしてと伝えたのを、彼なりに守ってくれているようだ。
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