君の敵

なとみ

文字の大きさ
9 / 110
第一章 優秀な復讐者

翔太-①

しおりを挟む

 安立あだち 翔太しょうたは、まるで自分の家のようにくつろいだ様子を見せている。

「お水飲む?」

 勝手知ったる様子でキッチンからコップを持って来て、冷蔵庫を開けペットボトルから水を注いだ。柚琉の前にそれを置くと、今度は流れるような仕草で柚琉のジャケットを受け取り、ハンガーにかける。

「お風呂沸いてるよ。疲れたでしょ。入ってきたら?」

 押しつけがましくなく、本気でこちらを気遣う表情。こちらの心も緩みそうな甘い声色。
 翔太のこれは、天性のものだ。
 翔太は柚琉が水を飲むのをふわりと花が舞うような笑顔を浮かべながら見ていたが、柚琉はそれに頬を染めることもなく、呆れるような、じとっとした視線を彼に向けた。一度何か言おうと口を開いたが、結局、ありがとう、とだけ小さく溢して浴室に向かった。

 風呂から上がると、翔太は今度はキッチンに立っている。

「チキンスープ作ったんだけど、リゾットにして食べる~?」
「……食べる」

 すでに作り始めていたようで、片手には皿を持っている。
 彼は、柚琉は酒が入ると、帰宅するころにはお腹が空くと知っている。柚琉は鍋をかき回している翔太に近づいて言った。

「いいよ。自分でやるから……」

 そう言うと、彼は抵抗することもなく柚琉に皿を渡し、鍋の前を譲った。
 柚琉はそんな翔太をまた横目で見た。
 街を歩けば周囲が振り返る、癒し系のアイドルのような外見。柚琉が惑わされることなく、彼に冷めた目を向けるのは、彼がこうするのが彼女に対してだけではないからだ。

「あのさ……大丈夫なの? こっちに来て」
「だいじょーぶ。真奈美(まなみ)さんも友香子(ゆかこ)さんも今日夜勤だから~」

 ニコニコしながら悪気なくほかの女の名前を出す翔太に、柚琉はぼそっと言った。

「……看護師キラー」

 えー? と翔太が笑う。

「別にそんなつもりないよ~、偶然だって」

 柚琉は訝しげに目を細めた。長い付き合いの柚琉も、彼が嘘をついているか見抜くのは容易ではない。
 だが、昔からなぜか、しっかり自立した女性が翔太に引っかかるのは事実だ。

「翔太……仕事は?」
「んー? なんか、動画の編集とか手伝ってる」

 ふわふわした答えだけ返して、彼は座ってテレビを見ている。
 とにかく翔太は定職に就かない。就く気がない。
 焦る様子もないし、柚琉も、彼が何を考えているのか分からない。
 翔太には家もない。こんなふうにずっと、女の家を転々としているのだ。先ほどのスープだって、当然のような顔をして作っていたが、柚琉が買ってきた冷蔵庫の材料を勝手に使っただけだ。彼は、そうやって生きている。

「翔太、あのさ、もし私に付き合ってて仕事が見つけられないなら……」
「え~? 違うって。関係ない関係ない」

 睨む柚琉に、働く気はあるよ~、と本気かどうかも分からない答えを返す。

「看護師ばっかり狙ってるのも、それでじゃないの?」
「違うって~、キリッとした女の人が好きなだけ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...