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第二章 クロスゲーム
死の詳細-③
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「遺族に会いに来られても、迷惑なのは分かります。ですが、その後私一人で病院に行っても、御影さんを含めて皆さん、とても迷惑そうで……。誰も、相手をしてくれませんでした」
正臣の顔を見て、柚琉の顔は歪んだ。
「……分かっていますよ。どれも、手術の失敗を肯定するものではない、でしょう?」
正臣は向けられる激しい感情を跳ね返すように、睨み付けるように柚琉を見ていた。
ただの、ヒステリックになった遺族の一人。おそらく妄想や、虚言も入っているかもしれない。まともに取り合うものではない。
「ならどうして、守屋先生はあんな風に私を遠ざけるようになさったんです」
「自分が執刀して亡くなった遺族が近づいてくる目的が分かれば、俺だってそうする。お互いのためにならない」
「……本当に?」
柚琉は歪んだ笑顔を浮かべながら、その瞳に透明なものを浮かべていた。悔しさと苦しみが伝わってくる。
正臣はそれに当てられたように、苦しげに眉を寄せた。
「ほかに、君が疑問に持っている点は?」
「ありません」
「その時から、そのメモを?」
「元々、医療の方面には興味があり、進路の一つとして考えていました。そのタイミングで父の病気が発覚したので、どこかで、私が助けるんだ、という気持ちもありました」
「すごいことだよ」
優秀さも、その執念も。
「私も母も、父が病気になり、死んだことについては、もう受け止めています。でも、父の最後の言葉。それがなんなのか、どうしてもはっきりさせたいんです」
正臣はそれには答えず尋ねた。
「これから君は、どうするつもりなの?」
「東城病院の担当は外れると思いますが、MRとしては仕事を続けるつもりでいます。先生方が会社というものをどう思われているか分かりませんが、守屋先生の言葉だけで、私をクビにすることはできません」
「すごい自信だね」
「自信ではなく、そういうものです。一定の規模以上の、民間の会社というものは」
こちらの知識不足を指摘する彼女の態度に、正臣のプライドが燻る。アカデミックの世界でだけ生きていた自分たちには分からないだろう、と、こちらを蔑む態度が、彼女の本音を表しているのだろう。
「これからも、いろいろな手段を使って、情報を集めます。目的は山都病院のカルテ、術中記録、それから関係者の方の証言です。当時関わった方々の偽りのないお話が聞ければ、それで満足です」
「……君の貴重な人生を、それだけに使っていいの?」
「私がどうするかは、私の問題です。話をすり替えないでください」
柚琉の目が燃える。
「手術のあと、皆、あんな、何かありましたと貼り付けたような顔で病室を出入りして。それなのに何も答えてもらえず、何かおかしいという感覚だけが私を突き動かしてきました。そこにきて、守屋先生の今回のご対応です。何かあったと白状しているような対応を見せられたら、もう、止まれません」
正臣はその目に突き刺された。取り込まれる前に目を反らす。
「何かを期待しているなら、俺にできることはない」
柚琉はゆったりとした動作でコーヒーを飲んだ。そうして尋ねる。
「先生は今日、得られるものはありましたか?」
「ああ。……より患者に真摯に対応したいと思ったよ」
「嘘つきですね」
こちらを軽蔑する目。彼女の笑みは歪んでいる。
「どうぞ、守屋先生にもお伝えください。是非、慌てていろいろな方への口止めでもなんでもしてください。ただ、私はこの疑問が残る限り、やめません」
レシートは柚琉が手に取り、頭を下げた。
「もしなんらかご協力をいただけるのでしたら、ご連絡、いつでもお待ちしております」
正臣の顔を見て、柚琉の顔は歪んだ。
「……分かっていますよ。どれも、手術の失敗を肯定するものではない、でしょう?」
正臣は向けられる激しい感情を跳ね返すように、睨み付けるように柚琉を見ていた。
ただの、ヒステリックになった遺族の一人。おそらく妄想や、虚言も入っているかもしれない。まともに取り合うものではない。
「ならどうして、守屋先生はあんな風に私を遠ざけるようになさったんです」
「自分が執刀して亡くなった遺族が近づいてくる目的が分かれば、俺だってそうする。お互いのためにならない」
「……本当に?」
柚琉は歪んだ笑顔を浮かべながら、その瞳に透明なものを浮かべていた。悔しさと苦しみが伝わってくる。
正臣はそれに当てられたように、苦しげに眉を寄せた。
「ほかに、君が疑問に持っている点は?」
「ありません」
「その時から、そのメモを?」
「元々、医療の方面には興味があり、進路の一つとして考えていました。そのタイミングで父の病気が発覚したので、どこかで、私が助けるんだ、という気持ちもありました」
「すごいことだよ」
優秀さも、その執念も。
「私も母も、父が病気になり、死んだことについては、もう受け止めています。でも、父の最後の言葉。それがなんなのか、どうしてもはっきりさせたいんです」
正臣はそれには答えず尋ねた。
「これから君は、どうするつもりなの?」
「東城病院の担当は外れると思いますが、MRとしては仕事を続けるつもりでいます。先生方が会社というものをどう思われているか分かりませんが、守屋先生の言葉だけで、私をクビにすることはできません」
「すごい自信だね」
「自信ではなく、そういうものです。一定の規模以上の、民間の会社というものは」
こちらの知識不足を指摘する彼女の態度に、正臣のプライドが燻る。アカデミックの世界でだけ生きていた自分たちには分からないだろう、と、こちらを蔑む態度が、彼女の本音を表しているのだろう。
「これからも、いろいろな手段を使って、情報を集めます。目的は山都病院のカルテ、術中記録、それから関係者の方の証言です。当時関わった方々の偽りのないお話が聞ければ、それで満足です」
「……君の貴重な人生を、それだけに使っていいの?」
「私がどうするかは、私の問題です。話をすり替えないでください」
柚琉の目が燃える。
「手術のあと、皆、あんな、何かありましたと貼り付けたような顔で病室を出入りして。それなのに何も答えてもらえず、何かおかしいという感覚だけが私を突き動かしてきました。そこにきて、守屋先生の今回のご対応です。何かあったと白状しているような対応を見せられたら、もう、止まれません」
正臣はその目に突き刺された。取り込まれる前に目を反らす。
「何かを期待しているなら、俺にできることはない」
柚琉はゆったりとした動作でコーヒーを飲んだ。そうして尋ねる。
「先生は今日、得られるものはありましたか?」
「ああ。……より患者に真摯に対応したいと思ったよ」
「嘘つきですね」
こちらを軽蔑する目。彼女の笑みは歪んでいる。
「どうぞ、守屋先生にもお伝えください。是非、慌てていろいろな方への口止めでもなんでもしてください。ただ、私はこの疑問が残る限り、やめません」
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「もしなんらかご協力をいただけるのでしたら、ご連絡、いつでもお待ちしております」
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