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第二章 クロスゲーム
足枷-①
しおりを挟む考えるまでもなく、答えは決まっている。
「ここで」
正臣は街灯が照らし出す静かな住宅街に着くと、タクシーを降り、白い塀に囲まれた家のインターホンを押した。明るい声が応え、ロックが解除される。ドアを開けると、花が咲くような笑顔で、母の陽子(ようこ)に出迎えられた。
「正臣さん! 早かったのね」
「ただいま」
靴を脱ぐと、陽子はいそいそと正臣の鞄を受け取ろうとする。いいよ、とそれを断り、リビングに足を踏み入れた。父の正孝(まさたか)が椅子に掛け、新聞に視線を落としている。
「帰りました」
「ああ」
父は顔を上げ、憮然とした表情で正臣を見返した。
「忙しいとは思うが、もう少し母さんに連絡を返しなさい」
「ああ、うん」
正臣はそう返事をしてソファに腰かけ、夕刻のニュースを映すテレビに目を遣った。
正臣の実家は都内の一等地にある。曾祖父の代からここに家を構える木佐家は、代々医者の家系として名を保っている。
就職後もここから通えばいいと陽子はごねたのだが、さすがにそれは息苦しく、実家を出て数年が経つ。今住んでいるマンションの家賃は自分で負担しているが、母から小遣いという名目のまとまった金額が定期的に振り込まれ、独り立ちしているかどうか微妙なところだと自分でも思う。
正孝が新聞を閉じる。何か重要なことを話し出すような気配に、正臣は身構えた。
「お前、いい人はいないのか」
「いきなりだな」
予想とは違った言葉に、つい小さく鼻で笑ってしまう。小馬鹿にしたような息子の態度に、正孝は眉間の皺を深くし、身体を前のめりにして続けた。
「その年齢で独身というのは、悪い噂を生むぞ」
正臣は今年で34になる。既婚の医師は、たしかに多い。
正臣は視線をテレビに向けたまま、淡々と言った。
「今の時代、そんなことはないよ」
正孝の口から、ふー、と苛立ったような長い溜め息が吐き出される。
「立和(りつわ)大学の外科教授の娘さんがいらっしゃるんだが、どうだろう。27歳で、社会経験を積んだあと、今は立派に家のことを手伝っておられるようだよ」
正臣は眉間を揉んだ。価値観がアップデートされていない父に、何からどう伝えるべきか。
「……医者としてやっとリズムが掴めてきたところなんだ。無理に結婚しなくてもいい」
「一般的にはそうかもしれないが、うちは違う」
「そうよ。子どもが出来てから人生が始まるようなものなんだから。早く作るに越したことはないわ」
陽子も父の隣に腰かけて、身体を乗り出す。
正臣は天井を仰いだ。
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