君の敵

なとみ

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第二章 クロスゲーム

足枷-②

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 彼らのおかげで、正臣は今の生活ができている。
 父、そして守屋の後ろ楯があるからこそ、大学病院でも実習当時から特別扱いをされ、同期に比べずいぶん楽をさせてもらってきた。
 だが、父と母の望む息子像というものを、これまで正臣自身の努力で叶え続けてきたのも事実だ。プレッシャーに屈さず、たいした反抗もせず、ここまで期待に応えてきた。

 だから、家を出た時の解放感は大きかった。なのに、父の伝手で結婚してしまったら、再び自分を縛るものが増える。それは望ましくない。
 全てを支えてもらった学生時代に比べれば、言いなりになる必要はもうない。互いの立場は変わっている。

「結婚のタイミングは自分で決めるよ」

 正臣はそれだけ言うと、椅子から腰を上げた。
 顔を出せというから、もしかすると守屋の件で何か話でもあるのかと思い足を運んだが、見当違いだったようだ。

 後ろから深刻そうな声色で話し合う両親の声が聞こえ、苦笑が浮かぶ。さっさと結婚してしまえばうるさくなくなるだろうか。いや、きっとそのあとも、子どもはどうとか、妻の親戚の誰々の世話をしてやってくれとか、彼らの要望が止まることはないだろう。
 もし相手の女が常識的で彼らより理解があれば、正臣の危惧する未来にはならない。だが、きっと似たような女しかやってこないだろう。

 たとえば、あんな強烈な、恐ろしい女が見合いの場に現れることはない。
 正臣はあの燃える目を思い出して、馬鹿にするように口元を歪めた。

 彼女の言い分を聞いてみて、正臣ははじめに感じた守屋への不信感はもう捨てていいと思った。守屋が何か決定的なことを隠していて、大事になりそうな気配はない。わずかな主観だけで、彼女一人が疑問を抱いているだけ。しかも、最も有力な証言者になりそうな母親とも一枚岩ではなさそうだ。証拠も不十分、医療過誤と判断される可能性はないだろう。
 正臣は十分警戒をして、たとえ彼女があの会話を録音していたとしても、証拠となりそうな発言は避けていた。

 このまま時を経て、彼女の執念が薄れていくことを祈るばかりだ。守屋や自分にとっても、彼女のためにも。それを思えば、守屋のやり方は良くなかったとは思う。一度でも真摯に説明してやれば、彼女はああはならなかっただろう。正臣の知る、隙のない守屋の姿を思うと、少し意外な気はした。

 ふと、正臣はタブレットで読んでいた医学雑誌を閉じ、めったに開かないSNSでその名前を検索してみた。

 Shiina Yuzuru

 なんとなく後ろ姿で、彼女ではないかと思うアカウントがあった。20代にありそうな、楽しげな充実した日々を載せているというよりは、いいと思った風景や食事を、加工もせず残しているようだ。人が映っている写真はない。
 夕焼け、ランチプレート、桜。
 この世界が彼女にどう映っているかが窺える。
 優しい世界だ。

 ノックが鳴った。

「明日はうちの先生の講演だったわよね。正臣さんも行くの?」
「うん、顔を出すよ」
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