君の敵

なとみ

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第四章 リスタート

都落ち-②

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 診療所の前任の医師は高齢で、引継ぎもできないまま体調不良で現役を退いてしまったのだという。
 この診療所は市が運営しているものの、経営状況は悪化する一方、改善の可能性はない。コンサルタントの経営診断によって、送迎や入院体制も絞られつつある。後任が見つからなければ、それを理由に閉鎖されていたかもしれない。

「なんやら今はほんとに、こういう診療所の経営は厳しいようですわ。とは言っても私らは、ここがなくなったら困りますからねぇ」

 診療所での診察時間は午前のみ、午後は訪問診療と夜間診療。患者を集めるのではなく出向く医療。
 今までとは、何もかもが違う。
 自宅に案内され二人きりになると、柚琉は聞いた。

「先生、今、何を考えておられますか」
「気を遣われすぎて居心地が悪い」

 その言葉に、つい険しい視線を返す。柚琉がこの話を伝えた時、両手で顔を覆い、明らかに落胆していたくせに。
 木佐は先ほどまでの笑みを消し、気だるさを隠さず言った。

「考えてること……そうだな。過疎地医療の重要性は理解してる。それがどれだけ高尚なことかも分かってる。でも、俺がやりがいを感じられるのは、ここではない」
「そうでしょうね」

 引っ越し業者はやってくる予定だが、先に車に積み込んでいた荷物を下ろしながら淡々と言葉を交わす。

「きっと、ここで過ごして、それが変わることもない」

 二人は視線を絡めた。柚琉は彼のその告白を静かな気持ちで聞いていた。
 人のやりがいというものは、元々の性格と、物心ついてから何十年もかけて培われ自覚していくもので、そう簡単に変わるものではない。ここでの経験も何かの肥やしになるだろうが、今はそれが何か見当もつかない。彼が「帰りたい」と思い続けることを否定はできない。
 これからいったい、何年だろう。ほとぼりが冷めるまで。そんな気持ちでここに来たことに罪悪感も感じる。絶対に周囲に知られてはならない。

「とはいえ」

 首にかけたタオルでこめかみの汗を拭い、木佐はうーん、と腰を伸ばした。

「ただ時間潰しとして勤められるほど、生半可なものでもない。ああ……やれるかな」

 明らかな弱音に柚琉は目を見開き、彼に駆け寄って背中に手を置いた。
 木佐はこちらを向いて困ったように言う。

「君がいてくれて嬉しい。でも、一人のほうが良かったかもしれないとも思う」
「どうしてですか?」 
「かっこ悪いところ、結構見せると思うから」

 そんなこと、気にはしない。
 そう思いながらも、柚琉は頼りない笑顔を返すしかなかった。
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