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第四章 リスタート
法廷にて-④
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「被告人は若林医師の認知症を把握していなかったと証言していますが、そうですか?」
「い、いいえ。被告人は、若林医師の症状を把握していました」
「具体的には、どんな症状を、どのように把握していましたか?」
「私は若林医師の患者を受け持つこともありました。その際、処方の誤り、患者を別の患者と取り違えするなどの事例が頻発し、私はそれを被告人にも報告していました」
「証人の発言には証拠がありません!」
「弁護人は静粛にお願いします。検察官は立証を続けてください」
立ち上がった弁護人が腰を下ろす。
検察官がそれを確認し、質問を再開した。
「証人は、原告父の手術の際、手術室看護師として手術に関わっていましたか?」
「はい」
「被告人の当日の言動に、『意図して手術を止めなかった』とされるものはありますか?」
「はい」
涙ぐんだ声が続ける。
「被告人は、若林医師が明らかに患者を勘違いして手術を始めようとしたにも関わらず、『先生なら大丈夫だ』と私たちに言いました。その後も、『おかしいな』と若林医師が言うまで、その処置が間違っているのが分かっていたのに、止めませんでした……!」
証人の息が荒くなる。彼女が落ち着くのを待ち、検察官は尋ねた。
「被告人は、どうして若林医師を止めなかったのだと思われますか?」
「被告人は、若林医師に東城病院のポジションを紹介してもらうと約束されていました。若林医師の機嫌を損ねてその話がなくなると思い、止めなかったのだと思います」
目を背けたくなるほど消沈した証人は、自分の罪も自覚しているのだろう。
証人が退席し、だがそこで終わらず、検察官は続ける。
「被告人が若林医師に便宜を図ってもらう立場にあったという証拠を示します。二人のメール文面でのやり取りです。また、当時の病院長の証言から、守屋医師が若林医師の症状を十分に理解していたと考えられること、それと合わせて、若林医師をそのまま勤務させて欲しいと、被告人のほうから申し出ていることが分かります」
傍聴席で、いくつか息を呑む気配がする。
相本は守屋と対面する席に目を遣った。
そこには原告、椎名柚琉がいる。
彼女の表情も静かなもので、その目はまっすぐに守屋を見つめていた。
「い、いいえ。被告人は、若林医師の症状を把握していました」
「具体的には、どんな症状を、どのように把握していましたか?」
「私は若林医師の患者を受け持つこともありました。その際、処方の誤り、患者を別の患者と取り違えするなどの事例が頻発し、私はそれを被告人にも報告していました」
「証人の発言には証拠がありません!」
「弁護人は静粛にお願いします。検察官は立証を続けてください」
立ち上がった弁護人が腰を下ろす。
検察官がそれを確認し、質問を再開した。
「証人は、原告父の手術の際、手術室看護師として手術に関わっていましたか?」
「はい」
「被告人の当日の言動に、『意図して手術を止めなかった』とされるものはありますか?」
「はい」
涙ぐんだ声が続ける。
「被告人は、若林医師が明らかに患者を勘違いして手術を始めようとしたにも関わらず、『先生なら大丈夫だ』と私たちに言いました。その後も、『おかしいな』と若林医師が言うまで、その処置が間違っているのが分かっていたのに、止めませんでした……!」
証人の息が荒くなる。彼女が落ち着くのを待ち、検察官は尋ねた。
「被告人は、どうして若林医師を止めなかったのだと思われますか?」
「被告人は、若林医師に東城病院のポジションを紹介してもらうと約束されていました。若林医師の機嫌を損ねてその話がなくなると思い、止めなかったのだと思います」
目を背けたくなるほど消沈した証人は、自分の罪も自覚しているのだろう。
証人が退席し、だがそこで終わらず、検察官は続ける。
「被告人が若林医師に便宜を図ってもらう立場にあったという証拠を示します。二人のメール文面でのやり取りです。また、当時の病院長の証言から、守屋医師が若林医師の症状を十分に理解していたと考えられること、それと合わせて、若林医師をそのまま勤務させて欲しいと、被告人のほうから申し出ていることが分かります」
傍聴席で、いくつか息を呑む気配がする。
相本は守屋と対面する席に目を遣った。
そこには原告、椎名柚琉がいる。
彼女の表情も静かなもので、その目はまっすぐに守屋を見つめていた。
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