君の敵

なとみ

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第四章 リスタート

法廷にて-⑤

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 公判が終わり、相本は目的の人物に近づいた。すでに記者に囲まれている彼女は、丁寧に一つ一つの質問に答えているようだった。早く切り上げたいという様子は見えない。

「椎名さん、お話いいですか」

 相本がそう声をかけた。
 こちらを見るその目を見て、ああ、この人の中ではもう、闘いは終わっているのだと思った。
 だが、相本が口を開く前に身を乗り出したのは、川越だった。

「ちょっと俺からいい?」

 しまった、この男もいた。相本は舌打ちをしたい気分だったが、止める間もなく川越は話し出す。

「今回の件、まるで認知症いじめ、高齢者いじめだっていう意見もあるみたいじゃないですか。私たちもあなたも、いずれ同じ立場になる。他人事みたいに責め立ててますけど、そこんとこ、どう思ってるんですか?」

 相本は顔を歪めた。最悪だ。
 だが、椎名柚琉は静かに川越を見返す。

「若林医師は、肺がん研究の功労者でもあり、彼のおかげで救われた命が何百人もいることはご存知ですか?」
「はぁ? 質問に……」
「彼は、名誉ある医師です。本来、彼が呼ばれる名前は、『認知症の人殺し医師』ではなかった。今後日本中で認知症患者の割合は増えていきます。誰もが自分でありながら、自分でなくなっていく。せっかく積み重ねた人間関係も、信頼も実績も、この病気による行いで塗りつぶされる」

 報道陣は黙ってその先を待つ。

「止めるべきだった」

 静かなその声が、はっきりと自分に落ちてくる。

「私は、そう答えを出しました」

 そう言うと、彼女はぺこりと頭を下げた。
 そうして立ち去り際、相本のほうを見て言った。

「最初から、来てくださってましたね」

 相本はそう言われて目を見開いた。覚えているのか。
 にこりと立ち去る彼女に、川越もそれ以上追いすがるようなことはしなかった。


 しばらく歩いたところで、川越はぽつりと呟いた。

「肝が据わってる女だったな、三十かそこらだろ」
「古い考えですね。今は令和ですよ」

 何か考え込んでいる川越に付け加える。

「一時はMRとして、素性を隠して守屋に接触してたみたいですよ」

 面白そうに川越の目が煌めく。

「へぇ~? いいねぇ、記者も向いてるんじゃねぇかな。スカウトしようかな」

 どこかソワソワとし始める川越に、相本は口角を上げた。

「彼女、今医学生ですよ」
「医学生ぇ!?」

 川越はうへぇ、と声を出して言った。

「自分が断罪した世界に、自ら飛び込むってか」

 どこかしみじみと川越は言った。
 空から、ちらちらと雪が舞っていた。
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