私の夫は妹の元婚約者

彼方

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 その日は雲一つない晴天だった。
 もしこれでマリッサの家に向かっていなければ最高のお出かけ日和だというのに、馬車が向かっているのは生憎なことにマリッサの家だ。
 
 向かいに座るミラーは本に目を落とし、一生懸命に読書に励んでいる。
 活字が苦手な私は窓から外の景色を見てため息をつく。

 青い鳥が二羽、気持ちよさそうに空を飛んでいたが、やがて突然離れると別々の方向へ飛んでいってしまう。
 マリッサと、彼女の婚約者であるロットもそうなってしまうのかと思うと、少々気の毒に思える。

 マリッサが浮気をしている証拠はないのだが、婚約者の身でありながら他の男性と二人っきりで遊ぶのは非常識なので、今日こそしっかりと言い聞かせねばいけない。
 そう思ったら急に肩が重くなり、私は再びため息をついた。

 ……マリッサとロットの婚約を機に、私たちの両親が家を建てた。
 二人はそこに住んでいて、馬車が到着すると、慌てた様子で使用人が走ってきた。

「エレナ様! ミラー様! 大変です、マリッサ様とロット様が言い争いを始めてしまって……」

 私とミラーは歪んだ顔を合わせる。
 使用人に向き直った私は、緊迫したように口を開いた。

「言い争い? 二人はどこに?」

「応接間です! 今すぐ案内致します!」
 
 重たかった肩が更に重みを増したが、そんなことは言ってられなかった。
 我が家の恥を作らないためにも、言い争う二人を何とかして止めなければいけない。
 お願いマリッサ……どうか手だけは出さないでいて……。
 実は柔術の使い手であるマリッサに祈りを捧げながら、私たちは使用人の案内のもと、応接間に向かった。

 ……応接間の扉を開けると、そこには激しく言い争うマリッサとロットの姿があった。

「マリッサ! 君がそんな尻軽女だなんて知らなかった! 君を信じていたのに!」

「はぁ? 私は別に尻軽女じゃないわ! 浮気なんてしてないって何度も言っているでしょう!」

 あの外ずらだけはいいマリッサが、鬼のように真っ赤になって怒っている。
 婚約者のロットもかんかんで、口を大きく開けて激しくマリッサを責め立てている。
 一瞬触発な雰囲気に、私は気づいたら飛び出していた。

「ちょっと待って!!!」

 二人の間に割って入り、双方の顔を見る。

「マリッサ、少しは落ち着きなさい。間違っても手を出すんじゃないわよ」
「ロットさん。妹が無礼を働いたのなら、私からも謝ります。なのでどうか、お気を静めて……」

 私の言葉に二人は気に食わないように目を逸らした。
 しかしとりあえずは口を閉じ、最悪の事態は免れた。
 一歩遅れてミラーが歩いてくると、事情聴取をするような口調で言う。

「一体何があったのですか? まずはロットさんからお話をお聞かせ願います」

 ロットは頷くと、不機嫌そうに言う。

「この女……マリッサが僕ではない男と街を歩いていたんだ。僕は実際に見ていないが、使用人が見かけたらしい。それを問い詰めたら彼女は事実だと言い出して……」

「なるほど。マリッサ、ロットさんの言っていることは正しいかい?」

 マリッサは余裕ありげに頷く。

「ええ。でもただ遊んでいただけで、浮気をしたわけじゃないわ」

 私はマリッサを睨むように見ると、口を開く。

「誓って本当ね?」

「ええ、もちろん」

 マリッサは嘘を言っているようには見えなかった。
 私はロットに体を向けると、深く頭を下げた。

「ロットさん。この度は妹が軽率な行動を取ってしまって本当にごめんなさい……このお詫びは必ず」

「ちょっと、お姉ちゃん!?」

 動揺するマリッサとは対照的に、ロットはニヤリと笑みを浮かべた。

「どうやらお姉さんはキチンと礼儀をわきまえているようだね。マリッサ、君と違って……」

「くっ……」

 マリッサの歯ぎしりの音が聞こえてくるようだった。
 それに気をよくしたのか、ロットは急にとんでもないことを言い始める。

「じゃあお詫びの件だけど、お姉さんを一晩貰おうかな」

「「「は?」」」

 私とマリッサとミラーが同時に声を出す。
 私が顔を上げると、ロットは下心丸出しの笑みを浮べていた。

「あれ? 何か不満かい? お姉さんが自分から言ったんだろ、お詫びをするって……」

「ロットさん。だからといってそんなことは……」

 ミラーが厳しい声で言ったその時だった。
 マリッサの手がのび、一瞬の内にロットの胸ぐらを掴んだ。
 
「ロット……あんた許さないから」
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