愛しくて殺したい

TAI

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第一章 あの日あの場所で

真夏の青空の下には

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 水が飛び交う。プラスチック製の銃から押し出された水は宙を舞い、アニメキャラがプリントされた服を染め上げていく。

太陽が燦燦と照り付ける夏休みのある日、
町のど真ん中に作られた、この県で最大の規模を誇る清水公園では子供も大人も憩いの場として利用していた。

この公園の中央には野球グラウンドがあり、平日は少年野球が行われているが、今日は休日ということもあり、グラウンドにはキャッチボールする親子や鬼ごっこをする子供たちが見受けられた。もちろんこれだけの広さを誇る公園だけあり、グラウンドのほかにも、屋内遊技場やテニスコート、サイクリングコースなどがある。 

その無駄にだだっ広い公園の端に敷設されたコートの中で夏休みを利用して中学生最後の思い出を作ろうとこの公園にやってきた数人の男女が、ラケット片手にシャトルを打ち合っていた。

その片隅にあるベンチで、小関祐之介は無慈悲に照り付ける灼熱の太陽を細めた目で睨みあげていた。

「おいおいどうしたんだよー」

そう言いながら、同じクラスのお調子者である佐川啓斗が祐之介に絡んでくる。

「今日は久々にみんなで集まれたから思いっきり遊ぼうぜ」

 啓斗は夏という単語のために生まれてきたような男だった。ラケットを肩に担ぎ、短く刈り上げられた黒髪は汗で湿り、小麦色に焼けた肌を伝っていく。

「さすがは、バドミントン部『元』部長。上手いね」

祐之介が言うとすかさず、「まだ部長だ!」とキレよくツッコむ。啓斗のTシャツには、汗で滲んだ生地にゴシック体で力強く『バドミントン部』と、書かれている。
 啓斗が所属しているバド部は夏休み明けに三年生が引退する。昨年、持ち前の運動神経で部長の座に就いた啓斗だが、大会も大方終わり、すでに次期部長は決まっているのだが、夏休みの終わりに思い出作りという名目で、三年生と在校生のエキシビションマッチが行われる。
それが終わるまでは一応部長なので、時折祐之介が元部長と茶化すと、その度に「まだ部長だ」と釘を刺されるのである。

 祐之介が「分かった分かった」とベンチに深く腰掛けながら啓斗をなだめると、突然衝撃音が響き、ベンチが揺れた。その衝撃は、ベンチに腰かけていた祐之介にダイレクトに直撃し、座面からずり落ちそうになる。「大丈夫か?」と衝撃で金縛りにあったかのように動けなくなっている祐之介へ啓斗が声をかける。

 そこへ、ラケットを器用にくるくると回す、綺麗に切り揃えられたショートカットの似合う榊夏目が近づいてくる。

「いつまでそこで油売る気なの?」

夏目は足元のテニスボールを拾い上げると、10m先のボールかごへスマッシュを放ち、見事ホールインワンを決めた。…相変わらずのコントロールだな。

 ようやく金縛りが解けた祐之介は、先ほどの衝撃が夏目の放ったスマッシュショットであることに気が付いた。

夏目は啓斗と同じく部長の座に就いた者だ。ただし、同じラケット競技でも夏目はテニスのエキスパートだ。特にスマッシュの威力は、力任せに振る男子よりを強力な一撃を繰り出すことが出来る。よく見ると、夏目のスマッシュを受けたボールかごはボールを撃ち込まれた後、その勢いのまま中に入っていたボールごと飛び散っていた。

そんな力を至近距離で受けようものならひとたまりもないだろう。そう、いまさっきの祐之介のように。

 「とにかく、ゆうちゃん早く来て私の相手してもらうよ」夏目は体をひねり、一度祐之介に背を向けてから一息置いて、「もちろん全力で」と顔だけ振り返り、いたずらをする小学生のような笑みを浮かべた。『ゆうちゃん』というのは、幼稚園からの付き合いである夏目がつけたあだ名だ。

「え、遠慮しておきまーす」祐之介は、遠くで派手に散らばっているボールかごを横目に見ながら、右手をパーにする。
    
夏目の全力を知っている祐之介にしてみれば夏目の言う『全力』を相手にするのは自殺行為に他ならないのだ。

だが、祐之介に選択肢などなく、開口一言『いいから、やれ』と。射貫かれるような視線と低くくぐもった重低音、有無を言わせぬ剣幕に、祐之介は啓斗に助け舟を求めるが、啓斗の目線は遥か遠い彼方へ向いていた。唯一の救いを失った祐之介は、真夏の中で自分が青ざめていくのを感じる。

 しかし、それもある意味賢明な判断だと言えるだろう。
きっと夏目はこの暑い中ずっと休んでいた自分に対して言っているのだろうから、そこに口をはさむのは危険だからな。それが一番いいのだ。

 祐之介は自分にそう言い聞かせる。

 …はぁ、しかたない。
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