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第三話「決して負けぬ小鳥たち」
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雨水優兎の生活は基本的に夜型だった。
不良として生きていた頃も、『小鳥遊組』に入ってからも、なるべく人が少ない夜に出歩いていた。
それは人間が怖いからだ。夜の闇に紛れば孤独感も消える気がしていたのだ。
「優兎、襲われちまうぞ、気ィつけろよ?」
父親のような尚虎も自分の子供のような優兎のその生活を茶化しつつも、心配していた。それから夜型生活が、少しづつ、治って来たのは、美虎の世話係を頼まれてからだ。
当時、真面目な小学生だったの美虎は、朝早い。6時半には起きて、屋敷内を駆け回り、起きてる組員に挨拶をして、まだ寝ている優兎の蹴ったり(本人は遊んでるつもりだが)、毎朝戯れてくる為、優兎も渋々、眠たい目を擦って起きることになる。
朝早く起きて、仕事をこなしつつ、学校から帰った美虎の宿題を見てやったり、世話をしていると、自然に夜早く寝ることになる。
そこで、幸運にも夜型生活に区切りをつけることになった。
今日も目覚ましを掛けることもなく、6時半に目を覚ました。
微睡んだ意識の中でシャワーの音が聞こえる。誰だろう…?
そこで、ガバッと起き上がる。
(美虎嬢が入ってる…?)
それ以外、考えつかない。この部屋があるフロアには他に誰も住んでいないのだ。
「美虎嬢!」
優兎が自室を飛び出るのと、美虎が浴室から上がるのはほぼ同時だった。
幸いなことに、美虎は浴室で身体を拭き、そこで洋服を着ていた為、肌は晒してなかった。
だが、意識していない少し上気した顔や、まだ濡れている黒髪が艶かしい。
「あ、優兎、おはよう。お風呂、頂いたよ」
「入るなら、言ってください…ちゃんと掃除しますから」
「大丈夫だったよ、優兎は綺麗好きなの知ってる」
「…髪、濡れてますよ」
優兎は清潔なバスタオルを取ると、美虎の髪を丁寧に乾かした。
「ドライヤー当てますね」
「うん、お願い」
居間の椅子に座らせ、浴室の横に置いてある海外メーカーのドライヤーで乾かす。美虎の一度も染めたことのない青みがかった黒髪が風で揺れる。
美虎の黒髪は、美弓譲りだ、と尚虎はよく言っていた。残念なことに、優兎は美弓には会えなかったが、話は何度も聞かせてもらっている。きっと、美虎に似て、美しく聡明な人だったのだろう。
「ん。乾いたね。ありがと」
美虎は、礼を言うと、
「ねぇ、昨日の話なんだけどさ」
なんの案件か、詳しく聞かずにも優兎には判る。
「…3人に、逢いたい。誰なのかも知りたいし、話し合いたい。今後のことも、今までのことも…ダメかな?」
優兎は、ふ、と柔らかい笑みを浮かべた。美虎は優兎が浮かべるその雨上がりの虹のような笑顔が大好きだった。
「いつもの場所に集まるように伝えてあります。行かれますか?」
「うん」
「了解しました、俺は用意するので、10分ほどお待ち頂いてもよろしいですか?」
「いいよ、私は部屋にいるから」
「冷蔵庫の物は自由に食べて頂いて構いませんから」
実は、先ほど、冷蔵庫をこっそり覗いた美虎は知っている。
ここの冷蔵庫にはコンビニ顔負けな程の品数があるということに。
優兎が自室に戻ると、美虎は冷蔵庫を開け、ショートケーキと無糖のアールグレイの紅茶を取り出し、少し自堕落な朝食を摂った。
「美虎嬢、行きましょう」
自室から出て来た優兎は、いつもの黒パーカーにダメージジーンズだった。
「優兎、朝ごはんは?」
「食べてる時間がないんで」
「ダメだよ、食べなきゃブドウ糖不足になるよ、ちゃんと食べなきゃ!」
美虎は、無機質な白い冷蔵庫からピーチ味のゼリー飲料を取り出すと、優兎に渡し、
「これくらいは、食べてよ。…不安になるじゃん…」
珍しく、小声で言う美虎を見て、
「…心配かけてすいません。これからは、ちゃんと摂るようにします」
優兎は、ちゅう、と一気にゼリー飲料を飲み、一息吐いた。
「優兎、桃好きだもんね」
ニコッと笑って言う美虎を見て、優兎は驚き、
「よく覚えてますね」
「だってさ、桃を食べる優兎、嬉しそうだったもん。好みが変わってなくてよかった」
美虎は、昔のように優兎の頭をわしゃわしゃ撫でると、
「さ、行こっか。気合い、入れなきゃね!」
優兎のベンツに乗って、寝床にしてるマンションを出る。
冬の空は青く澄み渡り、雲も太陽に照らされて七色に輝く。空気は吸うと少し肺が痛くなるように冷たいが、道行く人たちも優しい日差しに顔を綻ばせる。
この暖かい光景だけで、今日が上手くいくような気がする。が、もちろん緊張はする。
「…優兎、緊張するんだけど。心臓バクバクなんだけど」
「大丈夫ですよ。きっと上手くいきますよ」
片手でハンドルを操りながら、優兎が空いた手で美虎の頭をポンポンと優しく叩く。
その仕草に思い当たることがあった。
尚虎が存命の頃、優兎が不安事を口にする度に、尚虎は豪快に優兎の頭を撫でた。
すると、当時の優兎も微笑み、仕事に戻った。
今度は美虎が頑張る番だ。
「もうすぐ着きます」
優兎が交差点の信号で右に曲がりながら言った。
美虎は、目を閉じ、居住まいを正す。息を深く吸うと、全身に酸素が行き渡って、細胞ひとつひとつが起動していく。
やがて、車は寂れた駅ビルにある一角の駐車場に停まった。
「ここが事務所になります」
2階建ての駅ビルの1階は老舗の喫茶店が入っていて、外の方まで挽き立て珈琲のいい香りがする。
「…ここの2階?」
「そうです」
本当に『小鳥遊組』は小さくなってしまった。あんなに大きな屋敷に居たというのに…。
優兎と2人で、階段を上がる。2階の事務所のドアには『小鳥遊組』と書いてある質素な紙が貼ってあった。
ガチャリ、と開けると、黒い本革のソファに座った3人がこちらを振り向いた。
不良として生きていた頃も、『小鳥遊組』に入ってからも、なるべく人が少ない夜に出歩いていた。
それは人間が怖いからだ。夜の闇に紛れば孤独感も消える気がしていたのだ。
「優兎、襲われちまうぞ、気ィつけろよ?」
父親のような尚虎も自分の子供のような優兎のその生活を茶化しつつも、心配していた。それから夜型生活が、少しづつ、治って来たのは、美虎の世話係を頼まれてからだ。
当時、真面目な小学生だったの美虎は、朝早い。6時半には起きて、屋敷内を駆け回り、起きてる組員に挨拶をして、まだ寝ている優兎の蹴ったり(本人は遊んでるつもりだが)、毎朝戯れてくる為、優兎も渋々、眠たい目を擦って起きることになる。
朝早く起きて、仕事をこなしつつ、学校から帰った美虎の宿題を見てやったり、世話をしていると、自然に夜早く寝ることになる。
そこで、幸運にも夜型生活に区切りをつけることになった。
今日も目覚ましを掛けることもなく、6時半に目を覚ました。
微睡んだ意識の中でシャワーの音が聞こえる。誰だろう…?
そこで、ガバッと起き上がる。
(美虎嬢が入ってる…?)
それ以外、考えつかない。この部屋があるフロアには他に誰も住んでいないのだ。
「美虎嬢!」
優兎が自室を飛び出るのと、美虎が浴室から上がるのはほぼ同時だった。
幸いなことに、美虎は浴室で身体を拭き、そこで洋服を着ていた為、肌は晒してなかった。
だが、意識していない少し上気した顔や、まだ濡れている黒髪が艶かしい。
「あ、優兎、おはよう。お風呂、頂いたよ」
「入るなら、言ってください…ちゃんと掃除しますから」
「大丈夫だったよ、優兎は綺麗好きなの知ってる」
「…髪、濡れてますよ」
優兎は清潔なバスタオルを取ると、美虎の髪を丁寧に乾かした。
「ドライヤー当てますね」
「うん、お願い」
居間の椅子に座らせ、浴室の横に置いてある海外メーカーのドライヤーで乾かす。美虎の一度も染めたことのない青みがかった黒髪が風で揺れる。
美虎の黒髪は、美弓譲りだ、と尚虎はよく言っていた。残念なことに、優兎は美弓には会えなかったが、話は何度も聞かせてもらっている。きっと、美虎に似て、美しく聡明な人だったのだろう。
「ん。乾いたね。ありがと」
美虎は、礼を言うと、
「ねぇ、昨日の話なんだけどさ」
なんの案件か、詳しく聞かずにも優兎には判る。
「…3人に、逢いたい。誰なのかも知りたいし、話し合いたい。今後のことも、今までのことも…ダメかな?」
優兎は、ふ、と柔らかい笑みを浮かべた。美虎は優兎が浮かべるその雨上がりの虹のような笑顔が大好きだった。
「いつもの場所に集まるように伝えてあります。行かれますか?」
「うん」
「了解しました、俺は用意するので、10分ほどお待ち頂いてもよろしいですか?」
「いいよ、私は部屋にいるから」
「冷蔵庫の物は自由に食べて頂いて構いませんから」
実は、先ほど、冷蔵庫をこっそり覗いた美虎は知っている。
ここの冷蔵庫にはコンビニ顔負けな程の品数があるということに。
優兎が自室に戻ると、美虎は冷蔵庫を開け、ショートケーキと無糖のアールグレイの紅茶を取り出し、少し自堕落な朝食を摂った。
「美虎嬢、行きましょう」
自室から出て来た優兎は、いつもの黒パーカーにダメージジーンズだった。
「優兎、朝ごはんは?」
「食べてる時間がないんで」
「ダメだよ、食べなきゃブドウ糖不足になるよ、ちゃんと食べなきゃ!」
美虎は、無機質な白い冷蔵庫からピーチ味のゼリー飲料を取り出すと、優兎に渡し、
「これくらいは、食べてよ。…不安になるじゃん…」
珍しく、小声で言う美虎を見て、
「…心配かけてすいません。これからは、ちゃんと摂るようにします」
優兎は、ちゅう、と一気にゼリー飲料を飲み、一息吐いた。
「優兎、桃好きだもんね」
ニコッと笑って言う美虎を見て、優兎は驚き、
「よく覚えてますね」
「だってさ、桃を食べる優兎、嬉しそうだったもん。好みが変わってなくてよかった」
美虎は、昔のように優兎の頭をわしゃわしゃ撫でると、
「さ、行こっか。気合い、入れなきゃね!」
優兎のベンツに乗って、寝床にしてるマンションを出る。
冬の空は青く澄み渡り、雲も太陽に照らされて七色に輝く。空気は吸うと少し肺が痛くなるように冷たいが、道行く人たちも優しい日差しに顔を綻ばせる。
この暖かい光景だけで、今日が上手くいくような気がする。が、もちろん緊張はする。
「…優兎、緊張するんだけど。心臓バクバクなんだけど」
「大丈夫ですよ。きっと上手くいきますよ」
片手でハンドルを操りながら、優兎が空いた手で美虎の頭をポンポンと優しく叩く。
その仕草に思い当たることがあった。
尚虎が存命の頃、優兎が不安事を口にする度に、尚虎は豪快に優兎の頭を撫でた。
すると、当時の優兎も微笑み、仕事に戻った。
今度は美虎が頑張る番だ。
「もうすぐ着きます」
優兎が交差点の信号で右に曲がりながら言った。
美虎は、目を閉じ、居住まいを正す。息を深く吸うと、全身に酸素が行き渡って、細胞ひとつひとつが起動していく。
やがて、車は寂れた駅ビルにある一角の駐車場に停まった。
「ここが事務所になります」
2階建ての駅ビルの1階は老舗の喫茶店が入っていて、外の方まで挽き立て珈琲のいい香りがする。
「…ここの2階?」
「そうです」
本当に『小鳥遊組』は小さくなってしまった。あんなに大きな屋敷に居たというのに…。
優兎と2人で、階段を上がる。2階の事務所のドアには『小鳥遊組』と書いてある質素な紙が貼ってあった。
ガチャリ、と開けると、黒い本革のソファに座った3人がこちらを振り向いた。
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