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命乞い
しおりを挟む顔面に喰らった蹴りで意識を飛ばしたボクは、いつの間にか拘束されていた。
ゴツい手枷が嵌められ、いかにも犯罪者という感じになっている。
売られるわけでもないのだが、頭の中にドナドナの切ないメロディが繰り返されている。
やけに落ち着いている…わけがない。取り敢えず落ち着こうとしているだけだ。ボクが此れからやること…。
命乞いだ。
身の潔白を全力で証明するんだ。同じ人間なんだ。きちんと順を追って説明すれば分かってもらえる筈。
あ、でも転生して人間じゃなくなってるんだっけ?
自分自身が何者なのかも分からないまま死刑とか…。
本当に、神様酷すぎないか。
拘束されたボクは犯罪者を連行するが如く馬車乗せられた。朦朧とした意識の中で見た記憶は、先刻のキャミィ・ソウルと名乗った魔族が愛想笑いを浮かべながら必死に頭を下げているところだった。
キャミィ・ソウルの視線の先には、隻眼の鋭い眼光をした金髪の女騎士が仁王立ちしていた。
クラッシュ・ライオット王国騎士団長サンディ・ニスタと名乗った女性は、威圧感のある重い口調でこう言い放った。
「国王の慈悲に感謝しろ。貴様の話しに虚偽があった場合、この和平交渉は却下される。…その際には、私が直々に皆殺しにするから肝に銘じておくんだな」
ヘラヘラと愛想笑いをしていたキャミィ・ソウルの顔付きが張りつめた表情に変わった。
それが、つい先刻の出来事。
その圧倒的な威圧感を放つ騎士団長が、ずっと無言でボクを睨み付けている。
カタカタと揺れる馬車…。
馬車に乗るのは当然ながら初めてだ。アニメや漫画などでは見たことがある。
王国の馬車は、それはもう豪華絢爛と思われがちだが、此れはかなりシンプルな造りだ…。
おそらくは出兵用?出陣用というところだろうか。
軍隊で言うところの輸送防護車、警察の護送車といった方が近いか…。
彼等にとってボクは犯罪者なのだから、護送車になるのか。
自分の危機的状況を忘れてしまうほど、見る物全てが新鮮で心が踊ってしまう。
待て待て、そんな悠長なことを考えてる場合じゃない。
ボクはゆっくりと心を落ち着かせて、向かえ側に居る騎士団長に目を向けた。
馬車に乗り込んでから隻眼の騎士団長は、片時もボクから視線を外さず睨み付けている。
もの凄い美人だけど、もの凄い怖い…。
「…あ、あの」
「何だ」
「…ボ、ボクは…その、アナタ達が捕らえようとしてる魔王じゃないんです」
「キャミィ・ソウルから訊いている」
「え?!」
まさかの返答だ。先の顛末をキャミィ・ソウルは話したという事なのか。ボクを連行してるのはカタチだけという事…?
それなら、直ぐにでも解放してくれるのか。行く宛も無いけど…。
転生した傍から死刑になるのは勘弁してもらいたい。
「お前が、そういう嘘をつくという事をな…」
「嘘じゃないんです。ボクは前の世界で死んでしまって、この世界に転生したんです。召喚されたようなんですけど」
「そんな話しを信じるとでも思っているのか?相変わらず狡猾なヤツだな貴様は」
「ほ…本当なんです!貴女と会ったのも、今日が初めてなんです」
「…惚けた事を言うな。貴様は見た目を自由に変えられるだろう…。その姿も仮初めのものかも知れんがな…」
全てにおいて先手を打たれている…。姿を変えられる、嘘をつく…。ボクの弁明を全て打ち消すことをキャミィ・ソウルは伝えていた。
その上、元々の魔王はかなり狡猾で卑劣のようだ。
その下地がある上での、ボクの弁明は言えば言うほど真実味が無くなってしまう。
それでも…ボクは、ボクには真実を言うしか手立てが無い。
「…本当なんです!この世界に来たのもつい先程で、魔王の身代わりに差し出すと言われて」
「見え透いた嘘を次から次へと並べて!!命乞いでもしたいのかっ!!」
立ち上がったサンディ・ニスタは、ボクの胸ぐらを掴み上げた。その怒りに満ちた眼が、どれほどの憎悪を宿しているのか一目瞭然だった。
「貴様は…貴様等は…何時も何時も、罪もない非力な民を狙っていたな…。街への攻撃は戦争に於いて最も悪手だ…。我等は何時だって非戦闘員には手を出さない。綺麗事かも知れんがな…。貴様の!貴様等の狡猾で非道で卑劣な侵攻で、何万人が犠牲になったと思っているのだっ!!!」
サンディ・ニスタの食い縛った口許からは血液が滴り、怒りに満ちた瞳からは涙が伝う。
その涙が、ボクの顔にポタポタと滴り落ちては流れていく…。
どれほどの怒りか…
どれほどの憎しみか…
どれほどの哀しみか…
「…此れも、貴様にやられた傷だったな…」
サンディ・ニスタが捲り上げた眼帯の左眼には痛々しい傷痕が残り、当然ながらそこにあるべき物は無くなっていて、666という数字が刻まれていた。
飽くまでも前世で見ていたアニメや漫画の知識でしかない事だが、呪いの類いなのかと思った。其れを訊くことが、サンディ・ニスタの怒りと憎しみを増幅させる事は容易に想像できた為、ボクは口を噤んだ。
「コレの時に、貴様は手負いの魔族の子供に扮して助けを求めてきたな…。同族に殺されかけたと…。瀕死の子供を放ってはおけないと介抱している最中に、民の首を刺し、私は左眼を突かれた…。続けざまに民を30人程殺し、高笑いしながら逃げて行ったな…。出来るものなら、私がこの手で貴様を斬り刻んでやりたいくらいだ」
「…ボ…ボクじゃ…ないんです」
「貴様の…貴様等の言葉には、何の信用もない…。我が王の慈悲の元に、我等は和平交渉を受け入れただけ…。仮に貴様が偽物であっても、魔族が1人死ぬだけだ。その際には、この地に住まうキャミィ・ソウルを始めとする魔族を皆殺しにするだけの話だ」
サンディ・ニスタの眼には、言葉には、此れ以上ないほどの憎悪を感じた…。おそらくは幾度となく騙し討ちのような事を魔族は繰り返したのだろう…。
それでも和平交渉に応じたクラッシュ・ライオットの王はとても出来た人間なのだろうと、会ったことのないボクでも理解出来た。
この世界の理も何も知らないボクが、何を言ってもなにも…伝わらない…。伝わるわけがないし、信じてもらえるわけも…ない…。
重苦しい空気の最中、ボクは口を噤むしかなかった…。
この転生した世界に、ボクの味方は…1人も居ない…。
しばらくすると馬車が止まった。そこから覗く街並みの彼方に堂々たる城が見える。
此処で極刑に処されるのかと思うと、それを見て感動する気持ちなど微塵も沸き上がってこない…。
同乗していた兵の1人に降りろと鎖を引かれた。
城へと続く大通りには、魔族との戦争に勝利した凱旋も兼ねているのだろう、大勢の人々が歓声を上げている。
そんな最中に感じる多数の眼。
この眼は前世でも幾度となく経験した。
蔑みの視線だ…。
家では両親と兄から、疎んじられ、蔑まれる日々。
おはようと言っても、いつの頃からか返事が返ってこなくなった。幾日もそれが続いて存在を否定されてる事に気付いた。
学校でも同じだった。
自己肯定感なんて全くない。
何をやっても上手く行った試しがない。
勉強は頑張っても兄の成績には遠く及ばず、身体も小さいボクは身体能力もミジンコ並。
イジるという軽い言葉で、とことん馬鹿にされた。悔しくても言い返すことすら出来なかった。人と関わるのが段々嫌になっていった…。
ボクは、いつしか人前で笑うのをやめた。
愛想がない、感じが悪いと陰口が始まり、無視に繋がった。
元々コミュ障だから、平和になったと安堵したところもあった。そんな中で毎日毎日、声をかけてくれてたのは如月さんだけだった…。
おはよう。元気?暑いね。寒いね。髪切った?少し痩せた?漫画とか読むの?音楽何聴くの?また、明日ね。沢山、沢山、話しかけてくれた。
それが続いたとある日のことだった。
響華って八方美人だよね。
響華って偽善者じゃね?
そう耳打ちし合う女子の声が聞こえた。
心の底から怒ったのは、生まれて初めてだったと思う…。
“ 如月さんは…そんなんじゃない!!取り消せ!!”
ボクの張り上げた声で、その女子は泣いてしまった…。正確には泣いた振りをした。
それを見ていた男子数人から袋叩きにされた。
“ 響華ちゃんと馴れ馴れしく話しやがって ”
偽りの正義を振りかざした理不尽な暴力の本質は、ただの妬みだった。
「何やってるの!」
如月さんの一声で理不尽な暴力は止まった。静寂の中でボクを殴り続けていた男子達は、小谷が女子に殴りかかったから止めたんだと示し会わせたように言った。
その弁明に何も反応することなく如月さんは、踞るボクに駆け寄り、血液を拭き取りながら何があったかを訊いてきた。
これ以上ボクに関わっていたら、いつしか如月さんを巻き添えにしてしまうと思った。
“ ボクに構うな ”
心にも無い言葉を浴びせた。
翌日から更に蔑みの対象となったボクは、死んでしまうその日まで、ずっと蔑みの眼を浴び続けた…。
それでも如月さんは何事も無かったように、次の日も、そのまた次の日も、ボクが死んでしまうその日まで、毎日、毎日、話しかけてくれた。
今でも、死んでしまって転生した今でも、ずっと後悔してる。
如月さん…あの時、酷いことを言ってしまってごめんなさい。
鎖に引かれて歩くボクの頬を涙が伝っていく。
泣いてるボクを引き連れる兵士達は、呆れたようにせせら笑っていた。
歓声の最中に混ざる怒声が聞こえる。
「ふざけるな」
「泣きたいのはこっちなんだ」
「死ね」
「殺してやる」
「娘を返せ」
「父の仇だ」
「お前のせいで」
ボクは…何もやってない。
何も…やってないんだ…。
大声で叫んだところで、誰にも信じてはもらえない。
兵団達への歓声と、ボクへの罵声を聞きながら城へ入った。
誰もが無言のまま歩を進め、コツコツと足音だけが城内に響く…。時折すれ違う兵士や、城に従事する者達の眼は、蔑みと憎悪に満ちていた。
一際、大きな扉の前で皆の足が止まり、玉座の間へと入った。騎士団長サンディ・ニスタが声を発するよりも先に労いの言葉が聞こえた。
深々と頭を下げたサンディ・ニスタが声を張る。
「国王ストラマス・コーリングに敬礼」
アニメやゲームなどでの国王といば老齢なイメージだったが、サンディ・ニスタと変わらないほどの若い王様だった。
クセのある短めの茶髪に、堀の深い顔つき。力強い眼と醸し出す気配、威風堂々とした佇まいは、一目で統べる者のソレだと理解出来た。
「魔王ランガード・シーム」
発せられた言葉に重みが在りすぎて、萎縮してしまうほどだ。ランガード・シームというのは逃げた魔王の名前なのだろう。震える声で、ボクは本名を名乗った。
「…ボクは…小谷 日影…です」
誰もが無反応だった。戯れ言にしか聞こえないのだと、静寂の空気がボクに理解を強要させる。
「貴様は無慈悲に多くの命を奪い去った。何か言うことはあるか?」
「…ボ、ボクじゃないんです」
戯れ言をと呟いた側近が、国王ストラマス・コーリングに耳打ちをし、ゆっくりと頷いた。
何を伝えたのかは分からないけど、ボクにとって好転することじゃないのは、ストラマス・コーリングの表情で理解できた。
「刑の執行は、明日の正午。魔王ランガード・シームの絶命を以て、和平の成立、戦争の終結とする」
「ボクじゃない!!ボクじゃないんだ!!」
誰の耳にも届かない訴えは、静寂の玉座の間で木霊するだけだった。命乞いどころか、弁明の1つも耳を貸してもらえず、瞬く間に地下牢へと投獄された。
投獄されたボクを、看守とおぼしき数人が大義名分のある暴力を存分に奮う。
罵詈雑言を浴びせながら見舞われる一撃一撃には、深い憎悪と悲哀に満ちていた。
「その手枷が貴様の魔力を封じているから何も出来まい!!」
このやたらゴツい手枷には、そんな効力があるのか。どんな成分でどんな造りなのか気になったが、魔力とやらが使える気配など微塵もない上に、半殺しにされて意識も絶え絶えのボクにはどうでもよかった。
涙が溢れて止まらない。悉く、悉く理不尽だ。転生したら強い魔王にでもなって、誰からも蔑まれること無く、悠々自適に暮らしたい。
死に間際にそう強く願った。転生はしたけど、自分が何者さえかもわからない。
召喚?された時にキャミィ・ソウルから、魔族だろうねと言われた。王国に引き渡されたされた際に、姿は違うが紛れもなく魔王だとサンディ・ニスタに言われた…。魔族なのか、魔王なのか何なのかわからないけど、そんな力がボクに在るなら…
「…この現状を何とかしたいよ。死にたくない。こんな理不尽な事で死にたくない」
(トリガーが発動されてません)
なんだ?今のは頭の中に響いた声は…。
“トリガーが発動されてません”確かにそう聴こえた。
「誰?誰か居るの?」
独り言のように呟いてみたが、何も返答はなかった。空耳か…。
藁にも縋る思いから聴こえた幻聴だったのか。
何の面白味も無かった前世で、とくに生きたいとも死にたいとも思わなかった。
誰にも相手にされなくても、ただ平穏無事ならそれで良いと。人に期待しない、自分にも期待してない。蔑みが続くことで色々と諦めていたからというのもあった。
死ぬのが怖い…。前世のように理不尽に轢かれて死ぬのも嫌だけど、一瞬の出来事で恐怖は無かった。凄く痛かったけど、死ぬんだなと、意外と冷静だった。
死刑宣告されて、刻一刻と迫る死がこんなにも怖い。誰もボクを信じてくれない。何もしてないのに大勢の人から恨まれ、蔑まれ、明日には殺されてしまう。
死にたくない…死にたくないよ…。
牢獄の小窓から見える満月が狂おしいほど美しく見える…。
前世でも、今世でも、ボクの願いは何も叶わない。
ボクの言葉は誰にも届かない。
理不尽な前世で、理不尽な死に方をし、転生しても理不尽な死…。再び転生することが出来たら今度こそは…
朦朧とした意識の中で満月を見上げ、意識が遠退いていく…。
(トリガーが発動されてません)
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