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41 願いを叶えるために
しおりを挟む神づくりには信仰が必要だ。
地上の人々が祈り、信じる力が神の力となる。
なので語り継がれる人の多さで力の強弱が決まり、専用の礼拝堂を訪れる信徒の信心深さが存在の固定につながるのだ。
なので、神に寿命はなくとも人の死に絶えた時が同時に神の死でもある。
誰も信じなくなった時、神々は天界より消え去る他ないのだ。
ロティが沈んだ湖の水を、依代となる鉤棒にしっかりと浸し、アルケインはそれを懐にエインズの夢枕に立った。
長雨の後に嵐がきて、人間どもは虫の息だった。
壮年のエインズも憔悴しており、はじめ彼女はアルケインが己の命を取りに来たのかと勘違いしたほどだ。
『アルケインさま、お許しください』
『何を許せというのだ』
『あなたの依代を、守り切れなかったことを。私情を差し挟み、最期の最期に彼女を庇えなかった私を』
『許さぬ』
精霊王の回答は簡潔だった。
一瞬エインズは驚きで目を見開き、そして全てを諦めたように目を伏せた。
『では、何ゆえにいらっしゃいましたか? 私に罰を与えるために?』
『―――許さぬ。が、お前には贖罪の機会を与えようと思う』
そう言うと、彼は懐から大事そうに一本の鈎棒を取り出した。
『それは……?』
使い込まれたちっぽけな道具に、エインズは首を傾げた。
『これは神を作るための依代だ』
『神を、作る?』
『そうだ。あの娘は地上に降る雨を止ませるために、エレの湖にその身を投げた。この意味が分かるか?』
アルケインの静かな問いに、エインズは息を飲んだ。
人間の愚かな嫉妬で命を奪われんとしたあの娘が、その人間を救うために犠牲になったというのだ。
『そんな、まさか……』
突きつけられたあまりにも救いのない結末に、エインズは一瞬魂を抜かれたような心地がした。
『だから私は、あれを神にする。お前は残りの人生をかけて、ロティを信仰しろ。雨を止ませた聖女として人々の信仰を集め、礼拝堂に彼女を象った像を安置するのだ』
アルケインの命ずる内容は、エインズからすれば無理難題のように思えた。
感応力のない掃除婦を神として祀り上げるなど、エインズの正気が疑われても仕方のない事態だ。
しかし既に皺の浮いた顔で彼女は、力強く頷いた。
『必ずや、成し遂げて御覧に入れます』
アルケインも小さく頷き、彼は鉤棒をエインズに手渡した。
『これを本尊とし、人目にふれぬように石像に埋めよ。そして朝晩の祈りを欠かさず、死ぬまで信心を忘れるな。分かったな』
力強く言い含めると、アルケインはすぐさま彼女の夢から去っていった。
***
それから十年以上の月日が流れた。
子供が大人になり、大人は老人になるほどの時間だ。
その間にエインズは、地道に布教して少しずつロティという神の信徒を増やしていった。
彼女は死ぬまでのほとんどの時間をその事業に費やし、終生大神女の座を固辞し続けた。
空席の大神女の座位にはロティの名を掲げ、既にいる信徒たちにその名を広めるよう尽力した。
アルケインの礼拝堂にロティの像を安置した翌年、彼女は力を使い果たしたように冥府へと旅立った。
人々は彼女を尊敬して死後に大神女の名を与え、前大神女の棺の隣に彼女の棺を並べた。
そうしてようやく母娘が再会できたのだということは、残された人々には知りようのないことだったが。
以来大神女の座は空位とし、死して功績を残した神女を祀り上げるのが通例となった。
神殿はエインズの改革により開かれた場になり、シェスカは放逐され王家との癒着も解消された。
***
神からすれば十年など、瞬きの一瞬だ。
しかしアルケインにとっては、ひどく長い時間だった。
いつ生まれるのかも分からない、もしかしたら生まれないかもしれない神を、彼は辛抱強く待ち続けた。
彼女を待つ間に、自分は彼女を忘れてしまうのかもしれないと恐れたこともあった。
神は移り気だ。
仕事に忙殺されてしまえば、ほんのひとときすれ違った人間の小娘のことなど、すぐに忘れてしまうかもしれないと。
しかし、無理だった。
彼は片時もロティのことが忘れられなかった。
エレの顔を見るのも辛く、彼女を自分から遠ざけフロテアに預けた。
それによって仕事はより忙しくなったが、その方が気がまぎれて好都合だった。
いつもはアルケインの命令を大人しく聞いたりしないフロテアも、責任を感じているのか素直にエレの監視役を引き受けた。
彼の喪失感はロティと出会う前の自分を忘れてしまうほど強いもので、いっそ出会いを恨んだことさえあった。
十年以上の時を、彼はもどかしさと共に生きた。
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