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「二つの太陽」
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その日、天には二つめの太陽があった。
我々が見知っている黄色い太陽とは違う、月の色に似た白く薄く輝く太陽である。
但し、新たな太陽が世界の半分を照らしたのはホンの一瞬でしかない。
瞬きするよりも短い時間が過ぎた後に、新たな太陽は古い太陽に吸い込まれるようにして、その姿を消してしまった。
だが、新たな太陽は古い太陽と共に確かに世界を照らしていた。
世界は、その光を浴びたのである。
その時、
鳥は騒ぎ、犬が狂ったように吠え、猫は毛を逆立てた。
虫は鳴くのを止め、魚は水の底深くに身を沈めた。
山の木々はざわめき、風は向きを変え、海は波を高くしていた。
それなのに、
人は新たな太陽が生じていたことに気付けなかった。
我々は睫をくすぐる光の変化を感じなかったし、衣服を透して伝わる熱が増したことにさえ気付かずにいた。水辺に漂う水蒸気が増えたこと、風がいつもと違う方から吹き寄せたことになど、気を止める者は誰一人いなかった。
文明の発達と共に衰えてしまった人の感性では、他の生き物たちのように未知の瞬間を感じ取ることはできなかったらしい。
もちろん、人よりも遥かに優れた五感を有する機械たちは新たな陽射しの存在に気付いていた。数学的に事象を認識し、それを人に伝えるための機能を与えられた彼らは、自らの役目を正しく果たしていたのである。
しかし、機械を扱う者たちは目の前に突き付けられた事実に背を向けた。
例えば、観測機器の誤作動であるとした者がおり、システムのバグとして処理した者がいた。蜃気楼のような、取るに足りない気象現象の類いであるとした者も多かった。
やむを得ないことと思う。
一万年の永きに渡って積み重ねられた人の知識に照らし合わせてみて、それが例え一瞬であったとしても、二つめの太陽が生じることなど決して有り得て良いことではなかったのである。
結局、二つめの太陽は現れてから直に消えてしまったこともあり、人が自らの間違いに気付くことは無く、その現象が我々の感性に捉えられる機会は二度と訪れなかった。
だが、人が気付かずにいたからといっても、それは決して小さくない異変だった。
新たなる太陽の出現。
それは、間も無くして世界中を襲った大変動の予兆だったのだと思う。
その日を境にして、世界は変わってしまった。
得体の知れない巨大な力によって、世界は徐々に「浸食」されていったのである。
その力は巨大で圧倒的だったが、意思は感じられなかった。
だから、地震や台風のような自然災害に似て、「浸食」は全ての人や生き物を分け隔て無く巻き込んで淡々と進行した。
その力の前では、善悪の基準も存在しないし、既存の価値観が意味を失った。
人が築いた国家や文明、様々な動植物が育んだ環境と生態系、それらの全てが「浸食」から逃れることはできなかった。
「浸食」が終わった時、見知っていた世界の大半が失われていた。
「浸食」後の世界で我々が目にしたのは、未知の侵入者によって掻き乱された環境と生態系、そして新たな文明と新たな脅威だった。
二つめの太陽の光を浴びた後の世界は、それ以前の世界とは何もかもが変わってしまっていたのである。
その始まりは緩やかだった。
だから、人々は暫くの間、二つめの太陽に気付かなかった時と同様に、世界の「浸食」が始まっていることにも気付かずにいた。
特に、国土の多くを砂漠や永久凍土、森林や山岳地帯が占めるような広大な国の場合、初期の「浸食」を察知することは難しかったに違いない。
国土が狭くとも、政治的に混乱していたり、戦争の真っ最中にある国は目先の問題解決が優先されたため、新たな脅威に対処するだけの余裕は持てなかっただろう。
そうした国々は運が悪かったと言うしかない。
それに比べて、国土が狭く、人口密度の高い国は幸運だったと言える。
政治的に安定し、平和で人権が脅かされることも少なく、文化的で経済的な生活を営むことが保証されている国々も脅威への対処は迅速だった。
例えば、イギリス、フランス、ドイツなどのEU主要国は、国内に起こる「浸食」を早めに察知することに成功し、その対策を練って被害と影響を最小限度に押さえることに成功していた。
日本も幸運な国の一つだったと言える。
後の記録によると、「浸食」は日本列島を縦断し、インドネシア、オーストラリアを経由して南極大陸に至る東経一四〇度線の前後から始まり、東回りで世界を一周したと言われている。
だから、日本における「浸食」の始まりは世界の何処よりも早かったわけだが、始まりの「浸食」は、終わりに近付いた頃に比べて小規模だったことも幸いした。
しかも、「浸食」は各種報道機関が正常に機能している状況下において、日常生活の中で目に見えやすい範囲から徐々に始まった。
そのおかげで、政府や国民が事態を認識する速度も段階的であり、身近で続発した様々な「浸食」に対する心構えを辛うじて保ち続けることができたのである。
もちろん、得体の知れない力の脅威を感じた国民の間で混乱やパニックが起こらなかったわけではないが、災害時のマナーの良さでは世界的に評価されている日本人の本領が、この度も発揮されたらしい。
治安や秩序に大きな乱れは生じていたが、二〇〇〇万人以上の国民が失われた大災厄の中で、それらは些事であったと言える。
果たして「浸食」とは、いったい何だったのか?
僅か半月余りで日本を一変させてしまった出来事を追ってみる。
二つめの太陽が現れた時、それに気付いた国民は誰一人いなかった。
その日が七月中旬の平日だったこともあり、茹だるような暑さの中、都市のアスファルトを踏み締めながら仕事に励むサラリーマンや、猛烈な陽射しに耐えながら田畑で農作業に従事する人々が、僅かな光量の変化や摂氏一度にも満たない温度の上昇などに気付くはずはなかった。
夏休みを前にして多少浮ついた気持ちになり、授業に身の入らなくなっていた子供たちが、ボンヤリと黒板を眺めている視界の端で微かな瞬きが起こったこと、蝉が一斉に泣き止んだことに違和感を覚えて、ふと窓の外に目をやったぐらいではなかっただろうか。
しかし、その翌日から始まった日本の「浸食」が、多くの国民を動揺させ、その後に悪夢のような破壊と恐怖を齎したことを、誰もが記憶に留めることになった。
「浸食」によって引き起こされた一連の出来事において、国内最初の被害者と確認されたのは東京都杉並区に住むサラリーマンのA氏(三四歳)だった。
A氏とその妻が日課である早朝のジョギングから帰宅したところ、五〇坪ほどの土地に立つ二階建ての家屋が、まるで鋭く巨大な刃物で切断されてしまったかのように中央から後ろ半分が残骸も残さずキレイに消えてしまっていたと言うのである。
その見事な消失ぶりは、A氏が自宅の正面に立って玄関のドアを開け、切断された廊下の向こうに真夏の青空を見るまでは異常に気付かなかったほどだったらしい。
これと同様の事件が、同日より全国で続発した。
当初は家やマンション、商業施設や公共施設の一部や全体が忽然と消えてしまう事件が報道され話題になったが、もっとスケールの大きな事件も起こっていた。
都市の一部や集落が住民ごと失われてしまったケースもあったし、標高一〇〇〇メートル以上もある山や一〇平方キロを超える面積の湖が丸ごと消えてしまったなどという信じ難い事件も数多く報告されていた。
調査に当たっていた政府機関やマスコミは、こうした異変を「消滅事件」と称していたが、それは事件の本質を正しく伝える名称ではなかった。
そもそも、これらの異変が齎した結果は「消滅」ではない。
本来其処にあるべきモノが消えてしまった跡地には、必ずそれに代わる別なモノが出現していたのである。
住宅地や繁華街のど真ん中に森や湿地帯が現れたり、豊かな農地が一夜にして荒れ地に変わることがあった。山地が平野になり、平野が山地に変わってしまうこともあった。近海に島が現れたり半島が突き出したかと思えば、陸地が大きく抉れて湾や入り江が出来てしまったりもした。
国土地理院が新たに地図を作成しなければならなくなったほどに、日本の国土は掻き乱されてしまったのである。
間もなく、認識を改めたマスコミが「消滅事件」を改め「置き換わり事件」又は「入れ替わり事件」などと呼称するようになったが、その頃には一連の事件が単なる地図上の問題ではなくなり、国民の生命を脅かし、その生活に大打撃を与えるまでに拡大していた。
全国各地の鉄道や高速道路が新たな地形によって寸断され、水道や送電などのインフラが甚大な被害を被っていた。さらには、変化した地形によって流れを塞き止められた川が洪水を引き起こしたり、削り取られて脆くなった地盤による土砂災害なども相次いだ。
国内の流通は滞り、食料を始めとする生活必需品、医薬品、ガソリンなど、あらゆる物資が不足して、その価格は忽ち高騰した。
そのうち、品不足のため売るものが無くなった商店が次々にシャッターを下ろし始め、エネルギーの不足により多くの工場が操業を停止した。
経済活動及び生産活動が停滞したことにより、円は急激に国際的信用を失い、株価は大暴落し史上最安値を記録してしまった。
遂には国内全体が激しく混乱し、対応不可能なほど数多くの問題を抱えた政府の各省庁や地方自治体は例外無く機能不全に陥り掛けた。
そして、八月の上旬。
多くの国民の命を奪い、甚大な被害を齎し、日本国の姿を一変させ、破綻の一歩手前まで追い詰めた古今未曽有の異変は漸く収束した。
世論は、この時期に起こった様々な異変を総称して、
「浸食(Erosion)」
と、呼ぶようになっていた。
「浸食」は、明らかに人智を逸脱した恐るべき「超常現象」であった。
史上始めて公が事実として認め、その過程が詳細に記録された「超常現象」である。
「浸食」は、多くの自然災害を齎し、日本を危機的な状況に陥れた。
だが、「浸食」が齎した真の脅威は他にあった。
世界中の何処よりも早く「浸食」が始まり、逸早く「浸食」から脱した日本が、そのことに気付くのには大して時間は掛からなかった。
日本人が世界中に先駆けて真の脅威に気付いた時に、「浸食」という呼称は生まれたのである。
ところで、国土交通省と環境省が合同で行った調査によると、日本は国土総面積の五分の一余りを「浸食」されてしまったという。
いったい、日本は何モノに侵され、食い荒らされてしまったのだろうか?
それが、「もう一つの世界」又は「もう一つの次元」と呼ばれる「異世界」の仕業であったことを、今や日本中の誰もが認識している。
そもそも「異世界」は、我々が住む世界に近接して存在していたに違いない。
但し、これまでは二つの世界を隔てる位相が存在していたため、互いの存在を物理的に感知し、干渉し合うことはできなかった。
よって、二つの世界は位相を境にして全く独自の進化を遂げ、独自の環境と生態系を育み、独自の歴史を持つ文明を発達させ、独自の知性や秩序を編み出したのである。
本来、交わることの無かった二つの世界。
その位相が、突然取り除かれてしまった。
その原因を我々の世界の科学者たちは解明しようとしているが、おそらく単なる偶然、予期せぬ小さな切っ掛けが齎した結果に過ぎなかっただろう。
そこには誰の意思も働いておらず、何の仕掛けも無かった。
大規模な自然現象や物理現象が齎した結果でもさえない。
例えば、道端に転がっていた小石を誰かが蹴り、それが近くの水溜りに落ちて波紋を広げた程度の些細な出来事から始まり、そこに様々な条件と偶然が積み重なった結果、今日の事態に繋がったということなのではないだろうか?
二つの世界を隔てていた位相とは、その程度の偶然によって破壊されてしまうほどに脆いものだったに違いない。
位相が破壊されるまで、どれほどの時を要したのかは見当も付かない。
一年を掛けたのかもしれないし、一〇年、一〇〇年、一〇〇〇年以上掛かったのかもしれない。
もしかしたら僅か数分、いや数秒で生じた結果だったのかもしれない。
いずれにしても、様々な偶然に導かれて「異世界」の太陽は天に現れ、我々の世界の太陽と一つになった。
その瞬間から、二つの世界が互いの「浸食」を始めたのは確かな事実なのである。
ところで、「異世界」とは、どのような世界なのか?
日本における「浸食」は、先にも述べたとおり国土の五分の一余りに及んでいた。
これは「浸食」が遅れて始まった他国に比べれば、少ない被害だと言われている。
国土の八〇%以上を「浸食」された国もあったので、そんな国に比べれば国家の体制を維持できただけでも日本は幸運だったと言える。
だが、それでも国家が被った被害は甚大だった。
「浸食」によって二三〇〇万人以上の生命が失われ、住居や仕事を失くした国内難民の数も一〇〇〇万人に達しようとしていた。被災者に対する補償と「浸食」により被ったインフラ被害を復旧させるだけでも、数年分の国家予算に相当する金額を全て投入しながら一〇年もの期間を費やさなければならないとの試算が発表されていた。
こうした事情で日本国内が騒然としていた頃、奇妙な出来事が報告され始めていた。
「浸食」が終わった八月の上旬。
全国の小中学校や高校は夏休み期間だったわけだが、怪現象に最初に遭遇したのは世の中の混乱を尻目に、夏休みの自由研究で野山を駆け回っていた子供たちだった。
彼らの手によって、全国各地の大学や研究施設、報道機関などに「新種」と思われる鳥や昆虫、植物や小動物が次々に持ち込まれたのである。
青森県十和田市の中学生B君が捕獲した鳥は、鋭い嘴を持つが、翼の代わりに羽毛の無いコウモリのような皮膜を備えていた。
山口県周南市の小学生C君が地元の大学に持ち込んだトンボは、羽を広げると三〇センチもの大きさがあった。
静岡県静岡市の高校生D君は駿河湾で父親と一緒に体長二メートル以上もある巨大な魚を釣り上げたが、それは古代に絶滅した板皮類の一種では無いかと言われていた。
こうした子供たちによる「新種」の発見は、ひと夏で五〇〇件を超える報告があったとされる。
そのうちに、「新種」の発見は子供たち以外からも報告され始めた。
中でも、害獣駆除のために設置された罠に、見たことも無い生き物が掛かるという事例は全国で相次いだ。
しかも、それらは一種類の動物ではなく、サル、ヤマネコ、クマ、大型のトカゲなどもおり、全てが日本に存在するはずが無い種であるだけではなく、世界でも類を見ないような未知の種だったのである。
まるで、日本が珍獣の宝庫になってしまった観があった。
そして、これら「新種」発見の延長線上において、正に「異世界」の出現を象徴する衝撃の展開が始まったのである。
夜間の津軽海峡で操業していたイカ釣り漁船団が、全長三〇メートルはあろうかと思われる巨大なウミヘビに襲われた。漁船員たちの話では、まるで竜のように角の生えた頭を持つ異様なウミヘビだったと言う。
能登湾にクジラよりも大きな謎の巨大魚が現れ、一昼夜に渡って湾内に留まり漁船や海水浴客を襲ったと言う。目撃者によると巨大魚の正体は決してサメやシャチなど既知の生物ではなく、鮮やかな色彩の鱗に覆われ、大きな口に鋭い歯の並んだ体長一〇メートル以上もある未知の魚類だったと言う。
多くの都民が見つめる真昼の東京スカイツリー、その第二展望台の屋根の上に翼長二〇メートルもある黒い鳥が飛来した。その鳥はコンドルに似た外見を持ち、鋭い嘴や爪が確認されたので、付近には避難命令が出され、警察により非常線が張られたが、鳥は一昼夜羽を休めていただけで、何もせずに飛び去ってしまった。
こうした「新種」や「怪獣」の出現は当然話題になり、喜んだ生物学者や野次馬たちは多数いた。明るい話題を求めていた国民の間でも、俄な「異世界」の珍獣ブームが起こり掛けたほどだった。
しかし、これらの怪現象が生易しい出来事ではないことが直に分かった。
八月某日、国籍不明の飛行物体接近に対処すべく航空自衛隊小松基地から飛び立った中部航空方面隊所属の戦闘機二機が、日本海上空で後に「ドラゴン」と通称される巨大な有翼生物と交戦したのである。
パイロットの報告によると「ドラゴン」は体長五メートル前後、四肢とは独立した一対の翼を持ち、その翼長は約二〇メートル。その外見はトカゲに似ており、性質は非常に好戦的で、空自の戦闘機を認識するなり挑み掛かってきたと言う。
しかも「ドラゴン」は亜音速で飛行し、戦闘機に向かって口から炎を吐き掛けるという生物離れした戦闘行動を見せたらしい。
その後、「ドラゴン」は戦闘機のバルカン砲によって撃墜され、海上に落ちた死骸を海上保安庁の巡視船が回収したことにより、その存在が公に確認されることになった。
「ドラゴン」のような危険生物との遭遇が始まったことにより、もはや「新種」発見は興味本位で騒ぐべきブームでは無くなってしまったのである。
もちろん、これらの「新種」が「浸食」によって「異世界」から齎された生物であることは疑う余地は無かった。
幾分、長閑に思える「異世界」との接触もあった。
八月の中旬以降、北海道の弟子屈町に中世ヨーロッパ風の民族衣装を着た、明らかに日本人ではない白人種の一団が訪れるようになった。
彼らは「浸食」によって失われた屈斜路湖周辺に集落を構え、狩猟や小規模農業を生業として暮らす者たちであったと言うが、接触した弟子屈町民たちによると言葉は通じないが非常に友好的で素朴な人々であり、町を訪れる度に毛皮や工芸品を持参して食料や医薬品との交換を求めたと言う。
これと同様の話は特に北海道や東北地方で多く聞かれたが、それに伴い山間にヨーロッパの昔話にでも出てきそうな中世風の集落が多数発見されていた。
間もなく彼ら「異世界」の住人たちは、
「来訪者(Visitor)」
と、呼ばれるようになり、付近住民とのトラブルを危惧した地方自治体が積極的に友好関係を築こうとした努力したおかげで、僅かな期間を経ただけで新たな日本人として認知される存在になった。
総数で二〇万人ほども現れたとされる「来訪者」たちは「異世界」を知る上での貴重な情報源とされ、政府や地方自治体は積極的に支援し接触するようにしたが、彼らの生活環境や技術が中世段階にあったことから、急激な文化汚染を防ぐよう配慮が為された。
例えば「来訪者」たちは狩りの道具として弓や手斧を用い、農機具は殆どが木製であり手製だったので、現代日本が技術提供した場合、彼ら独自の文化を破壊する恐れがあるとされ、国民化は慎重に行われることになった。
ちなみに、日本に現れた「来訪者」たちは、数人の家族単位から最大でも一〇〇人前後の村落規模でしかなかったが、彼らには国家に所属し、領主に服従するという概念が存在しており、納税の習慣も持っていた。
どうやら「異世界」の税制は非常に過酷だったようで、政府が「来訪者」たちを当面は被災難民扱いとすることで税を免除したことから、日本は高い好感度を持って迎えられたようである。
それにしても、政治体制は中世レベルのようだが、どうやら「異世界」にも国家が存在するらしいとの情報は、日本が新たな世界を把握する上で貴重な情報とされた。
国内ではそれに該当する存在は確認できなかったが、間もなくして世界では「浸食」により、一つの国家が丸ごと出現したなどという事例も確認され始めたのである。
それを事前に予測できたことも、日本にとって幸運だったことの一つと言えよう。
日本での「浸食」が終わってから四ヶ月が経過した一二月の中旬。
頻繁に現れるようになった「新種の害獣」対策や「来訪者」対策など、「異世界」に関する諸問題は数多く残されていた。
電気やガス、水道など必要最低限のインフラは回復していたが、被災難民の救済は困難を極めており、世界中が「浸食」によって大混乱の状況にある中、今後の国民生活を維持するために必要な食料やエネルギーを如何に確保するかの手段について、政府は明確な方針を打ち出せてはいなかった。
だが、日本国内は表向き落ち着きを取り戻していたと言える。
あらゆる問題に政府は有効な対策を打ち出せていなかったが、いつもならば激しい批判を浴びせかける野党や反政府勢力、市民団体さえも口を噤んでしまっていた。
公民館や体育館などの施設で寝泊まりを余儀なくされている被災難民や、食料の配給所に長蛇の列を作る人々も歯を食いしばって苦難に耐え続けていた。
「他所の国に比べれば日本はまだマシ。」
「こんなんで、文句を言っていたら外国の人に申し訳ない。」
そんな気分が蔓延していたらしい。
八月以降、他国における「浸食」の状況が日本にも伝わってきていた。
今月の始めに「浸食」は遂に世界を一周し、それが齎した大変動は既に収束していたのだが、遅れて始まった他国の「浸食」の規模は日本とは比較にならないほど大きかった。
混乱が内戦を引き起こした国があり、無期限の戒厳令が敷かれた国もあった。
政治が機能しなくなった国があり、完全に地上から消滅してしまった国もあった。
体制を維持し続けられている国は少なくないが、どの国も日本と同様かそれ以上の諸問題を抱え、その対策に頭を抱えている状態だった。
そんな世界情勢を知りつつ、日本国民は持ち前の忍耐強さを発揮し、自制の努力を心掛けようとしていたに違いない。
間もなく「浸食」の年が終わり、新たな年を迎えようとする頃、
「新世界宣言(New World Declaration)」
が、国内向けに発表された。
それは、沈み込んでいた国民感情を少しでも盛り上げるべく、日本政府によって考えられ発表された所信表明であったが、変わり果ててしまった世界の現状を認識し、嘗ての世界と決別し、新たな世界に於いて日本が国家として生き残る意思表示でもあった。
我々が見知っている黄色い太陽とは違う、月の色に似た白く薄く輝く太陽である。
但し、新たな太陽が世界の半分を照らしたのはホンの一瞬でしかない。
瞬きするよりも短い時間が過ぎた後に、新たな太陽は古い太陽に吸い込まれるようにして、その姿を消してしまった。
だが、新たな太陽は古い太陽と共に確かに世界を照らしていた。
世界は、その光を浴びたのである。
その時、
鳥は騒ぎ、犬が狂ったように吠え、猫は毛を逆立てた。
虫は鳴くのを止め、魚は水の底深くに身を沈めた。
山の木々はざわめき、風は向きを変え、海は波を高くしていた。
それなのに、
人は新たな太陽が生じていたことに気付けなかった。
我々は睫をくすぐる光の変化を感じなかったし、衣服を透して伝わる熱が増したことにさえ気付かずにいた。水辺に漂う水蒸気が増えたこと、風がいつもと違う方から吹き寄せたことになど、気を止める者は誰一人いなかった。
文明の発達と共に衰えてしまった人の感性では、他の生き物たちのように未知の瞬間を感じ取ることはできなかったらしい。
もちろん、人よりも遥かに優れた五感を有する機械たちは新たな陽射しの存在に気付いていた。数学的に事象を認識し、それを人に伝えるための機能を与えられた彼らは、自らの役目を正しく果たしていたのである。
しかし、機械を扱う者たちは目の前に突き付けられた事実に背を向けた。
例えば、観測機器の誤作動であるとした者がおり、システムのバグとして処理した者がいた。蜃気楼のような、取るに足りない気象現象の類いであるとした者も多かった。
やむを得ないことと思う。
一万年の永きに渡って積み重ねられた人の知識に照らし合わせてみて、それが例え一瞬であったとしても、二つめの太陽が生じることなど決して有り得て良いことではなかったのである。
結局、二つめの太陽は現れてから直に消えてしまったこともあり、人が自らの間違いに気付くことは無く、その現象が我々の感性に捉えられる機会は二度と訪れなかった。
だが、人が気付かずにいたからといっても、それは決して小さくない異変だった。
新たなる太陽の出現。
それは、間も無くして世界中を襲った大変動の予兆だったのだと思う。
その日を境にして、世界は変わってしまった。
得体の知れない巨大な力によって、世界は徐々に「浸食」されていったのである。
その力は巨大で圧倒的だったが、意思は感じられなかった。
だから、地震や台風のような自然災害に似て、「浸食」は全ての人や生き物を分け隔て無く巻き込んで淡々と進行した。
その力の前では、善悪の基準も存在しないし、既存の価値観が意味を失った。
人が築いた国家や文明、様々な動植物が育んだ環境と生態系、それらの全てが「浸食」から逃れることはできなかった。
「浸食」が終わった時、見知っていた世界の大半が失われていた。
「浸食」後の世界で我々が目にしたのは、未知の侵入者によって掻き乱された環境と生態系、そして新たな文明と新たな脅威だった。
二つめの太陽の光を浴びた後の世界は、それ以前の世界とは何もかもが変わってしまっていたのである。
その始まりは緩やかだった。
だから、人々は暫くの間、二つめの太陽に気付かなかった時と同様に、世界の「浸食」が始まっていることにも気付かずにいた。
特に、国土の多くを砂漠や永久凍土、森林や山岳地帯が占めるような広大な国の場合、初期の「浸食」を察知することは難しかったに違いない。
国土が狭くとも、政治的に混乱していたり、戦争の真っ最中にある国は目先の問題解決が優先されたため、新たな脅威に対処するだけの余裕は持てなかっただろう。
そうした国々は運が悪かったと言うしかない。
それに比べて、国土が狭く、人口密度の高い国は幸運だったと言える。
政治的に安定し、平和で人権が脅かされることも少なく、文化的で経済的な生活を営むことが保証されている国々も脅威への対処は迅速だった。
例えば、イギリス、フランス、ドイツなどのEU主要国は、国内に起こる「浸食」を早めに察知することに成功し、その対策を練って被害と影響を最小限度に押さえることに成功していた。
日本も幸運な国の一つだったと言える。
後の記録によると、「浸食」は日本列島を縦断し、インドネシア、オーストラリアを経由して南極大陸に至る東経一四〇度線の前後から始まり、東回りで世界を一周したと言われている。
だから、日本における「浸食」の始まりは世界の何処よりも早かったわけだが、始まりの「浸食」は、終わりに近付いた頃に比べて小規模だったことも幸いした。
しかも、「浸食」は各種報道機関が正常に機能している状況下において、日常生活の中で目に見えやすい範囲から徐々に始まった。
そのおかげで、政府や国民が事態を認識する速度も段階的であり、身近で続発した様々な「浸食」に対する心構えを辛うじて保ち続けることができたのである。
もちろん、得体の知れない力の脅威を感じた国民の間で混乱やパニックが起こらなかったわけではないが、災害時のマナーの良さでは世界的に評価されている日本人の本領が、この度も発揮されたらしい。
治安や秩序に大きな乱れは生じていたが、二〇〇〇万人以上の国民が失われた大災厄の中で、それらは些事であったと言える。
果たして「浸食」とは、いったい何だったのか?
僅か半月余りで日本を一変させてしまった出来事を追ってみる。
二つめの太陽が現れた時、それに気付いた国民は誰一人いなかった。
その日が七月中旬の平日だったこともあり、茹だるような暑さの中、都市のアスファルトを踏み締めながら仕事に励むサラリーマンや、猛烈な陽射しに耐えながら田畑で農作業に従事する人々が、僅かな光量の変化や摂氏一度にも満たない温度の上昇などに気付くはずはなかった。
夏休みを前にして多少浮ついた気持ちになり、授業に身の入らなくなっていた子供たちが、ボンヤリと黒板を眺めている視界の端で微かな瞬きが起こったこと、蝉が一斉に泣き止んだことに違和感を覚えて、ふと窓の外に目をやったぐらいではなかっただろうか。
しかし、その翌日から始まった日本の「浸食」が、多くの国民を動揺させ、その後に悪夢のような破壊と恐怖を齎したことを、誰もが記憶に留めることになった。
「浸食」によって引き起こされた一連の出来事において、国内最初の被害者と確認されたのは東京都杉並区に住むサラリーマンのA氏(三四歳)だった。
A氏とその妻が日課である早朝のジョギングから帰宅したところ、五〇坪ほどの土地に立つ二階建ての家屋が、まるで鋭く巨大な刃物で切断されてしまったかのように中央から後ろ半分が残骸も残さずキレイに消えてしまっていたと言うのである。
その見事な消失ぶりは、A氏が自宅の正面に立って玄関のドアを開け、切断された廊下の向こうに真夏の青空を見るまでは異常に気付かなかったほどだったらしい。
これと同様の事件が、同日より全国で続発した。
当初は家やマンション、商業施設や公共施設の一部や全体が忽然と消えてしまう事件が報道され話題になったが、もっとスケールの大きな事件も起こっていた。
都市の一部や集落が住民ごと失われてしまったケースもあったし、標高一〇〇〇メートル以上もある山や一〇平方キロを超える面積の湖が丸ごと消えてしまったなどという信じ難い事件も数多く報告されていた。
調査に当たっていた政府機関やマスコミは、こうした異変を「消滅事件」と称していたが、それは事件の本質を正しく伝える名称ではなかった。
そもそも、これらの異変が齎した結果は「消滅」ではない。
本来其処にあるべきモノが消えてしまった跡地には、必ずそれに代わる別なモノが出現していたのである。
住宅地や繁華街のど真ん中に森や湿地帯が現れたり、豊かな農地が一夜にして荒れ地に変わることがあった。山地が平野になり、平野が山地に変わってしまうこともあった。近海に島が現れたり半島が突き出したかと思えば、陸地が大きく抉れて湾や入り江が出来てしまったりもした。
国土地理院が新たに地図を作成しなければならなくなったほどに、日本の国土は掻き乱されてしまったのである。
間もなく、認識を改めたマスコミが「消滅事件」を改め「置き換わり事件」又は「入れ替わり事件」などと呼称するようになったが、その頃には一連の事件が単なる地図上の問題ではなくなり、国民の生命を脅かし、その生活に大打撃を与えるまでに拡大していた。
全国各地の鉄道や高速道路が新たな地形によって寸断され、水道や送電などのインフラが甚大な被害を被っていた。さらには、変化した地形によって流れを塞き止められた川が洪水を引き起こしたり、削り取られて脆くなった地盤による土砂災害なども相次いだ。
国内の流通は滞り、食料を始めとする生活必需品、医薬品、ガソリンなど、あらゆる物資が不足して、その価格は忽ち高騰した。
そのうち、品不足のため売るものが無くなった商店が次々にシャッターを下ろし始め、エネルギーの不足により多くの工場が操業を停止した。
経済活動及び生産活動が停滞したことにより、円は急激に国際的信用を失い、株価は大暴落し史上最安値を記録してしまった。
遂には国内全体が激しく混乱し、対応不可能なほど数多くの問題を抱えた政府の各省庁や地方自治体は例外無く機能不全に陥り掛けた。
そして、八月の上旬。
多くの国民の命を奪い、甚大な被害を齎し、日本国の姿を一変させ、破綻の一歩手前まで追い詰めた古今未曽有の異変は漸く収束した。
世論は、この時期に起こった様々な異変を総称して、
「浸食(Erosion)」
と、呼ぶようになっていた。
「浸食」は、明らかに人智を逸脱した恐るべき「超常現象」であった。
史上始めて公が事実として認め、その過程が詳細に記録された「超常現象」である。
「浸食」は、多くの自然災害を齎し、日本を危機的な状況に陥れた。
だが、「浸食」が齎した真の脅威は他にあった。
世界中の何処よりも早く「浸食」が始まり、逸早く「浸食」から脱した日本が、そのことに気付くのには大して時間は掛からなかった。
日本人が世界中に先駆けて真の脅威に気付いた時に、「浸食」という呼称は生まれたのである。
ところで、国土交通省と環境省が合同で行った調査によると、日本は国土総面積の五分の一余りを「浸食」されてしまったという。
いったい、日本は何モノに侵され、食い荒らされてしまったのだろうか?
それが、「もう一つの世界」又は「もう一つの次元」と呼ばれる「異世界」の仕業であったことを、今や日本中の誰もが認識している。
そもそも「異世界」は、我々が住む世界に近接して存在していたに違いない。
但し、これまでは二つの世界を隔てる位相が存在していたため、互いの存在を物理的に感知し、干渉し合うことはできなかった。
よって、二つの世界は位相を境にして全く独自の進化を遂げ、独自の環境と生態系を育み、独自の歴史を持つ文明を発達させ、独自の知性や秩序を編み出したのである。
本来、交わることの無かった二つの世界。
その位相が、突然取り除かれてしまった。
その原因を我々の世界の科学者たちは解明しようとしているが、おそらく単なる偶然、予期せぬ小さな切っ掛けが齎した結果に過ぎなかっただろう。
そこには誰の意思も働いておらず、何の仕掛けも無かった。
大規模な自然現象や物理現象が齎した結果でもさえない。
例えば、道端に転がっていた小石を誰かが蹴り、それが近くの水溜りに落ちて波紋を広げた程度の些細な出来事から始まり、そこに様々な条件と偶然が積み重なった結果、今日の事態に繋がったということなのではないだろうか?
二つの世界を隔てていた位相とは、その程度の偶然によって破壊されてしまうほどに脆いものだったに違いない。
位相が破壊されるまで、どれほどの時を要したのかは見当も付かない。
一年を掛けたのかもしれないし、一〇年、一〇〇年、一〇〇〇年以上掛かったのかもしれない。
もしかしたら僅か数分、いや数秒で生じた結果だったのかもしれない。
いずれにしても、様々な偶然に導かれて「異世界」の太陽は天に現れ、我々の世界の太陽と一つになった。
その瞬間から、二つの世界が互いの「浸食」を始めたのは確かな事実なのである。
ところで、「異世界」とは、どのような世界なのか?
日本における「浸食」は、先にも述べたとおり国土の五分の一余りに及んでいた。
これは「浸食」が遅れて始まった他国に比べれば、少ない被害だと言われている。
国土の八〇%以上を「浸食」された国もあったので、そんな国に比べれば国家の体制を維持できただけでも日本は幸運だったと言える。
だが、それでも国家が被った被害は甚大だった。
「浸食」によって二三〇〇万人以上の生命が失われ、住居や仕事を失くした国内難民の数も一〇〇〇万人に達しようとしていた。被災者に対する補償と「浸食」により被ったインフラ被害を復旧させるだけでも、数年分の国家予算に相当する金額を全て投入しながら一〇年もの期間を費やさなければならないとの試算が発表されていた。
こうした事情で日本国内が騒然としていた頃、奇妙な出来事が報告され始めていた。
「浸食」が終わった八月の上旬。
全国の小中学校や高校は夏休み期間だったわけだが、怪現象に最初に遭遇したのは世の中の混乱を尻目に、夏休みの自由研究で野山を駆け回っていた子供たちだった。
彼らの手によって、全国各地の大学や研究施設、報道機関などに「新種」と思われる鳥や昆虫、植物や小動物が次々に持ち込まれたのである。
青森県十和田市の中学生B君が捕獲した鳥は、鋭い嘴を持つが、翼の代わりに羽毛の無いコウモリのような皮膜を備えていた。
山口県周南市の小学生C君が地元の大学に持ち込んだトンボは、羽を広げると三〇センチもの大きさがあった。
静岡県静岡市の高校生D君は駿河湾で父親と一緒に体長二メートル以上もある巨大な魚を釣り上げたが、それは古代に絶滅した板皮類の一種では無いかと言われていた。
こうした子供たちによる「新種」の発見は、ひと夏で五〇〇件を超える報告があったとされる。
そのうちに、「新種」の発見は子供たち以外からも報告され始めた。
中でも、害獣駆除のために設置された罠に、見たことも無い生き物が掛かるという事例は全国で相次いだ。
しかも、それらは一種類の動物ではなく、サル、ヤマネコ、クマ、大型のトカゲなどもおり、全てが日本に存在するはずが無い種であるだけではなく、世界でも類を見ないような未知の種だったのである。
まるで、日本が珍獣の宝庫になってしまった観があった。
そして、これら「新種」発見の延長線上において、正に「異世界」の出現を象徴する衝撃の展開が始まったのである。
夜間の津軽海峡で操業していたイカ釣り漁船団が、全長三〇メートルはあろうかと思われる巨大なウミヘビに襲われた。漁船員たちの話では、まるで竜のように角の生えた頭を持つ異様なウミヘビだったと言う。
能登湾にクジラよりも大きな謎の巨大魚が現れ、一昼夜に渡って湾内に留まり漁船や海水浴客を襲ったと言う。目撃者によると巨大魚の正体は決してサメやシャチなど既知の生物ではなく、鮮やかな色彩の鱗に覆われ、大きな口に鋭い歯の並んだ体長一〇メートル以上もある未知の魚類だったと言う。
多くの都民が見つめる真昼の東京スカイツリー、その第二展望台の屋根の上に翼長二〇メートルもある黒い鳥が飛来した。その鳥はコンドルに似た外見を持ち、鋭い嘴や爪が確認されたので、付近には避難命令が出され、警察により非常線が張られたが、鳥は一昼夜羽を休めていただけで、何もせずに飛び去ってしまった。
こうした「新種」や「怪獣」の出現は当然話題になり、喜んだ生物学者や野次馬たちは多数いた。明るい話題を求めていた国民の間でも、俄な「異世界」の珍獣ブームが起こり掛けたほどだった。
しかし、これらの怪現象が生易しい出来事ではないことが直に分かった。
八月某日、国籍不明の飛行物体接近に対処すべく航空自衛隊小松基地から飛び立った中部航空方面隊所属の戦闘機二機が、日本海上空で後に「ドラゴン」と通称される巨大な有翼生物と交戦したのである。
パイロットの報告によると「ドラゴン」は体長五メートル前後、四肢とは独立した一対の翼を持ち、その翼長は約二〇メートル。その外見はトカゲに似ており、性質は非常に好戦的で、空自の戦闘機を認識するなり挑み掛かってきたと言う。
しかも「ドラゴン」は亜音速で飛行し、戦闘機に向かって口から炎を吐き掛けるという生物離れした戦闘行動を見せたらしい。
その後、「ドラゴン」は戦闘機のバルカン砲によって撃墜され、海上に落ちた死骸を海上保安庁の巡視船が回収したことにより、その存在が公に確認されることになった。
「ドラゴン」のような危険生物との遭遇が始まったことにより、もはや「新種」発見は興味本位で騒ぐべきブームでは無くなってしまったのである。
もちろん、これらの「新種」が「浸食」によって「異世界」から齎された生物であることは疑う余地は無かった。
幾分、長閑に思える「異世界」との接触もあった。
八月の中旬以降、北海道の弟子屈町に中世ヨーロッパ風の民族衣装を着た、明らかに日本人ではない白人種の一団が訪れるようになった。
彼らは「浸食」によって失われた屈斜路湖周辺に集落を構え、狩猟や小規模農業を生業として暮らす者たちであったと言うが、接触した弟子屈町民たちによると言葉は通じないが非常に友好的で素朴な人々であり、町を訪れる度に毛皮や工芸品を持参して食料や医薬品との交換を求めたと言う。
これと同様の話は特に北海道や東北地方で多く聞かれたが、それに伴い山間にヨーロッパの昔話にでも出てきそうな中世風の集落が多数発見されていた。
間もなく彼ら「異世界」の住人たちは、
「来訪者(Visitor)」
と、呼ばれるようになり、付近住民とのトラブルを危惧した地方自治体が積極的に友好関係を築こうとした努力したおかげで、僅かな期間を経ただけで新たな日本人として認知される存在になった。
総数で二〇万人ほども現れたとされる「来訪者」たちは「異世界」を知る上での貴重な情報源とされ、政府や地方自治体は積極的に支援し接触するようにしたが、彼らの生活環境や技術が中世段階にあったことから、急激な文化汚染を防ぐよう配慮が為された。
例えば「来訪者」たちは狩りの道具として弓や手斧を用い、農機具は殆どが木製であり手製だったので、現代日本が技術提供した場合、彼ら独自の文化を破壊する恐れがあるとされ、国民化は慎重に行われることになった。
ちなみに、日本に現れた「来訪者」たちは、数人の家族単位から最大でも一〇〇人前後の村落規模でしかなかったが、彼らには国家に所属し、領主に服従するという概念が存在しており、納税の習慣も持っていた。
どうやら「異世界」の税制は非常に過酷だったようで、政府が「来訪者」たちを当面は被災難民扱いとすることで税を免除したことから、日本は高い好感度を持って迎えられたようである。
それにしても、政治体制は中世レベルのようだが、どうやら「異世界」にも国家が存在するらしいとの情報は、日本が新たな世界を把握する上で貴重な情報とされた。
国内ではそれに該当する存在は確認できなかったが、間もなくして世界では「浸食」により、一つの国家が丸ごと出現したなどという事例も確認され始めたのである。
それを事前に予測できたことも、日本にとって幸運だったことの一つと言えよう。
日本での「浸食」が終わってから四ヶ月が経過した一二月の中旬。
頻繁に現れるようになった「新種の害獣」対策や「来訪者」対策など、「異世界」に関する諸問題は数多く残されていた。
電気やガス、水道など必要最低限のインフラは回復していたが、被災難民の救済は困難を極めており、世界中が「浸食」によって大混乱の状況にある中、今後の国民生活を維持するために必要な食料やエネルギーを如何に確保するかの手段について、政府は明確な方針を打ち出せてはいなかった。
だが、日本国内は表向き落ち着きを取り戻していたと言える。
あらゆる問題に政府は有効な対策を打ち出せていなかったが、いつもならば激しい批判を浴びせかける野党や反政府勢力、市民団体さえも口を噤んでしまっていた。
公民館や体育館などの施設で寝泊まりを余儀なくされている被災難民や、食料の配給所に長蛇の列を作る人々も歯を食いしばって苦難に耐え続けていた。
「他所の国に比べれば日本はまだマシ。」
「こんなんで、文句を言っていたら外国の人に申し訳ない。」
そんな気分が蔓延していたらしい。
八月以降、他国における「浸食」の状況が日本にも伝わってきていた。
今月の始めに「浸食」は遂に世界を一周し、それが齎した大変動は既に収束していたのだが、遅れて始まった他国の「浸食」の規模は日本とは比較にならないほど大きかった。
混乱が内戦を引き起こした国があり、無期限の戒厳令が敷かれた国もあった。
政治が機能しなくなった国があり、完全に地上から消滅してしまった国もあった。
体制を維持し続けられている国は少なくないが、どの国も日本と同様かそれ以上の諸問題を抱え、その対策に頭を抱えている状態だった。
そんな世界情勢を知りつつ、日本国民は持ち前の忍耐強さを発揮し、自制の努力を心掛けようとしていたに違いない。
間もなく「浸食」の年が終わり、新たな年を迎えようとする頃、
「新世界宣言(New World Declaration)」
が、国内向けに発表された。
それは、沈み込んでいた国民感情を少しでも盛り上げるべく、日本政府によって考えられ発表された所信表明であったが、変わり果ててしまった世界の現状を認識し、嘗ての世界と決別し、新たな世界に於いて日本が国家として生き残る意思表示でもあった。
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