最果てからきた魔女

北路 洋

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「シス分隊」

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 米代市の中心市街地は陸上自衛隊とクシェル兵の戦闘で三分の一ほどが破壊され、惨憺たる有様であった。
 全壊又は半壊した建物は其処彼処にあり、街路樹は薙ぎ倒され、アスファルトの舗装道路も穴だらけになってしまっていた。
 ところが、市街地中で大量の砲弾が炸裂し、ガス管は破裂し、送電線が断ち切られたにも関わらず、火災だけは起きていなかった。
 一部が焦げた燃え掛けの建物は見掛けるが、全てが早いうちに鎮火してしまっており、市街地の何処にも炎や煙りは見られなかった。
 戦争や自然災害によって引き起こされる火災は都市を壊滅させるほどの破壊力を発揮するが、火災が起こらなければ事後の復旧は容易になり、多数の人命が失われるような惨事も避けられたりする。
 だから、戦闘によって中心市街地の三分の一を失った米代市だが、火災が発生しなかったことにより三分の二を残すことができていた。おそらく、自治体としての機能を取り戻すのに、大して時間を掛けなくとも済むだろう。
 このことについて、米代市は決して運が良かったわけではない。
 町を火にしない力が働いていた。
 漆黒の魔女エリーネ・エイセス。
 大気を操る魔術を得意とする彼女の力によって、戦闘後の米代市に発生しかけていた全ての火事は消し止められていた。町の彼方此方で火災が発生し掛けた瞬間、その周囲は酸素を奪われて火種は燃え上がること無く刈り取られていった。
 『民を徒に苦しめてはならない』
 それが敵対国であっても、彼女の信念は貫かれる。
 そもそも、エリーネが率いるクシェル兵たちにとって日本は明確な敵国ではない。
 彼らの敵は日本に亡命した一人の魔女であり、陸上自衛隊との交戦は作戦遂行中の障害を排除するために止むを得ず行われた不期遭遇戦、事故のようなものである。
 当然、米代市には何の恨みも無いし、市民に迷惑を掛けるなど本意ではない。
 この先、クシェル王国と日本の間に、どのような外交的経緯が発生するかは不明だが、日本国民にクシェル人に対する悪感情を抱かせることは出来るだけ避けておいた方が良いという配慮もあった。
 戦闘の被害を最小限に押さえるための手間は、エリーネたちにとって忘れてはならない後始末であり、その作業は極めて速やかに終えられていた。


 米代市の中心市街地を横切る国道を、一台の軽トラックが走っていた。
 陸上自衛隊とクシェル兵の戦闘が行われたおかげで、道路のアスファルトは穴ぼこだらけ、コンクリートの破片や鉄骨、ガラスや木材などが散らばっており、道路状況は最悪なので、スピードを出すことも出来ず、せいぜい時速二〇キロから三〇キロまでのノロノロ運転である。
 軽トラックの運転をしているのは車猛虎。
 車内には彼以外に人の姿は見えないが、荷台には毛布を掛けて寝かされた男が一人。
 どうやら怪我人のようである。
 死んではいないが意識は無く、顔中擦り傷だらけで、額に当てられた包帯代わりの布地には赤黒い血が滲んでいた。
 「止まれっ! 」
 突然、軽トラックの行く手を遮るように一〇名ほどの男女が現れて叫んだ。
 スーツに身を包んだ者、ジャージの上下を着た者、Tシャツにジーンズ姿の者など、統一感の無い私服姿で、全員が自動小銃やサブマシンガンを抱えている。
 (クシェル兵? )
 陸上自衛隊が壊滅した戦闘後の米代市街地で武器を抱えている者なら、それは勝利したクシェル兵に違いなかった。
 (ここで、別に逆らう必要は無いからな。)
 武装した一〇名を相手に逆らったところで忽ち撃ち殺されてしまうだろうし、ここは大人しく従うしかない。
 猛虎がブレーキを踏んで軽トラックを止めると、クシェル兵たちは周囲を取り囲んで一斉に銃口を向けてきた。
 「下りろ! 」
 「ひぃ、はいぃ! 」
 猛虎は引き攣った返事をしながら、運転席のドアを開けてヨタヨタと車外に出た。
 「た、助けて下さい! 殺さないで下さい! 」
 今にも泣き出しそうな、銃が怖くて堪らない善良な一般人の顔をしている。
 「お前、ここいる、は、どしてだ? 」
 軽トラックを囲んだクシェル兵の中でリーダーらしい男が問い掛けてきた。
 黒い無地のTシャツにジーンズを履いた身長一九〇センチはありそうな大男である。
 それにしても、この男の日本語も下手糞である。通じないわけではないが、文法も発音もメチャメチャだった。
 「あ、あの、兄が怪我したので、い、医者に連れて行きたいんですぅ。」
 猛虎は怯えた声を出しながら、ぎこちなく首を動かして荷台に怪我人を寝かせているということを訴えた。
 「怪我人? 」
 リーダーは猛虎から銃口を逸らさないまま、傍にいた部下の男に荷台を確かめてみるように指示をした。
 指示を受けた部下は直に荷台を覗き込んで怪我人が寝ているのを確認し、
 「怪我している、は、います。」
 と、またまたメチャメチャな日本語で応える。
 「武器、無い、か? 」
 武器を積んでいないか確かめろとの指示を受けて部下は毛布を剥ぎ取ってみた。
 剥ぎ取った毛布の下から現れたのは下着姿の怪我人である。白い半袖シャツの胸と脇腹の辺りに血が滲んでおり、剥き出しになった両足にも複数の傷を負っていた。
 「わかた! それは、良い! 」
 「はい! です! 」
 部下は毛布を元に戻して、荷台を離れた。
 それにしても、リーダーも部下も酷い日本語である。彼らの会話が成立しているのが不思議なほどだった。
 (なんで、こいつら仲間同士なのに無理矢理な日本語で話してんだ? )
 クシェル兵の不揃いな私服姿を見る限り、日本人に紛れ込んで作戦行動しようとする意図が見え見えであり、無理な日本語を強引に使っているのは、そのための練習のつもりなのかもしれないが、
 (こんな酷い日本語じゃ、口開いた瞬間にバレるぜ。)
 このこと、早速渋江に報告をして、非常線を張る警察や自衛隊に伝えてもらわなければならないと思った。クシェル兵たちが練習した日本語の成果を自信を持って試みてくれたなら、彼らの仕事はやりやすくなるだろう。
 「おい! 」
 「はっ、はいぃ! 」
 いつの間にかリーダーの男が銃を下ろして、軽トラックの屋根をボディを興味深そうに撫でていた。
 「日本は、誰でも絡繰りの荷車、動かす、か? 」
 「は? 自動車ですか? はい、皆運転してます。」
 「簡単、か? 動く、は? 」
 「か、簡単だと思います。」
 分かり難い日本語を相手に何とか受け答えをしている猛虎だが、内心で焦っていた。
 クシェル兵たちが自動車に興味を持って、彼の軽トラックを取り上げてしまうのではないかと心配していたのだ。市街地のど真ん中で怪我人を抱えて足を奪われるのは非情に辛いし、運転の仕方を教えろなどと言われたら、無駄な時間を消費してしまう。
 ところが、その心配は杞憂だった。
 「動かし、今度、してみよう。」
 「は、はぁ。」
 リーダーは、猛虎から軽トラックを奪うようなことはしなかった。
 クシェル兵たちはエリーネから略奪行為を戒められているので、これは当然のことだったが、それを知らない猛虎は意外に感じていた。
 (異世界の軍隊は殺戮と略奪集団だって聞いてたけど、こいつらは違うのか? )
 国によって、個人によって考え方はバラバラなのかもしれない。
 それならば、ついでにさっさと解放して欲しいと思った。
 「兄を、早く医者に連れて行きたいんですが・・・ 」
 猛虎は善良な一般市民の顔で、リーダーに縋り付くようにして訴えてみた。
 「医者? 」
 リーダーは単語の意味が分からないらしい。
 「医者に連れて行くとは、何だ? 」
 「へ? 」
 猛虎は、「来訪者」たちの間に医療と言う概念が存在しないことを思い出した。
 (そうだ。こいつらは怪我や病気を呪いで治すんだっけ。)
 以前、「来訪者」の集落で「ヒーリング」と呼ばれる魔法治療を見学したことがある。ヒーリングを使える能力者は集落に一人か二人づつ必ず存在していたが、大きな町ならば多数が開業しているとも聞いた事がある。そんな社会で暮らす連中には医者とか病院などと言っても通用するはずがなかった。
 「医者とは何だ? 」
 「け、怪我や病気を治してくれる人です。」
 リーダーは、「ああ」と理解したような顔で頷いた。
 「治癒と回復の術士のことか? 」
 「は、はい。そ、そんな感じの人です。」
 医者と術士では内容も性質もかなり違うと思うが、ここでその点を論じる必要は無い。
 「良い。医者、行け。」
 そう言ってリーダーは部下たちの囲みを解いた。
 猛虎との短いやり取りで危険性は無いと判断したらしい。
 「ありがとうございます! 」
 猛虎は礼を言って運転席に戻った。
 そして、焦らずゆっくりとシートベルトを締め、さて発進しようとした時、運転席側の窓の傍に立って猛虎の発進準備を興味深げに眺めていたリーダーが、ふと思い出したように話し掛けてきた。
 「兄、怪我した、は、どしてだ? 」
 先ほどまでの尋問口調ではなく、世間話のような話し方だった。
 「崩れてきた家の下敷きになりました。」
 猛虎は、それが無難な回答だと思っていた。
 市街地は倒壊した建物だらけなので、その中のどれかで戦闘に巻き込まれて怪我を負ったと言うのが一番自然な理由だと考えていた。
 「お前、町にいた、か? 」
 「はい、兄と一緒に家の中に隠れていました。」
 ホンの一瞬、リーダーの表情に疑念が浮かんだことに、猛虎は気付かなかった。
 「そうか、迷惑、謝る。」
 「いえ、そんな。」
 町を破壊したクシェル兵を代表して頭を下げているようなリーダーの紳士な態度に恐縮してしまったようなリアクションを見せながら、猛虎は軽乗用車を発進させた。
 猛虎は、バックミラーの中で次第に遠離って行くクシェル兵たちの姿を見ながら、随分と簡単なやり取りで解放されたことを意外に感じながらもホッと一息吐いていた。
 (想像していたよりも、穏やかな連中だな。)
 クシェル船の船長を容赦無く殺してしまったエリーネの手際を見せつけられていたので、クシェル兵はもっと残酷で危険な連中だと思い込んでいたのだが、その予想は外れた。
 (奴らの憎しみや怒りによる暴力は敵対者にのみ向けられるということか。一般人に危害は加えないということだな。)
 それならば、いずれは彼らの憎しみや怒りが自分にも向けられるに違いない。
 その機会は直にでも訪れることを覚悟しなければならない。
 (少人数で陸自の一個連隊を全滅させた連中ねぇ、かなり厄介な相手だよ。)
 猛虎の背筋がゾクゾクしていた。
 恐怖心や緊張感によるものではない。
 その感じ、武者震いであるらしい。


 凸凹のアスファルト道をノロノロと遠離って行く軽乗用車の後ろ姿を見送りながら、リーダーは近くにいた数名の部下たちに声を掛けて傍に呼び寄せた。
 「シス分隊長。あの男、行かせて、良い、でしたか? 」
 「あの男、怪しい、思う、でした。」
 集まってきた部下たちは口々に猛虎の不審を口にしていたが、そこには明確な根拠があった。
 「どう、思た? 」
 シス分隊長の問い掛けに、
 「戦いの時、町に人はいなかた、変です。」
 猛虎とシス分隊長の最後の会話を聞いていたらしい白いブラウスにスラックスというビジネススタイルの女性兵士が怪訝そうな顔で指摘をした。
 エリーネとアルマス副官は戦闘前に米代市街地には住民が不在だということを確認しており、それを兵たちに伝えていた。
 エリーネは魔女の誰もが持っている精神感応力で、一定距離内の人間の脳波を感じ取ることが出来るので、敵意を持った陸上自衛隊以外の人間が一人でも市街地にいれば、彼女が感じないはずは無い。
 それに、エリーネほどでは無いが精神感応力を操ることができるアルマス副官も、市街地には非戦闘員は不在であり、戦闘前に退避が完了していることを確認していた。
 指揮官二名の精神感応力は絶対的であり、たかが戦闘員と非戦闘員の選り分け程度の作業で誤差が生じるはずが無かった。
 よって、
 「あの男、言てるの、は、嘘だ。」
 シス分隊長は、そう断言した。
 猛虎との最後の会話で気付いたらしい。
 「それなら、どして行かした、ましたか? 」
 紺色のジャージ姿をした男の兵士が、シス分隊長の判断に首を傾げていた。
 「あの男、魔力感じる。少し。たぶん、魔女から移った。」
 シス分隊長が部下たちの顔を見回し、ニヤリとしながら言った。
 「あ! レヴィナ・フェルトス! 」
 ビジネススタイルの女性兵士が声を上げると、その場にいた皆が一斉に身構えて、手にしていた陸上自衛隊との戦闘で手に入れた戦利品の小銃をガシャガシャと鳴らした。
 今にも追撃を主張しそうな部下たちを、シス分隊長は「待て」と制した。
 「あの男、向かうとこ、いる、魔女のとこ! 」
 焦らなくとも、猛虎から微かに流れ出ている魔力の痕跡を尾行することで、レヴィナの潜伏先を突き止められると言う。
 「報告、しない、ですか? 」
 上官に報告し、指示を仰いだ方が良いのではないかとの部下たちの指摘だったが、シス分隊長は首を振った。
 「我々だけ、で、魔女、殺す! 魔女、の、殺した後、報告で良い。」
 「「「しかし・・・ 」」」
 部下たちの幾人かは戸惑っていた。
 おそらく、彼らの分隊長は抜け駆けの功名を狙っている。軍において部下が身勝手に動くことは多くの場合で好ましくない結果を生むとされているので、彼らが戸惑うのは当然のことである。
 だが、せっかく見付けた手掛かりを上官に伝えることにより、実戦に於いて他の分隊に手柄を攫われたくないというシス分隊長の気持ちは分かるし、個々の兵士たちにも功を挙げたいとの欲はある。
 「別の手掛かり、他の分隊、持ている。これ、我々、モノ! 魔女、我々、殺す、手柄もらう! 」
 エリーネやアルマス副官は、クシェル船から掻き集めたレヴィナの身の回り品を使って残存魔力を辿ろうとしていた。
 それは警察犬が犯人の所持品で臭いを覚え、それを辿るのと同じ要領だが、あまり効率の良い追跡方法ではない。レヴィナがじっとしてくれているならば良いが、頻繁に移動を繰り返されたら、その痕跡を追うのは時間と手間と根気の必要な作業になってしまうに違いない。
 現在、米代市内にはエリーネとアルマス副官が直接率いる本隊二〇名以外に、一〇名前後で編成した九つの分隊が展開されている。其々の分隊はレヴィナの衣類や装飾品を与えられ魔力に敏感な兵を先頭に立てて捜索中である。
 しかし、猛虎を尾行すればシス分隊は地道な捜査活動をしている他分隊を確実に出し抜くことが出来る。
 「現場、起きたこと、判断、分隊長、任されている! 」
 全体の目的や方針さえ違えなければ、現場指揮官に判断を任せられているということなのだが、果たして得た情報の囲い込みについては許される行為なのかどうか?
 しかし、シス分隊長の決意の堅さと、功名心は部下たちにも伝わっていた。
 暫く、部下たちは互いに顔を見合わせて思案していた。
 最も戸惑い顔をしていたビジネススタイルの女性兵士が決心したような顔で言った。
 「やります! 」
 彼女が頷いたことで、他の兵たちの心も決まったらしい。
 直ちに散らばっていたシス分隊の全員が呼び集められた。
 その数は一一名。
 彼らはシス分隊長から作戦指示を受けると、他の分隊の兵に気付かれないよう、猛虎を追うべく静かに動き出した。
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