18 / 44
17
しおりを挟む
最悪の場合、常田の家に押しかけなくちゃいけないと思っていたが、幸いにも水族館内で彼を見つけることができた。彼は水族館に設置された喫煙所で、死んだ目をしていた。
「よう」
喫煙所に入りながら声をかけると、彼は顔を上げた。蒸気機関のように吐き出した紫煙が、常田の周りにまとわりつくように揺れた。
「相変わらずDHAの高そうな目をしてるじゃないか」
彼は僕の軽口をものともせずに「悪かったな」と返す。
「それで、何の用だよ?」
「水族館でたまたま見かけた友達に声をかけちゃ悪いか?」
「いいや、悪くないな」
「だろ? 回りくどいことをするのは嫌だから直接言う。お前が恋をしている相手っていうのは、あの人魚のことだろ」
わずかな沈黙が流れた。常田は一度煙草を吸い、ため息でもつくように煙を吐き出した。
「なんだ。バレちまったのか。そうだよ」
彼は隠す素振りも見せず、頷いた。それから、僕の隣に立つ月野に視線を向ける。
「それで? もう一度聞くがなんの用だよ。お前ら二人揃って俺を馬鹿にしに来たのか? 身の程も弁えない恋だって笑い者にするつもりかよ」
彼は少し苛ついているようだった。頭をガシガシと掻きむしっている。身体にこびりついたヤニの匂いがした。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。だから、ここに来たんです」
「ああ、この子の言う通りだよ」
「あんな風にずっとガラスに閉じ込められてて……一生檻の中なんて、そんなのあんまりじゃないですか。きっと、あの人魚さんにとって常田さんは救いなんですよ」
まるで自分のことのように、人魚について語る月野の表情には熱がこもっていた。
救い、という言葉に常田は反応したようだった。落ち窪んだその目が救いを求めてるように見えたのは錯覚だろうか。
だから、彼は続く月野の発言に驚いてしまったのだろう。
「ねえ常田さん。私達は今から寝ます」
「は?」
月野の意味不明な言葉に、常田が声を出した。彼は顔をしかめている。
僕は思わず笑ってしまった。
「サンタさんも眠いですよね?」
「ああ、僕もすごく眠い。場所などお構いなしに眠っちまいそうだよ」
月野のやりたいことを察した僕は、彼女の案にのることにした。
「サンタさんも眠いそうです。というわけで、私達は今から寝ます」
僕がその話に乗ったことにより、ますます混乱した常田は「おい三田。どういうことだ」と問いかけてくる。
「だから私達は、今から常田さんが何を言っても聞こえません。何を吐き出したとしても、私達は夢の中です」
常田はようやく理解したようだ。
彼女は常田の様子を伺ってから、喫煙所のベンチに座った。僕もその隣に腰を下ろして、目を閉じる。
しばらくの間、常田は黙っていた。目を瞑っていても、彼の葛藤が手に取るように分かる。常田はしばらく悩んでから、喋り出した。それはどこにでも有りそうな、平凡な男の恋の物語だった。
「よう」
喫煙所に入りながら声をかけると、彼は顔を上げた。蒸気機関のように吐き出した紫煙が、常田の周りにまとわりつくように揺れた。
「相変わらずDHAの高そうな目をしてるじゃないか」
彼は僕の軽口をものともせずに「悪かったな」と返す。
「それで、何の用だよ?」
「水族館でたまたま見かけた友達に声をかけちゃ悪いか?」
「いいや、悪くないな」
「だろ? 回りくどいことをするのは嫌だから直接言う。お前が恋をしている相手っていうのは、あの人魚のことだろ」
わずかな沈黙が流れた。常田は一度煙草を吸い、ため息でもつくように煙を吐き出した。
「なんだ。バレちまったのか。そうだよ」
彼は隠す素振りも見せず、頷いた。それから、僕の隣に立つ月野に視線を向ける。
「それで? もう一度聞くがなんの用だよ。お前ら二人揃って俺を馬鹿にしに来たのか? 身の程も弁えない恋だって笑い者にするつもりかよ」
彼は少し苛ついているようだった。頭をガシガシと掻きむしっている。身体にこびりついたヤニの匂いがした。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。だから、ここに来たんです」
「ああ、この子の言う通りだよ」
「あんな風にずっとガラスに閉じ込められてて……一生檻の中なんて、そんなのあんまりじゃないですか。きっと、あの人魚さんにとって常田さんは救いなんですよ」
まるで自分のことのように、人魚について語る月野の表情には熱がこもっていた。
救い、という言葉に常田は反応したようだった。落ち窪んだその目が救いを求めてるように見えたのは錯覚だろうか。
だから、彼は続く月野の発言に驚いてしまったのだろう。
「ねえ常田さん。私達は今から寝ます」
「は?」
月野の意味不明な言葉に、常田が声を出した。彼は顔をしかめている。
僕は思わず笑ってしまった。
「サンタさんも眠いですよね?」
「ああ、僕もすごく眠い。場所などお構いなしに眠っちまいそうだよ」
月野のやりたいことを察した僕は、彼女の案にのることにした。
「サンタさんも眠いそうです。というわけで、私達は今から寝ます」
僕がその話に乗ったことにより、ますます混乱した常田は「おい三田。どういうことだ」と問いかけてくる。
「だから私達は、今から常田さんが何を言っても聞こえません。何を吐き出したとしても、私達は夢の中です」
常田はようやく理解したようだ。
彼女は常田の様子を伺ってから、喫煙所のベンチに座った。僕もその隣に腰を下ろして、目を閉じる。
しばらくの間、常田は黙っていた。目を瞑っていても、彼の葛藤が手に取るように分かる。常田はしばらく悩んでから、喋り出した。それはどこにでも有りそうな、平凡な男の恋の物語だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる