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第2章「夢を見る処」
第21話「針の刀を逆手にもって、チクリチクリと腹つけば」
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100近い数を相手にするような経験は、流石のファンにもない。大規模な攻撃スキルがあれば100だろうと200だろうと構わないという剣士もいるが、現実には足を止めて打ち合うならば、それこそ隕石でも降らさなければ無理がある。
特に精剣を刃物としてしか使えないファンであるから、足を止めて真っ向から切り抜ける等という選択肢はなく、接近しての奇襲と離脱を繰り返す事になる。
――流石にバテるな……。
座り込んでしまいたい程ではないが、手足の如く操れる非時に重さを感じ始めたファンは、額からこぼれ落ちてくる汗を乱暴に拭った。グローブやタバードなど投げ捨てたい衝動に駆られるが、この衣装はファンの矜恃だ。投げ捨てる事は、旅芸人であろうとする事を捨てるも同じ。それに上着に防御力など求められないが、グローブは滑り止めも兼ねている。
「ッ」
ベルトからスローイングナイフを抜き、投擲する。ここに来てもファンの腕は鈍っていない。投擲は正確で、コボルトの首筋に突き刺さっていく。額を狙ったのでは頭蓋骨の丸みで滑ってしまう事があるし、喉や胸では脊髄反射で仲間に知らせる事ができる。脳幹を貫ける箇所こそが、敵を完全に無力化する一点だ。
目立つ位置のコボルトを狙うか、それとも隅から狙うかの計算は、もう頭の中で薄くなっていた。
原因は、やはり疲労か。
まず思考が弱くなる。
とはいえ――、
「雑兵の20や30斬ったくらいでへばったなんていったら、お師匠に顔向けできん。全員、残らず切り捨ててやる」
気を張り直す意味もあって、ファンは度々、その言葉を口にしていた。
魔物を相手にする場合と、人を相手にする場合、圧倒的に違うのは、魔物の体力は底なしという点である。
フミの衛兵を難なく切り捨てていったファンが今、コボルト相手に疲弊させられているのは、コボルトは何も考えずにファンがいるであろう場所に殺到し、容易に混乱すると弱点ばかりの存在であっても、疲れるという事を知らないからでもある。
中心に斬り込み、最小の動きで縦横に剣を振るえば良いという戦いではない。
――大将首を上げればいいんだが。
精剣の光が見えた地点に目をやるファンは、草原でも目立つ白いコボルトが動いていない事を確認した。
そのコボルトを斬る事ができれば雑兵は逃散するという保証はないが、少なくともファンが精神力を削って幻を見破り、剣を振るう負担はなくなる。
「斬り込め!」
そこへ飛んでくる声は、不用意だったかも知れない。
顔を向けたのは、ファンだけでなくコボルトも同じだったのだから。
駆けてくるのはユージンだ。
コボルトにとっては怨敵であるから、当然、手にした武器を振り上げ、小癪でしかないファンの事など頭の中から消してしまう。
ユージンは――、
「抜剣!」
その声と共にカラの姿が精剣へと変わる。
「帝凰剣――」
オーラバードを放つ精剣は、コボルトたちにとって恨み骨髄に徹す存在だった。
だがユージンからのオーラバードは僅かに遅れた。
その遅れを隙と見たコボルトは――勝機を見た気になって、勝機を捨てた。
足が緩んだ瞬間を、ファンが見逃すはずがない。
背後を見せていたコボルトへ、ファンが襲いかかった。
停滞が起こる。停滞は停止を呼び、停止は混乱へと繋がる。白いコボルトが振るっている精剣スキルの影響下にあるユージンは幻を見せられているため、ファンの姿を確認する事ができなかったが、ファンは自分の行動で示して見せた。
その上でいう。
「放て! 味方の技を食らう程、のろまじゃないから信じろって!」
オーラバードを見た事はないが、回避する事、退避する事を主として行動してきたファンだ。
ユージンのスキルを回避するくらいはしてみせるといい放った。
「よく言った!」
ユージンはそこで初めて精剣を――帝凰剣を振るった。Sレアのスキルは一層、大きく発現する。
「飛べ!」
炎の翼を羽ばたかせ、オーラバードが停止してしまったコボルトに襲いかかった。
上空へ舞い上がるオーラバードが巻き込んだのは、5体か6体か、多く見積もっても10体以下だったが、100体と見積もったファンに従うならば、1割弱を平らげられた事になる。
「――!」
白いコボルトが怒鳴ったのは、小賢しいという事だろう。小癪なファンが混乱させ、停滞した所で、ユージンが一網打尽にしようとスキルを放つ。当たり前の事であるが、当たり前であるから効果がある。
それもファンが待避できるという事と、ユージンが躊躇いなく放てる事とが前提となるが、その信頼関係を高々、数日で築いたという事を白いコボルトは信じられていない。
コボルトたちの中心へと斬り込んだファンは、大声を張り上げる。
「詰み筋を拓いたぞ!」
ただ一枚、壁を崩せばいいだけだとユージンへ伝えた。
非時どころか、最早、腕も足も重くなっている。スローイングナイフは全て投げた。
だが壁を一枚、取り除けばユージンが白いコボルトの前に立てるというのならば、無理も無茶もする。
正にファンは鬼の形相だが、ユージンは走りながら軽口を向ける。
「お前、確かに旅芸人でいる方が、凄ェいい男だ」
ファンは100匹いたコボルトの半数以上を切り捨てたのだから、凄腕といっていいが、それを知って尚、ユージンはファンがなりたい、目指しているといった旅芸人にこそ適性があるという。
コボルトが信じる事のできない信頼関係だ。
――さぁ、凌いで見ろ! お前を斬る剣は、もう俺だけじゃねェぞ!
ファンは露払いではなく、ユージンと肩を並べている存在だ。
「オーラバード!」
ユージンが振るう帝凰剣から、今までにない強い力が発露される。
「ライディング――!」
ユージンを騎乗させ、突破する力だ。
真一文字にコボルトの陣を切り裂き、白いコボルトの眼前にユージンを運ぶ。幻など、どう見えていようと構わない。ユージンの隣よりも後ろにいる敵は、ファンが始末してくれる。眼前にいるのは敵だけだ。
「――!」
白いコボルトは悲鳴をあげたのだと思う。
悲鳴をあげ、続いた言葉は体色が白であるというだけで疎んじられた事に対する恨み言だろうか。
それが精剣を手に入れて一目置かれるようになり、コボルトの集団を統括するようになったと訴え……恐らく、最後はこうだ。
――お前が追い込まれて、沈んでればよかったのに!
ユージンもハッキリと感じ取った。
「そりゃ、悪かった!」
オーラバードから飛びかかるユージンは、コボルトの脾腹に帝凰剣を突き立てたのだった。
特に精剣を刃物としてしか使えないファンであるから、足を止めて真っ向から切り抜ける等という選択肢はなく、接近しての奇襲と離脱を繰り返す事になる。
――流石にバテるな……。
座り込んでしまいたい程ではないが、手足の如く操れる非時に重さを感じ始めたファンは、額からこぼれ落ちてくる汗を乱暴に拭った。グローブやタバードなど投げ捨てたい衝動に駆られるが、この衣装はファンの矜恃だ。投げ捨てる事は、旅芸人であろうとする事を捨てるも同じ。それに上着に防御力など求められないが、グローブは滑り止めも兼ねている。
「ッ」
ベルトからスローイングナイフを抜き、投擲する。ここに来てもファンの腕は鈍っていない。投擲は正確で、コボルトの首筋に突き刺さっていく。額を狙ったのでは頭蓋骨の丸みで滑ってしまう事があるし、喉や胸では脊髄反射で仲間に知らせる事ができる。脳幹を貫ける箇所こそが、敵を完全に無力化する一点だ。
目立つ位置のコボルトを狙うか、それとも隅から狙うかの計算は、もう頭の中で薄くなっていた。
原因は、やはり疲労か。
まず思考が弱くなる。
とはいえ――、
「雑兵の20や30斬ったくらいでへばったなんていったら、お師匠に顔向けできん。全員、残らず切り捨ててやる」
気を張り直す意味もあって、ファンは度々、その言葉を口にしていた。
魔物を相手にする場合と、人を相手にする場合、圧倒的に違うのは、魔物の体力は底なしという点である。
フミの衛兵を難なく切り捨てていったファンが今、コボルト相手に疲弊させられているのは、コボルトは何も考えずにファンがいるであろう場所に殺到し、容易に混乱すると弱点ばかりの存在であっても、疲れるという事を知らないからでもある。
中心に斬り込み、最小の動きで縦横に剣を振るえば良いという戦いではない。
――大将首を上げればいいんだが。
精剣の光が見えた地点に目をやるファンは、草原でも目立つ白いコボルトが動いていない事を確認した。
そのコボルトを斬る事ができれば雑兵は逃散するという保証はないが、少なくともファンが精神力を削って幻を見破り、剣を振るう負担はなくなる。
「斬り込め!」
そこへ飛んでくる声は、不用意だったかも知れない。
顔を向けたのは、ファンだけでなくコボルトも同じだったのだから。
駆けてくるのはユージンだ。
コボルトにとっては怨敵であるから、当然、手にした武器を振り上げ、小癪でしかないファンの事など頭の中から消してしまう。
ユージンは――、
「抜剣!」
その声と共にカラの姿が精剣へと変わる。
「帝凰剣――」
オーラバードを放つ精剣は、コボルトたちにとって恨み骨髄に徹す存在だった。
だがユージンからのオーラバードは僅かに遅れた。
その遅れを隙と見たコボルトは――勝機を見た気になって、勝機を捨てた。
足が緩んだ瞬間を、ファンが見逃すはずがない。
背後を見せていたコボルトへ、ファンが襲いかかった。
停滞が起こる。停滞は停止を呼び、停止は混乱へと繋がる。白いコボルトが振るっている精剣スキルの影響下にあるユージンは幻を見せられているため、ファンの姿を確認する事ができなかったが、ファンは自分の行動で示して見せた。
その上でいう。
「放て! 味方の技を食らう程、のろまじゃないから信じろって!」
オーラバードを見た事はないが、回避する事、退避する事を主として行動してきたファンだ。
ユージンのスキルを回避するくらいはしてみせるといい放った。
「よく言った!」
ユージンはそこで初めて精剣を――帝凰剣を振るった。Sレアのスキルは一層、大きく発現する。
「飛べ!」
炎の翼を羽ばたかせ、オーラバードが停止してしまったコボルトに襲いかかった。
上空へ舞い上がるオーラバードが巻き込んだのは、5体か6体か、多く見積もっても10体以下だったが、100体と見積もったファンに従うならば、1割弱を平らげられた事になる。
「――!」
白いコボルトが怒鳴ったのは、小賢しいという事だろう。小癪なファンが混乱させ、停滞した所で、ユージンが一網打尽にしようとスキルを放つ。当たり前の事であるが、当たり前であるから効果がある。
それもファンが待避できるという事と、ユージンが躊躇いなく放てる事とが前提となるが、その信頼関係を高々、数日で築いたという事を白いコボルトは信じられていない。
コボルトたちの中心へと斬り込んだファンは、大声を張り上げる。
「詰み筋を拓いたぞ!」
ただ一枚、壁を崩せばいいだけだとユージンへ伝えた。
非時どころか、最早、腕も足も重くなっている。スローイングナイフは全て投げた。
だが壁を一枚、取り除けばユージンが白いコボルトの前に立てるというのならば、無理も無茶もする。
正にファンは鬼の形相だが、ユージンは走りながら軽口を向ける。
「お前、確かに旅芸人でいる方が、凄ェいい男だ」
ファンは100匹いたコボルトの半数以上を切り捨てたのだから、凄腕といっていいが、それを知って尚、ユージンはファンがなりたい、目指しているといった旅芸人にこそ適性があるという。
コボルトが信じる事のできない信頼関係だ。
――さぁ、凌いで見ろ! お前を斬る剣は、もう俺だけじゃねェぞ!
ファンは露払いではなく、ユージンと肩を並べている存在だ。
「オーラバード!」
ユージンが振るう帝凰剣から、今までにない強い力が発露される。
「ライディング――!」
ユージンを騎乗させ、突破する力だ。
真一文字にコボルトの陣を切り裂き、白いコボルトの眼前にユージンを運ぶ。幻など、どう見えていようと構わない。ユージンの隣よりも後ろにいる敵は、ファンが始末してくれる。眼前にいるのは敵だけだ。
「――!」
白いコボルトは悲鳴をあげたのだと思う。
悲鳴をあげ、続いた言葉は体色が白であるというだけで疎んじられた事に対する恨み言だろうか。
それが精剣を手に入れて一目置かれるようになり、コボルトの集団を統括するようになったと訴え……恐らく、最後はこうだ。
――お前が追い込まれて、沈んでればよかったのに!
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「そりゃ、悪かった!」
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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