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第2章「夢を見る処」
第22話「ぼろろん、ぼろろん。ネコとバイオリン」
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夜明けを告げる陽光に、村人たちは顔を上げ、目を細める。
皆、今までになく疲労困憊しているが、犠牲は――実情はどうあれ――驚く程、少なかったと感じていた。
形としては今までと同じく何とか撃退できたというだけであるが、何も奪われなかった点だけは違う。
即ち撃退ではなく、勝利なのだ――。
精剣を持っていた白いコボルトが討たれると、敵の統制は千々に乱れた。強大な力だけを頼みに集まっていたのだから、それを潰されてしまっては寄って立つものがなくなる。
ユージンを無力化できる事が切り札だったのだから、村人が団結して村を要塞化してしまったり、ファンが参戦してしまえば、こうなるのは自明だった。
「ははは」
そんな村へと帰ってきながら、コボルトにトドメを刺したユージンは、ファンに肩を貸しながら笑っていた。
「悪かった。そっちの方が、ずっといい顔だ」
オーラバードを発動させる寸前にいった言葉を、もう一度、繰り返す。
「顰めっ面も、怒鳴り声も、似合わねェわ」
村で口調を変え、ニコニコと笑っていたファンの顔を、今は「作っている」とは思わない。コボルトの中心で精剣を振るっていたファンを、子供に見せたいと思う親はいないと感じたからだ。
「おっかねェもん」
皮肉や嫌みでなく、ただただユージンは戯けていった。
「自分、一重瞼だから目つき悪いっていわれるんスよ。気を付けてはいるんですけどねェ」
ファンの返しも戯けていおり、また一層、ユージンの笑いを誘う。
「けど、大したもんだ。コボルトの真ん真ん中へ突っ込んでいくなんて、誰にもできねェよ。精剣スキルは、バフか? デバフか?」
フミの時と同様に、ユージンは非時のスキルをそう見ていたが、もう一つ、選択肢はある。
「まさか、使ってない?」
複数のバフや、集団へのデバフとのデュアルスキルは有り得ないノーマルであるから、同様に「効果がないから使わない」というもの。
しかし流石に冗談だ。ファンは苦笑いするのみ。
「使ってたッスよ。ずっと」
「どんなスキルなんだ? 直接攻撃じゃないし、やっぱり回避のバフか?」
あれだけの激戦の中、ファンの身体には爪でひっかいた程度の傷しかない事からの推測だったが、ユージンへファンは首を横に振って見せた。
「スキル名は涙色のビーナス。効果は、雀の涙程のダメージを無効化する」
「おいおい……」
一番の死にスキルであるから悪い冗談だとも思ったが、ユージンは頭を振って打ち消した。
「いい剣だ」
ファンが殊更、拘っている精剣である。
雀の涙程のダメージを無効化する死にスキルではなく、紙一重で勝利させるスキル――非時のスキルはこうだ。
「自分にとって、最高ッス」
ファンを好ましいと思っているエルが、最後の一押しをしてくれるのだから。
ファンとユージンが精剣を手放すと、その姿がエルとカラに戻る。
「こんな自分のいい点を見つけてくれて、それを好きでいてくれるんスよ」
「目の前でいえるんだから、本物だ」
ユージンは笑いながら、ファンの方へ来ようとしてるエルへ顔を向けていた。エルに宿った精剣だから、ファンにとっては特別なのだ。
一礼するエルも、ファンは自分の長所を見つけて、好きでいてくれる特別な存在だと思っている。
「お疲れ様です」
エルの笑みが向けられたユージンとカラも、ファンたちと同じ気持ちを抱いている。カラに宿ったのがSレアの帝凰剣でなかったとしても、ユージンはその精剣を使って戦っていたし、この村を守ろうとした。
村人とて、多かれ少なかれ、家族は特別と思っている。
そう思う皆が揃ったからこそ、何も奪われずに撃退できたという戦果があった。
怪我人はいるが、それだけだ。
身体の傷は治る。
心の傷は回復に時間がかかるが、治らないものではない。
門が開いたのが見え、村人が帰ってくる四人に手を振っているのが見えた。
「へへッ」
ユージンはファンに貸していない方の手を上げて答えるが、ふと足を止めた。
「休んだら、行くんだろ?」
ファンは今から旅芸人に戻る。
「いくらか食べ物を分けてもらったら、出る予定ッスよ」
「そうか……」
語尾を濁らせたのは、少し寂しいという言葉を隠すためだったかも知れない。
「ユージン……」
折角、かつてのユージンが帰ってきたのに、とカラが顔を曇らせるのだが――、
「なら、一つ、教えてくれ」
ユージンはヘッと薄笑いを発しながら、ファンと、そしてカラとを一瞥した。
「露天風呂、垣根の低いところがあるんだって?」
「ああ、あるッスよ。跳んだら届くところがあったッス! 確か北側の――」
次の瞬間、無言のまま二人の頭に拳が落とされた。
一人はエル。
もう一人はカラだ。
「戻ってくるのは良いけれど、変な方向に行かないの!」
カラの怒声は駆け出てくる村人にまで聞こえたのだろう。
それら全てが、張り詰めていた空気を軽くし、何もかもが少しずつ戻り始めた事を示す笑い声になった。
皆、今までになく疲労困憊しているが、犠牲は――実情はどうあれ――驚く程、少なかったと感じていた。
形としては今までと同じく何とか撃退できたというだけであるが、何も奪われなかった点だけは違う。
即ち撃退ではなく、勝利なのだ――。
精剣を持っていた白いコボルトが討たれると、敵の統制は千々に乱れた。強大な力だけを頼みに集まっていたのだから、それを潰されてしまっては寄って立つものがなくなる。
ユージンを無力化できる事が切り札だったのだから、村人が団結して村を要塞化してしまったり、ファンが参戦してしまえば、こうなるのは自明だった。
「ははは」
そんな村へと帰ってきながら、コボルトにトドメを刺したユージンは、ファンに肩を貸しながら笑っていた。
「悪かった。そっちの方が、ずっといい顔だ」
オーラバードを発動させる寸前にいった言葉を、もう一度、繰り返す。
「顰めっ面も、怒鳴り声も、似合わねェわ」
村で口調を変え、ニコニコと笑っていたファンの顔を、今は「作っている」とは思わない。コボルトの中心で精剣を振るっていたファンを、子供に見せたいと思う親はいないと感じたからだ。
「おっかねェもん」
皮肉や嫌みでなく、ただただユージンは戯けていった。
「自分、一重瞼だから目つき悪いっていわれるんスよ。気を付けてはいるんですけどねェ」
ファンの返しも戯けていおり、また一層、ユージンの笑いを誘う。
「けど、大したもんだ。コボルトの真ん真ん中へ突っ込んでいくなんて、誰にもできねェよ。精剣スキルは、バフか? デバフか?」
フミの時と同様に、ユージンは非時のスキルをそう見ていたが、もう一つ、選択肢はある。
「まさか、使ってない?」
複数のバフや、集団へのデバフとのデュアルスキルは有り得ないノーマルであるから、同様に「効果がないから使わない」というもの。
しかし流石に冗談だ。ファンは苦笑いするのみ。
「使ってたッスよ。ずっと」
「どんなスキルなんだ? 直接攻撃じゃないし、やっぱり回避のバフか?」
あれだけの激戦の中、ファンの身体には爪でひっかいた程度の傷しかない事からの推測だったが、ユージンへファンは首を横に振って見せた。
「スキル名は涙色のビーナス。効果は、雀の涙程のダメージを無効化する」
「おいおい……」
一番の死にスキルであるから悪い冗談だとも思ったが、ユージンは頭を振って打ち消した。
「いい剣だ」
ファンが殊更、拘っている精剣である。
雀の涙程のダメージを無効化する死にスキルではなく、紙一重で勝利させるスキル――非時のスキルはこうだ。
「自分にとって、最高ッス」
ファンを好ましいと思っているエルが、最後の一押しをしてくれるのだから。
ファンとユージンが精剣を手放すと、その姿がエルとカラに戻る。
「こんな自分のいい点を見つけてくれて、それを好きでいてくれるんスよ」
「目の前でいえるんだから、本物だ」
ユージンは笑いながら、ファンの方へ来ようとしてるエルへ顔を向けていた。エルに宿った精剣だから、ファンにとっては特別なのだ。
一礼するエルも、ファンは自分の長所を見つけて、好きでいてくれる特別な存在だと思っている。
「お疲れ様です」
エルの笑みが向けられたユージンとカラも、ファンたちと同じ気持ちを抱いている。カラに宿ったのがSレアの帝凰剣でなかったとしても、ユージンはその精剣を使って戦っていたし、この村を守ろうとした。
村人とて、多かれ少なかれ、家族は特別と思っている。
そう思う皆が揃ったからこそ、何も奪われずに撃退できたという戦果があった。
怪我人はいるが、それだけだ。
身体の傷は治る。
心の傷は回復に時間がかかるが、治らないものではない。
門が開いたのが見え、村人が帰ってくる四人に手を振っているのが見えた。
「へへッ」
ユージンはファンに貸していない方の手を上げて答えるが、ふと足を止めた。
「休んだら、行くんだろ?」
ファンは今から旅芸人に戻る。
「いくらか食べ物を分けてもらったら、出る予定ッスよ」
「そうか……」
語尾を濁らせたのは、少し寂しいという言葉を隠すためだったかも知れない。
「ユージン……」
折角、かつてのユージンが帰ってきたのに、とカラが顔を曇らせるのだが――、
「なら、一つ、教えてくれ」
ユージンはヘッと薄笑いを発しながら、ファンと、そしてカラとを一瞥した。
「露天風呂、垣根の低いところがあるんだって?」
「ああ、あるッスよ。跳んだら届くところがあったッス! 確か北側の――」
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一人はエル。
もう一人はカラだ。
「戻ってくるのは良いけれど、変な方向に行かないの!」
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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