女神の白刃

玉椿 沢

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第4章「母であり、姉であり、相棒であり……」

第46話「おにわで ぴょこぴょこ かくれんぼ」

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 女オークの来訪は、必ずしも歓迎できるものではない。オークの嗅覚が優れている事は、この牧場を運営している者ならば皆、知っている事なのだから。インフゥを名指しでやってくる相手に警戒心を懐くのは当然だ。

 だがファンが警戒を解いたのは女オークが来た事ではなく、その姿そのものだった。

 ――ホッホが警戒していないッスね。

 だから女オークが追っ手である可能性が限りなく低いと、ファンが判断するに足りた。

「狭いですけど……」

 普段は大道具を入れている方の馬車に招き入れたファンも、その女オークを追ってきている者がいないかだけは警戒する。

 それも難しい事はない。

 ――これも、ホッホが気にしていないなら大丈夫か。

 自分の目で確かめるのは補弼ほひつだ。ホッホの警戒心に全てを任せられる。

「いないでしょう?」

 馬車の中に戻ってきたファンに対し、女オークはフッと笑って見せた。

「ホッホはインフゥにとって母親の代わりで、姉の代わりですから」

「子供ができたら犬を飼えっていうッスよね」

 出入り口を右手に見ながら腰を下ろしたファンは、昔、聞いた事のある話を口にした。

 エルも覚えている。

「子供が赤ん坊の頃は守ってくれる。幼い頃は遊び相手になってくれる。少年時代の良き相棒でいてくれる……でしたか」

「飼った事はないんスけどね」

 笑うファンは、いつもならばここでボケのひとつもして笑わせようとするのだが、今はボケではなく話を打ち切る方へ向く。

「ところで、インフゥに何があるんスか?」

 敵意や悪意とは無縁の女オークだが、遺跡とセットで秘匿されている牧場から抜け出してくる事は御法度ごはっとのはずだ。外部へ出て、この状況を知らされれば村の秩序は崩壊する。その外部とはファンも含む。

 問題行動を起こしてまで何があるのか――女オークは、そういう思考で動いていない。

「驚いたんです。旅芸人だという方から、いなくなったインフゥの臭いを感じたので」

 女オークがインフゥへと向けている視線からは、無事な姿に胸を撫で下ろしている事が見て取れる。

「ファンさん、この人がコバックさん」

 インフゥが紹介してくれた。

「俺が、助けに戻りたいって思ってた人です」

「……それは、それは……」

 ファンも目を丸くする。この女オーク――コバックをオーク牧場から救い出したかったがために、インフゥは命懸けで村を出たのだった。

 ――女オークは情にあつい。両親を亡くしたインフゥを育ててきたって訳ッスか。

 危険をかえりみず、インフゥの気配に釣られて出てくるくらいなのだ。村人と牧場主の対立が深まる中、どちらへ転んでも最悪の状況になるという状況では、インフゥが決断したのも頷ける。

 ――浅はかっていいにくいッスね。

 苦笑いするファンを横目に、コバックがインフゥを抱き寄せた。

「インフゥ」

 会いたいだけで出て来たが、今、インフゥを抱きしめる心にはもう一つの想いがある。

「よく頑張ったわ」

 インフゥは助けを呼ぶだけでなく、自分に力を授けてくれる者を連れてきたのだ。

だからファンもいえる。

「算段を立てて行くッスよ」

 コバックの事が問題になる前に動けるよう、事態を動かせている。

 これは確信だ。

引き金・・・は既に引きました」

 エルも自覚している。


「私たちの公演が、村の衝突を呼ぶでしょう」


 牧場主と村人が一堂に会するのだから、衝突以外に何が起きるというのか。

***

 ファンもエルも、そんな公演は――したいか、したくないかだけでいえば――したくない。芸だけをやりたいし、また暴動になる引き金を引く事になるのが分かっているのだ。それがやりたくてやりたくて仕方がないとなれば、芸人とはいえない。

 ――芸人が本業・・。剣士は副業・・

 そう思っているのだから本業に集中したい。迷彩のためにやる芸など身につけていない。

 だが副業だとしても、業と明言しているのだから、剣士の仕事もする。

「さァ、さァ!」

 一際、大きな声を出すファンは、芸は本気だ。玉乗りしながらのジャグリングからナイフ投げに繋げる腕は、一層の磨きがかかっている。

 的になっているエルも、朗々と歌いながら立っていられるのだから、余裕を見せられる腕前だ。

 そんな曲芸と音楽が始まる中、インフゥは身を屈めて牧場へと忍び込む。

 何をしようというのかは簡単だ。

 ――子供ッス。


 ファンが指示したのは、コバックの子供を救出する事である。


 ――子供を人質に取られているから、コバックさんは動けないんスよね? だったら、助け出してしまうッスよ。

 これは村人と牧場主とか衝突しようがしまいが必要な事だ。コバックを連れていくならば、連れ出さなければならない。

 そのためにはホッホの存在がありがたい。


 不意を突けるインフゥが探索できるホッホと組み、芸で目を奪えるファンとエルが揺動する――算段といえるかどうか微妙な所だが、役割分担はこうだ。


「ホッホ、頼むよ」

 インフゥの小さな声に、ホッホは振り向かなかった。

 だが振り向かずとも、その背で示す。

 ――任せて。

 ここまでインフゥを導いてきたホッホは女傑じょけつなのだ。
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