90 / 114
第6章「讃洲旺院非時陰歌」
第90話「きらきらひかる 夜空の星よ」
しおりを挟む
レスリーとキン・トゥには平民と騎士爵という身分の差はあるのだが、身分を超えた親交を持っていた。
共にファンとヴィーから師と仰がれているという理由ではなく、互いに一芸に秀でている事、平和を望む思想を持つが故である。何よりも気が合うのだ。
「昔から、舞踊家とは喧嘩をするな、といわれておる」
自ら腕を振るったご馳走を前に、キン・トゥはレスリーへ顎をしゃくってみせる。
「片腕で自分の体重を支え、それどころか飛び跳ねる事すらできる者を、軟弱などとは口が裂けてもいえぬわな」
若い頃は、芸を磨くレスリーを武に全てを捧げられぬ半端者と揶揄する輩が大勢いた、とキン・トゥは憶えている。しかし安く喧嘩をふっかけた者は、悉く高い代償を支払わされた。
「実際に裂いてもいえませぬな」
レスリーはかっかと笑う。敬語を使うくらいはするのだが、レスリーとキン・トゥの間にある友情は確かなものだ。
「裂いちゃダメよ」
ザキが目をパチパチと瞬かせて顔を向けると、レスリーは「いやいや」と頭を掻き、
「実際にやった事はないのだが……いや、いかぬ。笑わせられぬ」
「修行不足。学者は十年、役者は一生ッスねェ」
ファンが笑いかけると、レスリーは「耳が痛い」と戯けつつ舌を出した。
「食えぬ二人よ」
キン・トゥも笑うが、この一言はレスリーにすぐさま切り替えされた。
「わしもファンも食えぬでしょうが、このご馳走は美味しく食えますな」
レスリーがいうキン・トゥのご馳走は、草庵で最も広い道場の床でも狭いと感じるくらいに並べられている。
人の胴体ほどもある大皿が、それ専用の塗り物の台に載る。
それを中心に、二の腕程くらいの皿が、同様の台に載って配置されていた。
載せられているのは、羹、和え物、揚げ物と、これでもかという程の料理である。
ドュフテフルスだけでなく、フューアランダー地方に於ける伝統的な宴席料理であり、盛り付けにも拘った、正にご馳走。
笑顔が絶えない草庵であるから、余計にエルは気になっていた。
――非時が弱いのではなく、使い熟せないファンが弱いというけれど、私の非時とファンの腕を合わせても、ヴィー様のLレアに勝てなかったのだから、ファンだけの責任ではないはず……。
相手がヴィーであったから死を免れただけ。
その上、ヴィーは御流儀を使っていなかったのだから、純粋に精剣の格が勝負を決めたに等しい。
他の相手であったならば、ファンの落命は必至だった。
料理を囲み、笑い合っているからこそエルは恐ろしい。
パンとキン・トゥが手を叩いたのは、それを察しての事かもしれない。
「盛り上がっているが、そろそろお開きにして、年少者は寝た方が良いじゃろう」
インフゥとザキに夜更かしさせてはならないと思えるのは、キン・トゥは教育者こそが真の顔だからだろう。
「なんじゃい、まだまだ宵の口でしょうにな」
レスリーが煽りを入れるが、こちらも本心ではない。レスリー自身は練習で夜更かしする事も多いのだが、子供の時間は日中であると断言する。
「ファンも、明日から修練があるぞ。寝てしまえ」
キン・トゥはお開きだと告げた。
***
後片付けが終わった後、エルが寝静まった草庵を出る。
向かうのはムゥチの小屋だ。
――コモン、アンコモン、レア、Hレア、Sレア、Uレア、Lレア……そんな格から飛び出させるって方法でさ。
冗談のような話であったが、ムゥチが知る方法を試す価値は十二分にある、と判断しての事。
貧民街は女が夜に一人で歩く場所ではないが、エルに気にしていられる余裕はない。またレスリーがそうであったように、ダンスも軽業もできるエルは並の男性を凌ぐ筋力を持っている。余程、多人数の暴漢でなければ対処も可能だ。
「もし……夜分、失礼します」
ムゥチの小屋の前で一度、声をかけたのだが、中からの返事はない。
「もし……?」
もう一度、声を掛けても同じ。
だが訝しめば気付く事がある。
――血の臭い?
コボルトと人間では感じる金属臭が違うため気付きが遅れたが、血の臭いと分かれば行動は早い。
「失礼します!」
心持ち、大きな声を出してエルは小屋に踏み込んだ。
中はコボルト特有の青い血が飛び散っており、その中心でムゥチがあえいでいた。
「ムゥチさん!」
声を掛けると共に肩を叩くエル。視線を移せば、腹からの出血が酷かった。
「……エルさんですかい……」
ムゥチは激痛に顔を歪めつつ、エルへ薄く目を開いた。
「ネーを、連れて行かれやした」
「そんな事より、止血をします」
エルもファンの金創を見てきているため、怪我の度合いは分かる。
――殺す気ではなかったのが幸いした!
腹の傷はギリギリ内臓を傷つけていない。人間よりも頑丈な魔物の身体であれば、動けなくなるが即死しない線を把握している傷だった。それでも出血があるため、放置していれば危険だが。
衛生的にどうなのだと思うが、周囲にあるぼろ切れを集め、ムゥチの腹に当てようとするエルだったが、ムゥチは蝋燭を指差し、
「火を起こして、焼いちまいやしょう」
その方が早いというのだが、とんでもない話だ。魔物の知識ではそうなのだろうが、人の知識とは食い違う。
「傷を縫うのが遅くなりますよ!」
短絡的過ぎると怒鳴りつけ、エルはムゥチに肩を貸した。
「治療して、ネーさんの事はファンと私で対処します。気をしっかり持って」
草庵まで戻ればファンだけでなく、キン・トゥもいる。
「あたしの事なんて、ざっとでいいですよぅ」
だがムゥチは傷の治療は急がないといった。
「ネーを……」
連れて行かれたハーフエルフの方を優先して欲しい。
「ネーは、多分、遺跡でやす」
連れていったのは、フォールとグリューだ。
――他国の剣士が!
エルも目を見開かされてしまう。
長い夜になる――。
共にファンとヴィーから師と仰がれているという理由ではなく、互いに一芸に秀でている事、平和を望む思想を持つが故である。何よりも気が合うのだ。
「昔から、舞踊家とは喧嘩をするな、といわれておる」
自ら腕を振るったご馳走を前に、キン・トゥはレスリーへ顎をしゃくってみせる。
「片腕で自分の体重を支え、それどころか飛び跳ねる事すらできる者を、軟弱などとは口が裂けてもいえぬわな」
若い頃は、芸を磨くレスリーを武に全てを捧げられぬ半端者と揶揄する輩が大勢いた、とキン・トゥは憶えている。しかし安く喧嘩をふっかけた者は、悉く高い代償を支払わされた。
「実際に裂いてもいえませぬな」
レスリーはかっかと笑う。敬語を使うくらいはするのだが、レスリーとキン・トゥの間にある友情は確かなものだ。
「裂いちゃダメよ」
ザキが目をパチパチと瞬かせて顔を向けると、レスリーは「いやいや」と頭を掻き、
「実際にやった事はないのだが……いや、いかぬ。笑わせられぬ」
「修行不足。学者は十年、役者は一生ッスねェ」
ファンが笑いかけると、レスリーは「耳が痛い」と戯けつつ舌を出した。
「食えぬ二人よ」
キン・トゥも笑うが、この一言はレスリーにすぐさま切り替えされた。
「わしもファンも食えぬでしょうが、このご馳走は美味しく食えますな」
レスリーがいうキン・トゥのご馳走は、草庵で最も広い道場の床でも狭いと感じるくらいに並べられている。
人の胴体ほどもある大皿が、それ専用の塗り物の台に載る。
それを中心に、二の腕程くらいの皿が、同様の台に載って配置されていた。
載せられているのは、羹、和え物、揚げ物と、これでもかという程の料理である。
ドュフテフルスだけでなく、フューアランダー地方に於ける伝統的な宴席料理であり、盛り付けにも拘った、正にご馳走。
笑顔が絶えない草庵であるから、余計にエルは気になっていた。
――非時が弱いのではなく、使い熟せないファンが弱いというけれど、私の非時とファンの腕を合わせても、ヴィー様のLレアに勝てなかったのだから、ファンだけの責任ではないはず……。
相手がヴィーであったから死を免れただけ。
その上、ヴィーは御流儀を使っていなかったのだから、純粋に精剣の格が勝負を決めたに等しい。
他の相手であったならば、ファンの落命は必至だった。
料理を囲み、笑い合っているからこそエルは恐ろしい。
パンとキン・トゥが手を叩いたのは、それを察しての事かもしれない。
「盛り上がっているが、そろそろお開きにして、年少者は寝た方が良いじゃろう」
インフゥとザキに夜更かしさせてはならないと思えるのは、キン・トゥは教育者こそが真の顔だからだろう。
「なんじゃい、まだまだ宵の口でしょうにな」
レスリーが煽りを入れるが、こちらも本心ではない。レスリー自身は練習で夜更かしする事も多いのだが、子供の時間は日中であると断言する。
「ファンも、明日から修練があるぞ。寝てしまえ」
キン・トゥはお開きだと告げた。
***
後片付けが終わった後、エルが寝静まった草庵を出る。
向かうのはムゥチの小屋だ。
――コモン、アンコモン、レア、Hレア、Sレア、Uレア、Lレア……そんな格から飛び出させるって方法でさ。
冗談のような話であったが、ムゥチが知る方法を試す価値は十二分にある、と判断しての事。
貧民街は女が夜に一人で歩く場所ではないが、エルに気にしていられる余裕はない。またレスリーがそうであったように、ダンスも軽業もできるエルは並の男性を凌ぐ筋力を持っている。余程、多人数の暴漢でなければ対処も可能だ。
「もし……夜分、失礼します」
ムゥチの小屋の前で一度、声をかけたのだが、中からの返事はない。
「もし……?」
もう一度、声を掛けても同じ。
だが訝しめば気付く事がある。
――血の臭い?
コボルトと人間では感じる金属臭が違うため気付きが遅れたが、血の臭いと分かれば行動は早い。
「失礼します!」
心持ち、大きな声を出してエルは小屋に踏み込んだ。
中はコボルト特有の青い血が飛び散っており、その中心でムゥチがあえいでいた。
「ムゥチさん!」
声を掛けると共に肩を叩くエル。視線を移せば、腹からの出血が酷かった。
「……エルさんですかい……」
ムゥチは激痛に顔を歪めつつ、エルへ薄く目を開いた。
「ネーを、連れて行かれやした」
「そんな事より、止血をします」
エルもファンの金創を見てきているため、怪我の度合いは分かる。
――殺す気ではなかったのが幸いした!
腹の傷はギリギリ内臓を傷つけていない。人間よりも頑丈な魔物の身体であれば、動けなくなるが即死しない線を把握している傷だった。それでも出血があるため、放置していれば危険だが。
衛生的にどうなのだと思うが、周囲にあるぼろ切れを集め、ムゥチの腹に当てようとするエルだったが、ムゥチは蝋燭を指差し、
「火を起こして、焼いちまいやしょう」
その方が早いというのだが、とんでもない話だ。魔物の知識ではそうなのだろうが、人の知識とは食い違う。
「傷を縫うのが遅くなりますよ!」
短絡的過ぎると怒鳴りつけ、エルはムゥチに肩を貸した。
「治療して、ネーさんの事はファンと私で対処します。気をしっかり持って」
草庵まで戻ればファンだけでなく、キン・トゥもいる。
「あたしの事なんて、ざっとでいいですよぅ」
だがムゥチは傷の治療は急がないといった。
「ネーを……」
連れて行かれたハーフエルフの方を優先して欲しい。
「ネーは、多分、遺跡でやす」
連れていったのは、フォールとグリューだ。
――他国の剣士が!
エルも目を見開かされてしまう。
長い夜になる――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる