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第6章「讃洲旺院非時陰歌」
第95話「二月は雨を運んできて湖に張った氷を溶かす」
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禁足地をつかず離れずの間合いで追うというのは、ファンたち四人に心理的負担を強いる。
それは戦場に於いては、沈着冷静でいる事こそ大事と心得ているキン・トゥに毒づかせる程に。
「この場所で、不埒な!」
時折、牽制のために放たれるグリューのスキルに対し、キン・トゥが苦々しいという顔を見せていた。禁足地に踏み込んでいるだけでも不敬であるというのに、陵墓のある鎮魂の森で戦うなど以ての外だ。
だが間合いを詰めて戦う事の不条理を心得てたいるため、一か八かの体力勝負を挑む訳にも行かず、腹立たしさや苛立ちを憶えて尚、グリューを遺跡――ファンたちにとっては陵墓――へ追い込んでいく。
時折、キン・トゥは背後へ視線を向ける。
――わかっているな?
ファンとエルへの目配せだ。
アブノーマル化を始めるタイミングは、キン・トゥとヴィーが奇襲を仕掛けるのと一致させる。
声に出しての返事はしないが、エルがハッキリと頷いたところで、四人の視線が森の切れ目を捉えた。
遺跡。
その姿がグリューの動きを変えさせる。グリューはネーの腕を引っ張り、遺跡の方へ行けと示したのだ。
「見えた!」
グリューはネーから手を離し、その背を力任せに押し遣る。
しかし視線は離せど、警戒心と気配を探る心の目は離していない。
グリューはジリオンを振りかざし、地の精霊に働きかける。
地面が隆起し、ファンたちの足を止めた所で、今度は天の精霊へ。
「サンダーボルト!」
稲妻が落雷へ転じる瞬間、キン・トゥが叫ぶ。
「跳べ!」
広範囲のスキルであるから、キン・トゥも避けろとはいわないし、いえない。
恥も外聞もなく逃げるのみだ。
ファンたちにとって幸いであったのは、ライトニングは精剣から真一文字に放たれたが、サンダーボルトはその名の通り、上から振ってきた事か。
エルを庇うファンは「選択を誤ったな」と呟いた。
――精剣から飛ばす奴だったら、横に薙がれれば危なかったな!
ただしファンも余裕で回避できた訳ではなく、スキルの選択を誤ってくれた事に救われた、と感じている。もっと大規模な戦闘で、方陣や突撃してくる騎士に対して使用したならば、回避できない者もいただろうが、四人という少人数に放った事が回避できた理由だ。
ただ跳び退いた先の事までは、キン・トゥも考えられていない。
「まるで無傷という訳にはいかないが、な」
木にぶつかり、打ち身や擦り傷はある。
その痛みも押さえつけて、 ヴィーは声を張り上げた。
「ファン!」
行け――その一言を込めて。
そしてヴィー自身は前へ出る。
「ドラゴンスケイル」
光と共に現れる鎧と盾では、グリューから丸見えだろうが、寧ろヴィーは囮になる腹づもりだ。
そして鎧と盾に宿る輝きで、自身が持つヴァラー・オブ・ドラゴンの格を見せつけ、その二つで威圧する。
その輝きを見せつけられたグリューは、頬を引きつらせた。それはグリューの中で、Lレアと確定しなかった事を示している。
「……互角以上……ッ!」
トリオスキルのヴァラー・オブ・ドラゴンは、単体のスキルだけではLレアかどうかの判別が難しいのだ。
グリューが考えたのは、ヴィーの精剣はUレアだという事。
だから攻め足が残っている。
――穿てる!?
ジリオンの柄を確かめるかのように手を動かすグリューは、舌打ちと共にネーを遺跡に座らせた。陵墓に改装された時にも残された祭壇らしきものが残る箇所だ。改装する際にも、ここが記録に残らずとも祭祀の場所であった事を当時の者は知っていたのだろう。
「じっとしていて」
ネーに告げ、グリューは急いでメダルを祭壇にセットする。
「いい子ね。そうして大人しくしていれば、きっと格の高い精剣が宿ってくれるわ」
返事もせず、虚ろな目をしているネーに微笑みかけ、グリューはジリオンを振りかざす。
ヴィーが盾を構え、鎧を頼みにして走ってきているのが見えていた。
切っ先をヴィーへと向け、
「シャインアロー!」
切っ先から放たれるという動作こそ、ライトニングと同じであるが、シャインアローはその名の通り、光の奔流を矢のように放つものだった。
「!」
立ち止まり盾の陰に身を隠すヴィーであるが、本能的な動作に過ぎない。盾の使い方など御流儀には存在しないのだから。
それでもヴァラー・オブ・ドラゴンが宿したスキルの盾は、ジリオンの光を拡散させ、防いだ。
飛沫にも顔を顰めさせられるだけの熱量があったが、ヴィーを歯軋りさせるのは、長身といっていいヴィーの身体を後退させる圧力も残されている点だ。
――押し返される!
そういつまでも放っていられるスキルではないのだろうが、圧力に耐えようと身体を強ばらせれば、シャインアローが消えた時、すぐに走れない。
――ファン、急いでくれ!
親友へ視線を向ける余裕すらなかった。
配流されたとはいえ皇帝の陵墓に改装される規模だったのだから、遺跡は非常に大きく、配置されている祭壇は一つではない。
どれか一つでもいいから、エルが辿り着ければ――と思った矢先だ。
「着きました!」
エルの声がヴィーの耳に飛び込んできた!
「今、願い奉ります」
祈りなど必要ないが、祭壇に赤いメダルを置いたエルは反射的に手を合わせていた。この遺跡が、本来は何のために存在しているのか知らないし、ここに眠るマエンに精剣を宿す力があったなど聞いた事がないのだが、それでも手を合わせて祈る。
――アブノーマルに変化させようとすると、剣士も女も、信頼関係を維持できるかどうか分からねェんでやす。
ムゥチの言葉がエルの胸中に蘇ってきた。
――変化ですから、二人の心情にも変化が起きるんでやすね。どうも、相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。今だと、問題になってない、しょうがないなぁ、くらいで済ませられる事が済ませられなくなったりでやす。
聞いた時には何とも思っていなかったのだが、今となっては不安を掻き立てられてしまう。
その不安を知ってか知らずか、グリューが叫ぶ。
「その女には、もう精剣が宿ってる! 今更、精剣が宿せる訳ないわよ!」
果たしてどうなるかは、この段階では誰にも分かっていなかった。
それは戦場に於いては、沈着冷静でいる事こそ大事と心得ているキン・トゥに毒づかせる程に。
「この場所で、不埒な!」
時折、牽制のために放たれるグリューのスキルに対し、キン・トゥが苦々しいという顔を見せていた。禁足地に踏み込んでいるだけでも不敬であるというのに、陵墓のある鎮魂の森で戦うなど以ての外だ。
だが間合いを詰めて戦う事の不条理を心得てたいるため、一か八かの体力勝負を挑む訳にも行かず、腹立たしさや苛立ちを憶えて尚、グリューを遺跡――ファンたちにとっては陵墓――へ追い込んでいく。
時折、キン・トゥは背後へ視線を向ける。
――わかっているな?
ファンとエルへの目配せだ。
アブノーマル化を始めるタイミングは、キン・トゥとヴィーが奇襲を仕掛けるのと一致させる。
声に出しての返事はしないが、エルがハッキリと頷いたところで、四人の視線が森の切れ目を捉えた。
遺跡。
その姿がグリューの動きを変えさせる。グリューはネーの腕を引っ張り、遺跡の方へ行けと示したのだ。
「見えた!」
グリューはネーから手を離し、その背を力任せに押し遣る。
しかし視線は離せど、警戒心と気配を探る心の目は離していない。
グリューはジリオンを振りかざし、地の精霊に働きかける。
地面が隆起し、ファンたちの足を止めた所で、今度は天の精霊へ。
「サンダーボルト!」
稲妻が落雷へ転じる瞬間、キン・トゥが叫ぶ。
「跳べ!」
広範囲のスキルであるから、キン・トゥも避けろとはいわないし、いえない。
恥も外聞もなく逃げるのみだ。
ファンたちにとって幸いであったのは、ライトニングは精剣から真一文字に放たれたが、サンダーボルトはその名の通り、上から振ってきた事か。
エルを庇うファンは「選択を誤ったな」と呟いた。
――精剣から飛ばす奴だったら、横に薙がれれば危なかったな!
ただしファンも余裕で回避できた訳ではなく、スキルの選択を誤ってくれた事に救われた、と感じている。もっと大規模な戦闘で、方陣や突撃してくる騎士に対して使用したならば、回避できない者もいただろうが、四人という少人数に放った事が回避できた理由だ。
ただ跳び退いた先の事までは、キン・トゥも考えられていない。
「まるで無傷という訳にはいかないが、な」
木にぶつかり、打ち身や擦り傷はある。
その痛みも押さえつけて、 ヴィーは声を張り上げた。
「ファン!」
行け――その一言を込めて。
そしてヴィー自身は前へ出る。
「ドラゴンスケイル」
光と共に現れる鎧と盾では、グリューから丸見えだろうが、寧ろヴィーは囮になる腹づもりだ。
そして鎧と盾に宿る輝きで、自身が持つヴァラー・オブ・ドラゴンの格を見せつけ、その二つで威圧する。
その輝きを見せつけられたグリューは、頬を引きつらせた。それはグリューの中で、Lレアと確定しなかった事を示している。
「……互角以上……ッ!」
トリオスキルのヴァラー・オブ・ドラゴンは、単体のスキルだけではLレアかどうかの判別が難しいのだ。
グリューが考えたのは、ヴィーの精剣はUレアだという事。
だから攻め足が残っている。
――穿てる!?
ジリオンの柄を確かめるかのように手を動かすグリューは、舌打ちと共にネーを遺跡に座らせた。陵墓に改装された時にも残された祭壇らしきものが残る箇所だ。改装する際にも、ここが記録に残らずとも祭祀の場所であった事を当時の者は知っていたのだろう。
「じっとしていて」
ネーに告げ、グリューは急いでメダルを祭壇にセットする。
「いい子ね。そうして大人しくしていれば、きっと格の高い精剣が宿ってくれるわ」
返事もせず、虚ろな目をしているネーに微笑みかけ、グリューはジリオンを振りかざす。
ヴィーが盾を構え、鎧を頼みにして走ってきているのが見えていた。
切っ先をヴィーへと向け、
「シャインアロー!」
切っ先から放たれるという動作こそ、ライトニングと同じであるが、シャインアローはその名の通り、光の奔流を矢のように放つものだった。
「!」
立ち止まり盾の陰に身を隠すヴィーであるが、本能的な動作に過ぎない。盾の使い方など御流儀には存在しないのだから。
それでもヴァラー・オブ・ドラゴンが宿したスキルの盾は、ジリオンの光を拡散させ、防いだ。
飛沫にも顔を顰めさせられるだけの熱量があったが、ヴィーを歯軋りさせるのは、長身といっていいヴィーの身体を後退させる圧力も残されている点だ。
――押し返される!
そういつまでも放っていられるスキルではないのだろうが、圧力に耐えようと身体を強ばらせれば、シャインアローが消えた時、すぐに走れない。
――ファン、急いでくれ!
親友へ視線を向ける余裕すらなかった。
配流されたとはいえ皇帝の陵墓に改装される規模だったのだから、遺跡は非常に大きく、配置されている祭壇は一つではない。
どれか一つでもいいから、エルが辿り着ければ――と思った矢先だ。
「着きました!」
エルの声がヴィーの耳に飛び込んできた!
「今、願い奉ります」
祈りなど必要ないが、祭壇に赤いメダルを置いたエルは反射的に手を合わせていた。この遺跡が、本来は何のために存在しているのか知らないし、ここに眠るマエンに精剣を宿す力があったなど聞いた事がないのだが、それでも手を合わせて祈る。
――アブノーマルに変化させようとすると、剣士も女も、信頼関係を維持できるかどうか分からねェんでやす。
ムゥチの言葉がエルの胸中に蘇ってきた。
――変化ですから、二人の心情にも変化が起きるんでやすね。どうも、相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。今だと、問題になってない、しょうがないなぁ、くらいで済ませられる事が済ませられなくなったりでやす。
聞いた時には何とも思っていなかったのだが、今となっては不安を掻き立てられてしまう。
その不安を知ってか知らずか、グリューが叫ぶ。
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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