女神の白刃

玉椿 沢

文字の大きさ
96 / 114
第6章「讃洲旺院非時陰歌」

第96話「近くにネズミの匂いがする」

しおりを挟む
 どのような変化があっても、ここでキン・トゥとヴィーが奇襲を仕掛けるはずだった。一瞬ではあったかも知れないが、グリューは意識をエルへと向けたのだから、隙は確実に存在している。

 だがキン・トゥは隙を突く事ができない。

「抜剣――」

 ファンが非時ときじくを抜こうとしたのに、祭壇の前で立ち尽くすエルの姿に変化はなかったのだ。

 ただ振り向いて首を横に振るエルに、ファンはギョッとする。

 ――精剣が抜けない!?

 これが意味する事は、ひとつ。


 二人の間にしっかりした信頼関係があるから抜ける精剣が抜けないとは、ファンとエルの信頼関係が損なわれた・・・・・事を示している。

 グリューの見せていた隙は、潰えた。


「チィーッ! 何か狙ってたのね!」

 グリューがわざとらしい程、大きく舌打ちし、切っ先の向きをエルへ変える。

「火の子よ踊れ、風の子よ舞え! 呼べ、光の神楽!」

 ヴィーが精剣スキルで出現させた盾と鎧で防いでいた魔法であるから、何の防具も持っていないエルには必殺の一撃となってしまう。

「シャインアロー!」

 棒立ちになっているエルは、自分に向かって攻撃魔法が放たれたなど思ってもいない。

「エル!」

 手を伸ばすファンは、必死の思いで抱き寄せ、地を蹴る。

 ただし軽業が得意なファンでも、自分以外のもう一人を抱えて宙返りなどはできず、胸中に祈るような絶叫を響かせるが。

 ――掃射そうしゃしようとしてくれるなよ!

 身体に走った痛みが、強かに身体を打ち付けたものだけであるから、届いたらしい。転げ落ちながらでも敵の間合いからは脱出できた、とファンはしかめっつらで痛みに耐えた。

「エル、無事ッスか?」

 しかし、ファンから声をかけられたエルは、思わずファンを突き飛ばしてしまう。

「……寄らないで下さい」

 エルの声は、絞り出したという表現そのまま。

 身体を離すエルの相貌そうぼうは、幼い頃から共にあり、ファンが生まれた夜、彗星へ向かって「一生懸命、お仕えします」と願った相手に対するものではない。

「アブノーマル化の効果なのか、とても……いえ、凄く、嫌な気分にさせられています」

 声を震わせているエルは、それでも必死に押さえている。


 メダルを祭壇に捧げた時から、エルは何者かに心中を掻き混ぜられたような違和感に襲われていた。


 それはファンに対する不満・・

 ――何故、騎士ではなく旅芸人を選んだのですか?

 ファンは大帝にまで繋がる子爵の甥であるのだから、騎士に叙任じょにんされる事も難しい話ではない。

 だが現実にはファンは騎士ではなく、旅芸人として方々を回る道を選んでいる。

 ――煤けた顔を笑顔に、赤茶けた大地を街や畑に……本当に、それを望むなら、何故、騎士となり、役人として栄達しようとしなかったのですか?

 遠回りというよりも、敵わない道を選びつつ、大言壮語を放っているだけと感じてしまう。

 それら、何故とつく言葉が、いくらでもエルの中に生まれて始め、そして最終的には――、


「私に、非時しか宿らなかったからですか?」


 もしエルに宿った精剣がノーマルではなく、レア以上だったならば、子爵位を持つ伯父がファンを騎士に推薦できていたはずではないか、と自分自身へと攻撃を加えてしてしまう。

 こんな状態で信頼関係も何もない。

 ムゥチのいっていた通りだ。

 ――相手の欠点を我慢できなくなるらしいんでやす。

 今、押さえ込めていられるのは、エルだからこそ。だが自分を疑い、ファンを疑ってしまっているのだから、健全とはいい難い状態だ。

 致命的な状況に陥ったと、グリューがファンとエルの頭上で精剣を振りかざす。

「土の子は地にお前の親を立ち上がらせろ! 風の子は天空より、お前の親をそこへ落とせ!」

 青白い煌めき。

「サンダーボルト!」

 しかしファンとエルへ向けられた落雷は、横から飛び出した人影が二人を突き飛ばして回避させた。

「しっかりせい!」

 ファンを突き飛ばしたのは、遺跡から飛び降りてきたキン・トゥ。

「棒立ちになっていて、誰が笑ってくれるものか」

 エルを突き飛ばしたのはレスリーだった。

「お師匠……」

 驚くファンであったが、レスリーは「しっかりしてくれよ」とファンを向き直り、

「まぁ、時間を稼ぐ事になったのは、よかったかも知れんな」

 レスリーは懐からスローナイフを取り出し、もう一度、今度は四人にサンダーボルトを放とうとしているグリューへ投げつけた。それはファンよりも研ぎ澄まされた一撃である。

 しかも額や胸のような、一撃で致命傷を与える箇所はではなく、手元を狙う。

 そのスローナイフに対するグリューの感想は一言であり、それ以上の言葉を吐く余裕もなかった。

「姑息な!」

 ジリオンで弾き返しこそしたグリューは、次の行動が遅れる。

 それで十分なのだ。

「!」

 ファンは見た。

 ――お師匠は、このためッスか!

 祭壇に座らされているネーへ、身体を引き摺るように近寄っていくムゥチの姿を。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

処理中です...