女神の白刃

玉椿 沢

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第6章「讃洲旺院非時陰歌」

第98話「それでも曇って泣いてたら」

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 精剣せいけんに宿るスキルは剣を手にしてみれば分かる。

 ――涙色のビーナスは消えたんスね。

 アブノーマル化された讃洲さんしゅう旺院おういん非時陰歌ときじくのかげうたはスキルが変化していた。3%だけダメージを無効化するというスキルは、俗に「死にスキル」と呼ばれるものだったが、ファンの感性では紙一重での敗北を紙一重での勝利にしてくれるスキルである。

 それが消えた事は不安というよりも不満になるが、新たなスキルが払拭ふっしょくした。

 ――傷跡のウェヌス。

 そのスキルは、二人が入れるだけの外部から隔絶した空間を発生させる。

「なるほど」

 防御に使うものではないという直感がファンに生まれたが、生まれる瞬間が隙となる。当然、グリューは隙を突く。

「火の子よ踊れ、風の子よ舞え! 呼べ、光の神楽!」

 ファンが一足飛びに飛びかかれない間合いは保っているのだから、ここで魔法を発振すれば必中だと思っていた。

「シャインアロー!」

 しかし襲い来る光線を精剣の刀身越しに見ていたファンは、不意に刀身を中心に空気が振動するのを見た。

振動剣・・・か!」

 グリューの目が見開かれるが、ヴァラー・オブ・ドラゴンのような電磁波振動剣ではない。ヴァラー・オブ・ドラゴンはスキルによって刀身を電磁波振動剣にするが、ファンの讃洲さんしゅう旺院おういん非時陰歌ときじくのかげうたはいわば機能として振動剣になっている。

 ――刃が届くならば必ず斬る。

 ファンの中にエルの声が響いた。この点も特筆すべき特徴だ。通常の精剣と違い、鞘となっている女の意識が保たれ、剣士の傍に寄り添っている。

 故に発動はファンの任意ではなく、エルの意識が振動剣に変えているのだ。


 讃洲旺院非時陰歌は、いうならば精神感応式振動剣。


 その振動剣が切り裂くのは空――光線を伝達させるものを断つのだから、シャインアローは拡散させられる。

「!?」

 規模こそ単体であるが、火力では自身が持つ最大の魔法が掻き消された――防がれたのではなく無効化された――のだから、その衝撃はグリューから時間を奪った。

「刃が届かぬならば、いずれ斬る!」

 シャインアローを消滅させたファンは、一気に間合いを詰めた。そばうエルの気配が、何ともファンには心地が良い。駿馬しゅんめの手綱を名騎手が握ったに等しいとも感じるが、果たしてファンとエルの、どちらが旗手で、どちらが駿馬であるかは、ファンもエルも自覚できないが。

 とはいえ、遺跡から一度、転落しているファンであるから、グリューとの距離は離れすぎていた。

「まだまだ!」

 もう一度、魔法を放つ隙があるとジリオンを構えるグリュー。

 ――単発のシャインアローだからよ!

 広範囲に効果を及ぼすライトニングならば、面で押さえ込む事ができると切り返そうとするグリューであったが、一手違いでファンのスキルが発動する。

「傷跡のウェヌス」

 絶対的な防御となる結界を創り上げるスキルであったが、ファンが使用したのは防御のためではない。


 それはファンとグリューの双方を包み込み、さながら袋に入れ、口を縛ったような状態にした。


「な……!?」

 何が起きたのか分からないグリューが周囲に視線を巡らせた。

「不干渉領域。入れるのは二人だけ」

 ファンは構えを取らず、グリューの意識が自分へ向くのを待った。場合によっては致命的な隙になっていたかも知れないが、ファンとエルの意識は待つ事を選んだ。

「出られるのは一人だけだ」

 つまり、この空間は防御のための空間ではなく、1対1という状況を創り上げるための空間。

「はんッ」

 グリューは嘲笑を浮かべた。

 ――死にスキルでしょう!

 その通りだ。1対1の空間を作り出すといっても、相手の精剣からスキルを奪うような効果はない。ならばファンは独力で、しかも広いとはいい難い空間で戦わなければならない。

「土の子、空より風の子を呼び、輝け!」

 この狭い空間の中では回避のしようがない、とグリューには必勝の笑みがあった。

 しかし……、

「ライトニング!」

 構えたジリオンから、魔法は発動しなかった。

「え……?」

 頓狂とんきょうな声をあげてしまうグリューであったが、ファンは未だに構えも取らず、鼻を鳴らす。

「精霊も、ここには来られない」

 ジリオンは精霊の力を集束させて魔法を発動させるのだから、精霊が排除された空間では不発になるのみ。

「ジリオンじゃ役に立たない・・・・・・!?」

 グリューの歯軋りに滲む口惜しさへ、ファンは強く鼻を鳴らした。

「それが本心だな」

 スキルが不発だったからといって、ファンならば自分の精剣が役に立たないなどとはいわない。口惜しいとしても、それはスキルに対するものではなく、拙い自分の技量に対して。

 ――自分たちが奪われたものを、他の人からも奪いたいってだけじゃないか!

 しくもムゥチがいった言葉を証明する事になった。

 フォールはUレアを宿せた事がアイデンティティであり、グリューは格が高く、強力なスキルがある事にしかジリオンの価値を見出していない。

「お前等は、少しでも自分が有利な点がなければ立ち向かわない。そして、自分が有利である事を隠すため、いくらでも言い訳をする。敵地だ、闇夜だ、手負いだ、と」

 普段ならば、ここまでいう気はない。相手の口上を待たないのだから、自分とて前口上を口にしないのがファンだ。

 だがグリューに対しては、何が何でも叩き潰したい欲求が生まれている。

「けど本当に向かっていけるのは、敵が精剣を持っていないか、それとも俺のようにノーマルしか持っていない時くらいだろう。しかも自分が数を頼みにする事を恥とも卑怯とも思わない」

 ムゥチのいった通り、グリューとフォールは親兄弟を戦火で失ったのだろう。村を蹂躙じゅうりんする兵士が来たのかも知れないし、全てを焼き払う精剣スキルがあったのかも知れない。

 今、ネーをかどわかし、善意を押し付けるように精剣を宿させ、もう一度、自ら望む世にするためルベンスホルンの領主が操る尖兵の一人になるグリューとフォールが、それらと何が違うというのか。

「有利なら戦うが、不利ならどうする? 今の、まさしくそれじゃねェか」

 ジリオンじゃ役に立たないという言葉は、それだ。

 有利になるまで戦わず、また自分が有利になるまで待つ事を恥と思わず、また頑なに認めない。

 敵に地の利がある敵地だ、敵が得意とする闇夜だ、自分は怪我を負っているし、そう簡単に治らない――グリューが用意するであろう言い訳を今、ファンは全て取っ払った。


 互いに己と精剣のみで、他者が絶対に介入ができない1対1の空間。


 そしてファンは、相手が戦闘態勢を取るのを待っている。

「さぁ――」

 ファンは呼びかけると同時に、精剣を構えた。

「入れるのは二人だが、出られるのは一人。斬れば出られる」

「ッ!」

 ファンの煽りに、グリューも精剣を構える。

 刹那、ファンは大きく踏み込み、刃を振るった。

 頭上から振り下ろす真一文字の一撃に、グリューはジリオンを横にして受けようとしたのだが、ゴッと空を揺らせた振動剣が、その精剣と共にグリューを両断したのだった。
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