女神の白刃

玉椿 沢

文字の大きさ
109 / 114
第7章「白刃は銀色に輝く」

第109話「あの日鉄の雨にうたれ」

しおりを挟む
 フミの「遊んでおけ」という声は、ファンたちに届けるには遠い。その二人にこそ向けられているにも関わらず。

 ただ指しているのは、今、前線はファンとヴィーが描いた通りの絵図面になっている事だ。

 不意を突いて奇襲を成功させたため、今ばかりは死傷者を出していないが、このまま無傷で一方的な展開を続けられるはずがない。

 だからこそ、フミはこの展開を「遊び」と表現し、椅子に深々と腰を下ろした姿は観劇でもしているかのよう。

「死者がでるまでもない。怪我人が出たら? そこからが本番だぞ?」

 フミにとっては喜劇である。怪我人が出た時、その衝撃を皆が受け流せるかどうか――それを考えると、フミは自分にとって愉快な事しか思い浮かべない。

 兵士ならば、怪我人や死人が出たショックを、ある程度以上、受け流せる。また効率的に負傷者を下がらせる術を知っているし、それを指揮できる将帥がいるのだから。

 簡単な事だが、ファンたちが出来ていると思っていないのがフミだ。

「まともな軍師・・がいないのか?」

 フミが嘲笑を向けるその先で、インフゥはバウンティドッグを縦横に振るっている。

 ――撹乱かくらん! かく、撹乱!

 インフゥはバウンティドッグを一閃させると共に、空中で身体をひねって着地位置を整えた。バウンティドッグによってホッホの感覚を得られるインフゥには、首が絶対の急所となっている死人は格好の獲物といえる。

 元より犬の狩りとは、敵の喉元に食いつくもの。

 着地と同時に切っ先で弧を描き、二人目の首を断つ。手足と違い、首は筋肉も骨も太いのだが、今やインフゥはファンの高弟だ。断つ力は十分、身についている。

 確実に急所をとらえ、捉えられないならば徹頭徹尾、逃げる。

 そうする事で敵陣に乱れが生じていくのだから、インフゥにも分かった。

 ――指揮されてる訳じゃない!

 フミの精剣ヘロウィンは死人を復活させるが、その死人は大半が意識らしい意識を持っていない。目立つ者に殺到するしか能がなく、ただ押しつぶそうとしてくるだけ。

 ――戦える!

 年少であるインフゥは首を断つには跳躍ちょうやくする必要があるのだが、これもホッホの感覚が完全に補弼してくれる。顎を上げる、身体を捻る、腕を振る……そんな動作で着地位置を巧みに変え、着地直後の硬直を狙わせない。

 そしてインフゥへ死人が集中すると、コバックの投じるライジングムーンが纏めて狩っていく。

 投擲して宙を飛翔させるライジングムーンは、剣士を丸腰にしてしまうのが、そこを狙おうともコバックは人間ではなくオーク。男オークに比べて肉が付きにくいとはいえ、体脂肪率は14%以下と並の人間よりも優れた体躯を持つコバックは怪力だ。

「ッ」

 流石にコバックも首をるような事はできないが、肘打ちの一発で頸椎をへし折り、周囲に戦闘不能にした敵を山と積み上げていく。

 インフゥとコバックの奮戦は勢いづかせる。

「押せ! 押せ!」

 誰からともなく、村人が声を張り上げていた。

 ファンの狙いは功を奏している。ワールド・シェイカーで目眩まし、精剣スキルではなく矢で攻撃、オーラバードで薙ぎ倒し、そこへインフゥとコバックを投入――村人が負ったのは軽傷のみ。

 しかし熱狂のまま押そうとするのは、それで勝てるという確信から来るものではない。


 恐怖・・だ。


 戦場である。何が起きるかなど、分かったものではない。事実、村人は複数の精剣を備えているにもかかわらず、村を奪われ、ここまで後退させられていたのだ。

 早く済ませられるならば早く済ませたい――そんな重圧が、短いとしかいいようのない「押せ」という単語に込められている。

***

 戦場に木霊している、押せ、止まるな、仕留めろ、という悲鳴のような短い言葉は、後方のファンやヴィーには聞こえていない。

 前戦の悲鳴より、指揮を執るヴィーは気にしなければならない事がある。

「血路が開かない」

 ヴィーの口調に苛立ちが滲んだ。危うい傾向である。まだ戦端が開いて、いくらも経っていないにも関わらず、焦っているのだ。

 陽の高さは角度を殆ど変えておらず、これは場合によっては数日にも及ぶ事のある野戦の常識からいえば、一瞬に等しい。

 落ち着けというファンだが……、

「一瞬で血路が開く訳がないッスよ」

 そういう言葉が出るのは、ヴィーが苛立った声を出してくれたが故だ。もしヴィーが苛立ち任せにいなければ、ファンの方がいっていた。

 ファンとヴィーも、早く終わらせたいという気持ちは強い。そんなものは逃避に過ぎないと分かっているが、その上でも感じる。

 奇襲は成功し、インフゥとコバックを前線に投入した。

 混乱し、インフゥとコバックに集中した死人共が遺跡への一本道を開けてしまえば、そこへファンとヴィーが滑り込み、一気にフミのところへ斬り込む手筈てはずだが、こんなものは作戦とも呼びがたい。

 すがるならば、逃避以外の何物でもないのだ。

 祈るように視線を送るファンだったが、

 ――頼む、インフゥ……!

 その期待のインフゥが足を止めてしまう。

「!?」

 インフゥは我が目を疑った。

 ――ミョン・イルラン……!

 眼前に現れた死人の顔を、インフゥは憶えている。

 上覧試合で戦った剣士だ。

 ――精剣!

 手にしている武器も、見覚えがあった。

「ッ!」

 警戒は停止を呼んでしまう。ホッホの感覚が教えてくれたのは、警告が最も強かったのだから。

バカメ・・・

 ミョンはそういった。

 停止したインフゥへ振るった剣は精剣ではない。形こそ同じだが、ただの剣だ。

 ――見てたのに!

 受け止めたインフゥは、グッとうなった。鍔迫つばぜいの形になってしまえば、体格で劣るインフゥが不利だ。鍔迫り合いが弱いのでは話にならないと、キン・トゥからもファンからも教えてもらっているにしても、だ。

 斥候に出たインフゥは、ここにフミ以外の人間がいない事を見ていた。

 ミョンの精剣を宿している女はいない。そして精剣は、鞘となっている女性の死亡で消滅する。

「来ぉーい!」

 ミョンが叫ぶように声を張り上げると、上空から耳をつんざく雄叫びが聞こえた。

「翼竜!」

 誰ともなく出て来た言葉は、フミが呼び出せる死人が人だけでなく、魔物も含まれる事を知らせてきた。

 逃げろという声もあがったが、鍔迫り合いになっているインフゥは逃げられない。

「俺は、また戻ってこられる。そういう最上級のスキルを持つ方がいるからな」

 ミョンが目と口を開き、嗤った。

「お前は、どうなんだ!? ファン・スーチン・ビゼンのノーマルに、そんなものがあるのか!?」

 いうが早いか、翼竜は一斉に火球を吐き出し、頭上から降らせる。


 フミのいう遊びの時間・・・・・が終わった事を告げる炎だ。


「ぎゃあああ!」

「うわあああ!」

 上がっているのは悲鳴だけでなく、断末魔も含まれている。

「おい、おい!」

 怪我で済んだ者も、重傷を負った隣人を抱きかかえて声を掛けてしまう。

 それはだ。

 隙以外の何物でもない。

 停止してしまった前線へ、炎が、火球が、浴びせかけられる。

「ユージン、あの手で行く!」

 それを見たパトリシアがワールド・シェイカーを構えた。

「ああ!」

 ユージンも同様に帝凰剣ていおうけんを構える。

「タービュランス!」

 前線の大地を隆起させるパトリシア。壁を作るのではなく、鋭い切っ先を思わせる岩だ。

「オーラバード!」

 その切っ先から飛び立つオーラバードは、上空を旋回している魔物を狙う。

「繰り返す!」

 帝凰剣を握るユージンは、脂汗を浮かべながらオーラバードを飛翔させた。翼竜も首を落とさなければ消えない。この数を正確に操るのは、ユージンも限界がある。

 その光景は、ヴィーが眉間に刻んでいる皺を一層、深くさせた。

「ファン、これじゃフミの所まで辿り着けないぞ」

 元々、戦力差が存在する上、ミョンがいった通り、フミの軍勢は復活する。精剣スキルによるものなのだから。

「まずは退いたらどうだ? 幸い、死人は頭が悪い。おびき寄せる事だって――」

「いいや、ダメだ」

 ヴィーの言葉を遮ったファンの口調は、剣士のものだった。

 そして剣士ファンの決断は一つである。

「斬り込む!」

 それしか有り得ない。

 しかしヴィーは、それこそ顔を青くしてしまう。

「無茶だぞ!」

 仮にファンが讃州さんしゅう旺院おういん非時陰歌ときじくのかげうたを自在に使えるとしても、そのスキルは大火力でも大規模でもないのだから。

 それでも、とファンは兄弟弟子を見返す。

「ヴィーのいってた、俺たちはすいではないっていうの、よくわかった。将帥しょうすいは、兵士を駒だとするんだろう」

 ファンは、全戦で戦っている者を駒として扱えない。

「俺は旅芸人・・・だ。一座だ。ダチと家族は見捨てられねェ」

 ファンはヴィーから前線へと視線を移していた。

 大して親しくなる理由も状況もなかったはずだ、という者もいるだろう。事実、ファン自身、いわれた記憶もある。

 だが、それがファンの気性であり、気質だ。

「苦難なら、みんなで戦う」

 大将が全戦へ出てきたらフミも動くはず、というのは目のない賭けかも知れないが、ファンは前線へ出ると決めた。

 ヴィーも、この期に及んで止める言葉はない。

「ドラゴンスケイル」

 ヴィーがスキルを発動させた。ヴィーの身体を鎧が覆い、左手に盾が現れる。

「俺も行く」

 ヴィーは強く鼻を鳴らし、右手でファンの胸を突いた。

「戦うだけじゃない。みんなで生き残る。みんなで帰るんだろ」

 ファンとエルの三人で暮らしていきたかったというヴィーなのだ。

 兄弟弟子に対し、ファンは――、

「……もし全部、終わった後、俺が死んでたら、エルを頼むぜ」

 ファンはフッと笑い、そんな事をいった。

 ヴィーが求めて止まなかったエルと非時ときじくたくすといわれても、ヴィーが返す言葉は、実に短い。

「アホか」

 確かにエルがヴィーの元に来て、ファンの思い出は永遠に二人と共にあるのかも知れないが、それで丸く収まるはずもない。

「俺が望んでるのは、お前とエルと俺の三人で、この世界の全ての人を笑顔にする事だ」

 ファンが望んでいる事を、ヴィーも望んでいる。

「俺がいいたかった一番の文句は、なんで俺も誘わなかったのかって事と、宛てのねェ旅にエルを連れていくなって事だ」

 ヴィーはドンッと、ファンの胸を心持ち強く叩いた。

「死なずに生き残れ。みんなで帰るっていっただろう。そしてみんなで、俺が話を付けてきた大公殿下の理想を成す旅に出るんだよ」

「すまん!」

 そういうと、ファンは前線へと駆け出す。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

精霊に愛される(呪いにもにた愛)少女~全属性の加護を貰う~

如月花恋
ファンタジー
今この世界にはたくさんの精霊がいる その精霊達から生まれた瞬間に加護を貰う 稀に2つ以上の属性の2体の精霊から加護を貰うことがある まぁ大体は親の属性を受け継ぐのだが… だが…全属性の加護を貰うなど不可能とされてきた… そんな時に生まれたシャルロッテ 全属性の加護を持つ少女 いったいこれからどうなるのか…

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

処理中です...