ダークマター~二つの記憶

おはようバス

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強い気持ち

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スタジオで歌う二人の歌声に、愛花は十分に満足していた。
「このまま、スタジオで録音を行い、動画を合わせる方向でいいか。」と綱島にメールすると「了解」と返信があったため、急遽録音を行った。
自分も合わせ、全てスタジオで録画してしまおうと、二人に録音の方法を教えていると、昨日面談した彼女から「気に入ったよ。今日、撮影見に行ってもいいか。」とメールが入った。 彼女に「もちろん歓迎よ。」と場所と時間を返信すると、直ぐにその旨をダイスケたちに連絡した。 愛花は心がいつになく高揚して、直ぐにでも歌いたかった。 愛花には、自分を表現する方法は歌であるとの自覚があった。 田舎生まれの、何も取り得がない自分が歌に出会い、人に見出された喜びは、彼女の生を感じる原動力であった。 但し、それは彼女のためのものであり、人を動かすものではなかった。 しかしこの活動では、歌で他者を動かすという、新たな自分を見出せるものがあると思わせてくれる予感があった。 出来る限りのことをしようと心を奮い立たせていた。
「ダイスケさん、これでいいでしょうか?」 やっとの思いでアップしたダブルメモリーのウエブサイトをダイスケに確認してもらいながら、次は、ファンサイトの更新をしなくてはとファンサイトを見た。 掲示板は「あの記事は、本当ですか?」とのレスで埋め尽くされていた。 リンクを開くと、加藤が投稿した“キムジウと千鶴(仮)”の記事が、今週のフライデーに掲載されるらしいとのニュースが掲載されていた。 そのニュースは、人気チューバーが、過激な左翼活動グループ、元学生運動により高校を中退した人物、五十半ばで社会から落伍した人物らとのつながりを指摘しつつ、彼女たちが目指すものはなにかと記載されていた。記事に乗せられた写真はダイスケとともにアパートに入る千鶴の姿であった。
ダイスケがみんなを呼んでどうしようかと相談していると、録音を終わらせた愛花たちが合流した。 その記事を見た千鶴は「誰が書いたかわからないけど、悪質な記事であることは間違いないわ。」と憤っていた。 綱島が冷静に
「帰国後、この記者と対談するというのはどうでしょうか。」と提案すると、キムジウが「その様子をライブで流すのはどうかな?」といった。
「フライデーなら、編集部につてがある。」とレオンが言って、その記者について電話で問い合わせると、編集部から
「丁度良かった、こちらも記事を載せて良いか問い合わせするところでした。」と、記者の連絡先が告げられ、後ほど記事をメールで送ると言ってきた。 記者の名前と連絡先から、ダイスケと同じアパートに住む加藤であることが判明した。 ダイスケには、面識はあったが会話はあいさつ程度であったため、雪乃にどんな人物か確認した。 すると、自称ジャーナリストを自称する、50歳位の売れないゴシップ記者だと指摘したうえで、
「こいつのやりそうなことさ。 いずれにしてもこちらの確認も取らずに卑劣だね。」と憤った。
「とにかく送られてくる記事を確認したうえで対処しましょう。」との綱島の言葉にみんな頷き、「それでは撮影に集中しましょう。」と愛花が声を上げた。

日本でも常にそうであるが、住む者がいなくなった廃村は物悲しい気分に支配されていた。 夕暮れの近づく時間では不気味ですらあった。 事前にネットで調査した綱島は、冬の様子を見ていたため枯れた草木に囲まれていた映像を予感していたが、まだ始まったばかりの秋にあっては、うっそうとした緑に埋もれて、傾いた日に影を落とす森がその場を支配していた。 綱島が絵コンテを書いていると昨日の彼女がやって来た。 彼女は、昨日の弁護士とは違う初老の男と、同じくらいの年の女性を連れていた。 初老の男は、亡くなった元慰安婦の息子であり、女性は、元慰安婦であると紹介された。
初めに愛花が歌った。 そのハスキーな声は非常に情緒的であり、完璧な完成度であった。歌詞の内容も相まって、皆の涙を誘った。 歌い終わると圧倒的な静けさがその場を包み、千鶴とキムジウが歌い始めるまで誰からも声が発せられることはなかった。 二人の歌が流れると次第にすすり泣く声が聞こえるようなった。 秋の少し冷たい風は、頬を伝う涙を冷たく感じさせた 。夏の名残りのセミの声が遠くに聞こえ寂しさをいっそう運んでいた。
歌が終わると自然と拍手が沸いた。 個々にそれぞれの人の生を想像させながら聴いていた。 或いは東京の片隅に立つ娼婦かもしれなかったし、或いは韓国の田舎から強制的に連れ出された娼婦かもしれない。 いずれにしても彼女たちは、戦争と言う不条理な物語の犠牲者であり、彼女が目指すべき人生を、考えることさえも奪っていた。 振り返ることもできないほどのそのおぞましい過去に、未来が縛られて行った少女を思った。 そんなことをそれぞれが体験として、聞かされた物語として、共有し、共感していると感じていた。

その夜、あの場で感じた強烈な共感についてダイスケは考えていた。 確かに今までにも同様の経験がなかったわけではなかった。 例えば、長年追い続けた野球チームの優勝であり、苦労したプロジェクトの成功であったが、それは同一の方向をみている者たちの間にある共感であった。 だが今回は、全く異なるイデオロギーを有する者たちと、歌というツールを通し共感できたことに起因するのではないかとも思えたが、いくら考えてもわからないと、酒とたばこで洗い流しながら意識を失い眠りに落ちていった。

あくる日、会議前の控室で待つダイスケたちの前に現れたチェミヒが、今回の会議の韓国側の取りまとめ役であった。 チェミヒは切れ長の目が特徴的な二十歳の大学生であり、キムジウとは高校の同級生で面識があった。 キムジウが嬉しそうに挨拶すると、
チェミヒは、「私も共感した。ぜひキムジウの手助けがしたい。」と言った。
「過去を引きずることも大切かもしれないけれど、未来を見て行動しないと恐ろしい未来が訪れるわ。 そんなものを誰が望んでいるか? と思うかもしれないけど・・・
でも、日本と戦争するしかないとの声が日増しに大きくなっている気がするわ。 だから、行動することが重要だと思います。」と続けて流暢な日本語で話した。
会議には、32名の韓国人が参加した。 キムジウがこの活動について説明した後、ワークショップ形式によって、韓国国内でどのような活動を行えるかについて話し合いがもたれた。 最終的に、韓国人に対して本活動の啓蒙活動、及び韓国人のコメントに対話する活動を行うこと、及び韓国NGOを立ち上げることになった。 最後に、昨日撮影した動画にハングルに翻訳されたテロップが添えられたものを、みんなで鑑賞した。 そこかしこにすすり泣く声が聞こえてきた。

帰国後アパートに戻ったダイスケは雪乃とともに加藤のもとに向かった。 ダイスの手には加藤の記事の打ち出しが握られていた。 記事の内容は、稚拙なもので仲間の経歴を挙げたうえで、彼らが今申請しているNPO法人の目的は人権、平和を謳いながら慰安婦を象徴に使うことで、日本政府の韓国の対応を批判する反政府団体であり、韓国人と通じたテロ組織ではないかという内容と、頻繁にダイスケのアパートに通う千鶴とキムジウが洗脳され愛人関係を強制されているのではないかという内容であり、今の世相が好む「反日」と「未成年性交」を強調した内容であった。 フライデー編集部からは、記事の事前確認を求めたものの、言論の自由を盾に、そして全て匿名としているのでプライバシーの侵害には当たらないことから、掲載を差し止めることは出来ないと釘を刺された。
加藤には事前に部屋に訪問するとこは伝えていたが、インターホンを鳴らしても出てはこなかった。 雪乃が加藤の携帯に電話を入れると加藤は、「すみません、急用で。会えるのは出版日になる。」と答えた。
みんなが待つ部屋に戻り、ダイスケがこの旨を話すと、綱島が
「いずれにしても慎重な対応が必要ですね。」と言い、どのようにするか話し合いが持たれた。 本日立ち上げる予定のホームページの記事で、内容を否定するコメントを書くという案も上がったが、最終的には、レオンの提案による、加藤との対談を行いその様子を生配信するという案が採用された。 
続いて、韓国で撮影した動画が、ユーチューブとファンサイトに公開され、ホームページアドレスのリンクが付けられた。 みんなが次々と上がるコメントやアクセス数に注目していた。 次々に上がるコメントと閲覧数に驚いている間もないほど対応が必要になった。
「歌に感動した。」と肯定的なものが多かったが、 
「反日は本当ですか?」と心配するものや
「非国民だ。」などの中傷するものも多くみられた。
「いずれにしても記録的なアクセス数だ」と綱島が言うとみんなが頷いた。 心配するコメントや中傷するコメントに対しても、ホームページに載せた『我々の主張』を繰り返しレスをした。
『我々の主張』
「我々、ダブルメモリーは、日本政府の「慰安婦問題は解決した。」とする見解に賛同いたします。 今まで、日本政府は、繰り返されるこの問題に対し、アジア助成基金や和解・癒し財団への助成などを通し誠実に対応してきたことを十分承知しております。
但し、元慰安婦や韓国国民の間に未だある問題があることを鑑みると、日本軍の慰安所が必要であったこと、そのため慰安婦が必要となり、当時日本が統治していた国の国民及び日本国民がそこで働いていたことが問題の根幹にあり、そのことが未だに本人及びその関係者の中で解決し得ない問題として認識されていることに、一人の日本国民として謝罪と問題解決の話し合いの場を持つことが重要であると考えております。
確かに国として問題解決するためには個人の意見を押し殺すことの重要性は否定できません。 しかし、国の問題だからといって個人の意見を黙殺することが、自由な民主主義といえるでしょうか? 国が大きな物語の中で解決できない問題を一国民が解決するよう努力することがいけないことでしょうか?」

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