ダークマター~二つの記憶

おはようバス

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飯田正人と言う男

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ダイスケが部屋に戻ると、飯田とのアポイントが、明後日の15時に取れたことが報告された。 続いて、綱島がコメントを読むと彼の文書は、政府転覆に帰結する特徴があることも報告された。 夕方になって、キムジウと千鶴が戻るとダイスケより状況が報告され、飯田と面談するメンバーとしてダイスケ、雪乃、綱島、五月が担当することが決定された。
キムジウと千鶴から不満の声が出たが、学業優先と言うと、
「じゃあ、なんで綱島くんが行くのよ。」とキムジウから文句が出たが、何度言っても学校に行こうとしない綱島が、それを理由に学校に行くようになるとは誰も思わなかった。
五月は、自分が行くことが不思議であったが、ダイスケからの
「今後コアメンバーとして活動してもらうことになるからこういった経験も必要だ。」との言葉に納得した。 飯田の「ゼロワン」という組織については聞いたことがなかったため、公安一課の同僚に問い合わせたが「聞いたことがない。」との回答が得られるのみであった。念のため、同僚に調査を依頼したうえで、公安として、もしかして大きな獲物を捕らえるチャンスを得たのではないかと考えていた。続いて自分の正体がダイスケたちに知られている可能性を考えてみたが、公平に扱われていることは間違いなかったので、どちらにしても問題ないと判断した。
飯田が面談の場所と指定してきたのは白金にある三百坪はあると思われる自宅であった。その重々しい扉にダイスケがインターフォンを押すことに躊躇していると、扉が自動で開き、黒のスーツを着た男が「どうぞ。」と招き入れた。 男が「お館様が中におります」と言い家の中へ招き入れた。 綱島がダイスケの耳元で「やっぱり組織まだあるのですかね?」と言うと、ダイスケは頷いた。 部屋に入ると大柄の五十代を思わせる男が椅子に座ったまま、物静かな物腰で挨拶した。
「初めまして、飯田正人と申します。あれ、例のお嬢ちゃん方、二人はいないのかい?おじさん、ファンだから残念だね。」
「学生ですから。今の時間は学校です。」というと、「それは、仕方ないな。」と言い、
「今日訪ねて来た用件について聞こうか?」と言った。 ダイスケが
「今、我々は、非常に難しい立場にあります。 このような中で、会員であるあなたがデモを行えば、場合によっては反政府団体のレッテルが張られる恐れがあります。」と言った。それに対し、飯田は、
「デモは、国民に保証された権利であり、何もお宅らの名前でしようとは思っとらんさ。但し、お宅らの主張が我々の行動に理由を与えてくれる。」と言うと、机に置かれた煙草に火を付けた。雪乃が
「今おっしゃった我々の行動とは何ですか?」と聞くと、
「そんなものは言えんよ。いずれにしてもデモはやる。 もう警察にも届け出ているもんでな。」と小さく笑った。
「では、ホームページやコメント欄でデモ参加者を募るのはやめていただけませんか。」とダイスケが言葉を強めて言うと、飯田が、
「それは会員規約のどこに書かれているのか?」と聞いてきたので言葉に詰まった。
「君たちも思っているのだ。 このまま行けば日韓関係は崩壊する。 いずれは戦争だ。しかも政府はその事態に備えているとは思わない。 さらにどの国でも過激なナショナリズムが台頭している。 場合によっては世界大戦すら起こり得るかも。 今日本に必要なのは強いリーダと結束力だ。 平和は、続かんよ。」と凄んだ。ダイスケは、静かに
「そのための解決策を我々は模索しているのです。あなたにとって慰安婦問題は利用できる駒なのかもしれないが、我々にとっては、糸口だ。 あなた方は、何かしたいのですか?平和を望むことではないのですか?」と問うと、飯田は、
「甘ちゃんだな。もう少し、切れる男かと思い会ってみようと考えたが無駄だったようだ。いずれにしても我々は敵対組織であり、君たちに賛同する者は、稚拙で可哀そうな理想主義者の食い物にされていると理解した。 君も何時か思い知ることになる。 いま目の前に居る男が本物の愛国者であり支配者であると。」と言うと、ダイスケたちに帰るように促した。

「狂っていますね。なんで今まで、あんな男が注目されていなかったのですかね?」と帰りの電車の中で綱島が言うと、雪乃が
「やっかいだよ。相当、頭がいいのか、運が良かっただけなのかわからないが、準備は着々と進めていたと考えた方がいいね。 しかも90年代からだよ。 恐ろしい組織が敵対してきた。 あの種の人間は、共感や同調はしないから。 でも、不注意だったね。 何も初対面の人間にあんなに正体をひけらかすことないのに。」と笑いながら、五月の表情を伺った。五月は、深刻な表情でずっと黙っていた。 ダイスケが結論ずけた。
「いずれにしてもデモの監視が必要ですね。 今日来ていなかった山田さんに今後、担当してもらいますか。 それと会員規約の改定とコメント監視の新たなアルゴリズムを。」
「わかっていますよ、直ぐに仕上げます。」と綱島が答えた。

五月は、「今日は、このまま直帰します。」とダイスケたちと別れるとそのまま公安庁に向かった。 飯田の自信に満ちた言動から組織は既に成熟していると感じていた。 そのような組織が、警察、公安、マスメディアの目を逃れていたのは組織内に情報提供者を抱えていることが予測された。 同僚にうかつに連絡した自分を恨んだが、既に済んだことである。迅速に行動することが最も重要であることは一目瞭然であった。 とにかく最も信頼している男に直接今日の話をする必要があった。
公安第一部一課課長の矢部は、五月からの報告を聞きながら、「ゼロワン」という組織について記憶を手繰っていた。 九十年代後半に起こった二百名余りの大学生の集団蒸発は、その関連性が認められなかったため、当時自分探しの旅に出たとの結論で真面目に捜査されなかったが、その捜査で「ゼロワン」を聞いた覚えがあった。 五月の報告が終わると、矢部が事態の深刻さを理解した。 「白金に三百坪の邸宅を構えているとなると、尋常ではない資金があると判断できるな。 いずれにしても大物の案件だ。 五月くんは、そのままダブルメモリーの内部捜査を頼む。 俺は信頼できる部下と基調を行う。 十分注意して、接触があった場合は、報告頼むぞ。」と矢部が言うと、五月は敬礼をして「了解です。」と答えた。

「血が騒ぐね。」任された仕事に満足したのか山田が楽しそうに笑った。
部下に五月が充てられたが、ダイスケが
「さつきさんは顔が割れているから、デモには連れて行かないでください。」と言うと、「ダイスケ、組織にここのメンバーの顔が割れていないっていうファンタジーを信じているのか?」と馬鹿にした様子で言った。 確かに組織力があるのであれば、山田すら全て調査済みであろう。 では、五月は、如何であったのか。もし公安であることがわかっていたら面談でなぜあんなことを言ったのであろうか? しかし、組織にも穴があり五月が我々と出会う前に調査を終えていたとしたらどうであろうかと思いながらも
「都合が良すぎる。」と打ち消した。

飯田が、五月が公安の調査官であることを知ったのは、彼らと会った二日後のことであった。 飯田は、公安の協力者から公安一部及び公安警察の担当部署の捜査官のプロフィールは入手していたものの、全く関係のない公安第二部のしかも第三部門の人間までは対象としていなかったからだ。 もう少し、冷静に話していればと思ったが、ダイスケの吐く平和と言う妄想に怒りを覚えて、ついしゃべり過ぎてしまったことを後悔した。 さらに五月がダブルメモリーの関係者として調査していない人物であったことを部下が見抜けなかったことにも腹が立った。 
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