眼鏡はどこへいったのか?

初瀬四季[ハツセシキ]

文字の大きさ
1 / 1
眼鏡はどこへいったのか?

眼鏡はどこへいったのか?

しおりを挟む
 眼鏡はいったいどこへいったのだろうか。

 イタリアで発明され、フランシスコ・ザビエルにより日本へ伝来し、かの徳川家康もかけていたといわれる、視覚矯正器具の眼鏡。
 最近は、コンタクトレンズの勢いに押され、積極的にかけるものがいないと思われていたが、ファッション雑誌に取り上げられ、おしゃれメガネなるものが現れたことにより、眼鏡をかけること自体が、一つのファッションであるとみなされているあの眼鏡である。

 私も恥ずかしながら、妻と一緒に眼鏡店へ行き同じフレームの色違いを購入した思い出の品の眼鏡。
 その眼鏡が見当たらない。

 朝ベッドから起きて、およそ一時間。
 視界がもやに包まれたようにぼやけており、なにもする気が起きない。
 こんな時はどうでもいいことばかりが頭を巡っていけない。

「お茶が入りましたよ」

 どうやら、妻がお茶を部屋に運んできてくれたようだ。
 しかし、不明瞭な視界で考え事に没頭していた私は、生返事のみを返してしまう。

「どうかしたんですか?」

 妻が不思議そうに尋ねてくる。

「あぁ、いや、眼鏡がね・・・・・・」

「眼鏡が、どうかしたんですか?」

 妻の声に疑問を含まれているのがなんとなくわかった。

「いや、なんでもないんだ」

 思い出の品を無くしてしまったと知られるのは、少し気が重かった。
 できれば気づかれないうちに、見つけ出してしまおうという考えから言葉を濁らせる。

 妻はお茶を机に置くと、そのまま書斎をでていった。

 入れ替わりに今度は、六歳になる娘が入ってくる。

「お父さん! 本読んで!」

 娘のお願いはなるべくなら聞いてあげたいのだが、生憎今は眼鏡がない。
 これでは、本の字がぼやけてしまって全く読み取ることができない。

「すまないが、今はちょっと無理なんだ」

「えー! なんで?」

 娘は、抗議の声をあげながら、私の周りをうろうろと歩き回る。
 そんな娘に、申し訳ないような気持ちを抱きながら、その顔を見て正直に話す。

「ちょっと、眼鏡を無くしてしまってね。字が読めないんだよ」

 すると娘は、パッと止まるとクスクスと笑いだす。

「なに言ってるの? お父さん! 頭に載ってるよ?」

 娘に指摘されてハッと頭に手を触れる。
 そこには、使い古された老眼鏡を載せていた。

「あぁ、いや、これは違うんだよ。いや、まぁ、確かにこれを使えば、字は読めるんだけどね。ーーほら、あのいつもお父さんがかけてる眼鏡がね。ないんだよ」

 漫画などでよくある、頭の上に眼鏡が載っているなどというオチなら、どんなに良かったか。
 私は苦笑しながら、老眼鏡をかける。娘の顔がとても近くに見えた。

「おや? その眼鏡はどうしたんだい?」

 我が娘は、眼鏡などかけていなかった筈だが?
 不思議に思いながら、娘の顔に触れる。娘は、馴染みのあるワインレッドの眼鏡を少しずらしてかけていた。

「お母さんの借りたの! 似合う? 似合う?」

「あ、ああ。かわいいよ。ーーでも、お母さんもお父さんと同じくらい目が悪いからなぁ。困ってるだろうから早く返してあげなさい」

「はーい!」

 娘は、そう元気よくいうと、書斎をでていった。

 どうやら、本を読んで欲しいというのは、単なる口実で、実際は眼鏡を見せびらかしにきただけのようだった。

 しかし、本当に眼鏡はどこへ消えてしまったのだろうか。

 その時、また書斎のドアが叩かれた。

「お茶のおかわりはいかがですか?」

 どうやら、妻がお茶のおかわりを持ってきてくれたようだった。
 ぬるくなったお茶を喉に流し込む。

「あぁ、ありがとう」

 妻は、お茶を湯呑みに注ぐと、懐から何かを取り出す。

「それと、これ居間に置いてありましたよ」

 それは、妻とお揃いの青いフレームの眼鏡だった。
 
「え⁉︎ あ、ああ。そうか。ありがとう。探していたんだ」

「いいえ」

 青いフレームの眼鏡をかけて、微笑む妻の顔を見る。
 そこには、ワインレッドの眼鏡が輝いていた。

 しかし、居間か? そんなところに置いただろうか?

「それじゃあ、私はこれで」

 妻はそういうと、そそくさと書斎をあとにしようとする。

「ーーちょっと待ってくれないか?」

「ーーどうかしましたか?」

「いや、どうも引っかかるんだ」

「引っかかる? それはどういう?」

 眼鏡のツルをかけ直す。

「私は朝から、眼鏡を探していたんだが、一向に見つからなくてね。それで、昨日の夜、最後にどこに眼鏡を置いたか、考えていたんだ」

「それが、居間だったんでしょう?」

「いや、私は確かにベッドの脇に眼鏡を置いたんだよ。それは間違いない。何故なら、眼鏡をわざわざ外して歩き回れるほど私の目は良くないからね」

 少し自虐が混ざっていた。

「しかし、それが朝起きると見当たらなかった。これは、他の誰かが移動したとしか考えられないんだ」

「ーーもしかして、私を疑っていますか?」

 妻は、少し責めるような声音で私に質問してくる。
 私は、たじろぎながらも、自らの推理を話す。

「ーーさ、さっき、あの子が書斎をたずねてきてね、本を読んでくれというんだが、眼鏡がなかった私は、それを断ったんだ。すると、あの子は私に見せびらかすように、ワインレッドの眼鏡を見せてくれたよ。ーーそう、君が今かけている眼鏡をね」

「ーーそれが、なんだと? 確かにあの子が私の眼鏡を勝手に持っていきましたよ? そのせいで、しばらく不便してましたけど」

「そうかな? それにしては、いつも通りお茶を入れてくれたみたいだったけど?」

「⁉︎」

 妻はたじろいだように視線を逸らす。

「それはーーな、慣れていますから」

「慣れていると言っても、扱うのは熱湯だよ? しっかり者の君が眼鏡もつけずにお茶を入れるなんて、そんな危険を犯すかな?」

 少なくとも私にはこんなぼやけた視界でお茶を入れるなんて芸当は無理だ。
 必ず、こぼして軽い火傷を負ってしまうだろう。

「それでも、君はお茶を入れてくれた。ーー何故か?」

「だ、だから、慣れているからと」

「違うな。ーー君は眼鏡をしていたんだよ!ーーそう、私のこの青いフレームの眼鏡をね‼︎」

「⁉︎」

 妻は、身体の前に壁を作るように肩をかきいだく。

「朝起きた君は、いつもの場所に自分の眼鏡がないことに気づいた。そう、その時には、あの子が眼鏡を持って行ってしまっていたんだろう。このままでは、朝の仕事がつとまらない。そう考えた君は、ある悪魔的考えを持ってしまった。ーーそう、私の眼鏡があるじゃないかと!」

「っ!」

「私の眼鏡を無断で借りていたことに多少の罪悪感もあったんだろう。いつもは、お茶のおかわりを持ってきてくれるなんて、ほとんどないからね。君は眼鏡を探す僕の目の前で、私の眼鏡をかけながらお茶を入れてくれていたんだね。ーーすっかり騙されていたよ」

「そ、それは・・・・・・!ーーそうね。正解よ。私があなたの眼鏡を使っていたわ。朝、目が覚めたとき、いつもの場所になかった眼鏡を探す時間も、惜しかった。ーーわかるでしょ? 朝のあの時間がどれほど貴重か! あの数時間に一日のどれだけの価値があるか‼︎ しかたなかったのよ‼︎」

 妻は、声を震わせてそうまくしたてる。

「あぁ、わかるさ。朝の時間は本当に貴重だ。私も休日の朝は新聞を読んで、クロスワードを解くのが日課だからね。ーーだけど、君は私からその朝の時間を奪ったんだ」

「っ⁉︎」

 妻は、泣き崩れるように、その場に膝をついた。

「ごめんなさい。ーーわかっていたのに。あの恐怖を。眼鏡を失う恐怖を私も知っていたのに。あなたにそれを味わわせてしまった」

「ーーわかってくれればいいんだ。それに、私はこの眼鏡を無くしたんじゃなくてほっとしているんだ。ーーこれは、君との大切な思い出だからね」

「あなた・・・・・・」

 私は、妻の目元を指で拭うとそっと抱き寄せる。そこへ、娘が書斎のドアを叩く。

「お母さーん! お腹すいたー!」

「ーーえぇ。そうね」

 妻は気を取り直したように立ち上がる。

 しかし、その笑顔はどこか怒っているように見えた。

「あ、あんまり、怒らないであげてね?」

 書斎のドアを開けた娘は、妻の顔を見た瞬間、脱兎の如く逃げ出した。

「ーー嫌な事件だった」









しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

なるし温泉卿
ネタバレ含む
2020.12.08 初瀬四季[ハツセシキ]

 ご感想ありがとうございます。

 ご指摘の内容について、精査した結果について述べさせていただきます。

 まず1点目。

 老眼鏡を使用しているのなら、眼鏡に掛け替えると、手元が見づらいのではないかという点について。

 老眼鏡にも遠近両用、近視用、遠視用、乱視用等いろいろあるのでどれをかけていたのかは読者の解釈に任せます。

 次に2点目。

 この物語の妻と夫は偶然にもPD(瞳孔間距離)やレンズの度数が同じだったのではないかと考えられます。

 あくまで推測ですが、昔一緒に眼鏡を買いに行った際にその話で盛り上がり、お互いに親近感が湧いたりしたのではないかと思われます。

 家族は似ると言いますが、この夫婦は生活習慣が似通っていたので、老眼の進行も同じように進んだのではないでしょうか。

 ご指摘への回答は以上となりますが、ご納得頂けたでしょうか?

 それでは、またのご感想お待ちしております。

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。