魔王様の執着から逃れたいっ!

クズねこ

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魔王様の執着から逃れたいっ

逃げちゃダメだよ?

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ついに、魔王城から出るんだ。

ここから外に出られるなんて、夢みたい。

でも――たぶん、これで失敗したら、もう次はない。絶対に良くない未来が待ってる。なんでもお願い聞くって言っちゃったし。気を引き締めないと。

「ユキ、最初どこに行きたいの?」

魔王様は、魔法で姿を変えていた。あの、人間離れした美しさも、重すぎるほどの威圧感も消えて、ただのすごくかっこいい人になっている。

いつもの姿なら誰も近寄れないけど、今の魔王様は――近づきがたいけど、確かに人っぽい。親しみやすさ0だった人が、姿を変えてようやく5くらいになった感じ。

すごくかっこいい。でも、この人から俺は逃げるんだ。……頑張らないと。

「そっかぁ。ユキは、ここの外に出たことないもんね。俺が案内してあげる」

「ありがとう」

魔王様は嬉しそうに微笑んで、軽く手を差し出す。俺の手を取ると、ゆっくりと歩き出した。

「門、開けて」

「よ、よろしいのでしょうか……? ユキ様も、ご一緒に?」

「いいから」

低く、短く。その一言で、衛兵たちの背筋がピンと伸びた。重い門が軋みながら開いていく。久しぶりの外の風。

――あぁ、本当に、外だ。空が、広い。太陽が、まぶしい。目の奥がじんと痛くなる。いつぶりだろう。

「ユキ。ここが、俺が治める一番の街だからね。たくさん楽しんで」

「……うん」

街は驚くほど賑やかだった。市場には屋台が並び、香辛料の香りが風に混じって流れてくる。子供たちの笑い声、商人の呼び込み、音楽。全部が、まぶしい。

――でも、どうやって逃げる?この人の隙を突けるのか?街の中に兵士の姿もちらほら見える。きっと全員、魔王様の配下だ。少しでも変な動きをしたら……。

「ごはん、食べてみたいな」

なんとか平静を装って言うと、魔王様は少し首を傾げた。

「え? 魔王城の食事じゃ満足できない? ……シェフ、新しくしようかな」

「ち、違うの! こういうところで食べてみたかったんだ」

危なかった。新しくするって、つまり辞めさせるってことだよね。お願いだから俺のせいで誰も罰しないで。

「そういうことか。じゃあ、行ってみようか。手、離さないでね。迷子になっちゃうから」

「わかった」

やっぱり、簡単には一人になれないか。でも、それでもいい。少しでも、自由の空気を吸いたい。

「どんなもの食べたい? あれとか、美味しそうかな」

魔王様が指差した屋台には、香ばしい煙が立ち上っていた。焼き鳥だ。焦げたタレの匂いがたまらない。

「おじさん、やきとり五本、お願い」

「ほいっ。にいちゃんたち、すっごいかっこいいねぇ! 一本おまけしておくよ!」

「ありがと」

その瞬間だけ、魔王様は少し笑った。知らない人に向ける笑顔。俺はそれを見て、胸が少しだけ苦しくなった。この人が本気で笑えば、誰だって惹かれる。俺だって、最初はそうだった。

――でも、今は違う。この笑顔の奥にあるものを、もう知ってしまったから。

「ユキ、一本おまけしてもらっちゃった。六本だから、ユキに五本あげるね」

「え、半分こしようよ」

「ユキに食べて欲しくて買ったからね。全部食べてもいいんだよ?」

「だめだよ。魔王様も食べて?」

「……ユキがそう言うなら、食べる」

魔王様が一口かじって、ほんの少しだけ表情を緩めた。その横顔を見て、胸の奥がざわめいた。この人、最近あまり食べてない。夜遅くまで執務室の灯りが消えないのを、俺は知ってる。なのに、俺が逃げようとしてるなんて――。

……だめだ。迷っちゃだめだ。

「ん、これ美味しいね。これから魔王城でも食べたいくらいかも」

「そしたら、またくればいいんじゃない? お城出てすぐだし」

「そうしようかな。またユキと来たいしね」

「うん」

――また。その言葉が胸に刺さる。

そんな未来、もうないかもしれないのに。

魔王様の視線がふと、遠くの塔の上に向いた。誰かが合図したみたいに、兵士たちが動く気配がする。その瞬間、背筋がぞくりとした。

もしかして――もう、気づかれてる? 逃げようとしてるって。まさか、全部……試されてる?

「ユキ」

魔王様が静かに呼ぶ。優しい声。けれど、その声の中に、ほんの少しだけ冷たいものが混じっていた。

「楽しい?」

「う、うん。すっごく」

「よかった。……ユキが笑ってるの、久しぶりに見た気がする」

そう言って、魔王様は焼き鳥を一口食べた。その動作ひとつひとつが、なぜか恐ろしく見える。逃げるなら――今だ。でも、足が動かない。この人の隣にいるだけで、心が縛られてしまう。

自由って、どうしてこんなに遠いのかな。

「……ねぇ、ユキ」

「なに?」

「次は、どこに行きたい?」

俺の答え次第で、未来が決まる気がした。逃げるか、戻るか。どちらを選んでも、きっと傷つく。でも、決めなきゃ。

「……少しだけ、歩きたい。ひとりで」

その瞬間、魔王様の瞳が細められた。けれど、次の瞬間には、ふっと微笑む。

「ふふっ、ユキって本当に素直じゃないね。……いいよ。行っておいで。ただし――」

「俺の視界から、消えないでね」

笑顔のまま、言葉の温度が氷のように冷たい。――やっぱり、自由なんて、幻想だったんだ。

でも、それでも。俺は一歩、外の風に向かって足を踏み出した。
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