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序幕~必ず殺してくる男⑥~
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「…………」
また、ベッドの天蓋を下から眺める状態でウルスラは目を覚ました。その瞳に光は無く、体こそ9歳で若々しいはずなのに、どうしようもないほどに重い。
4度目の死に戻り。その目覚めはこれまでで最も憂鬱で、どうしようもない絶望感を漂わせていた。
殺させないと誓ったはずの両親と執事長を、一度は救った。だが、その抵抗も虚しくあっさりと殺されてしまったことは、ただでさえ生きる気力を失いつつあるウルスラの心を確実にむしばんでいく。
(私には……どうしようもないんだわ………)
両親を救いたくて必死にもがいたのに、その努力をあざ笑うようにモートンは3人を殺した。彼の前では、ウルスラの抵抗など無いかも同然かのように。
彼女はもう抗うことをやめた。
誰かを助けようとも思わない。自分ではどうしようもできないと、諦めるしかなかった。モートンの執着と殺意は、ウルスラにどうにかできるものではなかったのだ。
4回も殺されれば、否応関係なく学ぶしかない。そんな学びは嫌だと思ったところで、心に刻まれた恐怖がそれを忘れさせてくれない。
だから、彼女はもう最後の選択…逃亡だけに専念するしかなかった。
(どこか遠くに……絶対、絶対にモートン様の目の届かない場所へ……)
それからウルスラは、「屋敷を出てどこかに逃げたい」と、ただそれだけを両親に訴えた。
9歳のウルスラがそんなことを訴えても、当然両親はそれを受け入れることはできない。懸命に両親はウルスラを説得し、どうしてそんなことを言いだすのかと辛抱強く話を聞こうとした。
でも、理由を聞かれても答えようがない。
「何度もモートンに殺されて、もう殺されたくないから、彼が来れない場所に行きたい」だなんて、誰が信じるだろうか。だって、ウルスラはまだモートンに会ってすらいないのだから。
一瞬、1回目の死に戻りのときに茶会で何度もモートンを避けたにもかかわらず、彼はすでにウルスラを狙っていたような気がしたが、もう深く考えることは止めた。
両親が何度説得しても娘は考えを変えず、それどころか全く屋敷から出ないようになってしまった。
両親からすれば、つい先日まで楽し気に笑っていたはずの娘の突然の変貌に驚くしかない。一切笑わなくなり、常に表情は暗く、屋敷を出たいという。何かあったはずなのに、何も語ってくれない。これにはついに両親のほうが折れた。
そこで両親は、ヴィンディクタ家の領地の端にある保養地にウルスラを行かせることにした。
海に面したへき地の保養地には小さな村があり、領地を巡回するときの仮宿として小さな屋敷があるだけ。村の村長が管理人を兼ねており、すぐに住めるようになっている。
準備は急ピッチで進み、ウルスラと付き添いの侍女が一人、そして道中の護衛が10人ほどで出発することとなった。
「……申し訳ございません、お父様、お母様」
出発当日。馬車に乗り込む前に別れの挨拶をするウルスラの表情は暗い。いや、無表情と言ってもいいかもしれない。
結局、両親はあれからウルスラの笑顔を一度も見ることなく今日を迎えてしまった。かたくなに部屋から出ようとせず、好きな食べ物やお菓子を並べても、たくさんのぬいぐるみを与えても、ウルスラは眉一つ動かさない。
そして今も、別れを惜しむよりも手間をかけさせたことへの謝罪だったりと、娘の変貌ぶりに両親はついていけずじまいだ。
娘に一体何が起きたのか。それを知り、なんとかしてやりたいのに叶わないことを、父は歯がゆく思った。母は娘のことを悲し気に見つめるばかりで、何もできない自分の情けなさに夜ひっそりと泣いていた。
どうしようもないまま、両親はウルスラを見送ることにした。
「いい、謝らなくていいよウルスラ。……今は、ゆっくりしておいで」
「ええ。大丈夫になったら……また、元気な顔を見せてちょうだい」
「はい………」
母はウルスラを優しく抱きしめた。それをウルスラは、自分からもおずおずと腕を伸ばして抱きしめ返す。
娘と侍女が乗った馬車が出発し、それを両親は見えなくなるまで見送った。
それから1週間かけて、保養地へとたどり着いた。
小さな村は家が点在しており、道行く人の姿はまばらだ。しかしそれは過疎地というわけではなく、むしろ適度な距離感を表していると言える。
人々の顔に悲壮感は無いが、過剰な笑顔も無い。穏やかな微笑みだけがあり、それが村の特徴でもあった。すれ違う際にわずかに挨拶を交わし、そのまま離れていく。近すぎず遠すぎずな人間関係を表していた。
のんびりと畑仕事にいそしむ農民。船で海に出た漁師は、適当に網を投げたり釣竿を垂らし、釣れるまで船の中で横になっている。山へと狩りに向かった漁師は、わなを仕掛けると早々に山を下りてきて道端に寝そべる。
保養地と呼ぶにふさわしい、荒々しさの欠片も無いのんびりとした村だ。
そこにある仮宿として建てられた小さな屋敷は本当に小さい。
主人用の部屋が2つに、使用人用の部屋が3つ、食堂と応接間を兼ねた部屋が1つと、たった6部屋しかない。エントランスも無く、来客はほぼ想定していない。泊まるだけの機能しかもたない屋敷だ。
王都にある本邸と比べれば、大人と子供ほどのサイズ差がある。しかし今はその小ささが、ウルスラにはちょうどいいのかもしれない。
「さっ、ウルスラ様。荷ほどきしますね」
管理人でもある村長への挨拶も済ませ、侍女はさっそく荷ほどきを進めていく。ウルスラも自分の荷物くらいはと手伝い、それを侍女は止めなかった。
侍女はここに来る前に、ウルスラの両親から「ウルスラが何かしようとしたら、できるだけさせてあげてほしい」と頼まれていた。
屋敷に居た頃のウルスラは、食べる・トイレ・入浴以外全く動かなかった。何度両親や使用人が庭や外出してみようと誘っても、決して首を縦には振らない。
気分転換にカーテンを開けると、陽の光を避けるようにベッドにもぐりこんでしまう。
だからこそ、今ウルスラが自分から動き始めている光景は、侍女にとって感動ものだ。少しでもいいからウルスラの心が立ち直れるようにとの願いを込めながら、侍女はウルスラを見守ることにした。
そうして、辺境の地でのウルスラの生活が始まる。
最初こそウルスラは一切屋敷から外には出てこず、村には「領主の娘が来ている」という情報だけだったため、村民は本当に屋敷には人がいるのかと半信半疑だった。
しかし、買い物に訪れる侍女の存在や、屋敷の手入れのために村長が頻繁に訪れるため、次第に誰かが住んでいることだけは確かだと思われるようになった。
そしてウルスラも、侍女の勧めで少しずつ外に出るようになった。
表情こそ無表情だが、淡く揺れる美しい水色の髪に、エメラルドのような瞳。明らかに高位貴族と分かる上質な服を纏い、稀に姿を現すことから「ヴィンディクタ家の妖精」と噂されるようになっていた。
(妖精だなんて……私は、何もできない……ただの、無力な存在でしかないのに……)
妖精と言えば、おとぎ話では不思議な力で人々を救う存在として描かれている。しかしウルスラには誰も救うことはできず、自分すら救えない。あるのは、全くもって意味不明な死に戻りをすることだけ。
それを聞いた時、ウルスラは初めて無表情以外の表情を見せた。それは自嘲的な笑みだが、それでもその変化は、侍女が涙するほどに大きなものだった。
そのうち、村の小さい子供が妖精に興味を持ち、屋敷を遠巻きに眺めるようになった。女の子は憧れ、男の子は頬を赤らめる。
見られていることにウルスラは気付いていたが、声を掛けることはしない。今の自分には、他人と話し、笑う資格など無いのだから。
村が海沿いにあるということで、砂浜や小さな漁船がある。これまで内地育ちで海を見たことが無いウルスラは、稀に砂浜から水平線を眺め、自分の人生のこれまでの無情さを儚んでいた。
「……………」
(…私がどこに逃げても、変わらず太陽は海に沈み、海は穏やかに波を打ち続ける……ずっと、変わらないのね…)
潮風にあおられ、髪やワンピースのスカートが揺れる姿は、深窓の令嬢といった佇まいそのもの。
村の人間はそんなウルスラに、無理に接触しようとはしなかった。高位貴族の令嬢との接し方が分からないというのもあるが、平民には無い美しさに気圧されていたというのもある。
ウルスラも、外にこそ出てくるが人との交流は望んでいなかった。ただ、そっとしておいてほしいというのが本音。
こんなへき地にまで来れば、モートンも追っては来れないはず。その安心感だけが、今のウルスラには必要だ。
それから数年が経ち、歳月とともに少しずつ、ほんの少しずつウルスラの表情が柔らかくなっていく。
ウルスラとともに付いてきた侍女も、そんな環境下で過ごすことで徐々に表情が戻ってきたウルスラに、喜びを感じていた。口数こそほとんどないままだが、そんなものはまだ後でいいのだ。
このままいけば、いつかお嬢様は本邸にお戻りになられるのでは…そう侍女が思いながら、村での買い物を終えて戻ってきたとき。
彼女の手から買ったばかりの野菜や果物が地面に滑り落ちた。
「お、嬢……様……?」
侍女は目の前の光景が信じられなかった。
やっと…やっと笑えるようになってきたウルスラが、なぜか地面に倒れ伏している。地面には赤い水たまりが広がり、ウルスラを見下ろすように一人の男が立っていた。
その男の手には一振りの剣が握られており、べったりと赤く染まっている。何が起きたかは一目瞭然だった。
男はゆっくりと侍女を見やる。煌めくような金髪を風になびかせ、血のように紅い瞳を向けた。口元はつり上がり、その表情にはしっかりと笑みが浮かんでいた。
「いっ……いやぁぁぁーーーーーー!!!!!」
侍女の悲鳴が天をつんざく。
これまで、まるで妹のように見守っていたウルスラに突然訪れた死という現実は、侍女をどうしようもないほどの悲しみに陥れた。
一体ウルスラが何をしたというのか。何一つ悪いことをしていないのに、何一つ楽しいことも素敵なこともまだ経験していないのに。ただこの村で穏やかに暮らしていただけの彼女が、どうしてこんな目に合わなければならないのか。
侍女には全く理解できず、ただ目の前のことから目をそらしたかった。こんな悲しい現実を直視できるほど、侍女の心は強くない。
悲鳴の大きさに、村民たちが何事かと集まり始める。だが、ウルスラも…ウルスラを殺した男、モートンもピクリとも動かない。
侍女が膝から崩れ落ち、その瞳から大粒の涙が零れ落ちる直前、彼女の耳には男の声がはっきりと届いた。
「お前がいけないんだ。俺から逃げるから。お前のものは、全て俺のものなのに」
また、ベッドの天蓋を下から眺める状態でウルスラは目を覚ました。その瞳に光は無く、体こそ9歳で若々しいはずなのに、どうしようもないほどに重い。
4度目の死に戻り。その目覚めはこれまでで最も憂鬱で、どうしようもない絶望感を漂わせていた。
殺させないと誓ったはずの両親と執事長を、一度は救った。だが、その抵抗も虚しくあっさりと殺されてしまったことは、ただでさえ生きる気力を失いつつあるウルスラの心を確実にむしばんでいく。
(私には……どうしようもないんだわ………)
両親を救いたくて必死にもがいたのに、その努力をあざ笑うようにモートンは3人を殺した。彼の前では、ウルスラの抵抗など無いかも同然かのように。
彼女はもう抗うことをやめた。
誰かを助けようとも思わない。自分ではどうしようもできないと、諦めるしかなかった。モートンの執着と殺意は、ウルスラにどうにかできるものではなかったのだ。
4回も殺されれば、否応関係なく学ぶしかない。そんな学びは嫌だと思ったところで、心に刻まれた恐怖がそれを忘れさせてくれない。
だから、彼女はもう最後の選択…逃亡だけに専念するしかなかった。
(どこか遠くに……絶対、絶対にモートン様の目の届かない場所へ……)
それからウルスラは、「屋敷を出てどこかに逃げたい」と、ただそれだけを両親に訴えた。
9歳のウルスラがそんなことを訴えても、当然両親はそれを受け入れることはできない。懸命に両親はウルスラを説得し、どうしてそんなことを言いだすのかと辛抱強く話を聞こうとした。
でも、理由を聞かれても答えようがない。
「何度もモートンに殺されて、もう殺されたくないから、彼が来れない場所に行きたい」だなんて、誰が信じるだろうか。だって、ウルスラはまだモートンに会ってすらいないのだから。
一瞬、1回目の死に戻りのときに茶会で何度もモートンを避けたにもかかわらず、彼はすでにウルスラを狙っていたような気がしたが、もう深く考えることは止めた。
両親が何度説得しても娘は考えを変えず、それどころか全く屋敷から出ないようになってしまった。
両親からすれば、つい先日まで楽し気に笑っていたはずの娘の突然の変貌に驚くしかない。一切笑わなくなり、常に表情は暗く、屋敷を出たいという。何かあったはずなのに、何も語ってくれない。これにはついに両親のほうが折れた。
そこで両親は、ヴィンディクタ家の領地の端にある保養地にウルスラを行かせることにした。
海に面したへき地の保養地には小さな村があり、領地を巡回するときの仮宿として小さな屋敷があるだけ。村の村長が管理人を兼ねており、すぐに住めるようになっている。
準備は急ピッチで進み、ウルスラと付き添いの侍女が一人、そして道中の護衛が10人ほどで出発することとなった。
「……申し訳ございません、お父様、お母様」
出発当日。馬車に乗り込む前に別れの挨拶をするウルスラの表情は暗い。いや、無表情と言ってもいいかもしれない。
結局、両親はあれからウルスラの笑顔を一度も見ることなく今日を迎えてしまった。かたくなに部屋から出ようとせず、好きな食べ物やお菓子を並べても、たくさんのぬいぐるみを与えても、ウルスラは眉一つ動かさない。
そして今も、別れを惜しむよりも手間をかけさせたことへの謝罪だったりと、娘の変貌ぶりに両親はついていけずじまいだ。
娘に一体何が起きたのか。それを知り、なんとかしてやりたいのに叶わないことを、父は歯がゆく思った。母は娘のことを悲し気に見つめるばかりで、何もできない自分の情けなさに夜ひっそりと泣いていた。
どうしようもないまま、両親はウルスラを見送ることにした。
「いい、謝らなくていいよウルスラ。……今は、ゆっくりしておいで」
「ええ。大丈夫になったら……また、元気な顔を見せてちょうだい」
「はい………」
母はウルスラを優しく抱きしめた。それをウルスラは、自分からもおずおずと腕を伸ばして抱きしめ返す。
娘と侍女が乗った馬車が出発し、それを両親は見えなくなるまで見送った。
それから1週間かけて、保養地へとたどり着いた。
小さな村は家が点在しており、道行く人の姿はまばらだ。しかしそれは過疎地というわけではなく、むしろ適度な距離感を表していると言える。
人々の顔に悲壮感は無いが、過剰な笑顔も無い。穏やかな微笑みだけがあり、それが村の特徴でもあった。すれ違う際にわずかに挨拶を交わし、そのまま離れていく。近すぎず遠すぎずな人間関係を表していた。
のんびりと畑仕事にいそしむ農民。船で海に出た漁師は、適当に網を投げたり釣竿を垂らし、釣れるまで船の中で横になっている。山へと狩りに向かった漁師は、わなを仕掛けると早々に山を下りてきて道端に寝そべる。
保養地と呼ぶにふさわしい、荒々しさの欠片も無いのんびりとした村だ。
そこにある仮宿として建てられた小さな屋敷は本当に小さい。
主人用の部屋が2つに、使用人用の部屋が3つ、食堂と応接間を兼ねた部屋が1つと、たった6部屋しかない。エントランスも無く、来客はほぼ想定していない。泊まるだけの機能しかもたない屋敷だ。
王都にある本邸と比べれば、大人と子供ほどのサイズ差がある。しかし今はその小ささが、ウルスラにはちょうどいいのかもしれない。
「さっ、ウルスラ様。荷ほどきしますね」
管理人でもある村長への挨拶も済ませ、侍女はさっそく荷ほどきを進めていく。ウルスラも自分の荷物くらいはと手伝い、それを侍女は止めなかった。
侍女はここに来る前に、ウルスラの両親から「ウルスラが何かしようとしたら、できるだけさせてあげてほしい」と頼まれていた。
屋敷に居た頃のウルスラは、食べる・トイレ・入浴以外全く動かなかった。何度両親や使用人が庭や外出してみようと誘っても、決して首を縦には振らない。
気分転換にカーテンを開けると、陽の光を避けるようにベッドにもぐりこんでしまう。
だからこそ、今ウルスラが自分から動き始めている光景は、侍女にとって感動ものだ。少しでもいいからウルスラの心が立ち直れるようにとの願いを込めながら、侍女はウルスラを見守ることにした。
そうして、辺境の地でのウルスラの生活が始まる。
最初こそウルスラは一切屋敷から外には出てこず、村には「領主の娘が来ている」という情報だけだったため、村民は本当に屋敷には人がいるのかと半信半疑だった。
しかし、買い物に訪れる侍女の存在や、屋敷の手入れのために村長が頻繁に訪れるため、次第に誰かが住んでいることだけは確かだと思われるようになった。
そしてウルスラも、侍女の勧めで少しずつ外に出るようになった。
表情こそ無表情だが、淡く揺れる美しい水色の髪に、エメラルドのような瞳。明らかに高位貴族と分かる上質な服を纏い、稀に姿を現すことから「ヴィンディクタ家の妖精」と噂されるようになっていた。
(妖精だなんて……私は、何もできない……ただの、無力な存在でしかないのに……)
妖精と言えば、おとぎ話では不思議な力で人々を救う存在として描かれている。しかしウルスラには誰も救うことはできず、自分すら救えない。あるのは、全くもって意味不明な死に戻りをすることだけ。
それを聞いた時、ウルスラは初めて無表情以外の表情を見せた。それは自嘲的な笑みだが、それでもその変化は、侍女が涙するほどに大きなものだった。
そのうち、村の小さい子供が妖精に興味を持ち、屋敷を遠巻きに眺めるようになった。女の子は憧れ、男の子は頬を赤らめる。
見られていることにウルスラは気付いていたが、声を掛けることはしない。今の自分には、他人と話し、笑う資格など無いのだから。
村が海沿いにあるということで、砂浜や小さな漁船がある。これまで内地育ちで海を見たことが無いウルスラは、稀に砂浜から水平線を眺め、自分の人生のこれまでの無情さを儚んでいた。
「……………」
(…私がどこに逃げても、変わらず太陽は海に沈み、海は穏やかに波を打ち続ける……ずっと、変わらないのね…)
潮風にあおられ、髪やワンピースのスカートが揺れる姿は、深窓の令嬢といった佇まいそのもの。
村の人間はそんなウルスラに、無理に接触しようとはしなかった。高位貴族の令嬢との接し方が分からないというのもあるが、平民には無い美しさに気圧されていたというのもある。
ウルスラも、外にこそ出てくるが人との交流は望んでいなかった。ただ、そっとしておいてほしいというのが本音。
こんなへき地にまで来れば、モートンも追っては来れないはず。その安心感だけが、今のウルスラには必要だ。
それから数年が経ち、歳月とともに少しずつ、ほんの少しずつウルスラの表情が柔らかくなっていく。
ウルスラとともに付いてきた侍女も、そんな環境下で過ごすことで徐々に表情が戻ってきたウルスラに、喜びを感じていた。口数こそほとんどないままだが、そんなものはまだ後でいいのだ。
このままいけば、いつかお嬢様は本邸にお戻りになられるのでは…そう侍女が思いながら、村での買い物を終えて戻ってきたとき。
彼女の手から買ったばかりの野菜や果物が地面に滑り落ちた。
「お、嬢……様……?」
侍女は目の前の光景が信じられなかった。
やっと…やっと笑えるようになってきたウルスラが、なぜか地面に倒れ伏している。地面には赤い水たまりが広がり、ウルスラを見下ろすように一人の男が立っていた。
その男の手には一振りの剣が握られており、べったりと赤く染まっている。何が起きたかは一目瞭然だった。
男はゆっくりと侍女を見やる。煌めくような金髪を風になびかせ、血のように紅い瞳を向けた。口元はつり上がり、その表情にはしっかりと笑みが浮かんでいた。
「いっ……いやぁぁぁーーーーーー!!!!!」
侍女の悲鳴が天をつんざく。
これまで、まるで妹のように見守っていたウルスラに突然訪れた死という現実は、侍女をどうしようもないほどの悲しみに陥れた。
一体ウルスラが何をしたというのか。何一つ悪いことをしていないのに、何一つ楽しいことも素敵なこともまだ経験していないのに。ただこの村で穏やかに暮らしていただけの彼女が、どうしてこんな目に合わなければならないのか。
侍女には全く理解できず、ただ目の前のことから目をそらしたかった。こんな悲しい現実を直視できるほど、侍女の心は強くない。
悲鳴の大きさに、村民たちが何事かと集まり始める。だが、ウルスラも…ウルスラを殺した男、モートンもピクリとも動かない。
侍女が膝から崩れ落ち、その瞳から大粒の涙が零れ落ちる直前、彼女の耳には男の声がはっきりと届いた。
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