侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第一幕~手駒を作りましょう②~

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「じゃ、まずは君の父君に諜報部の許可をもらってくるからね、待っててちょうだい」

 フェリクスはそう言うと、さっさと椅子から立ち上がり、屋敷へと向かってしまった。そのあまりのなめらかな行動に、ウルスラは声を掛ける間もなかった。

(…いや、許可が欲しいのは私なんだから、私が言いに行くべきじゃないかしら?ん~…でも、私が言ってもお父様が許可してくれるとは思えないし、ここは素直に待った方が賢明よね)

 適当な理由で自分を納得させると、今度はフェリクスがどうしてそこまで協力的なのかが不思議になってくる。

 とはいえ、諜報部が欲しいのは事実。余計なことはしないほうがいいだろうと、大人しく待つこと10数分。

 意外なほどすぐにフェリクスは戻ってきた。もちろんその顔は笑顔のままであり、颯爽と椅子に座り直す。

「オッケーだってさ」
「……ありがとうございます。助かりました」

 許可が出たことは純粋にうれしい。

 けれど、過保護なところもある父をどうやって説得できたのかは気になるところでもある。今後の参考にもしたいから、素直に聞くことにした。

「どうやってお父様の説得をしたのですか?」
「ん?ちょ~っと、過去の婿による家の乗っ取りや、妻への虐待。それから、それが原因で家が断絶した事例をつらつら並べて、最後に『まさかそんなことをする人だとは思わなかった』って言い逃げするんだよね~って話したら、割とあっさり」
「あ、そうですか…」

 説得というか、脅しだ。

 つまり、結婚相手を徹底的に調べ、時にはその身を守らせるだけの実力がある者を傍に付けなければ、ウルスラがどうなるか分からないぞ、と。

 参考になるようなならないよう……ウルスラはとりあえず、許可が出たから良しということで思考をやめた。

「さて、じゃあ許可も出たことだし、早速行こうか」
「えっ?行くってどこにですか?」

 ウルスラの疑問に、フェリクスは相変わらずの笑顔のまま答えた。

「とってもいいところさ」

 ものすごく不安に感じるフレーズだ。そのまま連れ出されたウルスラは、フェリクスの馬車に乗り、王都の郊外で下ろされる。

 そこでフェリクスがどこからか取り出した茶色のマントを被せられ、手を引かれていく。さすがに王族や貴族令嬢が姿を晒したまま、堂々と行っていい場所ではないようだ。

 そうして向かった先は、表通りから裏路地へ、さらに裏へ裏へと潜っていく。途中には壊れた木箱や空き瓶が転がり、浮浪者と思われる人もいた。道は薄暗くて狭く、明らかに雰囲気が悪い。

 一体どこに向かっているのか、だんだん不安になっていく。

 ようやくフェリクスが足を止めた先は、牢に入れられた人間が並ぶ場所だった。

「ここは……」
「奴隷市場だよ。この中から、君にふさわしい部下を見つけ出すのさ」

 まさか奴隷の中から諜報部にする人間を見つけるだなんて、思いもしなかった。

 市場には鉄製の牢が並び、その中には老若男女さまざまな人が閉じ込められている。誰もかれもが手や足に錠が付けられ、簡単には逃げられないようになっていた。地面に座り込んで顔を俯かせたままの男、顔を上げてはいるがどこを見ているのか分からない女など、様々な奴隷がいる。

 衛生管理は杜撰なようで、糞尿からすえた様なにおいまで、あらゆる悪臭が立ち込めている。ウルスラは思わずマントで鼻を塞いだ。

 牢と牢の間を進みながら、ウルスラは不思議に思ったことをフェリクスに尋ねてみる。

「どうして奴隷からなんですか?」
「人は金で雇っても地位で従わせても、裏切る時は簡単に裏切る。じゃあ絶対に裏切らないのは何だと思う?」

 質問に質問で返されたが、ウルスラは気にすることなく考える。奴隷市場に連れてきたうえで、その答えは何なのか。

 絶対に裏切らないのに必要なこと。その答えに思い至ったウルスラは、この場においてあまりに不似合いな答えに嫌悪感を隠せない。

「………助けられた恩」
「正解。その恩を植え付けやすいのはどこかという点なら、ここは最適だ。奴隷の身分から救ったご主人様を裏切る阿呆はそういない。ぼくの部下にも奴隷出身者はいるよ」
「そうなんですね……」
「さっ、君にふさわしい人材を見つけてあげてね」

 奴隷を買って、恩を与える。なるほど確かに理屈としては通ってることだ。

 だが、人道的に考えればおかしいことは明白。犯罪者ならいざ知らず、無実の罪で奴隷にさせられた人たちのほうが圧倒的に多いだろう。

 それなのに、金で買われて恩に感じる。そんな偽りのように感じる恩で、本当にいいのかとウルスラは悩んだ。

(……今更ね。私自身が、人道も倫理も関係ない復讐をしようとしてるのよ?今更偽善者ぶってどうしようっていうのかしら。偽善、上等だわ。堕ちるとこまで堕ちようじゃないの)

 ウルスラは自分の嫌悪をくだらないと一蹴した。相手が奴隷で、金で買ったとしても恩は恩。そんなことを気にしては、復讐は成し遂げられない。

 歩きつつ、牢の中にいる人たちを見定めていく。

 とはいえ、誰もかれもが無気力なようで、しかもやせ細っている。これでは誰が諜報部に向いているか、さっぱり分からなかった。

「すみません、私には誰がふさわしいかは…」
「君が気に入った奴隷でいいよ。訓練はこっちでするから、よっぽど年老いてたりしない限りは鍛えられるからね」

 そういうことなら安心だ。諜報部のトップが訓練してくれるなら十分。安心したウルスラは、比較的元気そうな奴隷を探すことにした。

 そうして歩いていくと、異質な牢が見つかり、足が止まる。

「これは……」

 ウルスラの視線の先をフェリクスも追う。その中にたたずむ何かを見て、「へぇ…」と感嘆の声を挙げた。

「「「「………誰だよ、お前たちは」」」」

 一瞬のずれも無く重なる4人分の声。
 牢の中にいたのは、全く同じ顔・背丈・体型・声をしたものが4人。しかもその肌は文字通り真っ白で髪も白、ウルスラたちを見る瞳は真っ赤。
 その特徴を見て、ウルスラはある存在を思いだした。

「アルビノ……」
「確かにそうだね。しかもこれは…4人兄弟、いや4つ子かな?」

 そこに奴隷主人が通りがかり、説明してくれた。
 どうやらこの牢の中にいるのは、4つ子のアルビノらしい。幼いころに父親に見世物小屋へ売られたが、だんだん物珍しさが無くなったせいで奴隷として売られたとか。しかし見た目の異常さからなかなか買い手が付かず、しかも4人一緒でないと問題を起こすせいで、買い手がついてもすぐに戻されるという。

 説明を聞きながら、ウルスラは牢の中の4人をじっと見る。年は14~5くらいか。肌こそ白いが、だからこそ薄汚れているのが目立つ。擦り切れた衣服を身にまとい、明らかに丈が足りてない。栄養不足からか眼窩はくぼみ、赤い瞳と相まって不気味さを際立たせる。

 9歳児が直視するにはかなり衝撃的な光景だが、前世の記憶含めた累計年齢が並の人の人生1回分をゆうに過ぎてるウルスラには、さして問題にはならない。それどころか、逆に目が離せずにいた。

 可哀そう?
 綺麗?
 不気味?
 恐ろしい?

 そのどれでもない感覚をウルスラは感じていた。一つ言えることは、彼らこそが自分の諜報部にふさわしいという確信だけ。

「フェリクス様」
「うん、わかったよ。主人、この4人買った」

 ウルスラの意図を読み取ったフェリクスはその場で4つ子の買い付けを行った。
 ウルスラは一瞬、書類に王族がサインしていいのか?と思ったが、もう購入した過去があるんだしと思考は止めておく。

 奴隷主人によって牢から出された4つ子は、ウルスラたちの前に並んだ。ついでに錠も外してもらっている。逃亡の恐れありと言われたが、フェリクスはかまわず外させた。

 4つ子はウルスラではなくフェリクスを見ている。主人は誰なのか、フェリクスだと思うのは当然だろう。それにフェリクスは笑みを浮かべながら否定していく。

「さて、君たちを買ったのはぼくだが、主人はこちらの彼女だ」
「「「「えっ?」」」」

 4つ子はまさか自分たちよりも年下に見える少女が主人だとは思わず、目を点にしている。
 その反応は当然だろうと流し、ウルスラはまず最初に聞きたいことを聞くことにした。

「ウルスラよ。まず名前を教えてもらえる?」
「「「「無い」」」」
「えっ?」
「「「「無い」」」」

 寸分の狂いなく「無い」の答えに固まる。どういうことなのかと聞こうとしたら、ここで初めて4つ子のうちの一人だけが口を開いた。

「父は、俺らを見分けられないからと名前を付けなかった。見世物小屋でも、名前では呼ばれず『4つ子』としか呼ばれてない。誰も、俺たちを見分けられる人間はいない。だから、名前なんて意味がない」
「そう………」

 その話にウルスラの胸が痛む。

 名前は他人との結びつきを作る上で必要不可欠だ。いわば人間として必ずなければならないもの。それを、「意味がない」で流していいわけがない。まして、見分けられないなど言い訳にすらならないことだ。

 ウルスラはしばし考えた後、正面に並んだ4つ子の左端を指さす。

「私が主人としてあなたたちに名前を付けるわ。あなたはアーサー」
「えっ?」

 次はその隣を。

「あなたはオーティス」
「えっ?」
「あなたはラルフ」
「えっ?」
「あなたはデニス」
「えっ?」

 そうして順に指さしながら、ウルスラは名を呼んだ。

 名前が無いなら付けてしまえばいい。どうせ自分が主人なのだから、名前を付けるくらいのことをしたってかまわないだろう。

 それに、名前が無いのなら好都合だったとも言える。自分が名付け親になったのだから、より信頼は強くなるはずだ。そんな打算的な思惑もあった。

 そう思って実行したウルスラの隣で、フェリクスは少し呆れたような笑顔だ。

「やれやれ、物好きだね。君は」
「そうですか?」
「そうだよ。さて、じゃあもうここには用はない。行くよ」
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