侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第三幕~あなたに奪える命はありません⑧~

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 ヴィンディクタ家の屋敷に到着し、馬車を降りたモートンは、案内されるがまま屋敷の中へと入っていった。

 だが、屋敷の雰囲気はいつもと変わらない。使用人は普段どおりに行き来し、掃除や仕事をこなしている。少なくとも家主が亡くなったことへの悲壮感は全く感じられなかった。

(おかしい…。全然いつも通りだぞ?当主が殺されたから俺を呼んだんじゃないのか?それに、ウルスラが出迎えにも出てこない。どうなってるんだ…)

 不審に思っていると、白い肌の従者に「こちらです」と案内された。その先は応接室だ。そこにウルスラが待っているのか。婚約者を出迎えもしない態度に苛立ちを覚えつつ、モートンは開かれた扉から中へと入っていった。

「モートン様、ようこそお越しくださいました」
「やぁ、ウルスラ。いきなりどうし……」

 応接室にはウルスラがいた。しかし、ウルスラだけではなく、そこは異様だった。

 殺されたと思っていたウルスラの両親に執事長、それにマイクと、衛兵も数名もいる。しかも誰も座っておらず、ウルスラと両親、執事長が揃って並び、それに対面する形でマイクが立っていた。そのマイクの後ろに衛兵が立っている。

 構図としては、家人と執事長がマイクと対峙している状態だ。明らかにマイクが裁かれそうな雰囲気を醸し出している。青い顔をしてうなだれており、夫妻と執事長の顔は険しい。ウルスラだけが頬に手を当てて首を傾げ、眉尻を下げて困ったような表情だ。

 これを見て、モートンは最悪の結果が起きているのではないかと瞬時に悟った。冷汗が背中を流れる。

(生きている…!夫妻も、執事長も。それにこの状況、明らかにマイクが何かしでかしたことを分かっているのか。まずいぞ、なら俺を呼んだのも、関わってることがバレたか!?)

 引きつりそうになる顔を必死で抑え、一体どうしたんだろうと何も知らず不思議そうな表情に留める。

 モートンが来たことに気付いたウルスラについで、夫妻も執事長もモートンを見る。その視線はやはり冷たく、いつも歓迎して出迎えてくれる笑顔はどこにも無い。

 背後で扉の閉まる音が聞こえた。ガチャリとご丁寧に鍵を掛ける音まで、それが異様なほどに部屋に響き渡る。従者はモートンを置いてウルスラの後ろについた。

 ぽつんと置かれたモートンは、困ったような笑みでウルスラを見つめる。視線に気づいたウルスラはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。部屋の雰囲気にそぐわないその笑みにモートンは不気味さを感じ、背筋に悪寒が走る。

(何なんだ、これは!くそっ、逃げたほうがいいか?いや、まだ何なのかもわかっていないんだ。今逃げてはそれこそ怪しまれる。ここは何も知らないふりを貫くんだ)

 焦る心を静め、ゆっくり息を吐く。

 そのまま場にしばし沈黙が続くと、その沈黙を破ったのはウルスラだった。

「では関係者も集まりましたし、そろそろ始めましょうか」

 何を?そう思ったモートンの前で、ウルスラは後ろに控えた従者から紙の束を受け取っている。その紙に何が書いてあるのか知りたいけど、どうしてか自分は動いてはいけないかのように感じられ、モートンは微動だにせずいた。

 だが、ウルスラが読み上げていく内容に、マイクはともかくモートンもどんどん顔色を無くしていった。

 マイクがヴィンディクタ侯爵夫妻と執事長の暗殺を計画していたこと。
 そのために裏ギルドに接触していたこと。
 裏ギルドで正式に暗殺依頼をしたこと。
 裏ギルドから毒薬を受け取り、護衛の食事に混ぜ込もうとしたこと。

 そしてウルスラは従者から、液体が入った小瓶を受け取った。その小瓶に見覚えがあったモートンは、危うく叫び声を上げそうになってしまう。

「マイク、これはあなたの部屋から出てきたものです。当然見覚えがありますね?」

(あのバカ!何をあっさりと取られているんだ!くそっ、やっぱりあんな愚か者を当てにするんじゃなかった…)

 今更後悔しても遅かった。こぶしを握り締め、悔しさをあらわにするモートンを横目に、ウルスラはマイクへの圧を高めていく。

「し、知りません、お嬢様!俺はそんな、暗殺なんて企んでたりは……」
「あらそうですか。ではこれは?」

 ウルスラは小瓶を従者に戻すと、今度は違う紙の束を受け取っている。

 そっちの紙には何が書いてあるのか。モートンが不振がっていると、ウルスラはスラスラと読み上げていく。

「こちらはマイクがカジノで負った借金の督促状です。よくもまぁこれだけの額を使ったものですね」

 やれやれといった感じで、ウルスラは紙を手から離した。紙の束が床に散らばり、一枚がモートンの足元に届いた。拾って読んでみると、確かに借金の督促状であり、マイクのサインもしっかり入っている。

 マイクの所業を把握し、その上カジノについても調べ上げ、書類を持っている。そのことにモートンは恐怖を覚え、だんだんウルスラのことが別人のように思えてきた。

(馬鹿な、こんな書類まで…。どうやってこの女がこれを入手できたんだ?いや、それどころじゃない。マイクのことまで……この女はただ俺に溺れてるだけの愚かな女だったはずだ。こんなことができるはずが……)

 モートンの記憶には、ウルスラとはただモートンを愛し、侯爵家に生まれたという事以外何のとりえもないような女という認識しかない。

 それなのに、今マイクの断罪者となっているウルスラの姿は、それに全然当てはまらない。

 成人男性であるマイクを前に、堂々とした姿。本来その立場にあるはずの当主を差し置いて、自らが前に出張ってくるその度量。言っている内容を考えればもっと強張った声になってもいいはずなのに、その声色が普段と全く変わらない、落ち着いて柔らかなままのが余計に恐ろしい。

 さらにウルスラは続ける。

「これだけの借金、どうやって返そうと考えていたんですか?ああそういえば、やたらと執事長になりたいとおっしゃっていましたね。それを断られて、借金返済が出来そうにないから、暗殺しようとした…そんなところでしょうか?」
「ち、違う!暗殺だなんて…俺は親父さえ排除すれば、それでよかったんだ!暗殺とか言い出したのは…」

 そこでマイクが恨みがましい顔でモートンへと顔を向けた。それに慌てたのはモートンだ。

(馬鹿!こっちを見るんじゃない!このままじゃ俺まで巻き添えに…)

「モートンがついでに夫妻も殺してしまえばいいと言ったんだ!そうすれば自分がこの屋敷の当主になれるって…」
「う、嘘だ!私はそんなことを言ってない!信じてくれウルスラ!」

 マイクの言葉を、モートンは必死に否定する。

 モートンを見る夫妻と執事長の目は冷たい。モートンの言い分は一切信用していないという目だ。そんな目で見られるなど侮辱でしかなく、モートンは叫びだしたくなったが、今はその時ではないと必死に我慢した。

 一方、ウルスラは変わらず微笑みを浮かべたままだ。3人と違い、否定的な目をしていないことにモートンは賭ける。

「なっ、ウルスラ!私は君を愛しているんだ。なら、君の両親を殺したいなんて言うはずがないだろう?」

 モートンは懇願するように、ウルスラを見た。

 情けなく眉尻を下げ、今にも泣きそうな顔でウルスラへ訴えかける。だが、それを見たウルスラは表情一つ変えず、微笑みのまま違う1枚を取り出した。

「ではモートン様。こちらの書類にサインをしているのは、どう説明していただけますか?」

 ウルスラが指で挟んで見せつけてきた書類。それを見たモートンは絶句した。

(な、な、何故その書類がここに!?嘘だ、あるわけがない!やっぱりあの裏ギルドの連中、役立たずじゃないか!)

 それは、モートンのサインが入ったヴィンディクタ家夫妻及び執事長の暗殺の依頼書だった。
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