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第三幕~あなたに奪える命はありません⑨~
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「そ、それ、は……」
決定的な証拠を前に、モートンの額から冷汗が流れ落ちる。
どうやって入手したのかとか、色々問いただしたい気持ちはある。だが、今はそんなことよりもその契約書をどうやって誤魔化すかだ。
(そうだ、この書類を奪って破り捨てるか、燃やしてしまえば…!)
書類が無ければ、少なくとも公的にモートンに罪が問われることはない。そう思いついたモートンはゆっくりと歩を進めた。
「う、ウルスラ…その書類、よく見せてもらっても…」
あと少しで書類に手が届く。だが、書類を確認しようと伸ばした手を遮るように、ウルスラの従者が書類との間に立ちはだかった。
「お嬢様に近づくな」
「ひっ」
従者の目は冷徹な氷のごとく冷たい。そのあまりの冷たさに、モートンは目の前にいるのがただの平民だというのに震えあがってしまった。
だが、すぐに気を引き締め、従者を貴族として恫喝する。
「う、うるさい!平民の分際で私の前に立ちはだかるな!そこをどけ!」
「……まぁ。モートン様は平民相手にそのようにおっしゃるんですね」
従者によって隠れたウルスラからそんな声が届く。それに「しまった」と思った時はもう遅い。
モートンは可能な限り、平民が相手であっても人として尊重する…そんな演技を続けてきた。それはヴィンディクタ家が平民相手でも差別しない家系であり、取り入るためには必須だと考えたからだ。
それがついバレてしまった。暗殺への関与の否定、平民相手の態度…どう対処すればいいか頭を駆け巡る。
(い、今は平民のことなど後回しだ!とにかく、なんとしても暗殺とのかかわりを否定しないと、すべてが終わる…!)
契約書は奪えない。目の前の従者は年上に見えるし、感じる威圧感がこれまでに出会った誰よりも恐ろしい。騎士である父や兄よりも。
こんなやつから奪えるわけがない。
残された手は、そのサインが無効だと思わせるしかない。そこでモートンは、マイクへと顔を向けた。
「そ、そうだ!そこのマイクが私を脅したんだ!この契約書にサインしないと、ラトロ家の者を皆殺しにするように裏ギルドに依頼すると言われたんだ!だから私はやむを得ず…」
「なっ!?ふ、ふざけるなモートン!俺はそんなこと言ってない!」
モートンの苦し紛れの言い訳に、マイクが激昂する。
当然だ。この流れで、すべての罪をマイクに被せ、自分は被害者ぶろうとしているのだから。
モートンは見るからに情けない顔を浮かべ、ウルスラの同情を買おうとした。この場を支配しているのは、間違いなくウルスラだ。彼女さえどうにかできれば、なんとかなる。
モートンは一縷の望みを掛けて、ウルスラのいる方向をじっと見つめた。モートンの視線を遮っていた従者が横にどける。現れたウルスラの顔は、ほんの一瞬だけ悪魔のごとき愉悦を思わせる笑みをしていた。しかし、すぐに穏やかな笑みへと変わる。
それに、モートンは今日一番の悪寒を感じた。
(なん、だ……今の顔は…ウルスラが、あんな顔をするのか?)
自分が目にしたものが信じられない。あの醜い女が、自分を怯えさせるなど、ありえないのだ。
だが今はそんなことは置いておく。
「なっ、ウルスラ?私を信じてくれるか!?」
「モートン様……」
ウルスラの声はどこまでも穏やかだ。それがますますウルスラの異質さを表していく。涙を浮かべ、懇願する男を前にしていい表情ではない。
わずかな沈黙が応接室を支配する。それは、まるで裁判で裁判官の判決を待つような心境だ。モートンが、つばを飲み込む音がやけに響く。
どれくらい経ったのか。たった1分くらいか。
ウルスラは微笑みを満面の笑みに変え、手を叩いた。
「はい、信じますわ、モートン様」
「ほ、本当か!?」
「ええ、もちろん」
まさかこんな言い訳を信じるなんて。ウルスラに得体のしれない恐怖を感じたが、そんなのは勘違いだったのだ。やはりこの女は愚か者だ。そうモートンは確信した。
(よし、これでこの場はどうにかなる。後は……)
一安心したモートン。彼はもう、次のことに頭を巡らせ始めた。
だが、彼は忘れている。モートンの嘘が通るということは、もう一人の当事者がどうなるのかということを。
「では、マイク一人が全ての元凶ということでよろしいですわね?」
「えっ?あ、そ、そうだ」
咄嗟にそう返した。それがとどめとなり、彼が吼える。
「ふっ……ざけるな、きさまぁぁぁぁぁぁあああ!!」
部屋中…いや、屋敷中に響き渡るほどに叫んだのはマイクだ。
駆け出した彼は猛然とモートンに突っ込んでいく。その形相たるや、まさしく人の怒の感情を体現したかのようにすさまじい。
「ひぃっ!」
それにモートンは顔を引きつらせて恐れおののき、咄嗟に後ずさりした。だが、足がもつれて転んでしまい、背中から床に転がってしまう。そこにマイクが馬乗りになった。
「お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前!!!!」
「ぐげっ!がっ!ぶっ!」
それは凄惨な光景だった。馬乗りになったマイクが、モートンの美しい顔を何度も殴りつける。骨と骨がぶつかる音が響き、だんだんと粘着性のある音まで混じり始める。
それが血が混ざっている証拠だと気付いたときには、もうモートンは気絶していた。だが、なおもマイクは殴るのを止めない。
「お前がっ!夫妻を殺せと言い出したくせに!一人だけ助かろうとして俺を売るなんてこの屑野郎が!死ね!死ねぇ!」
マイクの叫びには壮絶なものがあった。同じ目的のために協力していたはずの相手が裏切ったことへの絶望と怒り。そのすべてが拳に乗せられ、何度もモートンの顔を殴りつけていく。
潮時とみたのか、ようやくウルスラは衛兵に指示を出した。
「マイクを止めてちょうだい」
「はっ」
暴れるマイクの力はすさまじく、鍛えあげた衛兵4人がかりでやっと抑え込んだ。
「くそっ!放せ!絶対にこいつぶっ殺してやる!どうせ助からないんだ、だったらこいつだけは!」
わめく彼は縄で縛り上げられ、地下牢へと連れていかれた。
残ったのは、顔面が血まみれになり、腫れあがらせて気絶したモートン。無防備に開かれた口からは、前歯が欠けているのが見える。
モートンが最も大事にしている価値観『美しさ』。果たして、美しさとはかけ離れた今の自分の顔を彼が見たとき、彼は正気でいられるのか。
決定的な証拠を前に、モートンの額から冷汗が流れ落ちる。
どうやって入手したのかとか、色々問いただしたい気持ちはある。だが、今はそんなことよりもその契約書をどうやって誤魔化すかだ。
(そうだ、この書類を奪って破り捨てるか、燃やしてしまえば…!)
書類が無ければ、少なくとも公的にモートンに罪が問われることはない。そう思いついたモートンはゆっくりと歩を進めた。
「う、ウルスラ…その書類、よく見せてもらっても…」
あと少しで書類に手が届く。だが、書類を確認しようと伸ばした手を遮るように、ウルスラの従者が書類との間に立ちはだかった。
「お嬢様に近づくな」
「ひっ」
従者の目は冷徹な氷のごとく冷たい。そのあまりの冷たさに、モートンは目の前にいるのがただの平民だというのに震えあがってしまった。
だが、すぐに気を引き締め、従者を貴族として恫喝する。
「う、うるさい!平民の分際で私の前に立ちはだかるな!そこをどけ!」
「……まぁ。モートン様は平民相手にそのようにおっしゃるんですね」
従者によって隠れたウルスラからそんな声が届く。それに「しまった」と思った時はもう遅い。
モートンは可能な限り、平民が相手であっても人として尊重する…そんな演技を続けてきた。それはヴィンディクタ家が平民相手でも差別しない家系であり、取り入るためには必須だと考えたからだ。
それがついバレてしまった。暗殺への関与の否定、平民相手の態度…どう対処すればいいか頭を駆け巡る。
(い、今は平民のことなど後回しだ!とにかく、なんとしても暗殺とのかかわりを否定しないと、すべてが終わる…!)
契約書は奪えない。目の前の従者は年上に見えるし、感じる威圧感がこれまでに出会った誰よりも恐ろしい。騎士である父や兄よりも。
こんなやつから奪えるわけがない。
残された手は、そのサインが無効だと思わせるしかない。そこでモートンは、マイクへと顔を向けた。
「そ、そうだ!そこのマイクが私を脅したんだ!この契約書にサインしないと、ラトロ家の者を皆殺しにするように裏ギルドに依頼すると言われたんだ!だから私はやむを得ず…」
「なっ!?ふ、ふざけるなモートン!俺はそんなこと言ってない!」
モートンの苦し紛れの言い訳に、マイクが激昂する。
当然だ。この流れで、すべての罪をマイクに被せ、自分は被害者ぶろうとしているのだから。
モートンは見るからに情けない顔を浮かべ、ウルスラの同情を買おうとした。この場を支配しているのは、間違いなくウルスラだ。彼女さえどうにかできれば、なんとかなる。
モートンは一縷の望みを掛けて、ウルスラのいる方向をじっと見つめた。モートンの視線を遮っていた従者が横にどける。現れたウルスラの顔は、ほんの一瞬だけ悪魔のごとき愉悦を思わせる笑みをしていた。しかし、すぐに穏やかな笑みへと変わる。
それに、モートンは今日一番の悪寒を感じた。
(なん、だ……今の顔は…ウルスラが、あんな顔をするのか?)
自分が目にしたものが信じられない。あの醜い女が、自分を怯えさせるなど、ありえないのだ。
だが今はそんなことは置いておく。
「なっ、ウルスラ?私を信じてくれるか!?」
「モートン様……」
ウルスラの声はどこまでも穏やかだ。それがますますウルスラの異質さを表していく。涙を浮かべ、懇願する男を前にしていい表情ではない。
わずかな沈黙が応接室を支配する。それは、まるで裁判で裁判官の判決を待つような心境だ。モートンが、つばを飲み込む音がやけに響く。
どれくらい経ったのか。たった1分くらいか。
ウルスラは微笑みを満面の笑みに変え、手を叩いた。
「はい、信じますわ、モートン様」
「ほ、本当か!?」
「ええ、もちろん」
まさかこんな言い訳を信じるなんて。ウルスラに得体のしれない恐怖を感じたが、そんなのは勘違いだったのだ。やはりこの女は愚か者だ。そうモートンは確信した。
(よし、これでこの場はどうにかなる。後は……)
一安心したモートン。彼はもう、次のことに頭を巡らせ始めた。
だが、彼は忘れている。モートンの嘘が通るということは、もう一人の当事者がどうなるのかということを。
「では、マイク一人が全ての元凶ということでよろしいですわね?」
「えっ?あ、そ、そうだ」
咄嗟にそう返した。それがとどめとなり、彼が吼える。
「ふっ……ざけるな、きさまぁぁぁぁぁぁあああ!!」
部屋中…いや、屋敷中に響き渡るほどに叫んだのはマイクだ。
駆け出した彼は猛然とモートンに突っ込んでいく。その形相たるや、まさしく人の怒の感情を体現したかのようにすさまじい。
「ひぃっ!」
それにモートンは顔を引きつらせて恐れおののき、咄嗟に後ずさりした。だが、足がもつれて転んでしまい、背中から床に転がってしまう。そこにマイクが馬乗りになった。
「お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前!!!!」
「ぐげっ!がっ!ぶっ!」
それは凄惨な光景だった。馬乗りになったマイクが、モートンの美しい顔を何度も殴りつける。骨と骨がぶつかる音が響き、だんだんと粘着性のある音まで混じり始める。
それが血が混ざっている証拠だと気付いたときには、もうモートンは気絶していた。だが、なおもマイクは殴るのを止めない。
「お前がっ!夫妻を殺せと言い出したくせに!一人だけ助かろうとして俺を売るなんてこの屑野郎が!死ね!死ねぇ!」
マイクの叫びには壮絶なものがあった。同じ目的のために協力していたはずの相手が裏切ったことへの絶望と怒り。そのすべてが拳に乗せられ、何度もモートンの顔を殴りつけていく。
潮時とみたのか、ようやくウルスラは衛兵に指示を出した。
「マイクを止めてちょうだい」
「はっ」
暴れるマイクの力はすさまじく、鍛えあげた衛兵4人がかりでやっと抑え込んだ。
「くそっ!放せ!絶対にこいつぶっ殺してやる!どうせ助からないんだ、だったらこいつだけは!」
わめく彼は縄で縛り上げられ、地下牢へと連れていかれた。
残ったのは、顔面が血まみれになり、腫れあがらせて気絶したモートン。無防備に開かれた口からは、前歯が欠けているのが見える。
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