侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第三幕~あなたに奪える命はありません⑩~

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「いやぁ、面白かったなぁ」

 開口一番、フェリクスはそう言った。

 モートンとマイクの、ヴィンディクタ家夫妻及び執事長暗殺未遂事件の暴露から1週間。もろもろの後始末が終わったウルスラは、諜報部の拠点でフェリクスの元を訪れて、その後について報告している。



 事件について、ウルスラの父は完全秘匿を決めた。外部の介入を招く必要性が無かったからだ。犯人もその動機も既に判明している。わざわざ王都の衛兵に通報する意味はなく、むしろヴィンディクタ家のお粗末な内情を外にばらまくだけの恥さらしにしかならない。

 事件のきっかけとなったマイクは、しばし地下牢に幽閉された後、カジノの借金取立人に連れていかれた。ヴィンディクタ家は彼の雇い主だが、彼の個人的な不始末に対応する義理は無い。一応、当主は借金の立て替えを打診したが、マイクの父である執事長が断った。

「あの愚か者に、情けはいりません。慈悲を与えませんよう」

 一応4つ子にマイクのその後を調べさせたが、彼はカジノの下働きをさせられているようだ。借金返済のためということで、その扱いは劣悪を極めている。掃除や洗濯はもちろん、酔ったり負けこんで苛立った客の殴られ役になっているとか。

 マイクを殴ってすっきりした客が、また掛け金を追加してギャンブルを再開する。カジノにとってはいい流れになっているらしく、むしろ支配人は喜んでいるようだ。



 また、暗殺を企てた件について、こちらは不問となっている。こちらはウルスラによる訴えが大きいが、一番の理由はモートンだ。マイクを殺人教唆で訴えると、モートンも巻き添えになる。そうなると当然モートンの実家であるラトロ家も無事では済まないし、なによりモートンが捕まる。

(モートン様が捕まっては、今後の復讐が終わってしまうわ。まだ、終わらせない)

 今回の件についてウルスラは両親と執事長に、マイクとモートンが3人の暗殺を企んでいたことを事前に察知していたうえで、わざと泳がせたことを明らかにしている。

 ウルスラに付いていた4つ子が諜報部員であることを知っている父と執事長はともかく、それを知らなかった母は娘がそんなことを考えていたのをかなり驚いていた。

 ウルスラは2年前の件を持ち出し、モートンは極めて情緒不安定であり、悪い人にすぐ騙されやすくなっていると両親に説いた。今回のようにマイクの脅しに簡単に乗ってしまう危険性を説明し、『だからこそ自分が婚約者として支え続けなければならない』と言った。

 当然両親からすれば、今回は未然に防げたと言え、自分たちを殺そうと画策したものを娘の旦那になどしたくない。だが、肝心のウルスラがモートンとの婚約に確執しており、最終的には折れた形になる。



 モートンについては、マイクにボコボコにされた後は治療を施されてそのままラトロ家に送り届けられている。

 ウルスラと父が今回の件について説明すると、当然というべきか、ラトロ家の当主とその妻、さらに兄たちまでも頭を下げ、詫びた。

 父は今回の件を口外しない条件として、ウルスラとの婚約継続を求めた。もちろんこれもウルスラの意図したものだ。

 今度こそ婚約解消すべきと訴えるラトロ家当主と、譲らないウルスラの口論は30分続き、ついにラトロ家当主が折れる形で条件を飲んだ。

 こうして、ヴィンディクタ家暗殺未遂事件は、一旦幕引きとなったのである。



「殿下にとっては、さぞお楽しみいただけたかと思いますわ」
「おや、ぼくだけかい?君もずいぶんとモートンが焦り、殴られる様には狂喜乱舞していたように見えたけど」
「あらあら、それはきっと殿下の気のせいですわ。そもそも殿下は無茶が過ぎます。まさか衛兵のフリをして潜り込むだなんて…」
「ふふふ、見事な変装だったでしょ?」

 実はマイクとモートンの断罪の日、衛兵の中にフェリクスが紛れ込んでいたのだ。

 それを知ったのは父と一緒に、モートンを送り届けて婚約継続の交渉を終えて帰宅した後。一仕事終えた解放感を、ベッドにダイブして解消していたときオーディスに教えてもらったのだ。ちなみにオーディスも、衛兵の一人がマイクを抑え込んだ際の、その手際から判明したという。

 そこまでして現場を生で見たいというフェリクスの執着に呆れつつ、今回の断罪劇には彼の協力が不可欠であったことから、それ以上は問わないことにした。

 モートンに見せた契約書は、確かにフェリクスが裏ギルドから頂戴した本物の契約書だ。どんな交渉をしたのかは知らないが、ついでに前金である宝石まで返ってきている。もちろん母にバレないようこっそり返した。

 さすがに自分の宝石が盗まれ、それが暗殺の前金に使われたと知っては、母は卒倒してしまうに違いない。知らぬが仏だ。

「重ねて、ありがとうございます。殿下のおかげで、3人とも無事に生きて過ごすことができましたわ」

 ウルスラはゆっくりと頭を下げた。

 暗殺が行われる前日、ウルスラはまずマイクの部屋に潜入させ、毒薬を盗ませた。これでマイクは護衛の食事に毒薬を混ぜ込むことができなくなり、護衛は健康そのもので警護に付くことができた。

 さらに、襲撃を仕掛ける予定だった盗賊は、事前にフェリクスが裏ギルドと『お話』したことで、潜伏場所が判明。王都の衛兵に通報し、即逮捕。3人は何事もなく領地に到着することができた。

 そのときに契約書と宝石も一緒に手に入れてきたという。

(殿下のおかげで誰一人死なずに済んだ。本当に頭が上がらないわ)

 頭を下げたままのウルスラの上から、フェリクスの含み笑いが聞こえてくる。どうしたのかと思って頭を上げると、フェリクスは穏やかな笑みをウルスラに向けていた。その笑みに、ウルスラの心臓が跳ねる。

(何かしら、殿下にそんな顔で見られると落ち着かないのよね…)

 自分の変化に戸惑いつつ、笑っていることが気になって聞いてみた。

「何かおかしいことでも?」
「ううん。君の役に立てたのなら嬉しいなって」
「っ!?」

 テーブルに肘をつき、手に顎を乗せたフェリクスが、じっとウルスラを見つめている。

 どうしてそんなことを言うのか。さっき以上に心臓が跳ね、頬まで熱くなってしまう。心が落ち着かず、膝に置いた手がそわそわと動きだす。なんだかフェリクスの顔も見ていられなくて、顔を伏せてしまった。

 その様子を、今日の護衛のラルフは生温かく見守っている。フェリクスとウルスラの最近の様子がおかしいことには気付いているし、ウルスラがフェリクスのちょっとしたことに赤面するのは最近のことではない。

 それは何もウルスラに限らず、フェリクスも同様だ。

(裏ギルドとの『お話』。いくら殿下でも、タダで済む話ではなかったはず。それをわざわざお嬢様のためにすること自体異常だ。殿下自身はそれに気付いておられるのか?)

 ため息の一つでも吐きたいが、すぐにフェリクスは気付くだろう。そうなれば何を嫌味を言われるか分かったものではない。フェリクスはこう見えて繊細なのだ。揶揄われただけで、笑って流せずに仕置きしてくるくらいには。
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