侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第三幕~あなたに奪える命はありません⑪~

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「しかし意外だったよ」

 フェリクスの言葉に、ウルスラは首を傾げた。

「何がですか?」
「君がこの段階で、本性を見せたことさ」
「ああ……それですか」

 ウルスラはこれまで、表向き良家の子女という姿を崩さないできた。それはモートンの油断を誘うため。ただ自分に惚れているだけの愚かな女だと思わせるためだったが、今回は明らかにそうではない姿をモートンに見せた。

 最初は、見せるつもりはなかった。最後に、1回目に殺された時と同じように暴露して、絶望のどん底に突き落としてやると思っていたのだ。

 それが変わったのは、ノートをまとめていたときだ。

(絶望に突き落とすなら、最期だけで十分だわ。でも、それだけじゃ私の受けた苦しみは、足りないのよ。だって、彼は死んだら終わりなのかもしれないもの)

 ウルスラが過去の死に戻りをまとめていたとき、思いだしたのだ。

 ウルスラが最も苦しんでいたのは、殺されるときではない。表向き人の良さそうなモートンから『逃げられない』という絶望にいたときだ。

 ウルスラは死に戻りを繰り返す度に、その絶望を色濃く深めていった。夜が深まれば深まるほど闇がより闇に、漆黒へと深まるように。恐怖という火が、絶望を煮詰めてドロドロと粘りついていくように。その苦しみこそ、モートンに与えたいのだ。

 そこでウルスラは方向転換した。モートンに、絶対に逃げられないという絶望を味わわせることへと。

 今回はそのさわりの様なものだ。

 彼の耳にはもう入っているはずだろう。暗殺を企てておきながら、それでも婚約解消しないウルスラのことを。それを彼は都合よく、自分に惚れているからと解釈するのか。それとも…

 いずれにせよ、彼に与える恐怖はこれからなのだ。

 それをウルスラはフェリクスに話した。聞き終えたフェリクスは納得したかのように頷き、深くソファーにもたれかかるとニヤリと犬歯を見せて笑った。

「…ほんと、いい。いいよ、ウルスラ嬢。君は本当に最高だ。面白過ぎて、目を離したくない。今後とも、よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ」

 ウルスラもまた、魔女のごとき醜悪な笑みでそれに応える。

 ぜひとも見てもらいたい。自分の復讐劇を。彼はその劇の最前線、特等席にいる。誰よりも演者に近く、ひっそりと演者に混ざっても誰も気付かない。それでいて、いつの間にか観客に戻ってもいる。

 ああ、なんと素晴らしい劇だろうか。演者にすら予想のつかない劇の行方。脚本家はわざとすべてを書き上げず、その開けた穴を埋めるのは観客なのだ。

 まさに劇の会場全てが見世物。舞台だけを眺めるなど、なんともったいない。

「フェリクス殿下」

 ウルスラはフェリクスに向かって手を差し出した。それにフェリクスも手を伸ばし、二人は握手をする。空いた片手で、ウルスラはフェリクスの手を包み込んだ。

「一緒に、お楽しみくださいませ。私の復讐劇を。是非、最後まで」
「もちろん。このチケットは、誰にも渡さない。カーテンコールまで、幕は引かないでくれよ?」

 手を取り合い、見つめ合う二人の姿はなんと麗しいだろう。…その二人の表情さえ見なければ。男女の機微を微塵も感じさせない二人の表情に、ラルフは背筋が震える想いがした。



 ****


「~~~~っ!くそぉ!」

 モートンは拳を壁に殴りつけた。レンガ造りの壁は拳などものともせず、殴ったモートンの拳のほうに血がにじむ。

 モートンはラトロ家の自室にいた。

 ヴィンディクタ夫妻の暗殺失敗に加え、その企みを完全にばらされてしまった。なんとかウルスラに冤罪だと訴えたが、そのせいでマイクに顔を何度も殴られた。

 眉目秀麗な顔は見る影もなく傷つき、膨れ上がっている。それだけではなく、前歯が欠けてしまい、人前で口を開くことが憚られるようになってしまった。

 これでは、例え傷が治っても歯はそのままだ。もう人前で笑うことも、食事をすることすらもままならない。こんな醜い顔になってしまったことは、モートンにとって絶望といっていい。

 その怒りは、あれから1週間経っても収まっていない。今は父によって屋敷に謹慎ということになっている。事実上、軟禁に近い。当然だろう、婚約者の両親を殺そうと企んだのだから。

 それもまた、モートンの怒りを煽っている。よりにもよって、ウルスラとその父は、ラトロ家でモートンの所業を全てばらしたのだ。おかげで父と兄たちはモートンを蛇蝎のごとく嫌い、母ですら距離を置いている。

(あの屑親子が!黙っていればいいものを、わざわざばらしやがって!ただでさえ俺の顔を傷つけたくせに、なんて恥知らずな奴らだ!)

 おかげで、モートンにとってラトロ家の屋敷は針のむしろだ。家族はおろか、使用人ですら避けている。以前は微笑んだだけで顔を赤くした侍女も、モートンを見るだけで逃げ出す始末。

 本当はいつ追い出されてもおかしくなく、勘当されれば平民になってしまうリスクすらあった。だが、それが引き止めたのもウルスラだ。

「彼女が懇願したのだ。きっとお前は更生できる、そのために自分には尽くす義務があると。彼女がそうように言わなければ、貴様など今すぐ追い出してやりたいくらいだ。ラトロ家の恥さらしめ。我が騎士家の名誉を汚す愚か者が!」

 父にそのように恫喝され、モートンは唇を噛んだ。ウルスラの婚約者という立場がある以上、ラトロ家はモートンを子息として置かなければならない。

 ウルスラのせいでひどい目に合っているのに、そのウルスラのおかげでかろうじて貴族としていられる。この矛盾が、モートンのプライドを大きく傷つけた。

(絶対……ぜっっっったいに、あの女殺してやる!俺の顔をこんな醜くした罪を、あの醜い女に叩き込んでやる!待っていろ……ひっ!?)

 絶対に許さない…そう思い、頭に浮かべたウルスラの顔。だが、その顔にモートンは恐怖を抱いた。

 浮かんだのは、何も知らなさそうな愚かで無知の女ではない。まるでこちらの全てを見透かすような瞳に、怯えるモートンを前に愉悦を浮かべる口元。

 どうしてそんな顔を思い浮かべるのか。自分はあの女に恐れを抱く理由など何一つないはずなのに、一度思い浮かんでしまった顔は、モートンを恐怖に陥れる。

 思い返せば、あの女だけが異常だった。モートンとマイクが断罪されたあの時、誰もが表情を固くしていた中で、ウルスラだけが笑っていた。まるで日常の一幕だとでも言うように。

 モートンに対しても、マイクに対しても、彼女は態度を変えなかった。淡々と、自分の両親が暗殺されかかったというのに、そこに一切の動揺が無い。

(一体なんだ、あそこにいたのは本当にあのウルスラなのか?ただ自分に馬鹿みたいに惚れてるだけの、扱いやすい女だったはずだ!……あれは、全くの別人じゃないのか?)

 体の震えが収まらない。一度浮かんだ恐怖は消えず、それでもなおモートンはウルスラを醜い女と断じ、怒りの炎を再び燃え上がらせた。

(ええい、あんな醜い女に何を怯えているんだ俺は!俺はあの女を殺し、ヴィンディクタ家を、すべてを俺の元に取り戻すのだ!こんなところで、立ち止まってなどいられるか!)

 奮起したモートンは、拳を強く握りしめる。血がにじんだ拳から滴る血を、舌でなめとる。まるで、獲物を前に武器を舐める狩人のように。

 モートンはウルスラに敵対意識を明確にした。だがそれは、ウルスラへの恐怖を誤魔化す虚勢でしかないことを、本人は決して認めない。
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