侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな②~

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 それから2か月が経った。

 フェリクスからもらったハーブティーは屋敷でも評判となり、茶会でも振舞ったら評判になってしまった。そこでウルスラはフェリクスから詳しい流通ルートを教えてもらい、ヴィンディクタ家として輸入業を始めることに。

 おかげで最近はちょっと忙しい。ウルスラがきっかけということで、代表こそ父だが、業務の一部はウルスラに積極的に任せている。利益の一部はウルスラの個人資産ということにもなり、初めて自分のお金を持てたことには感動した。

「……ふふっ」

 ウルスラは自分の手の中にある金貨を弄んでいた。初めて自分で稼いだお金ということで、嬉しくてたまらない。その様子は、年頃の少女となんら変わらないのだ。

 ニヤニヤしていると、ソーサーにカップが置かれる音が響く。つい自室にいるということで気が緩んでいたが、護衛兼従者のオーティスも部屋にいるのだ。自分の緩んだ様子を見られていたことに気付き、慌てて咳払いした。

「んん……これはどれかしら?」
「こちらはカモミールとラベンダーです。リラックス効果があるとか」
「どれ……」

 カップを近づけると、ラベンダーの優しい香りが気分を落ち着かせてくれる。一口含めばかすかな甘み。口当たりはよく、謳い文句にもあった安眠に効果的というのもうなずける。

 今日は新しい種類を販売するということで、その試飲をウルスラが行っていた。商売に携わるものとして、自分の鼻と舌で味わっておくのは当然だろう。

 ハーブの存在は元々知られていたが、こうして飲み物にするという風習はあまり無かった。国内には料理に使う種類しか流通していないため、飲み物に向くハーブを積極的に輸入している。

「いいわね。これは、不眠症の夫人にオススメできそう。もしくは、仕事に疲れてる旦那様へお休みの一杯にすれば、気遣いのデキる夫人としての評判も上げられるわね」

 飲みながら、販売戦略を考える。誰に、どんな目的を叶えるものであるか、それが商売の基本であると教わっていた。

 一杯を飲み終え、すっかり気持ちが緩んだところにラルフが部屋に入ってきた。その手には1枚の紙が握られている。

「お嬢様、モートンについての報告がございます」
「…聞かせてちょうだい」

 待ちに待った報告。ウルスラは口角を上げ、目を細める。どんな動きがあったのか、知りたくて楽しみで仕方がないという顔だ。

(はぁ……)

 オーティスは人知れずため息をついた。せっかくリラックス効果のあるハーブティーを飲んだばかりなのに、リラックス効果など微塵も残さない復讐者としての顔になってしまっている。

 なんともったいない…そう思いながら、オーティスはそっとカップを片づけていく。

「最近は、酒場に出入りしている姿が多く見られます。宿舎の食堂での食事が嫌になっているようですね」
「そりゃあそうでしょうね」

 今のモートンは前歯が欠けた、彼にとってみれば最も醜い顔になってしまっている。それを他人に見られないように精いっぱいだ。そんな状態で、人が多い食堂での食事は気が滅入るだろう。

「でも酒場?そっちのほうが人は多いでしょうに」
「その酒場は壁際にも席があるのですが、いつもそこに陣取って食事をしています。壁と向かい合わせで座る形になるので、顔は見られません。誰かが声を掛けることも無いので、気に入っているようです」
「そうなのね」

 モートンの近況に、ウルスラの表情は変わらない。上目遣いにラルフを見やる。「まさかこれだけじゃないでしょうね?」と言わんばかりだ。

 それを承知しているのか、ラルフは一度うなずいたうえで続きを読み上げた。

「実は、最近になってモートンにその酒場の娘がよく話しかけるようになっているんです。店を出ればそれまでですが、店内にいる限りは積極的に絡んでいます」
「ふむ……それで?」
「その娘の名は……ユーリス。黒髪の美しい娘です」
「っ!?」

 まさかの報告にウルスラは息を呑んだ。

 頭に苦い記憶が読み起こされる。モートンと美しい黒髪の娘が仲睦まじい様子を見せつけながら、死にかけの自分を見下ろす光景を。

 モートンから娘の存在を知らされても、すぐにウルスラは死んでしまうため、娘が何者なのかは分からなかった。黒髪の娘ということだけはわかるけど、それだけでは分からない。ユーリスという名前も思いだせてはいたけれど、少なくとも貴族令嬢の中にはいなかった。

 まさかここでその手掛かりが見つかるとは。どうりで見つからないわけだ。酒場で働いているということは、平民だろう。モートンは平民の娘を、侯爵家の後妻にしようとしたのだ。

(まさかそんなところにいたとはね。しかも、また2人は出会うだなんて……。状況は全然違うのに、まるで運命のようね)

 思い浮かんだ思考にウルスラは嗤った。

 運命?なんだそれは。変えられない事実が運命だというのなら、ウルスラがモートンに殺されるのも運命だというのか。

(そんな運命、御免だわ)

 深い絶望が、運命などという一言で許されるなど、絶対にあってはならない。必ず、こんな腐れた運命を覆して見せる。

 怒りで握りしめた手のひらが痛む。手の中に握りしめたままの金貨が、手のひらに食い込んでいた。

 手のひらを開き、金貨は闇から解放され光に包まれる。手のひらがモートンなら、金貨はウルスラ。今行われているのは金貨の逆襲だ。自分を閉じ込め、意のままにしようとした男への。

 ウルスラはテーブルに置いたままの袋から、手のひらへと追加の金貨を乗せる。ジャラジャラと音を立て、そのうち乗り切れなくなった金貨が床にこぼれ始めた。山盛りとなった金貨を前に、手のひらを閉じようとしても、閉じられない。

 自分以外の金貨。これは仲間だ。もう一人じゃない。たった1枚じゃない。たくさんの仲間がいて、もうモートンは自分を抑えきれない。

 そっとテーブルに手のひらの金貨を移す。空になった手のひらを、また握る。何も掴んでない、空を掴むだけの手。これがいずれ訪れるモートンの結末だ。何も掴めず、彼は終わる。

(さぁ……モートン様。何も奪えない、何も持てない、何も得られない…その絶望をあなたにお見せしてあげます)

 ウルスラが自分の思考に没頭していたとき、オーティスとラルフは静かにそれを見守っていた。ノートから、主人にとって忌まわしき浮気相手の名は知っていた。その名を再び耳にした時、主人はどんな反応をするのか。それは4つ子にとって最も緊張の瞬間でもあった。

 予想通り、ウルスラは驚き、黙り込んだ。きっと主人の頭の中では、自分たちには想像でもない絶望や憎しみが渦巻いているのだろう。そこに自分たちは割っていることはできない。いや、割っていってはいけない。

 1年前、両親暗殺未遂事件で、犯人たちを断罪することを自分で選んだように。自分でやらねばならないことがある。それを自分たちが奪ってはならないのだ。

 本当なら、モートンも、その相手のユーリスも始末してしまいたい。だがそれでは、主人の抱える全てがくすぶったままになる。それではダメなのだ。

 主人が納得する形で、全てに決着を付けなくてはならない。自分たちができるのは、その舞台を整えることだけなのだと、強く誓い直す。

 ふぅ…と、ウルスラは息を吐いた。見守っていたオーティスとラルフは、次の言葉を待つ。

「モートンの監視は続けてちょうだい。ユーリスについても、身元を調べて」
「「はっ!」」
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