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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな③~
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「これね、海の向こうの国で流行ってるお菓子なんだよね。ちょっとクセはあるけど、ハマるといけるよ」
「……確かに、ちょっとクセはありますね。でも、この飲み物と合わせると美味しいです」
「だよね。やっぱりその土地の食べ物って、飲み物も合わせてるから、一緒に用意するのが通ってものだと思うんだ」
今日もウルスラは諜報部の拠点を訪れていた。正確には『呼ばれた』のだけれども。
といっても、フェリクスに特別な用事があったわけでも、復讐劇の進捗が聞きたかったわけでもなく。ただ単に、最近諜報で訪れた国のお土産があるから来てもらえると嬉しい、という程度のもの。
たったそれだけなのに、ウルスラはしっかりおめかしをし、準備を整えてから出掛けている。もちろん、相手は王族であるし、礼節をわきまえた振る舞いをする以上、服に気を配るのは当然だと言えるだろう。
本人がやたらと嬉しそうな顔をしていなければ。
もちろんウルスラ本人は気付いておらず、気付いているのは着付けを手伝う侍女と今日の従者役のアーサーだけだ。しかも、誰と会うのか知っているアーサーと違い、ただの買い物だとしかい知らされてない侍女からすれば、そこまで気合を入れ、なおかつ嬉しそうなのかが分からない。
「…アーサー、とうしてお嬢様はただの買い物であんなに楽しそうなのかしら?」
「………さぁ」
言えるわけがない…と、アーサーは無表情で返事を返した。
そうして、フェリクスはウルスラをいつもの個室に通し、『買って』きたお土産をウルスラにごちそうしている。一応、後で4つ子にもお裾分けはあるようだ。
しばらくはお土産を中心に会話をしていた2人だが、不意にウルスラはモートンが酒場で浮気相手に出会っていたことを口にした。
「そういえば、モートン様が浮気相手になるだろう相手と接触されました」
「ほう……ほう?」
「ええと、過去の死に戻りで私が浮気されたのはお話しましたよね?」
「うん、そうだね」
「その浮気相手と全く同じ方と、モートン様が接触したんです。酒場で。相手は店員みたいですが」
「…つまり、彼の浮気相手は平民だったと?」
「そういうことになりますね」
そこまで聞いて、フェリクスは一旦上を見ると、その後に下を向く。何やら考え込んでいるようで、それからゆっくりと顔を上げた。
「…彼は、相手が貴族かどうかにこだわらないのかい?」
「そのようですね。報告ではここ数日でずいぶんと親密になっているようです。彼女の前ではマスクも外すようですし」
モートンに関してはよく分からない点も多い。確かにユーリスは黒髪の美人だという報告だ。しかしそれだけでモートンが落ちたというのは、腑に落ちない点だ。
今回については、モートンが歯欠けの顔になっているから、それを慰め、それから親密になっている…というのが見方だ。それならまだ分かる。
だけど、それが無い死に戻りの中でもやはりモートンはユーリスを選んでいる。つまり、慰め云々関係なしに、ユーリスを選ぶ理由がモートンにはあるということだ。
それに心当たりが全くない…というわけでもない。
ウルスラは自分のウェーブがかった髪を一房手にとる。死に戻りの中で、彼は特にウルスラのこの髪を酷評していた。対してユーリスは、一切のクセが無い真っすぐな髪なんだそう。
一瞬、胸に痛みが走る。10歳の頃、いじめられた原因もこの髪だ。自信をもってこの髪は好きだと言える。けれどそれは、どんな批判があってもくじけないというわけではない。
大好きな自分の水色の髪。相手が誰であっても、非難されれば悲しくなる。
つい、弄る手に力が入り、髪を強く握った。ギリッと歯を食いしばる。
「どうしたんだい、ウルスラ嬢?」
ウルスラの様子に気付いたフェリクスが、そっと手を伸ばしてウルスラの髪を手に取る。
今思えば、モートンは口ではウルスラの髪を称賛しながら、絶対に触れたことはなかった。まだモートンのことが好きだったときは、触れてもらえないことを寂しく思ったこともあった。ねだるのもはしたないと我慢していたのだ。
それが、フェリクスは何のためらいもなく、髪に触れてくれる。もちろん、誰にでも触れてほしいわけではない。でも、フェリクスならいい……むしろ、もっと触れてほしい…そう思ってしまう。
そこまで考えて、ウルスラは自分が何を考えているのかを恥じた。
(私ってば何を…!そんなことを考えるなんて、まるで……)
その先を考えることは、無理やりにやめる。
何も言わないウルスラを不思議そうにしながら、モートンは手に掬った髪を自分の指に絡めている。自分でもするクセを、フェリクスにもしてもらえると、やっぱりうれしくなってくる。
また同じ思考に陥りそうになって、ウルスラは首を横に振った。フェリクスの手から髪が滑りぬけてしまい、惜しい気持ちが湧いてくるのをグッとこらえる。
「…モートン様は、真っすぐな髪がお好きなようです。『以前』にも真っすぐな髪を讃え、私の様な髪は縮れた髪と酷評しておりました」
「……ふぅん」
(あぁ、また怒ってらっしゃる……)
フェリクスの怒りに触れたのはすぐわかった。彼の笑みがよそ行きのものに変わったからだ。
今回はこらえているようで、空気まで変わることはない。前回、ウルスラを怖がらせてしまったことは彼の中でかなりショックだったようで、抑える訓練をしたようだ。
フェリクスは再びウルスラの髪を手に取った。髪に触れた瞬間、彼の表情が和らぐ。
「こんなにも美しい髪だというのにね。空のように真っ青で、触れればなめらかなことが分かる。ここまできれいな髪だ、君は誇っていい」
「…大丈夫です。モートン様の言うことなど、真に受けてなどおりません」
「そうか。彼自身は美しいかもしれないが、彼の審美眼は腐っているようだ。腐ったものは治らない。気にする価値などないよ」
「…ありがとうございます」
これまでも、ウルスラの髪を褒めてくれる人は居た。家人に使用人、交流を深めている令嬢や夫人にも。
でもどうしてか、フェリクスに褒められるのは、誰よりもうれしい。その理由は…今はまだ気にしたくない。
「…とにかく、事態は動き始めました。今回は殿下のお力を借りることはないと思いますが、何かあればよろしくお願いいたします」
「もちろん。いつでも頼ってくれていいよ」
そう言ってフェリクスは手を差し出した。それにウルスラも手を出し、しっかりと握手を交わす。色気も無いその行為には、ウルスラも胸を高鳴らせることは無かった。
「……確かに、ちょっとクセはありますね。でも、この飲み物と合わせると美味しいです」
「だよね。やっぱりその土地の食べ物って、飲み物も合わせてるから、一緒に用意するのが通ってものだと思うんだ」
今日もウルスラは諜報部の拠点を訪れていた。正確には『呼ばれた』のだけれども。
といっても、フェリクスに特別な用事があったわけでも、復讐劇の進捗が聞きたかったわけでもなく。ただ単に、最近諜報で訪れた国のお土産があるから来てもらえると嬉しい、という程度のもの。
たったそれだけなのに、ウルスラはしっかりおめかしをし、準備を整えてから出掛けている。もちろん、相手は王族であるし、礼節をわきまえた振る舞いをする以上、服に気を配るのは当然だと言えるだろう。
本人がやたらと嬉しそうな顔をしていなければ。
もちろんウルスラ本人は気付いておらず、気付いているのは着付けを手伝う侍女と今日の従者役のアーサーだけだ。しかも、誰と会うのか知っているアーサーと違い、ただの買い物だとしかい知らされてない侍女からすれば、そこまで気合を入れ、なおかつ嬉しそうなのかが分からない。
「…アーサー、とうしてお嬢様はただの買い物であんなに楽しそうなのかしら?」
「………さぁ」
言えるわけがない…と、アーサーは無表情で返事を返した。
そうして、フェリクスはウルスラをいつもの個室に通し、『買って』きたお土産をウルスラにごちそうしている。一応、後で4つ子にもお裾分けはあるようだ。
しばらくはお土産を中心に会話をしていた2人だが、不意にウルスラはモートンが酒場で浮気相手に出会っていたことを口にした。
「そういえば、モートン様が浮気相手になるだろう相手と接触されました」
「ほう……ほう?」
「ええと、過去の死に戻りで私が浮気されたのはお話しましたよね?」
「うん、そうだね」
「その浮気相手と全く同じ方と、モートン様が接触したんです。酒場で。相手は店員みたいですが」
「…つまり、彼の浮気相手は平民だったと?」
「そういうことになりますね」
そこまで聞いて、フェリクスは一旦上を見ると、その後に下を向く。何やら考え込んでいるようで、それからゆっくりと顔を上げた。
「…彼は、相手が貴族かどうかにこだわらないのかい?」
「そのようですね。報告ではここ数日でずいぶんと親密になっているようです。彼女の前ではマスクも外すようですし」
モートンに関してはよく分からない点も多い。確かにユーリスは黒髪の美人だという報告だ。しかしそれだけでモートンが落ちたというのは、腑に落ちない点だ。
今回については、モートンが歯欠けの顔になっているから、それを慰め、それから親密になっている…というのが見方だ。それならまだ分かる。
だけど、それが無い死に戻りの中でもやはりモートンはユーリスを選んでいる。つまり、慰め云々関係なしに、ユーリスを選ぶ理由がモートンにはあるということだ。
それに心当たりが全くない…というわけでもない。
ウルスラは自分のウェーブがかった髪を一房手にとる。死に戻りの中で、彼は特にウルスラのこの髪を酷評していた。対してユーリスは、一切のクセが無い真っすぐな髪なんだそう。
一瞬、胸に痛みが走る。10歳の頃、いじめられた原因もこの髪だ。自信をもってこの髪は好きだと言える。けれどそれは、どんな批判があってもくじけないというわけではない。
大好きな自分の水色の髪。相手が誰であっても、非難されれば悲しくなる。
つい、弄る手に力が入り、髪を強く握った。ギリッと歯を食いしばる。
「どうしたんだい、ウルスラ嬢?」
ウルスラの様子に気付いたフェリクスが、そっと手を伸ばしてウルスラの髪を手に取る。
今思えば、モートンは口ではウルスラの髪を称賛しながら、絶対に触れたことはなかった。まだモートンのことが好きだったときは、触れてもらえないことを寂しく思ったこともあった。ねだるのもはしたないと我慢していたのだ。
それが、フェリクスは何のためらいもなく、髪に触れてくれる。もちろん、誰にでも触れてほしいわけではない。でも、フェリクスならいい……むしろ、もっと触れてほしい…そう思ってしまう。
そこまで考えて、ウルスラは自分が何を考えているのかを恥じた。
(私ってば何を…!そんなことを考えるなんて、まるで……)
その先を考えることは、無理やりにやめる。
何も言わないウルスラを不思議そうにしながら、モートンは手に掬った髪を自分の指に絡めている。自分でもするクセを、フェリクスにもしてもらえると、やっぱりうれしくなってくる。
また同じ思考に陥りそうになって、ウルスラは首を横に振った。フェリクスの手から髪が滑りぬけてしまい、惜しい気持ちが湧いてくるのをグッとこらえる。
「…モートン様は、真っすぐな髪がお好きなようです。『以前』にも真っすぐな髪を讃え、私の様な髪は縮れた髪と酷評しておりました」
「……ふぅん」
(あぁ、また怒ってらっしゃる……)
フェリクスの怒りに触れたのはすぐわかった。彼の笑みがよそ行きのものに変わったからだ。
今回はこらえているようで、空気まで変わることはない。前回、ウルスラを怖がらせてしまったことは彼の中でかなりショックだったようで、抑える訓練をしたようだ。
フェリクスは再びウルスラの髪を手に取った。髪に触れた瞬間、彼の表情が和らぐ。
「こんなにも美しい髪だというのにね。空のように真っ青で、触れればなめらかなことが分かる。ここまできれいな髪だ、君は誇っていい」
「…大丈夫です。モートン様の言うことなど、真に受けてなどおりません」
「そうか。彼自身は美しいかもしれないが、彼の審美眼は腐っているようだ。腐ったものは治らない。気にする価値などないよ」
「…ありがとうございます」
これまでも、ウルスラの髪を褒めてくれる人は居た。家人に使用人、交流を深めている令嬢や夫人にも。
でもどうしてか、フェリクスに褒められるのは、誰よりもうれしい。その理由は…今はまだ気にしたくない。
「…とにかく、事態は動き始めました。今回は殿下のお力を借りることはないと思いますが、何かあればよろしくお願いいたします」
「もちろん。いつでも頼ってくれていいよ」
そう言ってフェリクスは手を差し出した。それにウルスラも手を出し、しっかりと握手を交わす。色気も無いその行為には、ウルスラも胸を高鳴らせることは無かった。
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