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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑯~
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「……これで、私の復讐は一区切りを迎えました」
「そうなんだね。お疲れ様」
ウルスラは例のごとく、フェリクスの諜報部の拠点を訪れていた。
モートンの浮気相手であるユーリスを交えた婚約継続交渉。ユーリスを篭絡し、ウルスラの手中に収める所業。モートンに、愛していたから捨てられる絶望を味わわせたこと。
そのすべてを詳細に語って聞かせたウルスラは、喉を潤すために紅茶を一口含んだ。嚥下し、「はぁ」と一息ついた彼女の顔には、かつて当然のようにあった笑顔はない。憂いを帯びた顔があるだけだ。
もうすぐ、この復讐が終わる。何もかも奪われたウルスラが、何もかもモートンから奪い続けた復讐。最後の終劇が残されているが、現状はほぼ終わったに等しい。最後に奪うものは、はっきり言ってウルスラには何の価値もない。その割に、奪うのにリスクだけは高いからタチが悪い。
あんなに切望した、モートンが絶望に堕ちる様。いざ目にしてみれば、こんなにもあっさりとどうでもいいと思えてしまうのは、予想外だった。もはやウルスラの中では、モートンの存在感はそこらの小石にすら劣る。
(『復讐とは虚しいものだ…』なんて、絵空事だと思っていたのに。復讐を終えようとしている今更になってそれを理解しようとしているだなんて、私もつくづく愚か者だわ)
もはやモートンのことについて、笑うことができなくなってしまった。それに目ざとく気付いたフェリクスは、いつもと変わらない笑みを浮かべながら、ウルスラに声を掛ける。
「君も、そんな顔をするんだね」
「えっ?」
「皆、そうなんだ。復讐を遂げようとしている者はみんな、君のように終わりが近づくにつれ顔から笑みが消えていく。あれほど切望していた復讐相手の絶望が、取るに足らないゴミの様なものだと、気付いてしまうんだ」
「…………」
フェリクスの言葉はまさにその通りで、今のウルスラには笑えない。モートンを絶望に堕とそうと考えていた頃がピーク。今では、何をあんなに頑張っていたのかと、虚しくなっている。
(今の私は…殿下にはさぞかしつまらない女に映っているでしょうね)
ふと、そんなことを思ってしまった。どうしてそんなことを思ったのか、自分でも分からない。ただ、そう思った瞬間に、胸が締め付けられるように痛んだ。
こんな自分では、もう殿下に会いに来る資格がないのではないか。
フェリクスは、モートンへの復讐を願うウルスラを面白がり、ここまで様々な協力をしてくれたのだ。それはつまり、モートンへの復讐を遂げるまでの期間限定の関係でもあるということ。
復讐を終えるということは、二人の関係も終わるということだ。
「っ!」
ツンと鼻の奥が痛い。
胸の痛みが徐々に強くなり、咄嗟に手で押さえてしまう。それでも痛みは治まらず、どうしてか涙までこぼれ、視界が滲む。
「ウルスラ嬢!どうしたんだい?」
「お嬢様!」
ウルスラの急変に、フェリクスとアーサーが駆け寄る。フェリクスの大きくて温かな手が背中に添えられた。その手の感触が、今のウルスラにはとても心地よく、そして辛い。もう、そうして触れてもらえることなどないかもしれないと思うと、そんな感触知らずに入れたほうが良かったのに。
ここにきて、ようやくウルスラは自分の心を知る。
(ああ……私、フェリクス殿下の事が、好きなんだわ…)
出会いのきっかけは、決して素敵だとは言えないことだった。ウルスラが諜報部を欲しがり、それに協力を申し出てくれた。
それから、こうしてウルスラの話に耳を傾けてくれる。それを面白がり、時には復讐に手を貸してくれる。自分を受け止めてくれる大きな存在感を持つフェリクスに、惹かれていた。
二人の関係はもうすぐ終わる。そんなころになってようやく自分の想いに気付くなんて、自分はつくづくバカだ。いや、終わりかけているからこそ、気付けたというべきか。
「大丈夫…です、二人とも」
「そうかい?奥に休める仮眠室もあるが…」
「いえ、本当に大丈夫ですので…はい」
「…そうか」
サッとフェリクスはハンカチを取り出し、ウルスラのこぼれた涙をぬぐっていく。そんな気遣いが嬉しいし、一層恋に落ちてしまう。
(ダメよ……フェリクス殿下は面白い女性が好きなんですもの。復讐を終わったつまらない女は、もう相応しくないんだから)
自分の恋心を戒めるように、ウルスラは強く思う。
いつまでもうじうじしてはいられない。せめて、復讐を遂げるその時までは、面白い女でいよう。
涙をぬぐってくれたフェリクスは対面の席に戻った。ウルスラは笑みを浮かべ、場の雰囲気はいつものの感じに戻っていく。
「それはそうと殿下?勝手に参戦していいなんて、私は言ってませんが」
「おや、何の事だい?」
「しらばっくれないでくださいまし。倉庫で何こそっと混ざってるんですか」
「あはは。いいじゃないか、ちょっとくらい」
ウルスラが口にしたのは、倉庫での浮気相手を交じえたモートンとの婚約交渉でのことだ。そこには護衛・監視・逃亡防止を兼ねて4つ子全員を終結させた。しかしそこにはなぜか5人目がいたのである。いるはずがない5人目。
帽子を深くかぶっていたので気付きづらいが、4つ子に気づかれないように潜伏する技術、あの場に参加したがる者、緑の髪。これだけの条件が揃えば、嫌でも誰だか気付くものだ。
「どうやってあそこのことが分かったんですか?」
「もちろん、調べたんだよ。君らがいつ仕掛けるのかをね。せっかくの大一番の舞台、見せてくれると言ったのは君なのに、のけ者なんてひどいじゃないか」
確かにそう言った。ただ、あの時の舞台は、さすがに見てくれと言えるようなものではなかった。だが、フェリクスにとっては、あの程度なんてことはなかったようだ。
「いやぁ、さすがだよ。無いことは無いんだ。男が、自分が孕ませた女の腹を殴って堕ろすのは。もっとも大抵は娼婦相手にやることだけどね。それが今回は、愛する女を、自分が望んだ子どもなのに、自ら殴って堕ろした。こんな素晴らしい舞台は、もう2度と見れないだろうね」
無邪気な少年が浮かべるような笑みで、フェリクスは嬉々と語る。
なんてことは無い。彼はどんな闇でも好きなのだ。そこに、遠慮など何もいらなかった。手伝うことが無いからと遠慮していたが、見せることそれ自体が彼の望みなのだから。
ニコニコと笑みを浮かべるフェリクスを前に、ウルスラはまだまだ彼の理解が甘い自分を笑った。
「申し訳ありません、そんなにも楽しんでいただけた舞台から、危うくのけ者にしてしまうところでしたね」
「全くだよ。その後もだよ?」
「えっ?」
その後?どれを言っているのだろうかと首をかしげる。フェリクスは不満げに口を尖らせた。
「君が奪ったその…ユーリス嬢だっけ?それと彼が対面した舞台さ。あれもものすごく楽しかったのに、全然声を掛けてくれないんだから。本当にひどいよ、ウルスラ嬢」
「楽し……えっ、見ていたんですか?」
「うん。こっそりとね」
「……どこから?」
「企業秘密」
ウインクで誤魔化されてしまった。アーサーのほうを振り向けば、彼はサッと顔をそらした。どうやら、気付いてた上で、報告しなかったらしい。
(全然気付かなかったわ…)
当然と言えば当然で、そもそもフェリクスは諜報部のトップなのだ。ただの素人であるウルスラが分かるはずも無いと言えばそれまで。ただ、やっぱり黙って見られていたというのは、なんとなく落ち着かない。
「次からは一言教えてくださいまし」
「うん、わかったよ」
ジト目で言うと、フェリクスは爽やかに答える。その直後に、自分で言ったことにウルスラは自己嫌悪した。
次?次があるのか。もう終わるのに、その次は何回あるのか。
(もう終わるのに……私は何を言っているのかしらね)
「そうなんだね。お疲れ様」
ウルスラは例のごとく、フェリクスの諜報部の拠点を訪れていた。
モートンの浮気相手であるユーリスを交えた婚約継続交渉。ユーリスを篭絡し、ウルスラの手中に収める所業。モートンに、愛していたから捨てられる絶望を味わわせたこと。
そのすべてを詳細に語って聞かせたウルスラは、喉を潤すために紅茶を一口含んだ。嚥下し、「はぁ」と一息ついた彼女の顔には、かつて当然のようにあった笑顔はない。憂いを帯びた顔があるだけだ。
もうすぐ、この復讐が終わる。何もかも奪われたウルスラが、何もかもモートンから奪い続けた復讐。最後の終劇が残されているが、現状はほぼ終わったに等しい。最後に奪うものは、はっきり言ってウルスラには何の価値もない。その割に、奪うのにリスクだけは高いからタチが悪い。
あんなに切望した、モートンが絶望に堕ちる様。いざ目にしてみれば、こんなにもあっさりとどうでもいいと思えてしまうのは、予想外だった。もはやウルスラの中では、モートンの存在感はそこらの小石にすら劣る。
(『復讐とは虚しいものだ…』なんて、絵空事だと思っていたのに。復讐を終えようとしている今更になってそれを理解しようとしているだなんて、私もつくづく愚か者だわ)
もはやモートンのことについて、笑うことができなくなってしまった。それに目ざとく気付いたフェリクスは、いつもと変わらない笑みを浮かべながら、ウルスラに声を掛ける。
「君も、そんな顔をするんだね」
「えっ?」
「皆、そうなんだ。復讐を遂げようとしている者はみんな、君のように終わりが近づくにつれ顔から笑みが消えていく。あれほど切望していた復讐相手の絶望が、取るに足らないゴミの様なものだと、気付いてしまうんだ」
「…………」
フェリクスの言葉はまさにその通りで、今のウルスラには笑えない。モートンを絶望に堕とそうと考えていた頃がピーク。今では、何をあんなに頑張っていたのかと、虚しくなっている。
(今の私は…殿下にはさぞかしつまらない女に映っているでしょうね)
ふと、そんなことを思ってしまった。どうしてそんなことを思ったのか、自分でも分からない。ただ、そう思った瞬間に、胸が締め付けられるように痛んだ。
こんな自分では、もう殿下に会いに来る資格がないのではないか。
フェリクスは、モートンへの復讐を願うウルスラを面白がり、ここまで様々な協力をしてくれたのだ。それはつまり、モートンへの復讐を遂げるまでの期間限定の関係でもあるということ。
復讐を終えるということは、二人の関係も終わるということだ。
「っ!」
ツンと鼻の奥が痛い。
胸の痛みが徐々に強くなり、咄嗟に手で押さえてしまう。それでも痛みは治まらず、どうしてか涙までこぼれ、視界が滲む。
「ウルスラ嬢!どうしたんだい?」
「お嬢様!」
ウルスラの急変に、フェリクスとアーサーが駆け寄る。フェリクスの大きくて温かな手が背中に添えられた。その手の感触が、今のウルスラにはとても心地よく、そして辛い。もう、そうして触れてもらえることなどないかもしれないと思うと、そんな感触知らずに入れたほうが良かったのに。
ここにきて、ようやくウルスラは自分の心を知る。
(ああ……私、フェリクス殿下の事が、好きなんだわ…)
出会いのきっかけは、決して素敵だとは言えないことだった。ウルスラが諜報部を欲しがり、それに協力を申し出てくれた。
それから、こうしてウルスラの話に耳を傾けてくれる。それを面白がり、時には復讐に手を貸してくれる。自分を受け止めてくれる大きな存在感を持つフェリクスに、惹かれていた。
二人の関係はもうすぐ終わる。そんなころになってようやく自分の想いに気付くなんて、自分はつくづくバカだ。いや、終わりかけているからこそ、気付けたというべきか。
「大丈夫…です、二人とも」
「そうかい?奥に休める仮眠室もあるが…」
「いえ、本当に大丈夫ですので…はい」
「…そうか」
サッとフェリクスはハンカチを取り出し、ウルスラのこぼれた涙をぬぐっていく。そんな気遣いが嬉しいし、一層恋に落ちてしまう。
(ダメよ……フェリクス殿下は面白い女性が好きなんですもの。復讐を終わったつまらない女は、もう相応しくないんだから)
自分の恋心を戒めるように、ウルスラは強く思う。
いつまでもうじうじしてはいられない。せめて、復讐を遂げるその時までは、面白い女でいよう。
涙をぬぐってくれたフェリクスは対面の席に戻った。ウルスラは笑みを浮かべ、場の雰囲気はいつものの感じに戻っていく。
「それはそうと殿下?勝手に参戦していいなんて、私は言ってませんが」
「おや、何の事だい?」
「しらばっくれないでくださいまし。倉庫で何こそっと混ざってるんですか」
「あはは。いいじゃないか、ちょっとくらい」
ウルスラが口にしたのは、倉庫での浮気相手を交じえたモートンとの婚約交渉でのことだ。そこには護衛・監視・逃亡防止を兼ねて4つ子全員を終結させた。しかしそこにはなぜか5人目がいたのである。いるはずがない5人目。
帽子を深くかぶっていたので気付きづらいが、4つ子に気づかれないように潜伏する技術、あの場に参加したがる者、緑の髪。これだけの条件が揃えば、嫌でも誰だか気付くものだ。
「どうやってあそこのことが分かったんですか?」
「もちろん、調べたんだよ。君らがいつ仕掛けるのかをね。せっかくの大一番の舞台、見せてくれると言ったのは君なのに、のけ者なんてひどいじゃないか」
確かにそう言った。ただ、あの時の舞台は、さすがに見てくれと言えるようなものではなかった。だが、フェリクスにとっては、あの程度なんてことはなかったようだ。
「いやぁ、さすがだよ。無いことは無いんだ。男が、自分が孕ませた女の腹を殴って堕ろすのは。もっとも大抵は娼婦相手にやることだけどね。それが今回は、愛する女を、自分が望んだ子どもなのに、自ら殴って堕ろした。こんな素晴らしい舞台は、もう2度と見れないだろうね」
無邪気な少年が浮かべるような笑みで、フェリクスは嬉々と語る。
なんてことは無い。彼はどんな闇でも好きなのだ。そこに、遠慮など何もいらなかった。手伝うことが無いからと遠慮していたが、見せることそれ自体が彼の望みなのだから。
ニコニコと笑みを浮かべるフェリクスを前に、ウルスラはまだまだ彼の理解が甘い自分を笑った。
「申し訳ありません、そんなにも楽しんでいただけた舞台から、危うくのけ者にしてしまうところでしたね」
「全くだよ。その後もだよ?」
「えっ?」
その後?どれを言っているのだろうかと首をかしげる。フェリクスは不満げに口を尖らせた。
「君が奪ったその…ユーリス嬢だっけ?それと彼が対面した舞台さ。あれもものすごく楽しかったのに、全然声を掛けてくれないんだから。本当にひどいよ、ウルスラ嬢」
「楽し……えっ、見ていたんですか?」
「うん。こっそりとね」
「……どこから?」
「企業秘密」
ウインクで誤魔化されてしまった。アーサーのほうを振り向けば、彼はサッと顔をそらした。どうやら、気付いてた上で、報告しなかったらしい。
(全然気付かなかったわ…)
当然と言えば当然で、そもそもフェリクスは諜報部のトップなのだ。ただの素人であるウルスラが分かるはずも無いと言えばそれまで。ただ、やっぱり黙って見られていたというのは、なんとなく落ち着かない。
「次からは一言教えてくださいまし」
「うん、わかったよ」
ジト目で言うと、フェリクスは爽やかに答える。その直後に、自分で言ったことにウルスラは自己嫌悪した。
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