侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

文字の大きさ
44 / 62

第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑯~

しおりを挟む
「……これで、私の復讐は一区切りを迎えました」
「そうなんだね。お疲れ様」

 ウルスラは例のごとく、フェリクスの諜報部の拠点を訪れていた。

 モートンの浮気相手であるユーリスを交えた婚約継続交渉。ユーリスを篭絡し、ウルスラの手中に収める所業。モートンに、愛していたから捨てられる絶望を味わわせたこと。

 そのすべてを詳細に語って聞かせたウルスラは、喉を潤すために紅茶を一口含んだ。嚥下し、「はぁ」と一息ついた彼女の顔には、かつて当然のようにあった笑顔はない。憂いを帯びた顔があるだけだ。

 もうすぐ、この復讐が終わる。何もかも奪われたウルスラが、何もかもモートンから奪い続けた復讐。最後の終劇が残されているが、現状はほぼ終わったに等しい。最後に奪うものは、はっきり言ってウルスラには何の価値もない。その割に、奪うのにリスクだけは高いからタチが悪い。

 あんなに切望した、モートンが絶望に堕ちる様。いざ目にしてみれば、こんなにもあっさりとどうでもいいと思えてしまうのは、予想外だった。もはやウルスラの中では、モートンの存在感はそこらの小石にすら劣る。

(『復讐とは虚しいものだ…』なんて、絵空事だと思っていたのに。復讐を終えようとしている今更になってそれを理解しようとしているだなんて、私もつくづく愚か者だわ)

 もはやモートンのことについて、笑うことができなくなってしまった。それに目ざとく気付いたフェリクスは、いつもと変わらない笑みを浮かべながら、ウルスラに声を掛ける。

「君も、そんな顔をするんだね」
「えっ?」
「皆、そうなんだ。復讐を遂げようとしている者はみんな、君のように終わりが近づくにつれ顔から笑みが消えていく。あれほど切望していた復讐相手の絶望が、取るに足らないゴミの様なものだと、気付いてしまうんだ」
「…………」

 フェリクスの言葉はまさにその通りで、今のウルスラには笑えない。モートンを絶望に堕とそうと考えていた頃がピーク。今では、何をあんなに頑張っていたのかと、虚しくなっている。

(今の私は…殿下にはさぞかしつまらない女に映っているでしょうね)

 ふと、そんなことを思ってしまった。どうしてそんなことを思ったのか、自分でも分からない。ただ、そう思った瞬間に、胸が締め付けられるように痛んだ。

 こんな自分では、もう殿下に会いに来る資格がないのではないか。

 フェリクスは、モートンへの復讐を願うウルスラを面白がり、ここまで様々な協力をしてくれたのだ。それはつまり、モートンへの復讐を遂げるまでの期間限定の関係でもあるということ。

 復讐を終えるということは、二人の関係も終わるということだ。

「っ!」

 ツンと鼻の奥が痛い。

 胸の痛みが徐々に強くなり、咄嗟に手で押さえてしまう。それでも痛みは治まらず、どうしてか涙までこぼれ、視界が滲む。

「ウルスラ嬢!どうしたんだい?」
「お嬢様!」

 ウルスラの急変に、フェリクスとアーサーが駆け寄る。フェリクスの大きくて温かな手が背中に添えられた。その手の感触が、今のウルスラにはとても心地よく、そして辛い。もう、そうして触れてもらえることなどないかもしれないと思うと、そんな感触知らずに入れたほうが良かったのに。

 ここにきて、ようやくウルスラは自分の心を知る。

(ああ……私、フェリクス殿下の事が、好きなんだわ…)

 出会いのきっかけは、決して素敵だとは言えないことだった。ウルスラが諜報部を欲しがり、それに協力を申し出てくれた。

 それから、こうしてウルスラの話に耳を傾けてくれる。それを面白がり、時には復讐に手を貸してくれる。自分を受け止めてくれる大きな存在感を持つフェリクスに、惹かれていた。

 二人の関係はもうすぐ終わる。そんなころになってようやく自分の想いに気付くなんて、自分はつくづくバカだ。いや、終わりかけているからこそ、気付けたというべきか。

「大丈夫…です、二人とも」
「そうかい?奥に休める仮眠室もあるが…」
「いえ、本当に大丈夫ですので…はい」
「…そうか」

 サッとフェリクスはハンカチを取り出し、ウルスラのこぼれた涙をぬぐっていく。そんな気遣いが嬉しいし、一層恋に落ちてしまう。

(ダメよ……フェリクス殿下は面白い女性が好きなんですもの。復讐を終わったつまらない女は、もう相応しくないんだから)

 自分の恋心を戒めるように、ウルスラは強く思う。

 いつまでもうじうじしてはいられない。せめて、復讐を遂げるその時までは、面白い女でいよう。

 涙をぬぐってくれたフェリクスは対面の席に戻った。ウルスラは笑みを浮かべ、場の雰囲気はいつものの感じに戻っていく。

「それはそうと殿下?勝手に参戦していいなんて、私は言ってませんが」
「おや、何の事だい?」
「しらばっくれないでくださいまし。倉庫で何こそっと混ざってるんですか」
「あはは。いいじゃないか、ちょっとくらい」

 ウルスラが口にしたのは、倉庫での浮気相手を交じえたモートンとの婚約交渉でのことだ。そこには護衛・監視・逃亡防止を兼ねて4つ子全員を終結させた。しかしそこにはなぜか5人目がいたのである。いるはずがない5人目。

 帽子を深くかぶっていたので気付きづらいが、4つ子に気づかれないように潜伏する技術、あの場に参加したがる者、緑の髪。これだけの条件が揃えば、嫌でも誰だか気付くものだ。

「どうやってあそこのことが分かったんですか?」
「もちろん、調べたんだよ。君らがいつ仕掛けるのかをね。せっかくの大一番の舞台、見せてくれると言ったのは君なのに、のけ者なんてひどいじゃないか」

 確かにそう言った。ただ、あの時の舞台は、さすがに見てくれと言えるようなものではなかった。だが、フェリクスにとっては、あの程度なんてことはなかったようだ。

「いやぁ、さすがだよ。無いことは無いんだ。男が、自分が孕ませた女の腹を殴って堕ろすのは。もっとも大抵は娼婦相手にやることだけどね。それが今回は、愛する女を、自分が望んだ子どもなのに、自ら殴って堕ろした。こんな素晴らしい舞台は、もう2度と見れないだろうね」

 無邪気な少年が浮かべるような笑みで、フェリクスは嬉々と語る。

 なんてことは無い。彼はどんな闇でも好きなのだ。そこに、遠慮など何もいらなかった。手伝うことが無いからと遠慮していたが、見せることそれ自体が彼の望みなのだから。

 ニコニコと笑みを浮かべるフェリクスを前に、ウルスラはまだまだ彼の理解が甘い自分を笑った。

「申し訳ありません、そんなにも楽しんでいただけた舞台から、危うくのけ者にしてしまうところでしたね」
「全くだよ。その後もだよ?」
「えっ?」

 その後?どれを言っているのだろうかと首をかしげる。フェリクスは不満げに口を尖らせた。

「君が奪ったその…ユーリス嬢だっけ?それと彼が対面した舞台さ。あれもものすごく楽しかったのに、全然声を掛けてくれないんだから。本当にひどいよ、ウルスラ嬢」
「楽し……えっ、見ていたんですか?」
「うん。こっそりとね」
「……どこから?」
「企業秘密」

 ウインクで誤魔化されてしまった。アーサーのほうを振り向けば、彼はサッと顔をそらした。どうやら、気付いてた上で、報告しなかったらしい。

(全然気付かなかったわ…)

 当然と言えば当然で、そもそもフェリクスは諜報部のトップなのだ。ただの素人であるウルスラが分かるはずも無いと言えばそれまで。ただ、やっぱり黙って見られていたというのは、なんとなく落ち着かない。

「次からは一言教えてくださいまし」
「うん、わかったよ」

 ジト目で言うと、フェリクスは爽やかに答える。その直後に、自分で言ったことにウルスラは自己嫌悪した。

 次?次があるのか。もう終わるのに、その次は何回あるのか。

(もう終わるのに……私は何を言っているのかしらね)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。 三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。 やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。 するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。 王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。

行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~

柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。 そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。 クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。 さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。

薔薇の令嬢はやっぱり婚約破棄したい!

蔵崎とら
恋愛
本編完結済み、現在番外編更新中です。 家庭環境の都合で根暗のコミュ障に育ちましたし私に悪役令嬢は無理無理の無理です勘弁してください婚約破棄ならご自由にどうぞ私ちゃんと手に職あるんで大丈夫ですから……! ふとした瞬間に前世を思い出し、己が悪役令嬢に転生していることに気が付いたクレアだったが、時すでに遅し。 己の性格上悪役令嬢のような立ち回りは不可能なので、悪足掻きはせず捨てられる未来を受け入れることにした。 なぜなら今度こそ好きなことをして穏やかに生きていきたいから。 三度の飯より薔薇の品種改良が大好きな令嬢は、無事穏便な婚約破棄が出来るのか――?

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

処理中です...