侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑮~

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「っ!!」

 モートンの目が見開かれる。まさかのウルスラによって、ユーリスと喋るチャンスが与えられたのだ。ウルスラによって…というのは癪に障るところだが、そんなことは今はどうでもいい。大事なのは、ユーリスと話すことだ。

(きっと彼女は騙されているんだ…!俺と話せば、きっと真実に気付くはず。彼女をこの一家から解放し、今度こそ俺が幸せにして見せる!)

「よろしいのですか?」
「ええ。……ああ、制限時間は付けさせてもらうわ。3分だけよ?」
「かしこまりました」

 ウルスラは懐から懐中時計を取り出した。ユーリスはウルスラの後ろから、モートンが座るソファーの横に立つ。

 ここでようやく、モートンとユーリスの視線が交わる。それまでずっとすまし顔だったユーリスが、笑顔に変わった。今まで見てきたものと変わらないユーリスの笑顔に、モートンは安堵する。

(見ろ!この笑顔を。やっぱり彼女は俺を愛している!ユーリスを保護されたのは悔しいところだが、美しくしたことだけは褒めてやろう。ユーリスを俺が慰めて、連れ帰るんだ!)

 連れ帰るなどすれば当然婚約破棄なのだが、ユーリスを前にそんなことも考える余裕すらモートンには無い。もっとも、そんな未来が来ることもないのだが。

 さぁ…とモートンはユーリスを慰めようと、声を掛けようとした。だが、そこに肝心のユーリスが割り込む。

「ユーリ…」
「よくもまぁ騙してくれましたねこの欠け歯野郎。愛しているだなんてどの口が言うんですか。あなたに名前を呼ばれるだけで虫唾が走ります2度と呼ばないでください。あああとこの大噓つき。ヴィンディクタ家は私を快く迎えてくださいました。お嬢様も旦那様も奥方様も。むしろあなたに騙された私を憐れんでくださり、特別待遇までしていただきました。お嬢様の専属侍女です。見てください、この髪。奥方様のお知り合いの方に頂いた整髪料を使っているんですが、綺麗なのがわかりますか?こんな素晴らしい方々を悪徳貴族だなどとうそをついて、本当に最低です。私によくも犯罪の片棒を担がせようとしましたね。あなたのせいで私まで犯罪者になるところでしたよこの屑。あなたに殴られたお腹本当に痛かったです。あなたと結婚する前にあなたのことが知れて本当に良かったです。あなたとの子どもなんて生んでたら後悔するところでした本当にお嬢様には感謝してます。私が苦しんでいたのにあなたはさっさと忘れてそうやってお嬢様に結婚してほしいと言ってましたね。知らないとでも思いました?私3か月前からここで働いていました。あなたに見つからないように、周りの先輩方も気を遣ってくださって。でもあなたが何を言っているかは全部聞いてました。私のことを一言も気遣わずアパートの部屋にも来てくれなかった薄情野郎の声なんて聴きたくなかったけど、おかげであなたが私が愛していたなんて真っ赤な嘘だってことが分かってとても安心しました。あなたなんかに好かれているだなんて虫唾が走ります。あなたは私のことなんて全然愛してないあなたが愛しているのは自分だけ。だったら一人で自分だけ愛していてください。私は私が信じる人だけを愛します。お嬢様を、旦那様を、奥方様を、この屋敷で働くみんなを。どうぞさようならモートン様もう2度とお目にかかることがないことを願っております」
「…………………」

 怒涛のユーリスの拒絶の言葉に、モートンは唖然とし、何も言えなかった。

 息継ぐ間も惜しいくらいに言い放ったユーリスは、しばし息が荒れていたが、少しすると落ち着いていく。

 言いたいことは言い尽くしたユーリスはモートンに頭を下げると、再びウルスラの背後に付く。ウルスラが後ろを振り返ると、ユーリスのすっきりとした顔が目に入った。

 この場を用意したのはウルスラだが、ユーリスもこれ以上ないほどに乗り気だった。溜まりに溜まった負の感情。それを吐くため、そして彼女が前へと進むために過去と決別するために、この場は最適だ。

 もう、ユーリスの中にはモートンへの未練はひとかけらも無いだろう。さきほどの瞬間をもって、ユーリスは生まれ変わった。これから彼女は、新たな人生を生き、誰かと恋をすることもあるだろう。……その恋次第では、ユーリスよりもウルスラのほうが悩むかもしれないが、今はまだ置いておく。

 呆然としたままのモートン。まさかユーリスにここまで拒絶されるとは思わなかったのだろう。あれほどのことをしておいて拒絶されると思っていないところに、この男の愚かさが表れている。

 動かないモートンに、ウルスラはにんまりと笑みを浮かべた。それを視界の端にとらえたモートンは、烈火のごとく顔を赤くして激怒した。

「お、お前がぁ!お前がユーリスをだましたんだな!?絶対にゆるさなゲフッ!」

 怒りのまま、ウルスラに飛び掛かろうとしたモートンはすぐさま制圧される。いつの間にかウルスラの前に立ちはだかったデニスがスーツの襟首をつかんで引き寄せると、そのまま床にたたきつけた。さらに後ろ手にして締め上げ、その動きを拘束していく。

「くそっ!くそぉ!絶対に、お前は殺してギャアア!」
「お嬢様にそのような口を叩いて、無事でいられるとの思っているのか?」

 怒りのまま、言ってはならない言葉を口にしたモートンに、デニスは容赦しなかった。ためらいなく締め上げられた腕は、関節が折れる寸前まで曲げられている。その締め加減は、なるほど諜報部員として尋問と拷問の訓練のたまものだなと、ウルスラは他人事のように見ていた。

「痛い!痛いぃ!」
「お嬢様、いかがなさいますか?」
「屋敷から追い出して。あと、ラトロ家には婚約破棄の書状を送るわ」
「痛…えっ?」

 ウルスラから当たり前のように告げられた言葉。それにモートンは痛みも忘れて呆気にとられた。

「聞こえませんでしたか?婚約破棄ですわ」
「そ、そんな…」
「『殺す』と、はっきりおっしゃったのです。もう婚約は無理だというのが当然だと思いませんか?」
「い、いや、それは言葉のあやで…」
「『殺す』がどんな言葉のあやなのかは知りませんが、それが許されると?」
「うっ……ぐ…」

 モートンは歯を食いしばって、悔しさをあらわにした。それをウルスラは冷酷な瞳で見下ろす。

 ウルスラの復讐劇はここでメインイベントを終えた。つまり、もうモートンが婚約者である必要が無い。モートンを婚約者に据え置いたのは、所詮復讐のためでしかないのだから。その復讐がほぼ終わった今、彼の婚約者としての役目は終わったも同然。

 それどころか、婚約者のままである方が色々と不都合なのだ。

 まず、モートンが婚約者でなくなれば、モートンに何があろうとウルスラには関係ない。そう、例え彼に不慮の事故が起きたとしても。

 また、ウルスラの婚約者でなくなれば、ほぼ間違いなくモートンはラトロ家から勘当だ。ウルスラの婚約者であったからこそ、かろうじて貴族籍でいられた。

 貴族ですらなくなったモートンには、もうこれまでのような生活は望めない。騎士は平民でもなれる職業なので、騎士職を失うわけではないが、その肩身が狭くなるのは確実だ。そんな環境に、彼がいつまで耐えられるだろう。

 ウルスラの婚約者という、それはまるで蜘蛛の糸のようにか細いモートンと貴族社会をつなぐつながり。

 それがたった今、切られた。

「さようなら、モートン様」
「ま、待ってくれウルギャアアアア!!」
「お嬢様を呼ぶな、痴れ者が」

 もはや婚約者でなくなったモートンに、デニスは容赦がない。手続き上はまだだが、婚約破棄は確定事項だ。つまりもう赤の他人。部外者である。

 そこに休憩中のアーサーも加わり、モートンを押さえつけ、拘束していく。仮にも騎士のはしくれだ。その身体能力だけは高い。下手な手心を加えれば、ウルスラやユーリスにどんな危害が加えられるか分かったものではない。

 だからデニスとアーサーに加減は無い。その扱いは、まるで彼らがかつて奴隷だったころにされたのと同じようだ。

「さっさと屋敷から追い出してちょうだい」
「「はっ」」
「むぐっ!ふがー!」

 猿ぐつわを噛まされ、手足も縛られたモートンは引きずられて応接室を出ていった。そのまま屋敷の門の外へと追い出される。手足を拘束していた縄は外されたが、彼の目の前で門は閉じられた。

 すぐに起き上がったモートンは、猿ぐつわをほどいて門に手をかけ、叫んだ。

「ウルスラ!ウルスラ!ぼくが悪かった!すまない!謝るから、だから婚約破棄だけは…!」
「うるさいぞ!さっさとどっかに行け!」
「ぐふっ!」

 門番に殴られたモートンは地面を転がった。

 その後、何度も門から中に入ろうとし、そのたびに門番に殴られる。次第に顔は腫れあがり、やがて地面に転がったまま動かなくなった。それを門番は引きずって離れた道路に捨て置く。

 それを自室の窓から見ていたウルスラは、ようやくモートンが見えない場所に移されたことで窓から離れた。

「お疲れさまでした、お嬢様」
「あなたもね」

 ユーリスがポットからハーブティーを入れてくれる。今日はリラックス効果があるラベンダーだ。ふくよかな香りが鼻を抜け、とげとげしい気持ちを和らいでくれる。

「ふぅ…こういうときは、紅茶よりもハーブね」
「はい、この香りには癒されます」
「ユーリス、あなたも座って楽しみましょ?」
「……では、失礼します」

 ユーリスは自分の分のカップを用意し、それにラベンダーティーを注ぐと、ウルスラの斜め向かいの椅子に腰を下ろす。

 ウルスラはたまにこうして、ユーリスも同じ席に着けさせた。もちろんウルスラの自室内に限ってのことだが、ユーリスと一緒に飲むお茶が美味しいのだ。それは、友人と飲むのとでも、家族と飲むのとも違う、別の感覚。

 よく分からない感覚だけど、ウルスラはその感覚が好きだ。楽しいでもないし、安心を感じるわけでもない、なんとも不思議な気持ちになれる。その感覚を味わえるのは、ユーリスだけだ。

 だから、ウルスラがユーリスに席を着くように言う時は、まずウルスラは譲らない。ユーリスが折れるまで頼み続けるので、今はもうユーリスのほうが最初から折れている。

(本当は使用人と主人が同じ席についてはなりませんのに…。それが分かっていてなお、お嬢様は私を同じ席に着けてくださる。私を対等に扱ってくれることに、感謝いたしませんと)

 ユーリスにはもう、子爵令嬢だったころの気持ちはない。主人と同じ席に着くとしても、服は侍女服のままだ。それでも、こうして侯爵令嬢であるウルスラと同じ席に着けることは、自分の生まれを肯定してもらえるようで、嬉しかった。

「お疲れ様」
「お疲れ様です」

 今日を迎え、互いの苦労を労うように、二人はカップを軽く合わせた。
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