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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑭~
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「ねぇウルスラ、そろそろ結婚について考えてくれたかい?」
「モートン様……」
ユーリスが専属侍女になってから数日後、休日のモートンがヴィンディクタ家の屋敷を訪れていた。
今日のモートンはバラの花束を抱え、白いスーツ姿だ。煌めく美貌と合わせて、絵になる。とはいえ、それがウルスラに通用するわけもなく、ウルスラは困ったような笑みを浮かべながら花束を受け取った。
一方、内心はついに訪れた好機を前に高揚している。既にウルスラの手元にはモートンへの復讐にあたって、最高のピースが揃っている。その出来上がった様を、見せびらかす好機がきたのだ。高揚もする。
(ふふふ……さぁ、モートン様。あなたはどんな絶望の表情を見せてくれますか?)
そんな気持ちをおくびにも出さず、モートンを応接室へと案内する。
二人がソファーに腰を下ろした時点で、モートンは前置きもおかずに結婚について切り出した。焦っているのか、表情こそ穏やかな笑みだがなりふり構わずになっている。
それはそうだろう。彼としては、一刻も早くウルスラと結婚したい。結婚さえすれば、後はどうとでもなると考えているはずだ。もちろんそんなことは既に不可能なのだが、モートンにそこまで策を練る余裕も無いと考えれば、それも仕方ないことだろう。
ウルスラが返事を保留にしていると、ドアからカートを押す音が聞こえてくる。
二人に挟まれたテーブルの横でカートは止まり、紅茶の準備が進んでいる。カップに紅茶が注ぐ音が聞こえると、そのカップがモートンの前に置かれた。
「ああ、あり…が………えっ?」
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
すると、モートンの動きが止まった。
たった今、自分に給仕した女性を見て彼の思考は停止し、目の前の光景が受け入れられなくなっている。
ウルスラは今給仕した侍女…ユーリスを見て、モートンの反応が思った通りになったことに口角を上げた。
(さぁ、ここからですわよモートン様。ちゃんと、覚悟してくださいね?)
口をぱくぱくするしかなかったモートンだが、ユーリスが給仕を終えて壁に控えたとき、ようやく動いた。
彼なら見間違えるはずはないだろう。長く艶やかな黒髪、端正な顔立ち、その声。彼が愛した女性だからこそ、間違えるはずもない。それだけに、彼からすればなんでこんなところにいるんだという疑問しかわかないはずだ。
いきなり立ち上がったモートンは、ユーリスのほうへと驚きの顔を向ける。
「ゆ、ユーリス!?なぜ君がここにいるんだ!」
モートンが大声で質問を投げかけるも、ユーリスは壁に控えたままピクリとも動かない。
さすがは3カ月で侍女としての力量を認められた女性だ。男の大声程度ではひるみもしないし、動揺もあらわにしない。…内心は大荒れだろうが、一切表には出さないのは流石である。
黙ったままのユーリスに、モートンはハッとしたようにウルスラのほうを向いた。その瞳には怒りの感情が宿っている。
「…ウルスラ!彼女に一体何をした!?」
「何を?哀れな彼女を、我が家で引き取っただけですわ」
「ふざけるなぁ!君がそんなことをしていい資格があるとでも思っているのか!?」
「あなたこそ、ユーリスについて何か言えるとでも?あのまま彼女を放置したあなたが」
「それは、お前が婚約を解消すると言うから…!」
「彼女よりも私との婚約を選んだあなたに、何か言う資格があると思いますか?」
「うっ…」
怒りの表情が、苦悶の表情に変わる。
その通りでしかないゆえに、モートンには何も言えない。そんなモートンを、ウルスラは冷めた目で見ていた。
ここからが本番。さらにウルスラはモートンを追い込んでいく。
「彼女はあれから1週間も放置されていました。部屋は異臭が立ち込め、彼女の美しい黒髪はガサガサ。見ていられずに我が家で保護したんです。それに比べて、あなたはどうしたんですか?私との婚約解消に怯え、何もしなかった。彼女を、あの狭い部屋でたった一人にしたあなたが」
「ぐっ………」
「ああ、言い訳はいっぱいおありでしょう。婚約解消が怖い?監視が付いているから無理だった?……そんなこと、ユーリスに関係ありますか?」
「っ…!!」
モートンの手のひらが強く握られる。力の入りすぎで震える腕を見ても、ウルスラは動じない。モートンが今味わっている痛みなど、ユーリスからすれば些細なものにしか過ぎないのだから。
ウルスラは淡々と言葉を続ける。
「愛していると嘯(うそぶ)きながら、結局あなたのやったことは自己の保身のみ。その守る対象には、彼女も、彼女との子どもも含まれていなかった。それがあなたの言う、愛とやらですか?」
「う、うう、うるさい!!」
「ずいぶんと身勝手な愛ですわ。彼女がどれだけ傷ついていたか……身体よりも、愛していると言った男に裏切られたそのショック…心に負った傷は、どれほどのものでしょうね」
はぁ…と息を吐く。心底呆れたように。
ユーリスの裏切られたことへの傷は、ウルスラには痛いほどよく分かる。もう早く楽になりたい、死んでしまいたいと思えるほどだ。彼女が自分を治療しなかったのは、治療費の問題だけではなかったかもしれない。
もし……ウルスラがユーリスを利用しようとしなければ、彼女は既にこの世を去っていたのではないか。今更ながらにそんな予感が思い浮かんだ。
この期に及んでも、モートンはウルスラを睨みつけている。ユーリスを見ていない。それが彼の愛とやらの正体だと思うと、つくづく笑えない。
(私と問答するよりも、ユーリスと話すべきでしょうに。全く何を勘違いしているのかしら、この男は。……これでは、過去の死に戻りの中でも、ユーリスがそのまま幸せだったかどうかは定かではありませんわね)
死に際のウルスラの横で、仲睦まじそうにしていた2人の姿があった。それは果たして、ウルスラの死後も続いたのだろうか。ユーリスにはモートンが他にも浮気をしていると嘘をついたが、あながち嘘ではなかったかもしれない。
「お、お前のせいで…!」
「私のせいだと?でしたらなおさら、私には彼女を保護する義務があったと言えるでしょうね。ああ、ユーリスは本当に優秀ですわ。たった3か月で侍女としての必要な技能をマスターしてしまったんですもの。わかりますか、我が家に来てから美しく整った彼女が」
「ゆ、ユーリス……」
ようやくモートンはユーリスを見た。彼の目にも分かるだろう、ユーリスが見違えるほどに美しくなったことを。彼は立っている力も失い、ソファーに倒れるように座り込んだ。
自分の元にいたころよりも美しくなったユーリス。そんな彼女を見て、モートンは何を思うか。その悲し気な表情の、感情の向かう先は果たして誰なのか。
大方、自分に向いているのだろうウルスラは考える。
(あんな美しい女性を手放してしまった自分を憐れんでいる…そんなところかしら。少なくとも、ユーリスが幸せそうだということを、喜ぶつもりは一切ないでしょうね)
つくづく自分勝手な男だ。救いようがない。この男は、どこまで言っても自分中心なのだ。自分が関わっていなければ、自分の貢献が無ければ、相手の幸せなど喜びようもない。
だが、これで終わりではない。この演劇の締めにはウルスラの出番はない。
ウルスラは壁に控えるユーリスを見た。視線を捉えた彼女は、心得たとばかりに前に出る。
「ユーリス、こちらにいらっしゃい」
「はい」
返事をしたユーリスはウルスラの背後へと歩み寄った。
自分が最も醜いと思った女と、最も愛した女性が一緒に並んでいる。その光景に、モートンは茫然とするしかない。
今目の前の光景が、事実だと認めたくなかった。本当ならウルスラを排除し、ユーリスは自分の隣にいるはずなのに。
彼女の名前を呼べるのは自分だけのはずなのに。どうして、この醜い女が気安くその名を呼ぶのか。まるでユーリスが穢されていくようで、もう彼女を見たくなかった。
だが、それを許すウルスラではない。目線を外そうとしたモートンを前に、ウルスラはユーリスに一つの指示を出した。
「ユーリス、今からモートンに言いたいことを言っていいわよ?」
「モートン様……」
ユーリスが専属侍女になってから数日後、休日のモートンがヴィンディクタ家の屋敷を訪れていた。
今日のモートンはバラの花束を抱え、白いスーツ姿だ。煌めく美貌と合わせて、絵になる。とはいえ、それがウルスラに通用するわけもなく、ウルスラは困ったような笑みを浮かべながら花束を受け取った。
一方、内心はついに訪れた好機を前に高揚している。既にウルスラの手元にはモートンへの復讐にあたって、最高のピースが揃っている。その出来上がった様を、見せびらかす好機がきたのだ。高揚もする。
(ふふふ……さぁ、モートン様。あなたはどんな絶望の表情を見せてくれますか?)
そんな気持ちをおくびにも出さず、モートンを応接室へと案内する。
二人がソファーに腰を下ろした時点で、モートンは前置きもおかずに結婚について切り出した。焦っているのか、表情こそ穏やかな笑みだがなりふり構わずになっている。
それはそうだろう。彼としては、一刻も早くウルスラと結婚したい。結婚さえすれば、後はどうとでもなると考えているはずだ。もちろんそんなことは既に不可能なのだが、モートンにそこまで策を練る余裕も無いと考えれば、それも仕方ないことだろう。
ウルスラが返事を保留にしていると、ドアからカートを押す音が聞こえてくる。
二人に挟まれたテーブルの横でカートは止まり、紅茶の準備が進んでいる。カップに紅茶が注ぐ音が聞こえると、そのカップがモートンの前に置かれた。
「ああ、あり…が………えっ?」
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
すると、モートンの動きが止まった。
たった今、自分に給仕した女性を見て彼の思考は停止し、目の前の光景が受け入れられなくなっている。
ウルスラは今給仕した侍女…ユーリスを見て、モートンの反応が思った通りになったことに口角を上げた。
(さぁ、ここからですわよモートン様。ちゃんと、覚悟してくださいね?)
口をぱくぱくするしかなかったモートンだが、ユーリスが給仕を終えて壁に控えたとき、ようやく動いた。
彼なら見間違えるはずはないだろう。長く艶やかな黒髪、端正な顔立ち、その声。彼が愛した女性だからこそ、間違えるはずもない。それだけに、彼からすればなんでこんなところにいるんだという疑問しかわかないはずだ。
いきなり立ち上がったモートンは、ユーリスのほうへと驚きの顔を向ける。
「ゆ、ユーリス!?なぜ君がここにいるんだ!」
モートンが大声で質問を投げかけるも、ユーリスは壁に控えたままピクリとも動かない。
さすがは3カ月で侍女としての力量を認められた女性だ。男の大声程度ではひるみもしないし、動揺もあらわにしない。…内心は大荒れだろうが、一切表には出さないのは流石である。
黙ったままのユーリスに、モートンはハッとしたようにウルスラのほうを向いた。その瞳には怒りの感情が宿っている。
「…ウルスラ!彼女に一体何をした!?」
「何を?哀れな彼女を、我が家で引き取っただけですわ」
「ふざけるなぁ!君がそんなことをしていい資格があるとでも思っているのか!?」
「あなたこそ、ユーリスについて何か言えるとでも?あのまま彼女を放置したあなたが」
「それは、お前が婚約を解消すると言うから…!」
「彼女よりも私との婚約を選んだあなたに、何か言う資格があると思いますか?」
「うっ…」
怒りの表情が、苦悶の表情に変わる。
その通りでしかないゆえに、モートンには何も言えない。そんなモートンを、ウルスラは冷めた目で見ていた。
ここからが本番。さらにウルスラはモートンを追い込んでいく。
「彼女はあれから1週間も放置されていました。部屋は異臭が立ち込め、彼女の美しい黒髪はガサガサ。見ていられずに我が家で保護したんです。それに比べて、あなたはどうしたんですか?私との婚約解消に怯え、何もしなかった。彼女を、あの狭い部屋でたった一人にしたあなたが」
「ぐっ………」
「ああ、言い訳はいっぱいおありでしょう。婚約解消が怖い?監視が付いているから無理だった?……そんなこと、ユーリスに関係ありますか?」
「っ…!!」
モートンの手のひらが強く握られる。力の入りすぎで震える腕を見ても、ウルスラは動じない。モートンが今味わっている痛みなど、ユーリスからすれば些細なものにしか過ぎないのだから。
ウルスラは淡々と言葉を続ける。
「愛していると嘯(うそぶ)きながら、結局あなたのやったことは自己の保身のみ。その守る対象には、彼女も、彼女との子どもも含まれていなかった。それがあなたの言う、愛とやらですか?」
「う、うう、うるさい!!」
「ずいぶんと身勝手な愛ですわ。彼女がどれだけ傷ついていたか……身体よりも、愛していると言った男に裏切られたそのショック…心に負った傷は、どれほどのものでしょうね」
はぁ…と息を吐く。心底呆れたように。
ユーリスの裏切られたことへの傷は、ウルスラには痛いほどよく分かる。もう早く楽になりたい、死んでしまいたいと思えるほどだ。彼女が自分を治療しなかったのは、治療費の問題だけではなかったかもしれない。
もし……ウルスラがユーリスを利用しようとしなければ、彼女は既にこの世を去っていたのではないか。今更ながらにそんな予感が思い浮かんだ。
この期に及んでも、モートンはウルスラを睨みつけている。ユーリスを見ていない。それが彼の愛とやらの正体だと思うと、つくづく笑えない。
(私と問答するよりも、ユーリスと話すべきでしょうに。全く何を勘違いしているのかしら、この男は。……これでは、過去の死に戻りの中でも、ユーリスがそのまま幸せだったかどうかは定かではありませんわね)
死に際のウルスラの横で、仲睦まじそうにしていた2人の姿があった。それは果たして、ウルスラの死後も続いたのだろうか。ユーリスにはモートンが他にも浮気をしていると嘘をついたが、あながち嘘ではなかったかもしれない。
「お、お前のせいで…!」
「私のせいだと?でしたらなおさら、私には彼女を保護する義務があったと言えるでしょうね。ああ、ユーリスは本当に優秀ですわ。たった3か月で侍女としての必要な技能をマスターしてしまったんですもの。わかりますか、我が家に来てから美しく整った彼女が」
「ゆ、ユーリス……」
ようやくモートンはユーリスを見た。彼の目にも分かるだろう、ユーリスが見違えるほどに美しくなったことを。彼は立っている力も失い、ソファーに倒れるように座り込んだ。
自分の元にいたころよりも美しくなったユーリス。そんな彼女を見て、モートンは何を思うか。その悲し気な表情の、感情の向かう先は果たして誰なのか。
大方、自分に向いているのだろうウルスラは考える。
(あんな美しい女性を手放してしまった自分を憐れんでいる…そんなところかしら。少なくとも、ユーリスが幸せそうだということを、喜ぶつもりは一切ないでしょうね)
つくづく自分勝手な男だ。救いようがない。この男は、どこまで言っても自分中心なのだ。自分が関わっていなければ、自分の貢献が無ければ、相手の幸せなど喜びようもない。
だが、これで終わりではない。この演劇の締めにはウルスラの出番はない。
ウルスラは壁に控えるユーリスを見た。視線を捉えた彼女は、心得たとばかりに前に出る。
「ユーリス、こちらにいらっしゃい」
「はい」
返事をしたユーリスはウルスラの背後へと歩み寄った。
自分が最も醜いと思った女と、最も愛した女性が一緒に並んでいる。その光景に、モートンは茫然とするしかない。
今目の前の光景が、事実だと認めたくなかった。本当ならウルスラを排除し、ユーリスは自分の隣にいるはずなのに。
彼女の名前を呼べるのは自分だけのはずなのに。どうして、この醜い女が気安くその名を呼ぶのか。まるでユーリスが穢されていくようで、もう彼女を見たくなかった。
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