侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~

蒼黒せい

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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑱~

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「くそっ…くそっ……くそぉ!!」

 モートンは飲んだくれていた。かつてユーリスが働いていた酒場とは違う酒場で、ただ一人酒を煽っている。

 門番に何度も殴られた顔は腫れあがり、かつての美貌は見る影もない。髪もモートンの気分を反映させるかのようにぼさぼさとなり、荒れている。

 ウルスラに何もかも奪われ、あげくに捨てられた。唯一残っていた婚約者という地位も無くなり、そのうちラトロ家から勘当されるかもしれない。

 父と兄は、何度も問題を起こすモートンのことを疎ましく思っていた。今回、ウルスラとの婚約が破棄されれば、嬉々としてモートンをラトロ家から除籍するだろう。母はモートンを愛していたが、それも今は怪しい。家の立場より息子を優先するほど、愛情深いわけでもない。

 ウルスラからすべてを奪うはずが、すべてを奪われる。まさか、モートンが愛したユーリスまでもがウルスラに奪われるのは予想外だった。それも、モートンの元にいたときよりもずっと美しくなっていたのが、余計に癪に障る。

(当てつけのように見せびらかしやがって…あの醜い性悪女が!俺のユーリスをよくも…あんなのはユーリスの美しさじゃない!俺のユーリスはもっと慎ましやかで、あんな自己主張の激しい出しゃばった女じゃないんだ!それもあの女のせいで!)

 モートンにとって、ウルスラの元にいたユーリスの全てが気に入らない。結局のところ、モートンはユーリスが好きなのではなく、自身の理想を体現したかのようなユーリスのことを好きになっていたにすぎない。その理想から少しでも外れれば、同じ人物であってもダメ。

 その理想は、モートンとの関わりによってなされたものでなければダメなのだ。つまり、「自分のおかげで彼女はきれいになった」ということが言えないといけない。極めて身勝手な考えと言える。

「ゴクッ……おい、もっと酒をもってこい!」

 店員に怒鳴り散らし、酒を要求する。膨れ上がらせた顔に包帯を巻いた醜い姿に、荒れた彼の周りには人がおらず、酒場の荒くれといえど彼に関わるのを避けていた。

(……殺す!もうあの女の持っているものなど何一ついらん!そんなものよりも、あの女を殺さないと気が済まないぞ!)

 モートンは心の中でウルスラの殺害を決めた。彼の目は据わっており、もはや常人とは言い難い雰囲気を纏わせている。

 そんな彼の元に、フードを被った一人の男が歩み寄っていく。その男はモートンの対面に座り、モートンを正面から見据えた。

 いきなり現れた男の存在に、モートンの不機嫌さは増していく。

「なんだぁてめぇはぁ!どっか行きやがれ!」

 そう怒鳴るも、男は微動だにしない。それどころか、楽し気に口元をゆがめた。

 たったそれだけで、酒に酔ったモートンの背筋が凍りつく。得体のしれない不気味さに、モートンは次の一口を飲もうと持ち上げたグラスをテーブルに戻した。

 言葉を止めたモートンに、男は静かに声を掛けた。

「失礼、あなたはモートン様ですね?」
「ああ?だからどうした?」
「失礼。お久しぶりなもので、少し確認させていただきました。覚えていらっしゃいませんか?」

 そう言うと男はフードを取った。しかし、その顔にモートンは見覚えが無い。

「ふん、知らないな。人違いだ」
「…裏ギルド、そう言えばわかりませんか?」
「っ!てめぇ!」

 裏ギルド。

 その言葉にモートンは一瞬で沸騰した。彼の頭に苦い記憶がよみがえる。裏ギルドに依頼したウルスラの両親暗殺計画。失敗したばかりか、依頼書という証拠までウルスラの元に行ってしまい、あれで一気にモートンの立場は悪化した。

 それもこれも、すべては暗殺ギルドが失敗したせいだ。モートンが怒るのは無理もない。

 いきり立ったモートンは男の襟首をつかみ上げる。だが、それ以上はどんなに力を入れても持ち上がらず、その不気味さにモートンは不気味さを感じた。

(な、何だこいつ!?全然持ち上がらねぇ……どうなってやがる?)

 仮にも騎士の端くれ。その肉体は鍛え上げているのに、その膂力で全く持ち上がらない。その異常さにモートンは驚いた。

「苦しいですねぇ。離していただけますか?」

 そう言うと男はあっさりとモートンの手を払った。しっかり強くつかんでいたはずなのに、いともたやすく。それがますます不気味さを増し、恐ろしさに変わっていく。

「てめぇらが失敗したせいで、こっちがどんな思いをしたか分かってんのか!?この役立たずが!」
「耳が痛いですねぇ。いやはや、こちらもまさか『あの方』が出てくるとは思わず、おかげでこちらもずいぶんと手痛い思いをしたんですよ」
「あの方…?誰だそいつは?」
「第三王子、フェリクス殿下ですよ」
「はっ?何で王子が出てくるんだよ?どういうことだ?」

 椅子に座り直し、話しを聞く態勢を整えたモートンに、男は当時のいきさつを話した。

 ウルスラの両親暗殺計画の失敗にはフェリクスが介入してきたことが原因であること。
 フェリクスは裏ギルドに脅しをかけ、計画内容の開示を求めた。
 さらに計画依頼の依頼書と前金の取引。
 これらに応じない場合は、裏ギルドを潰すと脅してきたこと。

 いくら無法者の裏ギルドといえど、王族という国家権力の介入には太刀打ちできない。

 結果として、裏ギルドは情報を漏らし、依頼書を手放した。それによって暗殺計画は失敗。またこの件が裏ギルドの信用失墜を招いたとして、裏ギルドへの依頼も激減。苦境に立たされているという。

(ふん、王族が相手だろうと日和ったのは貴様らだろうが。自業自得だ、この愚か者が)

 目の前の男がつらつら語る言い訳を、モートンは冷めた目で聞いていた。何を言おうが失敗は失敗。それも、権力に屈したというのだから、弁明など聞きたくもない。

「そんなのてめえらの問題だ。俺には関係ない」
「いやいや、そうはいきませんよ?なにせ原因は、あなたの標的のせいなんですから」

 男はさらに続けた。

 ウルスラは実はフェリクスと繋がっており、彼女に仕える4つ子はフェリクスが鍛えあげた諜報部員だという。
 どうもフェリクスはウルスラと懇意にしており、そのつながりでフェリクスが動いたのだとか。

 それを聞いたモートンは眉を上げた。今の話が本当だとすれば、ウルスラは浮気をしていたのではないか。だがそれも、男によって否定される。

「無理でしょう。別にふたりっきりでいたとかじゃないですからねぇ。あなたと違って」
「っ!てめぇ!」

 自分を馬鹿にしたような言い方に、モートンは拳を振り上げた。だが、その拳もたやすく取り押さえられてしまう。力ではない、全く別の技術とも言うべきものに翻弄され、モートンは冷汗をかいた。

(何だ、こいつはさっきから…!?)

「まぁそう怒らないでください。……ねぇモートン様。あなた、あの子娘…ウルスラお嬢様を殺したいでしょう?」
「!? なぜそれを…」
「あなたを見ていれば分かります。それでですね、我々も、フェリクスには一矢報いたいと思っておりまして…」
「……ほう」

 それからしばらくして、モートンと男は席を立ち、酒場を出ていった。

 二人の姿は夜の闇へと消えていき、それからモートンは騎士団の宿舎にも、ラトロ家の屋敷にも帰ることは無かった。
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