入れ替わり令嬢奮闘記録

蒼黒せい

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第4話

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翌日の朝。
私は布団の中にいた。

決して二度寝を楽しんでいたわけではない。
そういうわけではないが、既に朝日が昇っているにも関わらず、布団から出られなかった。

(あ、脚が……)

脚に響く鈍痛。芯から伝わるこの痛みは覚えがあった。
覚えがあるが……何故今発生しているのかがわからなかった。

(あり得ない。なんで筋肉痛なんかに)

筋肉痛。過度なトレーニングを行った後に起きやすいこの痛みに、首をひねるばかり。

(だって、昨日は運動なんかしてない。屋敷の中を歩いただけなのに…)

走ったわけでも、トレーニングをしたわけでもない。
だが、ふと思い出す。この身体は、『引きこもり』であったことを。

(まさか、たったあれしか歩いてないのにトレーニングに匹敵するものだったとでも言うの…?)

しかし昨日を思い返せば、部屋を出ていくらもしないうちに息が切れ、歩くのがやっとだったのだ。
歩いただけでも、トレーニングとして充分だったということだ。

(動きたくないけど……今日からダイエットを始めるんですもの。初日が肝心。起きなくては)

のそりとベッドから這い出し、立ち上がればぶるんとお腹の贅肉が波打つ。

「おはようございます、お嬢様」

声を掛けられたほうを見れば、既に侍女が待機していた。
昨日、侍女には朝の時間になれば私が起きていなくても部屋に入室するように頼んでおいた。もちろん、寝坊防止だ。

「おはよう。時間なら起こしてくれてよかったのに」
「いえ、もう起きてはいらっしゃったようなので。準備をしておりました」

見れば既に茶器が準備されていた。

「……ジャムはいらないわよ」
「承知しております」

確かにジャムが入っていそうな瓶はテーブルの上にはなかった。
椅子に座り、カップに紅茶が注がれ、それに口をつける。
その間も、ずっと脚の筋肉痛が続いている。

(マッサージでもしてもらいたいけど、この脚の脂肪で肝心の筋肉まで届きそうにないわよね…)


しばらくして、朝食が運ばれてくる。
そのカートの上に載る朝食の量は、昨日私が指示したとおりだ。

パン2つ、オムレツ(卵1個分)、薄切りベーコン2枚、千切りサラダ。

その朝食の量に、侍女は戸惑いの表情を浮かべている。
それはそうだろう、昨日の朝食と比べれば10分の1以下の量なのだから。

「…この量で、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。あなたたちだってこのくらいでしょ?」
「それはそうでございますが…」

ペロリと平らげ…ることはせず、ゆっくりと良く噛んで食べる。
脂肪が付いているのはなにもお腹や脚だけじゃない。
顔もぶよぶよの脂肪がついている。
少しでも顎を動かして脂肪を燃やさないと。



朝食を食べ終え、食休みした後、早速運動の準備に取り掛かる。
場所は屋敷の裏側、広大な裏庭。
周囲を木々で囲まれているため、領民にこの姿を見られることは無く、思う存分に動き回ることが出来る。
そこに動きやすい服装……と思ったのだけれど、引きこもりだったシャルロット。
その服のほとんどがワンピースで、運動に適した服は無い。
仕方なく既製品にしようかと思ったけど、そもそもこんな身体に合った服なんて売ってるわけがない。
そこで、いくつかの服を侍女に改造してもらい、即席の軽装に仕立ててもらった。
仮にも令嬢だ。あまりみすぼらしい格好はできない。

……身体そのものがみすぼらしいとは別次元の醜さであることは今は考えない。


「よっ……ほっ……」

身体を伸ばし、準備運動。……のつもりが、ことごとく脂肪に遮られて曲げるに曲げれない。それでもできる限り行う。未だ筋肉痛が残る脚も、しっかり伸ばす。

そんな私の横で、侍女……名前をアリエスと言った…も一緒に準備運動をしている。
ちなみに名前はもちろん知らなかったので開き直って聞いたら、「初めて聞いてくださった…」と涙ながらに自己紹介されてしまった。
そんな彼女がどうして一緒に準備運動しているかといえば、私の付き添いである。
なにせこの身体だ。しかもまともに動いてこなかった。
もし運動中に何かあっても大丈夫なように、付き添いを頼んだ。

「お嬢様のダイエットのためでしたら、私どこまでもついて参ります!」
「いや、裏庭だから」

アリエスも動きやすい服装になっている。
あとでその服を私サイズ(特注)で購入しようと思う。

「よし、まずはランニングよ」
「はい、お嬢様」



「はっ、はっ、はっ…」

ランニング……走り始めて10秒で終了。
今はそれでもと脂肪を燃やすためにと歩いている。
それだけでも汗が噴出し、アリエスは額の汗を拭ってくれる。

(ちょっと…この身体を舐めていたわ。ここまで動かないなんて)



それから更に数分後。

「お嬢様、一休みしましょう。足が震えております」
「ま、まだまだ…はっ、はっ、はっ…」
「いけません。頑張るのは結構ですが、このままでは怪我につながります」
「はっ、はっ……そうね…」

近くの木陰で腰を下ろす。
極度の疲労で痙攣を起こしている脚を、アリエスが揉み解してくれる。

「…いかがでございますか?届いていますか?」

アリエスが聞いているのは、脂肪だけでなく、ちゃんと筋肉を揉み解せているかだ。

「ごめんなさい。全然届いてないわ」
「いえ、お気になさらず」

グッ、グッと力を入れて、それでも痛くならないように加減をしながら揉んでくれているのが分かる。
それに申し訳なく思いつつも、痙攣が治まるのを待った。



歩いては休んで、歩いては休んでを繰り返し、ようやく裏庭を一周したときにはお昼になっていた。

「昼食はいかがなさいますか?」
「せっかくだし、外でいただこうかしら」
「かしこまりました」
「その前に…」

汗でびっしょりになった服を摘まむ。

「シャワーを浴びてからにしましょう」



シャワーを浴び、昼食(平均女性の食事量)を食べ、午後からの運動に備えて休む。
アリエスのほかにもう一人侍女が来て、マッサージしてくれる。
その別の侍女曰く、直接疲れた筋肉のマッサージにはならなくても、脂肪へのマッサージでもダイエットには役立つらしい。
そうして、マッサージを受けながらゆっくりしていると、昼食を食べたばかりのお腹が空腹を訴える鳴き声を上げた。

(…全然食べた気がしないけど、ダメよ、ここが我慢時なの)

この食事量に慣れなければいけない。
そう思い、目を瞑るも、お腹の鳴き声は収まらない。

「お嬢様、こちらはいかがでしょう」

そう言ってアリエスが取り出したのは……飴玉だった。

「他の侍女たちにも聞きましたが、空腹を紛らわすにはこれを舐めるのが効果があるそうです」
「…でも飴でしょう?」
「一つだけならそこまででもありません。むしろ、空腹に苛まされ続ければ逆にストレスとなり、別の問題になってしまうかと」

確かにそうだ。
少しのリスクは背負っても、後の多大なリスクを解消できるのであれば、やっておいたほうがいい。
というか、空腹感が続いたら頭がおかしくなるかもしれない。
アリエスから飴玉を受け取り、口の中で転がしながら、マッサージを受け続けた。


午後からも、再び裏庭で走るトレーニングだ。
それも数秒で歩きに変わってしまったが、それでも動き続けなければならない。
ただ歩くだけじゃなく、腕の振りも加えてとにかく全身を動かす。


陽が傾きかけて頃、ようやく今日のトレーニングを終えた。

(もう、クタクタ……)

こんなに疲れた思いをしたのは何時以来だろうと思いながら、汗を流すためお風呂に向かう。

熱いお湯がべとついた汗を洗い流してくれる。
その後、スポンジを手にしたアリエスが私の身体を隅々まで洗ってくれる。

「お疲れ様です、お嬢様」
「アリエスも、付き合ってくれてありがとうね」
「そんな、お嬢様。当然のことでございます」

髪も洗ってもらい、全身がさっぱりすると、ようやく湯船に浸かれた。

「ふぅ……」

(思った以上に……前途多難ね)

あまりにも身体が動かなかった。
走るという行為すらまともにできない身体。
昨日の歩いただけで起きた筋肉痛は、果たして明日の朝にはどれほどの痛みを伴うのか。
想像しただけで身震いしてしまう。

「お嬢様、温いですか?」
「いいえ、そんなことはないわ。明日の筋肉痛が怖いだけよ」
「それは…そうですね」

アリエスも苦笑する。

「お風呂から上がりましたら、いかがいたしましょう?」
「ストレッチを行いましょう」

部屋に戻ると、早速ストレッチを始める。
今日酷使した筋肉をほぐすとともに、この硬い身体を柔らかくしなくてはいけない。
なんせ、痩せればそれで終わりではないのだ。
その先、例えば夜会。
夜会といえば、ダンスは付き物だ。ダンスを踊るためにも、柔軟な身体が必要だ。

飛び出るお腹がつっかえ、まったくと言っていいほど前に倒れない。
股を開こうとして90度以上開けない。
両手を背中のほうで結ぼうとすれば手が届かない。

(ストレッチも地道にやるしかないのよね…)


間接を傷めない程度にストレッチを終えると夕食(平均女性の食事量)を食べ、その後はマッサージだ。
昼のマッサージと違い、夜はアリエスがほかに3人の侍女を呼び、全身マッサージだ。
脚だけでなく腕・背中・お腹・胸・首・顔と文字通り全身を揉み解していく。
マッサージが進むごとに、血行がよくなり身体がぽかぽかしてくる。
その心地よさについ意識がうとうとしてしまう。

このまま寝たいところだけど、その前にやることがある。

マッサージを終え、さっとシャワーを浴びると姿見の前に立つ。
そして、今の自分の姿を凝視する。
昨日見た姿と何も変わらない。
当然だ、1日だけで劇的に変わるはずも無い。けれど…

(毎日、この姿を確認して、歩みを止めてはいけないことを自覚しないと)

この醜い姿から、1日でも早く脱却できるように。
誓いを新たに眠りに着いた。


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