入れ替わり令嬢奮闘記録

蒼黒せい

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第10話

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 朝。
 目を覚まし、目覚めの紅茶を飲み、朝食を食べるとさぁ今日も1日がんばろうと部屋を出た矢先。
 ロビーがやたらと騒がしいのに気付いた。

「どうしたのかしら?」
「わかりません。少し聞いてまいります」
「お願いね、私は部屋に戻ってるから」

 なんせ今の私は運動しやすい服装に着替えている。
 さすがにこのままで来客の前に姿を出せない。
 アリエスがロビーに向かったのを見送ると私は部屋に戻った。


 しばらくすると、アリエスが戻ってきた。
 しかしその表情は少し硬い。

「どうやら急の来客のようですが…その」
「? どうしたの?」
「旦那様から、『これから大事な話があるから、屋敷から出てほしい』とのことです」
「えっ、どういうこと?」
「わかりません。来客の方々も、どうやら王家からのようでして…」
「…………」

 王家、という言葉に絶句する。
 何故王家が?それも急に、ということは事前連絡すらなかったということだ。
 それにしては、何故屋敷から出なければならないかが分からない。
 しかし、父様の指示であるならば従わなければならない。

「『せっかくだし、街を歩いてくるといいだろう。夕方までに戻ってくればいい』ということでして…」
「つまり夕方まで戻ってくるな、ということね」
「はい………」
「仕方ないわ…出かける準備をしましょう」
「はい」

 アリエスに手伝ってもらい、外行きの服に着替える。
 華美すぎず、あまり目立たないように。

 部屋を出ると、そのままロビーへと向かう。
 ロビーにつけば、そこには十数人の騎士。そして…

(エリル様……)

 エリル様。名門貴族家の出で、幼いころから皇太子様の補佐役を務めている。
 黒みがかった茶髪に、漆黒の瞳。
 エリーゼの頃には婚約者という立場上、よく会ったり食事をしたりもした。
 そんなエリル様が、騎士を従えてこの屋敷に来た。
 正直なところ、エリル様は苦手だ。
 常に微笑みを浮かべているけど、その胸中は何を考えているかわからない。
 嫌われてはいなかったと思うけど、常に見定められているような感じがして彼の前では萎縮してしまう。

「シャル、いいところに。こちらは皇太子様の補佐を務めるエリル様だ」
「エリルです。どうぞよろしく」
「…シャルロットです」
「これはこれは……噂というのはあてになりませんね。こんな綺麗な令嬢だというのに」
「噂…とは?」
「ご本人を前にしては憚られますが、ずいぶんと太目で礼儀知らずだとか。どこで噂が変わったのでしょうね」
「…ダイエットいたしましたので」
「それは素晴らしい。さすがはトワイライ家の令嬢だ」

 挨拶もそこそこに、私とアリエスは屋敷を出た。
 その背に、エリル様の視線がいつまでも向けられているかのようで、不気味だった…


 久しぶりの街。
 アリエスも私服に着替えており、傍目には令嬢と侍女には見えないだろう。

「こうして街を歩くのも久しぶりね」
「そうですね」

 人々の賑やかな声。
 時折子供たちの楽しそうな声が混じり、領地として安定していることがわかる。
 市場へと足を運べば、威勢の掛け声とともに売買が盛んにおこなわれている。

 とある露店の前で足を止める。
 ここで売られているのは店主の手作りの装飾品のようだ。
 並べられている商品を眺めていく。
 どれも丁寧に加工されており、かなりの腕前のようだ。

「どれもいい出来ね。こんな露店で売ってるのが信じられないくらい」
「……世辞はいい。欲しいなら買え」

 どうやら店主はだいぶ無愛想のようだ。
「そうね」と苦笑しながら、一つ一つ眺めていく。
 と、その中に気になるものがあった。
 元は一つであっただろうガーネット。それが半分に割れ、それぞれに銀のチェーンが通されたネックレス。対のネックレスなのだろう。

(皇太子様の銀髪に…私の赤髪……か)

「変わったアクセサリーね」
「…ちょっとした白魔術も仕込んである」
「白魔術!?」

 白魔術。
 使用が禁じられる黒魔術と違い、使い手は少ないが使用に制限はない。
 ただし、黒魔術と違い起こせる現象は程度が低く、その効果も弱い。
 人に使えば、その効果は疲労軽減やストレス軽減といった程度。
 物にかけることもできるが、やはりその効果は低い。
 使い道としては外灯に使われるランプの芯にかけておくことで火を使わずして着火できたり(ただし別で燃料は必要だし消火はできない)、針にかけておくことで誤って指にさしてしまうことを防いだり(ただし針ほどの極小物でなければ効果がない)と、精々が日常生活程度だ。

「どんな白魔術を仕込んでるのかしら?」
「…これを付けたやつ同士が互いの居場所を、なんとなく把握できる」
「ずいぶんすごいじゃない」

 白魔術の程度で考えれば、考えられないほど高性能だ。

「…一つのガーネットを割ることでその効果を高めている。それに…」
「それに?」
「『互いに想い合わなければ』効果は出ない。一方的には使えない代物だ…」
「なるほど…」

 相手が効果を知っていて。
 なおかつ想ってくれなければ効果は出ない。
 一方的に押し付けても意味がない代物ということだ。

 白魔術の付加を考えても、銀のチェーンについているガーネットはもともと小さく、さらにそれが割れている。
 値段としても庶民には高いが。貴族としてははした金。



 二つのネックレスが入った紙袋をポケットにしまう。

(このネックレスの持つ効果をすべて話して……受け取って……くれるかしら)

 もちろん渡す相手はスロイカ様だ。
 日常ではつけてくれなくていい。
 ただあのひと時。仮面舞踏会の間だけ。あの時だけでもお互いに身に着けて。



 途中、アリエスおすすめの店で昼食を食べると、そのまま日が傾くまで街の散策を楽しんだ。
 頃合いかと思い屋敷へと帰ると、すでにエリル様と騎士の方々の姿は無く、父様が出迎えてくれた。

「父様、ただいま帰りました」
「ああ、お帰りシャル」
「エリル様は?」
「さきほどお帰りになられたよ」
「……どのような用件でいらしたのですか?」

 なにせわざわざ追い出されたのだ。相当な要件のはず。

「なに、大したものではないよ。ちょっと調べものをしに我が家に立ち寄っただけらしい」
「そう…ですか」

(絶対嘘……だけど、教えてくれないなら聞き出すのは無理そうね)

 エリル様は皇太子様の補佐官だ。
 皇太子様の補佐は当然だけど、それ以外にも様々なことをしていると聞いたことがある。
 曰く、国の裏に関わっているとも…
 そんなエリル様が、ただ立ち寄るという無駄な行動をするだろうか。
 しかし無闇に追及しようとしてあらぬ疑いをかけられたくない。

 部屋に戻ると父様に声をかけ、部屋へ向かおうとしたとき、父様から「シャルロット」と声をかけられた。

「何…ですか、父様?」
「大丈夫。君は何も心配しなくていい。きっと…『その時』まで私が守ってあげるから」

 …大丈夫?
 心配?
『その時』?
 突然言われた言葉は何のつながりもなく、私は首をかしげた。
 それに…

「…父様、今のは一体どういう…」
「大丈夫だから」

 それだけ言って書斎に戻っていった。

「旦那様、どうなされたんでしょうか?」
「さぁ……」

(何で……私を『シャルロット』と呼んだの…?)

 愛称の『シャル』ではなく、『シャルロット』と。
 間違いなく、エリル様の訪問が関係している。

(一体、何が起こっているんだろう…)



 3度目の仮面舞踏会。
 前回の参加から3週間が経っている。
 今回もカボチャの仮面を、全身を覆うドレスに、そしてあの時買ったネックレスを身に着けている。
 もう一つはポケットに忍ばせている。

(スロイカ様、今日も来てるかしら)

 会場に入れば、入り口近くに佇むスロイカ様を見つけることができた。

「スロイカ様」
「エシャル嬢、こんばんは」

「こんばんは」と挨拶を返せば、鳥の仮面越しの瞳がこちらを見つめる。
 前回のように声色が硬いということもなく、視線も泳いでいない。

「エシャル嬢、少し話があるんだがいいか?」
「えっ?もうすぐダンスが始まりますよ?」
「……大事な話なんだ」

 スロイカ様の瞳はまっすぐにこちらを見ている。
 大事な話、という言葉に緊張が走る。
 やはりシャルロットであることがばれたのか…

「わかりました……」



 スロイカ様についていき、休憩室に入る。
 すると、そこにはすでに先客がいた。

(エリル…様…だよね?)

 黒みがかった茶髪と、仮面こそつけているが見える瞳が黒。
 なにより、緩やかに口角を上げた状態で固定されたあの口元につい恐れを感じてしまう。

「ふふっ、そんなに怖がらなくていいよ。相変わらず君は僕が苦手なんだね」
「…えっ…」

 唐突に掛けられた言葉に、思考が止まってしまう。
 しかしそこに追い打ちをかけるかのように背後から聞こえる鍵を回す音。
 振り返れば、扉を背にスロイカ様が私を見る。

「これで誰もこの場には入ってこれない」
「………」

(な、何がどうなってるの……)

 部屋に閉じ込められ、男性二人と密室。
 いや、どちらも見知った人物…スロイカ様…皇太子様とエリル様ではあるけれど、この状況が全く分からない。

「そこのソファーに座ってくれ」

 促されるまま、ソファーに腰を下ろす。
 対面にスロイカ様と、エリル様。

「僕としては、こんな急に話を進めたくないんだけどねぇ」

 エリル様はそういいながら、視線を隣に移す。
 隣のスロイカ様はその視線を睨み返す。

「だが、だからといっていつまでも彼女をこんな不安な状況に置くというのか?そんなのは俺が許さない」

 そうスロイカ様が返すけど、二人の会話が全く分からない。

「まぁ君が決めた以上、しょうがない。じゃ、早速本題に入ろうか」

 そう言って、エリル様の目がこちらを向く。

「君、シャルロット・トワイライだね」
「!」

 まさかの直球に思わず声を失う。
 しかもそれは、尋ねるとか確認などではなく、明らかに確信している。

「な、何をおっしゃいますか。私はエシャル。それにこの仮面舞踏会で相手の素性を探るのは…」

 声が震える。
 ここでシャルロットとばれたら、禁止令のことを言い渡されるに違いない。
 それだけは何としても避けたい。

「ああ、それは今はもう関係ないよ。だって、君も僕らに気付いてるでしょ?」

 そう言うと、あっさり仮面を取ってしまった。
 スロイカ様…皇太子様も、鳥の仮面を取り、こちらを見る。

「さっ、君も取って」

 エリル様に促され、震える手で仮面に手を伸ばす。
 この状況で仮面を着け続けることなどできない。
 仮面を取り、テーブルに置く。

「久しぶり、1か月ぶりだね」
「はい……」

 もうこの状況が分からない。
 皇太子様がいて、エリル様がいて、仮面を取らされて…
 私はこの先、どうなってしまうのか…

「…そこまで『シャルロット』になり切るとは大したものだな」
「えっ?」
「しょうがないでしょ。もともと彼女は詳しく知らないんだ。あんな手紙があれば迂闊に触れようとしなくなる。こればっかりは相手のほうが上手だよ」
「………」

 開いた口がふさがらない。対面の二人の話している言葉の意味が分からない。
 なり切る?知らない?手紙?

(ど、どういうこと……これじゃまるで……)

 これでは……まるで……二人は……『私』が……



「大変だったな………エリーゼ」
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