入れ替わり令嬢奮闘記録

蒼黒せい

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第15話

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「父様!」

 崩れ落ちた父様の元へ、馬車を出て近寄る。

「ぬっ……ぐっ……」
「父様!しっかり!」

 かろうじて起き上がったものの、頭を押さえ、足元はふらついている。

「な、なにが…」
「おやおや、出てきてくれたね」
「!!」

 知らない男の声。
 そちらを見れば複数の男達。松明に照らされ、中央にいる男は服装からして貴族のようだ。

「何者ですか!」
「何者…か。ひどいね、僕は君を忘れたことはなかったのに…」
「何ですって…」

 男の顔を見ても記憶にはない。
 それよりこの状況だ。
 おそらく父様は頭を何かで殴打された。
 ちらと後ろを見れば、馬車を牽引していた馬はおらず、御者も倒れ伏していた。

「貴様…ら、何が目的だ…」

 父様が、私をかばうように立ち上がる。

「父様!無理をしては…」
「何が目的…?聞かなくてもわかるだろう。後ろの、シャルロット嬢だよ」
「私……?」

 襲った理由が私?
 思い返してもこんなことをされるほどの恨みを買った覚えはない。

(いや……『エリーゼ』なら私に……)

 だけど、それにしては早すぎる。
 婚約者として決まったのはつい先ほど。それがロトール家屋敷に伝わって、それで動いたとしてはあまりにも早すぎる。

「まぁいい、後でたっぷりと思い出させてあげる。さ、こっちにきな」
「誰があなたのもとなんかに!」
「こないなら……父君はどうなってもいいのかな?」
「っ!卑怯者!」

 武器を構えた男達が私達を囲い込む。
 対してこちらは、父様は既に負傷してるし武器なんてない。私も、この場を切り抜ける武力は持ち合わせていない。

「行く必要はない……シャルロット」
「……ですが……」
「ああもう、まだるっこしいな。いいや、父君は始末しろ」
「はっ」

 指示を受けた男達が徐々に包囲を狭くしてくる。
 どうする?どうすればいい?
 逃げる?いや無理だ。既にダンスで疲弊した身体。ましてドレス姿じゃ、まともに走れない。それに、父様を置いてなんかいけない!

「父様……」

 身体が震える。知らず、父様のスーツの裾を握っていた。
 そんな私の頭をポンと父様は叩いた。

「大丈夫……私が…守るから」

 そう言ってくれた父様だが、頭から流れる血が、顔を赤く染めていく。

 どうしようもない。

 諦めかけたその時、突如として馬の駆ける音、馬車の走る音が聞こえてきた。

 瞬く間に音は大きくなり、あっという間にその姿を現した。
 警護と思われる馬車を囲む屈強な騎兵たち。その兵たちに守られた馬車は、伯爵家である私達が乗ってきた馬車もはるかに豪華で、それでいて堅牢。
 その馬車の様相は見覚えがあるもので……つけられた家紋。
 それは、ロトール家のもの。

「貴様ら!これは一体何事だ!」

 馬車を降り、姿を現したのは、ロトール家当主……父上。

「チッ!」

 男達は不利と判断したのか、松明を投げ捨て闇へと消えた。

「追いますか?」

 騎兵の一人が父上に問いかける。
 それに父上は首を横に振った。

「無駄だ、この闇では逃げられるだけだ。それより…」

 父上がこちらを向く。
 同時に、父様の脚が崩れ、倒れそうになる。

「っ!父様!」
「…はぁ、はぁ……」

 息が荒い。
 べったりと流れ出た血がスーツまで染めている。

(このままじゃ父様が…!)

「トワイライ伯爵だな?」
「……はい」
「…何が起きたかいろいろ聞きたいが今は後だ。おい、二人を馬車に乗せなさい。王城へと戻るぞ。……御者もだな」
「はっ」

 父上の指示の下、兵たちが父様を担ぎ上げ、馬車へと運んでいく。

「……怪我はないか?」
「…はい」

 父上の問いに答える。
 そのまま、言葉無く馬車に乗り込み、馬車は王城へと向かった。
 王城に着くまでの間、馬車の中は沈黙が支配していた。



 王城に着くと、すぐに父様は医務室へと運ばれた。
 頭を強打されたことと、大分血を流したことからしばらく静養が必要という診断だった。

「エリーゼ!無事だったか!?ぶへっ!」

 応接室に案内されたところで、カイロス様が部屋に飛び込んできた。
 が、すぐさまエリル様がカイロス様の頭を掴んでソファーに飛び込ませた。

「『まだ』それで呼ぶんじゃないよ、バカイロス。まったく」

 エリル様が後ろ手にドアを閉める。

「し、心配だったんだからしょうがないだろう!」
「はいはい」

 ソファーから起き上がり、改めてこちらを向く。

「大丈夫だったか?」
「はい……父様が、守ってくれましたので」
「そうか…」

 カイロス様が優しく抱きしめてくれる。
 …今、安全な場所にいる…
 それをようやく実感し、気が抜けた。

「どうした?どこか痛むのか?」
「いえ……やっと、安全だと思ったら気が抜けまして…」
「…ああ、俺の腕の中なら、安全だ」

 真正面から見つめてくるカイロス様。私も見返し、知らず二人の距離は縮まり…

「ウォッホン!」
「「!!」」

 父上の咳払いに二人同時に離れる。

(うう…父上がいたんだった……)

「二人の世界に入るのは後にして…」
「後でも許すつもりはありませんぞ」

 エリル様の言葉に父上が答える。
 そう、父上は知っている。私が…『エリーゼ』であることを…

「とにかく。二人は襲われた、それは間違いないね?」
「はい…」

 エリル様の問いに答える。

「それで、犯人に覚えは?」
「…わかりません。あちらは私を知っていたようなんですが…」
「……ブラスト家だ」

 父上が答えた。

「よくわかりましたね」
「あそこの三男坊だ。夜会によく出るやつだから覚えている。……色々と噂が絶えない奴だ」
「ああ~…あいつですか。ええ、女遊びが激しいやつですね」

 エリル様も覚えがあるらしい。
 私とカイロス様にはピンと来ず、互いに首をかしげた。

「まぁいろいろ面倒なやつってことだよ。…しかしなんでまたシャルロット嬢を…」
「知らん。が……」

 父上が、私を見る。

「娘に手を出した。……それだけで充分だ」

 父上の手が固く握り締められ、その眼が鋭くなる。
 …本気で怒っている。

「ん~……ロトール公爵家に動かれるのはまだまずいんですよね。現状、トワイライ伯爵家とロトール公爵家はつながりが無いんで。だから、シャルロット嬢のことでロトール家が動くと不自然になる」
「む、それは……」
「それに、『エリーゼ』のおかげでロトール家はトワイライ家に対して接触禁止を出しました。それがあったのに今そんな動きをしては、『エリーゼ』にばれます。彼女に知られると計画がパーですんで」
「………」

 確かにエリル様の言うとおりだ。
 元々友好ではない、まして接触禁止を出していたほど不仲だと思われていたのに、その相手方の令嬢のことで動いては、何かがあると言っているようなものだ。

「とりあえずブラスト家については僕が仕掛けますよ。それでいいですか?」
「…貴方が動くのなら、それでよかろう」

 エリル様が動くのなら、一安心だろう。
 しかし……

「あ…の………」

 父上を見て、そしてエリル様を見る。
 エリル様は察してくれたのか、うなずいてくれた。

「ち…父上……」
「…なんだ、エリーゼ」
「……何故、父上は今日、あの場所に…?」

 襲われていたところに駆けつけてくれた父上。
 だが、ロトール家の領地はこちらの方向ではないし、来る理由は無いはず。
 何故あの場に来たのか…

「…エリーゼに会いたかった。まだ、公の場では会えないのでな」
「そうだったんですか…」

 その言葉に嬉しくなる。
 姿かたちが変わっても、娘として接してくれる父上に。

「本当はもっとゆっくり帰ると思っていたのだがな。聞けばもう王城を出たと言われ、急いで追ったわ」
「…急いで帰るように言ったのは俺だ。俺が…エリーゼを危険な目に…」
「そんなことはありません!私が…昔ほどの体力があれば、あんなに疲れることも…」

 今もって、私には『エリーゼ』の頃の体力は無い。
 帰りの馬車でうたた寝をしたことなどないのだから。

「とにかく!今日はもう帰るのは危ないし、エリーゼ嬢には王城に泊まってもらおう。それでいいね?」
「はい、父様を置いてもいけませんし」

『父様』の言葉に父上の表情が変わる。

「ロトール公爵、トワイライ伯爵はその身を挺してエリーゼを守ってくれた。本人にとっては罪滅ぼしもあるんだろうが、今はそれに免じて許してやってくれないか?」
「…わかっております。そこで無様に寝姿を晒すようであれば、私は絶対にやつを許しはしないでしょうな」
「父上……」

 この事態を招いた娘の父親。
 それを私が『父』と呼ぶ。
 父上の心境は、かなり複雑なのだろう。

「…まぁそこまでが譲歩かな。エリーゼ嬢はもう休んだほうがいい。ただでさえ疲れてるんだからね。ロトール公爵は?」
「私も休ませて貰おう。警護の兵もな」
「じゃあ今日はこれで解散しよう。じゃあまた明日」

 そう言うと早々とエリル様は部屋を出て行った。
 次いで父上も立ち上がる。

「では私もこれで失礼する。……ほどほどにな」

 そう言って部屋を出て行く。

(ほどほどにって……)

 部屋を出て行った父上の背中を見送ると、またカイロス様が抱きしめてくれる。

「……今ほど、君を離したくないと思ったことはない」
「…ダメですよ」

 まだ、私は婚約者。
 それ以上の、誤解を生むような事態は避けなくてはならない。
 視線を落とせば、胸元のガーネットが輝きを帯び始める。

「カイロス様……」

 そっと口付けを交わし、抱擁から逃れるように立ち上がる。
 カイロス様も立ち上がり、二人でドアへと向かう。
 胸元のガーネットを服越しに握り締めながら外へと出る。

「じゃあ、おやすみ、シャルロット」
「はい、おやすみなさいませ、皇太子様」

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