愛する人の手を取るために 番外編

碧水 遥

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初恋 アナスタシア

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 わたくしが4つの頃、弟のレオナードが婚約した。

 レオナードも相手のフロリアーナもまだ3つだったけれど、それは、どうしても必要な婚約だったから。

 何というか、相性が悪い、とでも言うのかしら、顔を合わせるたびに大泣きして、周りを慌てさせていたけれど。

 ただ、わたくしはそんなことどうでもよくて、一緒に登城して来るライナスさまに夢中だった。
 だってライナスさま──ライ兄さまだけは、泣き喚いてる2人ではなく、わたくしのことを見てくれたから。

 その時はライ兄さまだってまだ7つで、小さな子どもだったのに。

「2人ともまた泣いちゃったね、アニーさま。僕たちは先に、授業に行こうか?」

「……いえ、フロリーは連れて行きますわ」

「そっか。じゃ、僕はレオンを連れて行くね」

 泣いているフロリーの手を繋ぐと、しゃくり上げながら泣き止もうとしているのが可愛くて、頭を撫でたくなるわ。

「アニーしゃまぁ……」

「泣かないのよ、フロリー。淑女は泣いちゃダメなの」

「はい……」

 泣き止んだフロリーの涙を拭いて、わたくしたちは王妃教育に向かう。

 この時はまだ、わたくしの婚約は決まっていなくて、だからわたくしは……少しばかり夢を見ていた。

 大好きなライ兄さまのお嫁さまになるの、って。



▼△▼△



 ライ兄さまを好きになったのは、泣いているわたくしを慰めてくれたから。
 わたくしは意地っ張りで、可愛げがなくて、叱られるとその場から逃げ出して、物陰に隠れて泣くような子どもだった。

 だって、酷いと思わない?わたくしとレオナードなんて1つしか違わないのに、レオンったらスプーンで食事が出来たって褒められるのよ⁉︎
 わたくしは、もうちゃんとカトラリーが使えるのに、誰も褒めてくれなかったわ!

 それに……フロリーはレオンと同じ歳なのに、わたくしと同じくらい勉強が出来るの。

 淑女教育はわたくしの方が先に始めていたけれど、すぐに追いつかれたし、一緒に始めた王妃教育は差がつかないのよ。
 わたくし、フロリーより歳上なのに。

 それが悔しくて、わたくしはよく庭園の隠れ場所で泣いていた。
 何でも出来るフロリーが羨ましくて、何をしても褒められるレオンが妬ましくて。

「アニーさま」

「だっ……れっ……!」

「ライナス・ティアールです」

「しっ……失礼ではっ……ありませんことっ……」

「それは、申し訳ない」

 ライ兄さまは、後ろを向いたまま振り向かないわたくしに、ハンカチを差し出してくださった。

「ラっ……ライ兄さま……わたくしの独り言聞いて……?」

「これは、僕の独り言だけど」

 今度は何故か、携帯用のカップに入っている飲み物とクッキーを差し出し、ライ兄さまはわたくしの後ろに腰を下ろした。

「フロリーはね、アニーさまはしゅごい、っていつも言ってる。アニーさまの思いつく考えは、フロリーには出来ないって」

「しゅごいって……ライ兄さま……」

「あ、ごめん!いっつもフロリーの言うこと聞いてて、移った。……ねえ、アニーさま」

 ライ兄さまは、わたくしに背中を向けているらしく、少しもたれて来る。

「どっちにもすごいところがあるんなら、どっちもすごい、それでいいじゃない?」

「……どっちも?」

「そう。アニーさまも、フロリーもすごい!どっちもすごい!先生も、2人をいっぱい褒めてたよ?こっちなんかさぁ、レオンが授業の半分は泣きわめ……泣き止まなくて、大変なんだ」

「それは……ごめんなさい……」

「ね?1つしか変わらないアニーさまが、ちゃんと授業を受けてるだけでもえらいんだよ。フロリーだって、寝ちゃうでしょ」

「それは……お昼寝ではないかしら」

「アニーさまも、眠くなったらちゃんとお昼寝するんだよ?」

「まあ!わたくし、そんな赤ちゃんではありましぇんのよ」

 かっ……噛みましたわっ……!

「……ククッ、アニーさま。クッキー食べない?」

「……食べます」

 わたくしは手元のクッキーを見て、思わず光にかざしてしまった。だって、クッキーの真ん中が透き通ってキラキラして、とても綺麗だったのですもの!

「きれい……!」

「気に入った?それね、ステンドグラスクッキーって言うんだって」

 食べてみると、周りはサクッと、真ん中はパリッとしていて、とても美味しかったですわ!

「おいしいっ!」

「そう?よかった。……じゃあ、お城に戻ろうか?みんな、心配してるよ」

「……はい」

 ライ兄さまはちゃんとしたエスコートのように、手を差し出してくださった。

「ライ兄さま」

「ん?何かな」

「わたくし、ライ兄さまのお嫁さまになるの!絶対よ!!」

「それは、光栄だ」

 笑いながら、ライ兄さまがわたくしの頭を撫でてくれる。

「もう!わたくし、赤ちゃんじゃありませんわ!」

「そうだった?」

 その時は、2人ともそれが叶うと思っていたの。



▼△▼△



 わたくしの婚約が決まったのは、7つの時だった。隣国の、エルヴァート王太子殿下。

 ……そうね、判っていたわ。この頃、ランディアとの関係が、あまりよくないものね。決裂する、という程ではないけれど、対立している。

 2国間に、橋を作るかどうかで。

 もちろん、今だって行き来出来ない訳ではないわ。渡し船はたくさんあるし、河を大回りする方法だってある。
 けれど、渡し船は安全性に難があるし、大回りだと当たり前だけど遠い。

 それでもランディアが反対するのは、渡し船で生計を立てている人たちが、失業してしまうからだとか。

 だからわたくしが嫁ぐことで、両国間の関係性をより深める必要がある。

 ……判っているわ、もちろん。わたくしは、ルルティアの王女ですもの。
 ただ……夢を見ていただけよ。

 わたくしは久しぶりに隠れ場所に行って、こっそり泣いた。
 薔薇の迷路の行き止まり、どこにも繋がっていないから、殆ど人の来ない場所で。

 それなのに。

「アナスタシア殿下」

 どうして、判るのでしょう。また、ハンカチと飲み物とクッキーを持って、ライ兄さまが来てしまった。

 わたくしは、1年くらい前から、今まで口癖のように言っていた、ライ兄さまのお嫁さまになる!という言葉を言わないようにしていた。
 少しずつ減らして、でも時々思い出したように言って、不自然ではないように、子どもが飽きて、忘れたと見えるように。
 橋の建設で揉め始めた時から。

 だって……こうなると判っていたから。

「……失礼ではありませんこと?」

「……申し訳ない。私も、夢から醒めなければと思って」

「ライナスさま……」

 呼び方も、変えた。わたくしがそう呼ぶようになったら、ライ兄さまも変えてしまった。
 ……そうね。わたくしたちが子どもでいられる時間は、とっても短い。

 立ち去る気配に、わたくしは思わずライ兄さまの服の裾を掴んでしまった。
 すると、ライ兄さま……ライナスさまは振り返って、初めてわたくしを抱きしめた。

「……さようなら、アニー」

 そっと、額に唇を落とされる。わたくしは立ち上がって……渾身のカーテシーを、した。

「さようなら、ライ兄さま」

 綺麗なステンドグラスクッキーは……どうしても取っておきたくて、持って帰ろうと思ったけれど……それでは、侍女に捨てられるわね。

 わたくしは、薔薇の根元に埋めることにした。きっと、薔薇が食べるわ。……枯れるかもしれないけれど。

 と判っていれば、わたくし、頑張れると思うの。
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