愛する人の手を取るために 番外編

碧水 遥

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初恋 フロリアーナ

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「はあ⁉︎婚約者以外の男からプレゼントをもらいたいだと⁉︎ふざけるな!!」

 どうして、この方はわたくしを怒鳴りつけるのでしょう。

「お前は私の婚約者なんだからな!しかも姉上の婚約者を誘惑するつもりか!!」

 どうして、わたくしの言葉を聞いてくださらないのでしょう。

「勝手なことは許さない!!お前は私の言うことを聞いていればいいんだ!!」

 どうして、歩み寄ることさえもしてくださらないのでしょう。

「……はい、殿下」

 カーテシーをして、その場から歩き出します。そうしないと、王太子殿下はいつまでもわたくしを怒鳴りつけているから。

 もっと小さな頃、殿下に言われたことがあります。殿下は、アニーさまのようなキリリとしたお顔がお好みで、わたくしのような軟弱な顔はお嫌いなのだとか。

 淡い色の髪も瞳も、ふわふわとした髪質も、何1つとしてお気に召さないのだそうです。

 でも……ねぇ。そんなことで嫌われても、わたくしにはどうしようもないではありませんか。

 髪を染めて、コテで伸ばせばよいのですか?お化粧で目を吊り上げればよいのですか?それで好きになってくれるのですか?

 結果は、大失敗でした。わたくしがそんなことをしても、元を知っているのだからただの無駄な足掻きで、みっともないだけだそうです。

 頬を打たれそうになって護衛に止められる、というおまけ付き。……お兄さまは可愛いと言ってくださったのですけど。

 アニーさまには、気の毒そうな表情をされました。

「レオナードがごめんなさいね」

 と、いつも謝ってくださいます。

 アニーさまのことは大好き。いつも凛としていて、わたくしの思いもよらない発想で意見を仰って、わたくしの憧れです。

 けれど……困りました。いったい、どうすれば王太子殿下に気に入っていただけるのでしょうか。
 せめて、名を呼ぶことくらい許していただいて、和やかに話が出来るようになるのでしょうか。

 お兄さまに相談してみると、

「……あー。アレは、拗らせてるからなぁ。確かに、あれじゃフロリーも困るよな」

 と言って、王太子殿下のお好きなものを教えてくださいました。

 繊細なガラス細工。刺繍の綺麗な剣帯。ナッツの入ったクッキー。パウダーシュガーとバターのパンケーキ。
 特に剣帯は、たくさん集めているそうです。まだ、本物の剣を持った鍛錬はしていない筈ですけど、憧れなのでしょうか。

 わたくしは、殿下の紋章を刺繍した剣帯と、ナッツのクッキーを用意することにしました。



▼△▼△



「これでご機嫌取りのつもりか!!いい加減、私にまとわりつくのをやめろ!不愉快だ!!」

 ……駄目でした。中身を見てもくださいませんでした。渡した箱ごと投げつけられましたわ。
 護衛が受け止めてくれましたが。

「……ふう」

 諦めた方がいいのでしょうか。

 走っていなくなった殿下の後ろ姿を見ていると、大きな溜息が出てしまいました。
 いけませんね、淑女として失格ですわ。
 そこに立ち尽くしている訳にもいきませんので、とりあえず歩き出します。

「お前とは所詮政略結婚だ!仲を深める必要性を感じない」

 殿下に言われたことを思い出すと、再び溜息が出てしまいました。

 政略結婚というのは、自分の意思で相手を選ぶことなど出来ません。気に入らない人が相手だろうと、決まってしまったらそれまでです。

 ……それはお互いさまだ、と、どうして判ってくださらないのでしょうか。

 わたくしだって、言いたいことはたくさんありますのよ。

「お嬢さま……っ!」

「きゃ!」

「お……っと。……大丈夫だ、退がって」

 ボーッと歩いていたら、人にぶつかってしまいました……。

「申し訳ございません」

 ぶつかったのは、なんとエルヴァート殿下でした。アニーさまにお会いにいらしたのですね。

 カーテシーをしたまま頭を下げていると、ふと笑う気配がして、声をかけられました。

「どうぞ、顔を上げて。……どうしたのかな、そんなにボーッとして」

「いえ……つまらないことですから」

「私は君より随分歳上なのだよ?相談くらい、して欲しいな。未来の義妹どの?」

 くすりと笑うエルヴァート殿下にエスコートされ、わたくしたちはガゼボに落ち着きました。

「エルヴァート殿下は、アニーさまにお会いしにいらしたのでは?」

「お茶会なら、先程終えたところだよ。時間ならあるから、どうぞ?」

 どうぞ、と仰られても。我が国の王太子殿下のことなど、他国の方にご相談出来ません。

「ああ、気になっていたのだけれど。護衛の持っているあの箱は、レオナード王子へのプレゼントではないのか?」

「……はい。あとで、王太子殿下付きの侍従に預けようと思います」

 ……わたくしが直接、でなければ、受け取っていただけるかもしれませんし。

「突き返された?」

「いえ!そんな!」

 投げ返されました、なんて言えませんわね。

「フロリアーナ嬢」

「……はい」

「君はもしかして、レオナード王子の名さえ呼べないのか」

「それは……」

「君は本当に、頑張り屋なのだね」

 どうして、そんなことを仰るのでしょう。わたくしが頑張るのは当たり前です。だって、わたくしは……。

「君だけが、頑張る必要などない。判り合う努力は、互いにしなければならないんだ。……1人でよく頑張ったね」

「わたくし……」

 いけない。泣きそう。他国の方の前で!

「……見ないから。後ろを向いておく」

 その言葉通り、エルヴァート殿下は自分の手で目隠しをし、クルリと後ろを向いてくださった。

「……っ」

 頑張ったの。だって、わたくしは臣下だから。王族の方に努力などさせる訳にはいかないから。
 わたくしの努力が足りないから、だから駄目なのだと、ずっと……!

 誰かに、言って欲しかったのかもしれません。頑張った、と認めて欲しかったのかもしれません。
 みんな、殿下は照れてらっしゃるのですよ、としか言わないから。
 あんな照れ方ならごめんですわ!

 わたくしはこの時、殿下の隣を諦めたのかもしれません。隣に立つのではなく、後ろから支えよう、と。
 だって……あの方は、わたくし以外にはちゃんと王太子殿下、なのですから。

 ……よかった、どうにか泣かずに済みました。何度か大きく深呼吸をします。
 そう、淑女は人前で泣いてはいけないのです。

「落ち着いた?」

「……申し訳ございません……」

 取り乱したところを見せられて、さぞ呆れているだろう、と思ったエルヴァート殿下は、とっても優しい瞳でわたくしをご覧になっていました。

 顔から火が出そう。やだ、わたくし、きっと真っ赤……!

「君に、これを」

 エルヴァート殿下は、マーガレットを象った、小さな砂糖菓子をくださいました。

「可愛い……」

「気に入った?君の婚約者は、姉の婚約者からのプレゼントさえ許さなかったそうだけど、これくらいならいいだろう?」

 透ける布の巾着に、小さなお菓子が3つ。

「ちょうどお茶もあるし、今食べてしまうといい」

 砂糖菓子は淡いピンクで、ほんのり苺の味がしました。
 実は、このお菓子のためにわたくしを探してくださっていたのだそうです。

 軽く手を振って歩き出したエルヴァート殿下を見送り、わたくしはもう1つお菓子を食べます。

 わたくしがマーガレットの花言葉を思い出すのは、もう少し先のことでした。
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