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3.決起
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エルドレッドへの報告を終えた俺は途中で侍女から受け取った果物を手にレイルの部屋へと戻った。そして今後どうしたいかを尋ねたところ、レイルは現在の国の状況について聞かせてほしいと言った。
今までのメシもろくに食わずにずっと寝台の上に引き籠ってただ鬱々とする様子から脱した彼は、つい数刻前が嘘のように王子としての顔をしていた。
そこで、ひとまずエルドレッドを交えて打ち合わせをすることになった。これまで引き籠っていた王子の変わりっぷりにはエルドレッドも驚いていたが、場所を屋敷内にある会議室へと移動して三人での会話が始まった。
「王城と城下町は民主派が実権を握っています。バロン暗殺後はその側近だった男が指揮を取っているようですが表立って顔を見せてはいません。残った四人の大臣のうち、ヘイゼルとジョルスは我々側です。今は王都を出て縁者のいる近隣の街へと避難しています。他の二人は王都に残っているようですが具体的な動向はわかりません。消息のわからない二人のうちガルシアはバロンと結託していたという話もあります。ですが、暗殺の件もあり民主派も慎重なようで内部の状況はなかなか外に漏れてきません。今のところ新たな統治者として声明を上げる者がおらず、国の施政を担う者がいない宙ぶらりんの状態となっています」
そのせいで国は混迷していると言えるが、まだ誰も国を治めていないというのは反抗勢力にとっては助かることでもあった。
「北のアバイル地方は元軍人たちと他国の傭兵たちからなる武装集団がこの機に乗じて実効支配しています。一朝一夕で王都を陥落するのは無理ですが、動きについては警戒しておかねばなりません。残りの部分は今のところどちらの影響も強くは受けず、王都近くから東あたりの町村は我々が治安を守っているといった形です」
王都はこの国の中央付近の南側に位置している。北は軍事国家である隣国と繋がっており、山が中心であまり人のいない地方ではあるが、隣国から流れ込んできた荒くれ者や軍を離れた者が集まってそこそこの規模の武装集団と化して占拠している。
西の地方は樹海に包まれており、かつて初代シルヴァイア王が討伐したとされる害獣がいたともされ、足を踏み入れる者はそうそういない未開の地だ。よって、北・南・東に三大勢力が分散している形になっている。
地の利がいいのは王都を占領している民主派だ。そもそも王城というのは他国からの侵攻などを想定して守りやすい地形に建てられており、内紛状態とはいえ他国との行商は続いていて人も多く栄えている城下町を抱えているので資源の調達や財源にも困らない。ただ王家との繋がりも強い地であるため、今回のクーデターそのものには不満を持っている住民も多い。しかし、民主派には貴族や商人の金持ちなどが力を貸しているので数としては旧王制派の味方が多くても今のところどうにもできないのが実情だ。
戦力的に優位なのはもちろん北の武装集団だ。クーデターにより王家直属の騎士たちは倒されたか王都を離れたため、王都の戦力は減退している。民衆の中から警備兵を雇ったりはしているようだが、長らく戦もなく王族を護る騎士団と治安維持のために結成されている警備団以外はまともな訓練も受けていないので即席の民兵がどこまで戦力となるかはあまり期待できるものではない。
だが、幸いなことに北と南の間には大きな川が流れており、武器を持って大勢が自由に行き来するのには不便な上、元々北方の隣国からの侵攻を警戒して砦や防護壁などが建てられ王都方面への侵入対策はされているのでそう容易に城下までは辿り着けない。個々の戦力は高くとも王都の住民に比べれば数は少ないし、そう簡単に攻撃は仕掛けてこないだろう。
そして、王制派は保守層の支持は高いが、王子が手中にあること以外あまり強味がない。支えは民意だが、それを維持するためにはやはり王家の生き残りであるレイルが表立って先導する必要があるだろう。
「わかった。ならば、僕は旗印となればいいわけだな」
「そうなりますね」
まだ痩せて顔色はよくないものの、理解も早くきりっとした表情で告げたレイルに頼もしげな視線を向けてエルドレッドが頷く。
「我々の目的は国政を取り戻し、再びこの国を平定することです。民主化運動は否定しませんが、このような形で成されるべきではないと思いますし、トップが暗殺されるなど混迷しているようでは今回のクーデターは失敗と言えるでしょう」
そうだ。王族の権威が弱まっていたとはいえ、国は安定していた。急な変革など必要としていなかったし、王族を排除しただけで新しい体制を整えられずに国は乱れた。虚飾に満ちた大義名分のもとに権力者がすげ変わるだけでは意味がない。このまま混乱が続けば他の国に侵略されることだってあり得る。現時点では、クーデターによって国は荒れただけだ。
「もちろん、私怨がないとは言えません。今回の件で私は父を亡くしました。それに王や王族は私にとって護るべきものです。それを奪われ許しがたいのは事実です」
王制派についているものは元々王家との縁が深く、先の騒乱で多少なりとも身内に犠牲が出た者達が多い。王制の是非はともかく、暴動を起こし国を乱した民主派をこのまま放置しておきたくないのが皆の感情だ。
王子を担ぎ上げて王制を取り戻そうとするのはけっして正義のためではない、と正直に告げてエルドレッドは視線を落とした。
「構わない。僕も僕の事情でもって戦う。目標が同じであるなら理由などさほどの問題ではない」
しっかりとした口調で言い切るレイルにエルドレッドが微かに目を開く。俺は王族とはやはりその辺の子供とは生まれも育ちも意識も違うものなんだなと少し感心していた。
「わかりました。ご協力感謝いたします」
エルドレッドが深々と頭を下げる。その様子を泰然と見つめるレイルにはやせ細っていてもやはり王子としての気品と風格がある。元々利発な少年でもあったのだろう。前を向く気力を取り戻した今は、国の未来を託すに値する華と存在感があった。
俺は彼らの会話をほとんど黙って聞いていた。政治だの戦略だのは俺の領分ではない。俺は駒の一つだ。王家に対してそんなに思い入れもないし、今より暮らしが悪くならないのであれば統治者は誰でもいい。
王子様の騎士としてはあるまじき考えだが、平民なんてものは所詮日々の生活のことで頭がいっぱいで高潔な思想も鋼の意思も持ち合わせていない者がほとんどだ。
王子として生まれたレイルや、王家を支える貴族として生まれたエルドレッドとは根本から違う。ただ、引き受けたからには途中で放り投げたりはしない。それだけは決めている。
「それで、今後のことなのですが」
エルドレッドが不意にこちらを見た。
「ここから近く、比較的安全な都市であるフロスリールにて国政を取り戻す表明をしてもらいます。まずはあなたが生きているということと我ら側として戦うということを世間に見せなければなりません」
「わかった」
レイルが頷く。細い肩にかかるその重責を感じさせない毅然とした姿に安心すると共に俺も自分の役割をまっとうすべく気合を入れ直す。
膠着していた事態がようやく動く。王制派の要であるレイルの剣であり盾となった今は、俺の肩にも相応の責務が乗っている。駒は駒でも、これまでのように雑兵気分でいるわけにはいかない。
「アルカ。安全な移動経路の確保と護衛を頼む。準備が整い次第、レイル様には向かってもらう」
「了解」
フロスリールは王都に次ぐ活気のある都市だ。 海と山に囲まれており、王都から行くには山を越えないといけないので周辺との行き来は盛んではないが、主に芸術を生業とする者が集い、交流や商売をしている。
海に面していて他国との交易もあり、珍しい品や薬が手に入ることでも有名だ。
ただ、周囲の海域には危険な海流や岩礁があり、安全な航路が限られている上に相応の操舵技術のある熟練の船乗りでないと海を渡れない。そんな理由もあってフロスリールは今回のクーデターの影響もあまり受けずに平穏を保っている。
民主派の横槍を受けにくく、北の武装勢力が侵攻してくる可能性も今はまだ低い。王子の身の安全を配慮しながら人々の注目を集めるという点では最適だろう。
だが、フロスリールは近いといっても数日はかかる。しかも途中の山道は安全とは言えない。それなりの準備と対策が必要だ。
動くのは早い方がいいということで俺達は話し合いが終わるとすぐにそれぞれ準備を進めた。王子は体調の回復と情勢の把握を。エルドレッドは極秘にレイルをフロスリールへ向かわせる手はずを。俺は具体的な防衛策などを。
そうして数日後には俺はレイルを伴い屋敷を出立することとなった。
* * *
準備が整い、いよいよ明日出立となった日の夜。
屋敷内に宛がわれた俺の部屋の扉を叩く者があった。
「どうした?」
「レイル様がお呼びです。部屋に来てほしいと」
やって来たのはレイルの身の回りの世話をしている侍女で、彼が俺を呼んでいるという。内容については聞き及んでいないとのことで、呼ばれた理由についてはわからなかった。
だが、どのみち後で顔を出すつもりではあったので二つ返事で了承すると俺はすぐにレイルの部屋へと向かった。
地下にあるレイルの部屋へ直行すると横に立つ警備の者に軽く挨拶して扉を叩く。中からはすぐに応答があり、扉を開けばレイルが立ち上がりこちらへと向かってきた。
「何か用か?」
室内に足を踏み入れながら問いかける。地下にあるこの部屋は相変わらず窓もなく閉塞感があったが、以前と同じ照明でも最初に来た時よりもどこか全体的に明るい印象を受ける。
「来てくれてありがとう。ちょっと確認したいことがあるんだ」
「なんだ?」
健康状態も良くなり、肌艶も取り戻し聡明な眼差しと落ち着きを携えたレイルは、王族としての品格と人としての親しみやすさを感じさせる。
横柄でもなければ卑屈でもないその態度は好ましく、屋敷の者達もレイルを擁立して王制を取り戻す意欲が前よりも高まっている。
「そろそろ僕の魔力も十分にあなたに流れたはずだから魔法が使えるか試してほしいんだ。これから街までの護衛でも魔法が使えれば役に立つと思う」
「魔法? 使い方も知らねえし、使える実感もねえけど」
契約を交わしたあの日以降、とくに変化は感じていない。広げた掌を見つめてみるもものの肉体的な感覚以外のものを捉えることはできない。
「大丈夫だよ。魔法はイメージだ。魔力と適性と想像力が合わされば発動する」
魔力と適性は問題ないからやってみろとレイルが促す。
「いや、唐突に言われてもな。全然わからねえんだけど」
形すらないものをなんの手ほどきもなくただ扱えと言われても困惑を返すしかない。俺は無意味に掌を握ったり開いたりした。魔法というものを実際にこの目で見たこともないのだ。使い方なんてわかるはずがなかった。
「なんでもいいから思い描いてみて。そうだな、剣を媒体にしよう。その方がイメージしやすいと思うから」
棒立ちで戸惑う俺の傍に寄ったレイルは口元に指を当てながら思案する。
「例えば、蝋燭に火が灯るように剣先に炎が宿るのを想像してみて。木の枝の先に火をつけるのでもいい」
言われて腰に携えていた剣を抜く。確かに、これを大きな蝋燭に見立てるというのは何もない空間に炎をいきなり灯すよりもイメージしやすいかもしれない。
「蝋燭に火……」
剣先を見つめながら想像してみる。柄を握った腕を通して剣の先に力を集めるように意識し、蝋燭の芯に火がつくように炎が灯るところを思い描く。魔法という漠然としたものから具体的な輪郭のあるイメージが頭の中で広がる。手のひらから剣に力を流し、剣先から炎を灯すように。目には見えない何かを信じて念じる。
一度目を閉じ、掌に力を込め直した。視界に頼らず感覚で思い描く。握った剣の感触。その先へと意識を集中する。
ゆっくりと目を開くと同時に尖った切っ先から突如炎が膨らんで消えた。
「お……!」
一瞬だったが確かに何もない空間に炎が出現した。蝋燭につくゆらりとした炎というよりは瞬間的に燃え上がって消えたといった様子だったが、赤い炎は幻ではなく微かに熱を感じたし、うまく言い表せないが自分でも魔力の発露というか何らかの力を使った感覚があった。
「できたね、良かった。最初はただ発現させるところから始めて、それを安定させていけばいい。慣れてくれば使いこなせるようになるよ」
制御できない当人が簡単に言ってくれるなと思ったが、口には出さないでおいた。自分では使いこなせないからこそ彼が俺を必要とし、使い手として魔力を託したのだ。騎士としてその役目を引き受けたときに彼の道具となるつもりではいた。自分がその大役に相応しいかは置いておき、やれるだけのことはやってやろうとは思っている。
「なんだか信じらんねえが、ほんとに俺でもできるんだな」
「素質は元から持っていたからね。でも、あなたには魔法という形にするだけの魔力がなかった」
「なるほど」
「魔力は僕から供給されている。あなたはその方向性と出力を調整すればいい。出力については今はそこまで気にしなくてもいいよ。最大限引き出せたとしてもまだ大した威力にはならない。最初はどういう形の力を使うのかを意識して」
「わかった。とにかくやってはみる」
それから少し練習して俺はイメージのしやすい炎と水は出せるようになった。といっても、ただ出せるだけで戦闘に役立つレベルにはほど遠かったが、何もないところから火や水を出せるのは旅には便利かもしれない。
今後も日々修練を重ねることを約束して、その日はレイルの部屋を離れた。
今までのメシもろくに食わずにずっと寝台の上に引き籠ってただ鬱々とする様子から脱した彼は、つい数刻前が嘘のように王子としての顔をしていた。
そこで、ひとまずエルドレッドを交えて打ち合わせをすることになった。これまで引き籠っていた王子の変わりっぷりにはエルドレッドも驚いていたが、場所を屋敷内にある会議室へと移動して三人での会話が始まった。
「王城と城下町は民主派が実権を握っています。バロン暗殺後はその側近だった男が指揮を取っているようですが表立って顔を見せてはいません。残った四人の大臣のうち、ヘイゼルとジョルスは我々側です。今は王都を出て縁者のいる近隣の街へと避難しています。他の二人は王都に残っているようですが具体的な動向はわかりません。消息のわからない二人のうちガルシアはバロンと結託していたという話もあります。ですが、暗殺の件もあり民主派も慎重なようで内部の状況はなかなか外に漏れてきません。今のところ新たな統治者として声明を上げる者がおらず、国の施政を担う者がいない宙ぶらりんの状態となっています」
そのせいで国は混迷していると言えるが、まだ誰も国を治めていないというのは反抗勢力にとっては助かることでもあった。
「北のアバイル地方は元軍人たちと他国の傭兵たちからなる武装集団がこの機に乗じて実効支配しています。一朝一夕で王都を陥落するのは無理ですが、動きについては警戒しておかねばなりません。残りの部分は今のところどちらの影響も強くは受けず、王都近くから東あたりの町村は我々が治安を守っているといった形です」
王都はこの国の中央付近の南側に位置している。北は軍事国家である隣国と繋がっており、山が中心であまり人のいない地方ではあるが、隣国から流れ込んできた荒くれ者や軍を離れた者が集まってそこそこの規模の武装集団と化して占拠している。
西の地方は樹海に包まれており、かつて初代シルヴァイア王が討伐したとされる害獣がいたともされ、足を踏み入れる者はそうそういない未開の地だ。よって、北・南・東に三大勢力が分散している形になっている。
地の利がいいのは王都を占領している民主派だ。そもそも王城というのは他国からの侵攻などを想定して守りやすい地形に建てられており、内紛状態とはいえ他国との行商は続いていて人も多く栄えている城下町を抱えているので資源の調達や財源にも困らない。ただ王家との繋がりも強い地であるため、今回のクーデターそのものには不満を持っている住民も多い。しかし、民主派には貴族や商人の金持ちなどが力を貸しているので数としては旧王制派の味方が多くても今のところどうにもできないのが実情だ。
戦力的に優位なのはもちろん北の武装集団だ。クーデターにより王家直属の騎士たちは倒されたか王都を離れたため、王都の戦力は減退している。民衆の中から警備兵を雇ったりはしているようだが、長らく戦もなく王族を護る騎士団と治安維持のために結成されている警備団以外はまともな訓練も受けていないので即席の民兵がどこまで戦力となるかはあまり期待できるものではない。
だが、幸いなことに北と南の間には大きな川が流れており、武器を持って大勢が自由に行き来するのには不便な上、元々北方の隣国からの侵攻を警戒して砦や防護壁などが建てられ王都方面への侵入対策はされているのでそう容易に城下までは辿り着けない。個々の戦力は高くとも王都の住民に比べれば数は少ないし、そう簡単に攻撃は仕掛けてこないだろう。
そして、王制派は保守層の支持は高いが、王子が手中にあること以外あまり強味がない。支えは民意だが、それを維持するためにはやはり王家の生き残りであるレイルが表立って先導する必要があるだろう。
「わかった。ならば、僕は旗印となればいいわけだな」
「そうなりますね」
まだ痩せて顔色はよくないものの、理解も早くきりっとした表情で告げたレイルに頼もしげな視線を向けてエルドレッドが頷く。
「我々の目的は国政を取り戻し、再びこの国を平定することです。民主化運動は否定しませんが、このような形で成されるべきではないと思いますし、トップが暗殺されるなど混迷しているようでは今回のクーデターは失敗と言えるでしょう」
そうだ。王族の権威が弱まっていたとはいえ、国は安定していた。急な変革など必要としていなかったし、王族を排除しただけで新しい体制を整えられずに国は乱れた。虚飾に満ちた大義名分のもとに権力者がすげ変わるだけでは意味がない。このまま混乱が続けば他の国に侵略されることだってあり得る。現時点では、クーデターによって国は荒れただけだ。
「もちろん、私怨がないとは言えません。今回の件で私は父を亡くしました。それに王や王族は私にとって護るべきものです。それを奪われ許しがたいのは事実です」
王制派についているものは元々王家との縁が深く、先の騒乱で多少なりとも身内に犠牲が出た者達が多い。王制の是非はともかく、暴動を起こし国を乱した民主派をこのまま放置しておきたくないのが皆の感情だ。
王子を担ぎ上げて王制を取り戻そうとするのはけっして正義のためではない、と正直に告げてエルドレッドは視線を落とした。
「構わない。僕も僕の事情でもって戦う。目標が同じであるなら理由などさほどの問題ではない」
しっかりとした口調で言い切るレイルにエルドレッドが微かに目を開く。俺は王族とはやはりその辺の子供とは生まれも育ちも意識も違うものなんだなと少し感心していた。
「わかりました。ご協力感謝いたします」
エルドレッドが深々と頭を下げる。その様子を泰然と見つめるレイルにはやせ細っていてもやはり王子としての気品と風格がある。元々利発な少年でもあったのだろう。前を向く気力を取り戻した今は、国の未来を託すに値する華と存在感があった。
俺は彼らの会話をほとんど黙って聞いていた。政治だの戦略だのは俺の領分ではない。俺は駒の一つだ。王家に対してそんなに思い入れもないし、今より暮らしが悪くならないのであれば統治者は誰でもいい。
王子様の騎士としてはあるまじき考えだが、平民なんてものは所詮日々の生活のことで頭がいっぱいで高潔な思想も鋼の意思も持ち合わせていない者がほとんどだ。
王子として生まれたレイルや、王家を支える貴族として生まれたエルドレッドとは根本から違う。ただ、引き受けたからには途中で放り投げたりはしない。それだけは決めている。
「それで、今後のことなのですが」
エルドレッドが不意にこちらを見た。
「ここから近く、比較的安全な都市であるフロスリールにて国政を取り戻す表明をしてもらいます。まずはあなたが生きているということと我ら側として戦うということを世間に見せなければなりません」
「わかった」
レイルが頷く。細い肩にかかるその重責を感じさせない毅然とした姿に安心すると共に俺も自分の役割をまっとうすべく気合を入れ直す。
膠着していた事態がようやく動く。王制派の要であるレイルの剣であり盾となった今は、俺の肩にも相応の責務が乗っている。駒は駒でも、これまでのように雑兵気分でいるわけにはいかない。
「アルカ。安全な移動経路の確保と護衛を頼む。準備が整い次第、レイル様には向かってもらう」
「了解」
フロスリールは王都に次ぐ活気のある都市だ。 海と山に囲まれており、王都から行くには山を越えないといけないので周辺との行き来は盛んではないが、主に芸術を生業とする者が集い、交流や商売をしている。
海に面していて他国との交易もあり、珍しい品や薬が手に入ることでも有名だ。
ただ、周囲の海域には危険な海流や岩礁があり、安全な航路が限られている上に相応の操舵技術のある熟練の船乗りでないと海を渡れない。そんな理由もあってフロスリールは今回のクーデターの影響もあまり受けずに平穏を保っている。
民主派の横槍を受けにくく、北の武装勢力が侵攻してくる可能性も今はまだ低い。王子の身の安全を配慮しながら人々の注目を集めるという点では最適だろう。
だが、フロスリールは近いといっても数日はかかる。しかも途中の山道は安全とは言えない。それなりの準備と対策が必要だ。
動くのは早い方がいいということで俺達は話し合いが終わるとすぐにそれぞれ準備を進めた。王子は体調の回復と情勢の把握を。エルドレッドは極秘にレイルをフロスリールへ向かわせる手はずを。俺は具体的な防衛策などを。
そうして数日後には俺はレイルを伴い屋敷を出立することとなった。
* * *
準備が整い、いよいよ明日出立となった日の夜。
屋敷内に宛がわれた俺の部屋の扉を叩く者があった。
「どうした?」
「レイル様がお呼びです。部屋に来てほしいと」
やって来たのはレイルの身の回りの世話をしている侍女で、彼が俺を呼んでいるという。内容については聞き及んでいないとのことで、呼ばれた理由についてはわからなかった。
だが、どのみち後で顔を出すつもりではあったので二つ返事で了承すると俺はすぐにレイルの部屋へと向かった。
地下にあるレイルの部屋へ直行すると横に立つ警備の者に軽く挨拶して扉を叩く。中からはすぐに応答があり、扉を開けばレイルが立ち上がりこちらへと向かってきた。
「何か用か?」
室内に足を踏み入れながら問いかける。地下にあるこの部屋は相変わらず窓もなく閉塞感があったが、以前と同じ照明でも最初に来た時よりもどこか全体的に明るい印象を受ける。
「来てくれてありがとう。ちょっと確認したいことがあるんだ」
「なんだ?」
健康状態も良くなり、肌艶も取り戻し聡明な眼差しと落ち着きを携えたレイルは、王族としての品格と人としての親しみやすさを感じさせる。
横柄でもなければ卑屈でもないその態度は好ましく、屋敷の者達もレイルを擁立して王制を取り戻す意欲が前よりも高まっている。
「そろそろ僕の魔力も十分にあなたに流れたはずだから魔法が使えるか試してほしいんだ。これから街までの護衛でも魔法が使えれば役に立つと思う」
「魔法? 使い方も知らねえし、使える実感もねえけど」
契約を交わしたあの日以降、とくに変化は感じていない。広げた掌を見つめてみるもものの肉体的な感覚以外のものを捉えることはできない。
「大丈夫だよ。魔法はイメージだ。魔力と適性と想像力が合わされば発動する」
魔力と適性は問題ないからやってみろとレイルが促す。
「いや、唐突に言われてもな。全然わからねえんだけど」
形すらないものをなんの手ほどきもなくただ扱えと言われても困惑を返すしかない。俺は無意味に掌を握ったり開いたりした。魔法というものを実際にこの目で見たこともないのだ。使い方なんてわかるはずがなかった。
「なんでもいいから思い描いてみて。そうだな、剣を媒体にしよう。その方がイメージしやすいと思うから」
棒立ちで戸惑う俺の傍に寄ったレイルは口元に指を当てながら思案する。
「例えば、蝋燭に火が灯るように剣先に炎が宿るのを想像してみて。木の枝の先に火をつけるのでもいい」
言われて腰に携えていた剣を抜く。確かに、これを大きな蝋燭に見立てるというのは何もない空間に炎をいきなり灯すよりもイメージしやすいかもしれない。
「蝋燭に火……」
剣先を見つめながら想像してみる。柄を握った腕を通して剣の先に力を集めるように意識し、蝋燭の芯に火がつくように炎が灯るところを思い描く。魔法という漠然としたものから具体的な輪郭のあるイメージが頭の中で広がる。手のひらから剣に力を流し、剣先から炎を灯すように。目には見えない何かを信じて念じる。
一度目を閉じ、掌に力を込め直した。視界に頼らず感覚で思い描く。握った剣の感触。その先へと意識を集中する。
ゆっくりと目を開くと同時に尖った切っ先から突如炎が膨らんで消えた。
「お……!」
一瞬だったが確かに何もない空間に炎が出現した。蝋燭につくゆらりとした炎というよりは瞬間的に燃え上がって消えたといった様子だったが、赤い炎は幻ではなく微かに熱を感じたし、うまく言い表せないが自分でも魔力の発露というか何らかの力を使った感覚があった。
「できたね、良かった。最初はただ発現させるところから始めて、それを安定させていけばいい。慣れてくれば使いこなせるようになるよ」
制御できない当人が簡単に言ってくれるなと思ったが、口には出さないでおいた。自分では使いこなせないからこそ彼が俺を必要とし、使い手として魔力を託したのだ。騎士としてその役目を引き受けたときに彼の道具となるつもりではいた。自分がその大役に相応しいかは置いておき、やれるだけのことはやってやろうとは思っている。
「なんだか信じらんねえが、ほんとに俺でもできるんだな」
「素質は元から持っていたからね。でも、あなたには魔法という形にするだけの魔力がなかった」
「なるほど」
「魔力は僕から供給されている。あなたはその方向性と出力を調整すればいい。出力については今はそこまで気にしなくてもいいよ。最大限引き出せたとしてもまだ大した威力にはならない。最初はどういう形の力を使うのかを意識して」
「わかった。とにかくやってはみる」
それから少し練習して俺はイメージのしやすい炎と水は出せるようになった。といっても、ただ出せるだけで戦闘に役立つレベルにはほど遠かったが、何もないところから火や水を出せるのは旅には便利かもしれない。
今後も日々修練を重ねることを約束して、その日はレイルの部屋を離れた。
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