崩国の王子と仮初の騎士の約束

梓月 霜

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2.王子と騎士

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「騎士?」
 予想もしていなかった言葉が飛び出し、思わず聞き返した。騎士というのは要人や国の治安を護るもので、中でも王族と直接契約を結ぶ専任の騎士は特別だ。騎士団の中から剣の腕も人格も相応しい選りすぐりの者が選ばれ、絶対の忠誠と不変の敬愛を誓う。
 聞き間違いだったかと思うほど自分とは無縁の役職だった。王族の側に仕える騎士は大抵身分もそれなりでしっかりと剣術を学んだ者だ。多少腕が立つ程度では到底なれない。だが、レイルは真剣な眼差しで言葉を続けた。
「……僕は、魔法を使えない。でも、魔力を持っていないわけではないんだ。ただ、それをうまく扱うことができない」
 どういうことだと思って詳しく聞けば、幼少の時より蝋燭に炎を灯そうとして爆発を起こしたり、そよ風を起こそうとして小屋を吹き飛ばしたりしたらしい。
「つまり、魔力が大きすぎてうまく扱えないと?」
「ああ、そうだ。制御できないものは使えないのと同じだ。だから、今まで僕は魔法を使えなかった」
 人前で魔法を披露しなかったのがそんな理由だったとは。民衆の誰も想定していなかっただろう。
 驚きながら彼を見つめれば、レイルは握りしめた拳にぐっと力を入れこちらを真っ直ぐに見つめ返してきた。
「けれど、王族は己の騎士に加護を与えることができる。自分の力の一部を分け与えることができるんだ。僕自身は魔法を使えなくても、僕の力を与えた騎士であればこの力を利用できるかもしれない」
「……なるほど」
 少年の意図は理解した。とはいえ、ここですぐに頷ける話でもない。
「でもなあ、俺は騎士って柄でも身分でもないし、剣の扱いだって我流だし。ちょっと俺には荷が重いと思うぜ。騎士が必要ってんならエルドレッドはどうだ。お前も知っているだろう。前騎士団長の息子で今回お前を命がけで救ったヤツだ」
 功労も身分も申し分ない。王族にとくに思い入れもない庶民の出の自分よりもよっぽどふさわしいだろう。いい案だと思ったが、首を振られる。
「無理だ。確かに彼には感謝しているし、騎士として立派な人格者だと思う。でも駄目なんだ。彼には僕の騎士としての素質がない」
「素質?」
「木と鉄の違い、と言ったらいいのか。魔法を電気に例えるなら、鉄に帯電させることはできるけれど木に帯電させることはできない。それどころか下手に電気を流せば破壊しかねない」
 科学も得意ではないが魔法の話よりは分かりやすい。
「うーん、何となくは理解した。つまり、俺は鉄だがアイツは木なんだな」
「そう」
「じゃあ、他に鉄の奴を探せば……」
「そう簡単に見つからないよ。王族から魔法の力が失われていったように、今はもうこの力に適応できる人間が少なくなっている。今まで僕の騎士となりえる者を探したけれど見つからなかった。だからこんなことに……」
 レイルが口惜しさと無念さの滲む声で告げて再び視線を落とす。
 騎士が見つかっていたからといって今回の事態を回避できたかどうかはわからないが、レイルにしてみればどうしたって己の非を感じてしまうのだろう。それは仕方のないことだった。
「あなたからは微弱だけど魔法の力を感じる。魔法を使える基盤を持っている人間だ。訓練すれば僕の力を使えると思う」
「うーん」
 どうしたもんか、と首の裏を掻き一つ溜息を吐く。他に代替者がおらず、現状において彼の魔法力が使役できる方が有益であるのならば、ただ性に合わないというだけの理由では断りにくい。
「……騎士ってのは一度契約したら取り消せるものなのか?」
「え? 取り消すことはできなくはないけど……」
「だったらなってやる。俺がなすべきことをなすまで、お前が望みを叶えるまでは付き合ってやる。で、俺の存在が必要でなくなったなら俺を騎士から外せ」
 今は非常事態だ。仮初の騎士でも必要であるならなってやるべきだろう。少なくとも王制派に協力している間は剣の腕でもそれ以外でも手を貸してやるつもりでここにいる。だが、自分の助力はあくまで限定的なものだ。
「……わかった」
 他に何か言いたげではあったが、レイルは了承を返して頷いた。少しだけほっとした表情を見せながら寝台を下りてくる。床へと伸ばされた足は細く、国の未来を託すにはまだ頼りなく思えた。
 このまま身分を隠し、市井に紛れて暮らすことを彼が望むのであればそれでもいいと思う。だが、彼が己の出自と矜持を捨てずに戦うというのであれば、その道の支えとなってやろう。
「じゃあ、そこに跪いて」
「いきなりかよ」
 さすが元王子様。あっさりと命じてくれる。急な展開に軽い調子で文句を言いつつ、彼の指示に従って床に膝をつく。騎士としての正式な型なんて知らないから形は適当だ。王城とは比べものにならないだろう質素な絨毯に膝をつき、できる限り厳正な素振りで顔を上げる。
「目を閉じて」
 ゆったりとした寝巻に室内履きという、おおよそ厳粛な儀式には不釣り合いな軽装で傍へと近づいたレイルが右手の人差し指と中指を俺の額へと当てる。それからすぐに何事か聞き取れない呪文のような小さな言葉が耳に届いたと思ったら、額から仄かな熱を感じた。そして、触れた彼の指先から何かが流れ込んでくる。熱くはなく冷たくもなく、形のない何か。肌の内側、骨の芯。身体の隅々まで広がり満たしていく未知の感覚。これが魔力なのかそれとも契約による縛りなのかはわからないが、うまく言い表せない何らかの変化は確かに感じた。
「……」
 沈黙の時間は短かった。
「どう?」
 ふう、と息を吐いてレイルが尋ねてくる。
「どうって言われてもな」
 レイルの指が離れた瞬間、あの不思議な感覚も消え今はもう何が変わったのかもわからない。忠誠を誓う文言もなかったし、騎士になるという気構えもなければ騎士になったという意識も生まれていない。
「まあ、いいや。契約は無事に済んだはずだから」
 僕も初めてのことだからよくわからない、と呟いてレイルは寝台に腰かける。
「僕の魔力は五大元素だ。あなたもそれぞれを扱えるはずだよ」
 五元素とは凄い。害獣を倒した英雄である初代の王は五元素を扱えたという話だが、大抵はどれか一つの元素を扱うことしかできないのが常で、二つの元素を扱える者ですら希少であると聞く。それが五つということは、この少年の魔力は初代の王に匹敵する稀有なものだろう。本人が制御できないくらいだというのも頷ける。
「魔力なんて使ったことねえが……」
 今はなんの実感もないが、そのうち炎だの水だの風だのを扱えるようになるのだろうか。想像もつかないが少し楽しみではある。
「で、俺はどうすりゃいいんだ?」
「僕を護ってくれればいいよ。あと……」
 二つの碧い瞳がひたりと見上げる。
「絶対に死ぬな」
 向けられた瞳の強さに息を飲む。そこにはかつて王子だった者の威厳と、全てを失った少年の懇願があった。
「……約束はしねえが、善処はする」
 嘘はつけない。絶対に死なない約束などできはしない。騎士としての役目を引き受けたのなら、俺は命を張ってでもレイルを護る。
「あなたが死んだら僕も死ぬ。あなたがいなければ僕は無価値だ」
「そんなことないだろ。お前は魔法が使えなくても、王子でなくても無価値なんかじゃねえよ」
「自分の価値は自分で決める。僕が求める僕でなければ意味がない」
 どうやら意外なところで頑固な王子様だったようだ。
「はいはい、わかったよ。とりあえず俺はエルドレッドに報告してくる」
 すっかり冷えてしまった食事の乗るトレイをついでに下げようとすれば、「いい、食べる」とレイルは言った。安眠と栄養の足りていない顔をしていたが、彼の瞳にはこの部屋を訪れた時にはなかった強い意志が宿っていた。



 + + + + +



「それで、レイル様の騎士になったと?」
「まあ」
「驚いたな。まさかお前が」
 エルドレッドの執務室に戻り、一連の話を伝えればさすがの彼もわかりやすく目を見開いて驚愕と感嘆を口にした。
「俺だってびっくりだぜ。急展開すぎて」
 どうにか食事は摂らせようと思っていたが、よもや彼に決起させるどころか王子様の専属騎士に抜擢されようとは誰が予想できよう。今も実はレイルの魔法で幻覚を見せられたのではと疑いたくなる気持ちがある。
「でも、まあレイル様が気力を取り戻してくれてよかったよ。これで私達も動きやすくなる。しかし、大々的に担ぎ上げるとなるとレイル様の身の安全も今まで以上に気をつけねばな」
 王族のただの生き残りから国政を取り戻すための象徴となるのだ。その役割は重要である。
 クーデターにより倒されたとはいえ、王家に対する民衆の印象は悪いものではない。変化を嫌う者はいるし、これといった非もないのに命を奪われることなった王族への同情も多い。王子が立ち上がるのであれば、三大勢力の中では王制派が一番大義名分もあるし民衆からの支持を得るだろう。となれば、敵対勢力が王子の抹殺を企てるのは想像に容易い。
「あまりレイル様を隠し過ぎても効果は弱いし、かといって表に出し過ぎても暗殺のリスクが高まる。難しいところだな」
 この国では宰相はおかず、五人の大臣が王政を支えていた。そのうちの一人、財務を司る大臣であるバロンが中心となって今回のクーデターを起こしたとされている。
 だが、バロンは王城を制圧してからひと月も経たずにあっさり暗殺されてしまった。それもあって皆慎重になっている。下手に次の権力者として名乗りを上げれば自分もまた消される可能性が高い。民主派の残党が今も王城を支配しているが、次の統治者を立てないのは暗殺を恐れてだろう。
「とりあえず、一度は顔を出してこの内乱を収めるべく立ち上がることを宣言してもらおう」
 王子が生きていることはそれとなく民衆の間にも伝わっているが、まだ公に告知はしていない。王子の存命が確定すれば王族による統治に賛同する者はこちら側につくだろう。
「しかし、わからんものだな」
 状況が前進したことへの安堵か少し肩の力を抜いてエルドレッドが俺を見た。
「無力だと思われていた王子が実はその逆で、王族にも国の行く末にも興味のないお前が専属の騎士に選ばれるとは」
「全くだな」
 身寄りのない自分は好きに生きていて、国が傾き居心地が悪くなればよその国へ行けばいいくらいの気持ちだった。偶々街で仲良くなったエルドレッドとの縁でここにいるが、最後までこの騒動に付き合うかはわからなかったし、国を思う強い志なんてものはない。
 本来ならば王子様となんて顔を合わせる機会すらなかったような自分が一時的とはいえ騎士の座に収まることになるとは。
「まあ、選ばれたからにはやれるだけのことはやるよ」
「ああ、頼む。お前の役割は重要だ」
 あまり重い役は受けたくないんだがなあと思いながら俺はエルドレッドの視線を受け止めたのだった。
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