君がいるから呼吸ができる

尾岡れき

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10 猫氏は相棒にアドバイスを送る

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 暗闇のなか、駐輪場の隅で丸くなりながら佇む。
 時間的には、もう間もなくのはずだ。

 律儀に守らなくても、と思うのだが。どうも同居人は危なっかしいところがあり、放っておけない。差し詰め、保護者役を買ってでた、といったところか。

 たん、たん、たん。
 この足音。

 間違いない、帰ってきたようだ。お? 今日は鼻歌なんか歌って、やけに上機嫌じゃないか。
 最近、下河雪姫嬢のことで頭がいっぱいのようだったが――まぁ、それは今日も変わらずだろう。

「ただいま、ルル」

 欠伸を噛み殺しながら、同居人はそう言う。
 俺も労いもこめて

「おあー」

 と鳴いてやった。
 同居人の前で気怠そうに欠伸をする白猫、それが俺だ。
 




■■■




 上川冬希という男は、まぁ不器用だ。猫の俺が言うのもおかしいな話しだが、愛想が無いので、誤解を受けやすい。そう思う。高校に入学して、2年目になった今もツレが一人もいないのが、その証拠だろう。同居人は同居人で努力した形跡はあるし、人間達の環境もあると思うが、それを差し引いても、同居人は、その気質で損をしている。

 初めて会った時、こいつは自分で自分を終わらせる――つまり自殺しかねない危なっかしさがあった。

 別に、人間の一人が命を自分で手放したところで、何らこの星で変化が起きるわけでもないが。知ったことではないが、寝覚めが悪いのは確かだ。
 一宿一飯の恩義もある。

 そういえば、人間達は猫を気まぐれと勝手に決めつけているが、その感覚は改めた方が良い。我々からしてみれば「人間は鈍臭い」と思うが、それを一括りにされたら、気分が悪いだろう。

 ふむ。
 俺は片目を開けながら、同居人を見る。今日の冬希はやはり、すこぶる機嫌が良い。
 いつものキャットフードに、レトルトパウチも追加されている。

「どうしたって顔してるね?」

 冬希自身、苦笑している。冬希は苦笑しながら、今日のことをポツポツと話し出す。これもまた彼の日課だ。今日のことを簡単に俺に伝えてくる。俺はそれに薄い反応で返すのだが、コイツはそれで満足らしい。

 ただ、ココ2日は、冬希からしてみてもかなり濃密だったようだ。
 話しの9割が、雪姫嬢の話しで。

 俺は黙って聞いている。

 良かったんじゃないかと、と思う。すぐに遠慮して、自分から断念する悪い傾向がある。彼が今食べている、夕食にしてもそうだ。賄い飯を今までもバイト先で、声をかけられていたのに「なんか悪いから」と断ってきた。
 それが他者と距離を作る原因だというのに。

「まぁ、ね。下河にしっかりご飯を食べろって言われたからね」

 そう照れ臭そうに言う。疲れて帰ってきて、カップラーメンやコンビニオニギリ、菓子パンで済ませることが大半だ。栄養の偏り著しい。自分には金をかけないくせに、そのくせ俺には金をかけたがる。

 正直な話し、キャットフードなんか味を変えても結局一緒で、俺からしてみればむしろ一定の味の方が良い。むしろ刺身をくれた方が、どれだけ嬉しいか。
 健康志向も結構だが、俺は外食するので、お前の配慮は結構、無意味だぞ? そう尻尾をパタンパタンと振り返事をする。

「刺身が好きなのは知っているけどね。やっぱりルルには元気でいて欲しいじゃん?」

 時々、この同居人とは、想いが通じあうことがあって。
 彼は俺を「相棒」と呼んでくれる。

 変なヤツだな、と最初は思っていた。猫に構うより、自分から率先してコミュニティーのなかに入って、番《つがい》をさっさと作れ、と思うが。同居人――相棒の性格を考えれば、まぁ無理なのは承知をしている。

 だが、と思う。
 下河雪姫嬢との出会いは、相棒にとってなかなか良かったんじゃないだろうか。俺は目を細めながら、相棒の言葉に耳を傾けていた。




■■■




 なるほど。色々ツッコミ所があるがLINKのID交換ができたのは及第点だろう。ただ同居人は何やら思い悩んでいる。
 どうしたのだ?

「いや、シフォンケーキをご馳走になったし。何かプレゼントしたいなぁって。どうせなら、お守りになって、下河の力になれたらと思ってさ」

 それは良い心がけ――とまで思って、冬希が見ていたスマートフォンの画面を見て、顎が外れそうになった。

 パワーストーン。それも良いだろう。
 猫をかたどったネックレス。それも、良い。彼女が、猫を好きだと言うのなら。ただ相棒は気付いていないが、猫が好きなだけであそこまで前のめりになったとは到底思えない。

 ――お前との距離をもっと近付けたかったんだろうな。そう思う。

 そこまでは良い。鈍臭い冬希なりに、一生懸命考えていた。それも分かる。
 だが、10万円規模のネックレスはやり過ぎだ。
 バ・カ・ヤ・ロ・ウ!

「ダメかな?」

 少なくとも建前は、友達としてスタートした関係なんだろう、お前たちは? そんな砂糖じゃりじゃり噛み潰したようなお友達関係があってたまるか、と俺は声を大にして言いたいけどな!

「貯金はあるから金額的には大丈夫なんだけどな」

 却下だ。俺はスマートフォンの電源を、肉球で押してスリープさせる。

「あ、お前、ちょっとひどくない?」

 いきなり高額なプレゼントは重すぎる。お前は、早々に求愛プロポーズするつもりか?

「良い案だと思ったのになぁ」

 発想が極端なのだ。地元の幼馴染と同等の感覚で向き合えば良いのに。妙に意識しすぎているのは、この一年間、まともなコミュニケーションを取ってこなかった弊害だろう。
 せめて、下河雪姫嬢を知る人間からリサーチすべきじゃないだろうか。

海崎かいざきに聞いてみようかなぁ。アイツなら下河の好きなモノとか知ってそうだし。女子との交流も慣れていそうだし」

 そうしろ。むしろそうすべきだ。
 それはそうと――。

「ん? なんだよ、ルル」

 相棒が怪訝そうに俺を見る。と、尻尾でスマートフォンを叩く。冬希は意図が理解できないといった表情ながら、スマートフォンを起動させる。

 俺は、肉球でLINKアプリを起動させる。
 と、知らない女の子の写真が飛び込んできた。
 ふーん、と俺は冬希を見る。どうやらこの子が、雪姫嬢らしい。

「な、なんだよ。それは、その……下河がルルの写真を欲しいって言うから……それなら、下河の写真もって思って。結構、可愛く撮れたから、下河にも送ってあげただけだし」

 つまり、俺をダシに使ったと?
 良い度胸じゃないか、相棒。
 ま……今はそこは触れまい。それに雪姫嬢が欲しがったのは、俺の写真じゃなくて、お前なんじゃないかと愚考するけどな?

 今はそれはどうでも良い。
 俺は尻尾でパタパタ、冬希を催促する。

「な、なんだよ?」

 お前、まさかと思うが、LINKのIDを交換してそれで満足したわけじゃないよな?
 折角、コミュニケーション手段ができたのに、今日は何もしないとか言うなよ?

「え? メッセージ送れってこと?」

 それ以外にあるか。

「いや、でも、そんな。この時間じゃ、迷惑に――痛ッ」

 あまりにいもヘタレなので甘噛みしてやった。今日日きょうびの高校生が、LINK送るのに時間帯なんか気にするものか。

「ん、お前、そう言うけどさ、いた、痛い、噛むなって」

 男なんだから、覚悟を決めろ。俺は容赦なく、冬希の手を噛む。それでも動かないので、舌でその手を舐めてやった。

「やめ、やめ、イテテテテ、ルル、本当にやめて、やめ――」

 ご存知無い方も多いだろうが、猫の舌は毛づくろい――グルーミングしやすいよう、ザラザラしている。野生の時代には、獲物の肉を食す時に、残さず食べるためにも有用であった。これは猫科全てに通じる特徴だ

「――分かった、分かったってば!」
 最初からそうしていれば良いのだ。世話が焼けるったらありゃしない。




■■■




fuyuki:バイトから帰ってきたよ。今、しっかりご飯たべました。また明日ね、お休み。

 すぐに返信がある。

yuki:安心しました。明日、私もがんばるね。
yuki:夜眠れない時があって。今日も不安だったんだけれど。上川君にLINKしてもらったら、何か安心しました。ありがとうね。

 すぐスタンプが送信された。
 白猫がハートを抱きしめて「おやすみ」とメッセージ。照れてモジモジしているイラストだった。

「下河もそんな風に思ってくれて――いや、まさかね」

 と冬希は呟く。
 お前はだから、鈍くさいのだ。

 冬希もスタンプを送信した。
 犬が欠伸をして、眠そうなイラスト。でも半目を開けて、相手を見て「おやすみ」と言っている。

 ふーんと尻尾をパタパタさせながら、俺は相棒を見守った。
 やれやれ、である。たったこれだけのことで世話が焼けるったらありゃしない。

「おあー」

 煮干しを催促しても、今日はバチが当たらないだろう。
 はいはいと、相棒は俺の意図を理解して、その手のひらに煮干しを乗せた。
 うん、気苦労した後の煮干しはうまい。

「おあ」
 これじゃ全然足りない。お代わりだ、相棒。
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