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60 君にとっての一番であるということ
しおりを挟むfuyu:大地さん、お疲れの所すいません。今夜、少しだけお時間をいただいて良いですか?
soutyou:了解。上川君、今日はアルバイトなかったよね? ついでにご飯食べていってくれたら嬉しいな。
fuyu:いつも、すいません。今日もご馳走になります。
■■■
LINKに送信したので、スマートフォンにもう用はない。無造作にテーブルに置いた。よくスマートフォン見ながら話している人達を見るが、折角の雪姫との時間。他のことに時間を奪われたくなかった。
「冬君、文芸部はどうだった?」
とニッコリ笑って、雪姫が言う。いつものように、レモンティーを淹れながら。今日のスイーツはエッグタルトらしい。
「文芸部……なんて言うか、すごかった……」
「だよね」
クスクス笑って、雪姫が言う。当然、雪姫の方が文芸部の先輩なので、全容が分かっていたらしい。文芸部と言えば、小説好きサークルというイメージだが、この高校の文芸部は意味合いが大きく違う。この学校の、文章に関わること全てが文芸部に集約されていた。――結論を言えば、学校の広報誌、ホームページ、SNS、刊行物その全てが文芸部に集約されるのだ。故に中心的な文芸部活動をコアメンバーが。写真撮影等雑務をサポートメンバーが担当する。
サポートメンバーは広報委員会、図書委員会、美術部、演劇部、吹奏楽部、写真部が担当していた。個々のセクションで能力が特化していても、学生である以上、限界がある。それなら本好きが采配しデザインの集約を担った方が良い。
その一方で、各委員会や部にも還元していく。具体的には演劇部や吹奏楽部の公演パンフレットやポスターの作成だ。10年前のOBが考案した組織体系は未だにしっかりと機能していた。
そういえば瑛真先輩も【cafe Hasegawa】でパンフレットを睨みながら、腕を組んで唸っていた。ただし、この活動から部費を捻出して、文学フェスタや文芸フリマ、マンガ同好会と共同でコミックバザールに参加しているので、その精力的な活動は恐れ入る。今夏はオンライン投稿サイト【カケヨメ】のカケヨメ甲子園に参加するらしいので、事実上、運動部レベルでスケジュールがタイトだ。
「部員はどうだったの?」
雪姫が一番気になるのは、そこらしい。今後、文芸部に復帰するなら人との関係は重要。そこは俺も理解しているつもりだ。
「基本はいつものメンバーだよ。瑛真先輩、黄島さん、それから光」
「……」
なぜか雪姫の視線が強さを増した気がするが、気のせいだろう。俺はエッグタルトを頬張る。あぁ、やっぱり美味しい。この子は本当にパティシエを目指して良いんじゃないだろうか、とそう思う。小説も書けるし、料理をさせても良い。雪姫の自己評価が低いのが気になるが、俺から見たらこれほど多才な子もいない。そう思考を巡らすと、つい頬が緩んでしまう。
「それから、1年生の子が一人いたよ。グイグイ来る積極的な子だった。芥川さんって言うんだけれど、雪姫の小説が好きなんだって」
ウソは言っていない。ただ意図的に雪姫が不安になる情報は削いだだけだ。間違っても、お試しで付き合ってと言われたとか、COLORSの真冬と看破されたうえで迫られたとか――口が裂けても報告できない。
「あぁ、今日、海崎先輩がLINKで言ってたヤツね。眼鏡に三編みの如何にも文学少女って、先輩言ってたもんね。姉ちゃんとまたキャラ違うけど、可愛いらしいよ? しかも冬希兄ちゃん、その先輩に迫られたんでしょ?」
リビングから絶賛ゲーム中の空君の声が飛んできて、俺は固まる。
「迫られた?」
あの雪姫さん、目が怖いから。
「冬希兄ちゃんが、COLORSの真冬だって見破ったらしいよ。芥川先輩の推しだったらしいけど、それにしても『お試しで付き合って』だなんて、ダイタンだよね」
止めて、空君。それ以上、言うの本当に止めて。雪姫の視線が人を殺せる眼光を放ってるから。
「お試し?」
あぁ! どんどん不機嫌になっていくじゃん。空君、恨むからね。
「こ、断ったから! ちゃんと好きな人がいるって言ったから!」
俺、何も悪いことをしてないのに、何でこんな言い訳じみたこと言ってるんだろう。
「お兄さん、そういう時は素直に言うべきですよ。お姉さんを不安にさせたくないは分かりますけどね」
と今度は空君と対戦中の天音さんの声が飛んできた。
「でも、彼女を前にして、他の子を可愛いと言っちゃうのはいただけないなぁ」
「い、いや。それ言ったの、空君だから!」
なんで俺が言ったことになってるの?
雪姫、そんなにぶすっと膨れなくても良くない? あからさまに不機嫌だし。
「仮に、よ。空君、私が彼女だとして。他の子のことを可愛いって、言葉が出る?」
だから何で俺がそう言ったこと前提なの、君たち?
「は? 鏡を見ろって言うけど」
「え?」
「翼より可愛い子とか、どんなムリゲーだよって話でしょ?」
「……」
なんで、僕らは君らのイチャツキを見せられてるの?
空君たち、まだお付き合いしてなかったよね?
天音さんが無言になってしまう。これは意識して、顔が朱色に染まっているのかもしれない。と、銃声が響いた。
「ま、負けた……」
肩を落とすように、天音さんが呟く。
「やった! へへん。勝ったぞ!」
一方の空君は得意気だった。そっか、確か勝率は天音さんの方が上だったもんね。それを見越してあんな言葉を投げ放った――わけがないか。だって、空君だし。
「空君のバカバカ、ずるい! ズル!」
「へ? 何が?」
「不意打ちは卑怯だよ?」
「フォーリンナイトで正々堂々、前から突っ込んでたら、即キルじゃん」
「そういう意味じゃない! 空君のバーカ!」
「えぇ?」
まぁ仲が良さそうな二人は放っておこう。今日のエッグタルトは、雪姫と天音さんの共同制作って言ってたから、なおさらテンションが高いのかもしれない。
それよりも、だ。
俺はすっかりご機嫌斜めになったお姫様に向き合うことにした。
■■■
雪姫を抱き寄せて、自分の膝に乗せる。抵抗した素振りを見せるが、すぐに落ち着く。ただ、そっぽを向くように、視線だけは合わせてくれない。
「……冬君が本当のことを話してくれなかった」
ぶすっとした声。
「だって、俺が好きなのは雪姫だし。しっかりお断りもしたよ。だいたい芥川さんは、俺のことを恋愛対象として見てないの明らかだし。COLORSの真冬として見ているだけだからね。そんなことで雪姫を不安にさせたくなかったの」
「海崎君のこと名前で呼んでた。それも私、知らない」
「今日から、だよ。折角、光と友達になれたんだ。ずっと名字で呼ぶのも余所余所しいだろ?」
「友だちになったら、みんな名前で呼ぶの?」
ようやく雪姫が視線を俺に向ける。でも不安を隠しきれなくてすぐに伏せてしまう。その目を見て、俺はますます憂いが強くなる。結局、俺がこうやって雪姫を不安にさせてしまうのだ。この子が学校に行けるように、頑張ってみても、俺の行動一つで台無しで。こんなことで雪姫を支えていると言えるのだろうか。タイムリミットはもう少ない。でも俺は雪姫を不安にさせるだけで。何もしてあげることも――。
「なんてね」
てへっ、と舌をぺろっと出して、俺の首に腕を回す。
「雪姫?」
「ごめんね、冬君に甘えたくなっちゃったの。だって、私の知らないところで冬君が他の人に色々な表情を見せているって思ったら。ちょっと寂しくなって」
「え?」
「でも、素直に全部教えて欲しいかも。芥川さんがどんな子か分からないけれど。そんな風に冬君にアピールしたのなら、私もちゃんとアピールしなくちゃ、って思うから」
「ゆき?」
「冬君はね、私の彼氏なんだぞって。ずっと私を支えてくれるステキな人なんだよ、って。だからね、推しでも憧れでも良いけど。絶対に渡してあげないよって。会ったらちゃんと私は言うからね」
ニッコリ笑って、雪姫は言う。それからね、と言葉を紡ぐ。
「海崎君をどう呼んでも、私がどうこう言うことじゃないし、仲良くなってくれて嬉しいって思っているよ。だって海崎君は、私の幼馴染みで――保育園の頃から、彼のことを知っているから。海崎君はね、優しいけど、慎重に考えすぎるのがたまにきずで。遠慮ばっかりするから。冬君のような人に、隣で引っ張ってもらえたら、嬉しいよ」
でもね。
「それ以上はイヤ。他の女の子を冬君が名前で呼ぶのは絶対にイヤ」
「……呼ばないから」
思わず苦笑が漏れて、肩の力が抜けるのを感じる。俺も雪姫の背中に手を回して、全力で抱きしめる。
俺は勘違いをしているのかもしれない。
雪姫は、雪姫のペースで確かに歩んでいる。でも彼女は弱くて庇護すべき存在だと、俺は勝手に思い込んでいたんじゃないだろうか。でも、そんなの単なる傲慢だ。
彼女が歩けるように支えるんじゃない。
二人で一緒に歩いていけるように、支え合うんだ。
俺が雪姫に寄り添ったように。
雪姫も俺に寄り添ってくれた。俺はそれで本当に、孤独から抜け出すっことができたし、救われた。雪姫と出会えて、本当に良かったと心の底からそう思っているのだ。
だったら――。
隠したまま、話を進めていくのはフェアじゃない。このまま隠していたら、水面下で勝手に結論を下したオトナ達と一緒になってしまう。
「……雪姫、あのさ」
「なに?」
雪姫が俺を見る。唇と唇が触れそうな、そんな近い距離で。雪姫が安心したように、微笑みを浮かべる。
「今日、大地さんとこれからのことを相談しようと思ってたんだ。雪姫も一緒に聞いて欲しい」
学年主任から出された学校側からの退学勧告。
今日、俺はこのことを、大地さんに相談するつもりだった。
俺は緊張で喉がカラカラになる。
雪姫に、この過酷な現実を突きつける。ある意味、なんて残酷なことをしようとしているんだろう、と思う。
でも――雪姫は、ふんわりと笑みを溢す。
「え?」
「やっと、冬君が教えてくれた」
これでもかと言うくらい、雪姫は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「冬君ずっと、何か我慢している顔をしていたから。どうしたんだろうって、心配していたの。それなのに海崎君のこと名前呼びだし、他の子からアタックされたって言うし。本当のことを言ってくれないし。だからちょっとぐらい、ヤキモチ妬いても許されるよね?」
俺は目をパチクリさせる。
「冬君が自覚が足りません。私はあなたが必要なの。あなたにも私を必要として欲しいの。私が理由で悩むのなら、まずは私に言って欲しい。だって私のことだもん。他の人が一番じゃイヤ。私はワガママだから、一番に私を見てほしいし、遠慮して欲しくない。だから海崎君は仕方がないけれど、他の子を名前で呼ぶのはイヤだし、他の子を可愛いって言うのもイヤ」
「だ、だから言ってないって」
「うん、知ってる。あれは空の意地悪だってことも」
「だったらさ――」
「それでも、だよ。私があなたの一番じゃなきゃイヤだから。冬君が居てくれたら、それだけで私、勇気が持てるから。でも挫けそうになったら、冬君に受け止めてもらうから。でも、その逆だってそうだよ? 冬君が辛い時は、私が受け止めるから。他の子じゃイヤ。私が受け止めたいの。あなたのこと、全部ぜんぶ。でも安心してね? 今の私はそんなに簡単に潰れないからね」
雪姫の方から、俺の唇を啄む。ほんの少し――でも、何より暖かい温度が俺と雪姫をつなげていく。
俺は目を丸くして、雪姫を見た。
「何回も言うからね。冬君の一番は私じゃなきゃイヤだから」
■■■
「ただい――ま?」
カタンと、持っていたカバンを大地さんは落とす。あらら、と手で口を押さえながら、一緒に帰ってきた春香さんは微笑ましそうに俺達を見ていた。
「だから、ダイニングでイチャつくのはほどほどにしろ、と」
空君の呆れた声が飛び込んでくるが、今日ばかりは君たちに言われたくない。
「か、上川君……? 今日、相談があるのって……それ、もしかして男親宿命の……『娘さんをください』ってヤツ?」
落ち着いて、大地さん! 俺達まだ高校生! 俺自身、将来的に思わないわけじゃないけれど、それはまだはや――。
「私はいつ冬君のところにお嫁に行っても良いけどね。それぐらいの気持ちでいるよ。冬君を大好きって想うこの気持ち、中途半端に想ってないし、誰にも負けないから」
「いや、雪姫? 法律的に年齢の問題があってね?」
「分かってるもん。それ以前に私が頑張らないといけないことがたくさんあるから。でも、それでもだよ。私の未来は冬君と一緒だもん。それしか考えられないからね」
「そ、それは。俺も一緒だけど……」
「本当?」
俺の声を聞いてぱぁっと雪姫の表情に笑顔が咲く。
「嬉しい」
躊躇なく、雪姫がまた俺に抱き着いてきた。まるで猫が甘えて、すり寄るように。
「ゆ、雪姫。大地さんと春香さんがいるから、今はちょっと待って。待とう、待って!」
「あーあ。姉ちゃん、また周り見えてないね」
「でもお姉さん、本当に嬉しそう」
「雪姫ってば、あんな顔をしちゃって」
空君、天音さん、春香さん。そんな感想は良いから、ちょっと仲裁して。大地さん、本気でパニックになってるから!
「まさか、相談は妊娠の報告――?」
してないから! 雪姫もわざとらしく、自分のお腹を触れない!
「上川君!」
「いや、誤解ですから! 雪姫もしっかり言って! 冗談でもシャレにならないって!」
「……お父さん、あのね」
雪姫はおもむろに口を開く。
「私達、幸せになるから」
違う! そういうことを言って欲しいんじゃない!
「雪ん子の本領、ここで発揮しにきたか。姉ちゃん、真面目な顔してイタズラする時は妥協しないもんな」
今、発揮して欲しくなかった!
「俺、お爺ちゃんだ、もうこの歳でおじいちゃん……。ははははは。うふふふ」
大地さん、お花畑を通り越して三途の川を渡っていく勢いだから。どう収拾するの、この事態?!
「雪姫、幸せになれよ。上川君――いや、冬希君、これからはお義父さんと呼んでいいから! 俺も君を息子として接するから!」
「お、おとうさん……ですか?」
「冬希君、雪姫を頼んだからね!」
もはや大地さん、男泣き。この誤解を解くのに、一時間を要したことをココでは触れておく。
今日はアルバイトがなくて、本当に良かった――。
応援ありがとうございます!
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