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第9章 離れたくないだなんて、絶対あなたにだけは気付いてもらいたい!

第34話 東の魔女

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 翌朝、二人で絨毯に乗って出発した。二人で乗っても絨毯のスピードは変わらず、びゅうびゅうと風を切りながら砂漠の中を進んだ。サイラスくんが私の身体を支えてくれるので、一人で乗るよりもずっと楽だった。

 そして、1日と半日後。

 ついに私たちは、【東の魔女】が住むという不思議の森に到着した。その森に入った途端、空飛ぶ絨毯が動かなくなってしまった。ここから先は自分の足で歩けということらしい。

 二人で手を繋いで森を進んだ。不思議と、向かうべき方向はわかっていた。

 しばらく進むと、森の中に一軒の屋敷が建っていた。木造の柱に真っ白の壁、屋根には瓦が乗っている。窓には障子がはめられていて、縁側まである。この世界に来て初めて見た、日本風の建物だ。

「よく来たね」

 その女性は門のところで私たちを待ち構えていた。真っ赤な着物を着て、濡羽色の髪を芸者さんのように結い上げた美しい女性だ。

「あなたが【東の魔女】ですか?」
「そうだよ。……汚いねえ」

 【東の魔女】は私たちの姿を上から下までじっとり眺めてから、

「入りな。先に風呂だね」

 つっけんどんな言い方で、さっそく屋敷に招き入れてくれた。

「にゃあ!」

 大きな土間の玄関に入ると、すぐに何かが飛びかかってきた。

「きゃあ!」

 驚いて尻もちをつきかけた私を、サイラスくんが支えてくれる。

「にゃあ! にゃあ!」

 飛びかかってきたのは、真っ白の毛並みが美しい猫だった。

「猫?」
「んにゃあああ!」

 猫の方は驚く私に構うことなく、私の顔をペロペロ舐めて、鼻を甘噛してくる。

「ね、ちょっと、くすぐったいよ……!」

 私が見をよじっていると、サイラスくんがひょいと猫の首を掴んで持ち上げてしまった。

「にゃにゃにゃ!」

 猫が不満げに鳴きながら、サイラスくんの腕に爪を立てようともがいている。

「なんだい、忘れちまったのかい?」

 その様子に声を上げたのは【東の魔女】だった。

「お前さんが助けた子だろ? 顔ぐらい覚えといてやりなよ」
「え?」

 改めて猫の顔を見た。確かに、見覚えがあるような。

(前世の私は、猫を助けてトラックに轢かれて死んだ……)

「もしかして、あの時の猫さん?」
「にゃあ!」

 猫は嬉しそうに鳴いてから、サイラスくんの腕を振り払って私の胸に飛び込んできた。

「あなたも、この世界に来てたんだね」

 ということは、この猫もあの時に死んでしまったのだろうか。猫だけは守ったつもりでいたが、それすらもできなかったらしい。

「何勘違いしてるんだい。その猫はお前さんに助けられた後、ちゃんと天寿を全うしたよ」
「そうなんですか?」
「そうさ。それが、お前さん恋しさに猫又になって、ここまで自力で来ちまったのさ」
「猫又?」
「にゃあ!」

 答えたのは猫の方だった。しっぽをゆらゆらと揺らす。

「しっぽ、なんかいっぱいあるね」
「そう、ですね」

 サイラスくんも驚いている。数えてみると、そのしっぽは7本もあった。

「ほら! お客様だよ!」

 【東の魔女】がパンパンと手を打つと、土間の向こうから狐と狸がわらわらと出てきた。狐も狸も二足歩行で、揃いの法被を着ている。各々、水を張ったたらいや手ぬぐいを運んできてから、私たちの手を引いた。

「さ、お座りください」
「まずは足を洗いましょね」
「お部屋の準備は整ってますから」

 二人でおどおどしている間にも、あれよあれよという間に狐と狸の手によって足をキレイに洗われる。そのまま奥に案内されそうになったので、慌てて【東の魔女】の方を振り返った。

「あの、話を……」
「日が暮れる頃に、もう一人客が来る。話はそれからさ」

 しっしと手を振られて、文句を言う間もなく狐と狸に手を引かれた。


「こちらのお部屋をお使いくださいね」

 案内されたのは、旅館の一室のような素敵な部屋だった。縁側の向こうには美しい日本庭園が広がっている。

「右手の奥が浴室です」
「温泉ですから、ゆっくり浸かって、疲れを癒やしてくださいね」
「必要なものは、ぜんぶ準備してありますからね」
「お着替えは浴衣も洋服もありますから、好きな方をお召くださいね」
「お食事まで時間がありますから、お布団敷きましょか?」

 次々に言われて、とりあえず頷いた。
 狐と狸が小さな身体でよいしょよいしょと布団を運んできて、まるで昔話の世界に入り込んだような気分になってきた。

「そしたら、夕食まではこの部屋には誰も近づきませんので」
「え?」

 含みのある言い方に、思わず声が上ずった。

「ご・ゆ・っ・く・り」

 にんまりと笑った狐と狸は、こーん、ぽんぽこーと可愛らしい音を立てて消えてしまった。

「いったい、なんなんでしょうか」

 サイラスくんが何がなんだか分からないといった様子でつぶやいた。気分は私も同じだが、慣れた部屋にいるぶん私の方が落ち着いている。

「とりあえず、休んでいいってことみたいだね」
「それは、はい」
「……お風呂、入っちゃおうか」
「……そうですね」

 【東の魔女】に言われるまでもなく、私たち二人は汚れきっている。砂漠を旅してきたので、当たり前だ。


 * * *


「ふぅ」

 交代で汚れを落として、ゆっくり温泉に浸かった。私は先に入らせてもらって、今は浴衣を着て縁側に座って熱を冷ましている。狐と狸は冷えた麦茶も用意してくれていた。正に至れり尽せりだ。

「エミリーさん」

 サイラスくんが浴衣姿で戻ってきた。その姿にドキッとしたのは、気づかれなかっただろうか。

「サイラスくん。温泉、きもちよかった?」
「はい。すっかり疲れがとれました。魔法がかかってるんですかね?」
「そうかも。でも、温泉ってそういうものだし」
「へえ」

 不意にサイラスくんが背中から私を抱きしめた。

「んっ」

 そのまま、私の項に唇を寄せる。

「……どうしましょう」
「どうしたの?」

 ──ゴリッ。

「んっ⁉」

 お尻に堅いものを押し付けられて、彼が何に困っているのか分かってしまった。

「な、んで⁉」

 きっかけなど、何もなかったはずだ。それなのに、これはどうしたことだろうか。

「エミリーさんの、その服、……やらしいです」
「その服って、浴衣?」
「胸元が見えそうです。それに、うなじに汗が……」

 サイラスくんがうわごとのように言って、私の胸に触れた。長い髪は邪魔にならないように結い上げてまとめてある。彼の言う通り項が丸見えだ。

「ちょ、ちょっと……!」
「ダメですか?」
「だって、他所様の家だよ?」
「さっき、変な生き物が言ってましたよ。夕食までは誰も近づかないって」
「そうだけど……っ!」

 振り返った私を、サイラスくんが見つめる。空色の瞳が切実さをもって私を見つめていて。

「お願いします」

 切なく懇願した彼に、否とは言えなかった。
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